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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


なんにしましょう

 カウンターの上に、カウンター。1/12サイズのドールハウスは、アンティークショップ・レンの内装をそのままにかたどっていた。ただし壁はショーウィンドウと入口のある一面だけしかない。その壁がないことを除けば、棚にある商品の一つ一つまでもがそっくり同じだった。カウンターの裏にあるものも、指でつまめば取り上げられる。
 これは売り物なのか、それとも置物かとあちこちの角度から眺めていたら、煙管を吹かした碧摩蓮が
「あんた、店番をしてておくれ」
と言うなり奥へ引っ込んでしまった。
「店番、と言われても・・・」
とりあえずカウンターへ入ってはみたが、そこらをうろうろ見回すだけでなにをすればいいのかわからない。なのに、こんなときに限って店の扉が開くのだ。
「・・・え?」
確かに客がやってきた。しかし開いたのはなんとカウンターの上に置かれたドールハウスの扉。そして入ってきたのは・・・。
「エクスチェンジ、プリーズ」

 カウンターの前にいたのは耳の大きなネズミだった。器用なことに二本足で立っており、首からは洒落た赤いネクタイが下がっている。なんとなく、イソップ童話に出てくる「都会のネズミ田舎のネズミ」というやつを連想させた。
 なんだ、気取った奴と鈴森鎮は一瞬反感を抱いたのだが、ふと見るとネズミの尻尾がぶるぶると震えている。緊張を一点に集中させて、虚勢を張っているのだ。ありったけの勇気で店の扉を開いたに違いない。そう考えはじめると、なにやらネズミのネクタイもなけなしの一張羅を絞めてきたように見えてきて、不快はみるみる好感へと変わった。
「へいらっしゃい、何の用だ?」
ネズミに負けじと黒い蝶ネクタイをつけた鎮は、ただ首にリボンを巻いただけともいう、蓮によって仕立てられた即席店長をすっかり楽しむ気になっていた。
「こ、これを交換してもらいたいんだ」
対するネズミの声は、案の定うわずっている。が、思い切り握りしめた右の前足を鎮の目の下に突き出しぱっと開いてみせたのには勢いがあった。がちがちに固まっている自分の心を、体が無理やりに動かそうとしているのだろう。
「僕の、乳歯だ」
「にゅうし?」
「知らないのか。ネズミの乳歯は貴重なんだぞ。その中でも前歯となると、滅多なことでは手に入らないんだ」
「そうなのか。じゃ、なにと交換する?どれがいい?」
「君は店長なんだろう。おすすめを、僕に見せてくれないか。・・・と、いってもその体じゃ商品は扱えないな」
店の中で一、二を争う巨大な椅子も、鎮にとっては手の平サイズ。まして、ネズミに手頃な品を取り上げようとしようものなら棚ごとまとめてかき出す必要があった。だがそこはご心配なくと鎮、
「俺には、この店には愛すべき店員さんがいるんだぜ」
と、ネズミに紹介したのは言うまでもなくペットであるイヅナのくーちゃん。今日は可愛らしいワンピースにフリルのついたエプロンをつけ、もちろんカチューシャもはめている。
「おお、可愛い店員さんだなあ」
「だろ?でも、くーちゃんは交換してやんないからな」
冗談に聞こえて、鎮は本気である。しかしネズミはそれこそご心配なくと胸を張る。
「僕にだって可愛い恋人はいるのさ。実を言うとね、今日は彼女へプロポーズするためのプレゼントを探しに来たんだよ」
つまり洒落たネクタイと必要以上の緊張は、この店の後に待っている彼女との待ち合わせのせいだったのだ。

「それじゃあ、とっておきの商品を選んでやらなくちゃな」
心から二人の幸せを願うつもりの鎮。しかし一言が余計であった。
「だけど、その彼女よりくーちゃんのほうが可愛いだろ」
プロポーズする相手をこのように言われ、ネズミが黙っているわけもない。
「馬鹿なことを言うな。僕の彼女のほうが可愛いに決まってる」
「いや、くーちゃんだ」
「僕の彼女」
「俺の」
「僕の」
傍から見ればどうでもいいことで、しかし本人たちには極めて真剣な口論。だからといって、たとえばネズミが本当にくーちゃんのほうが可愛いなどと言えば、それはそれで鎮は嫌なのである。複雑なのだった。二人の間に挟まれたくーちゃんも、喜んでいいのかどうすればいいのかと困ってしまって、慌てて鳴く声が普段より鼻にかかって高かった。
 あんまりにくーちゃんが鳴くものだから、どちらが可愛いかという問題はひとまず据え置いて鎮は店長の仕事へ戻ることにする。
「この店にあるものはどれもとっておきの逸品ばっかりだから、プロポーズにはもってこいだ。くーちゃん、あれを持ってきて」
「きゅう」
慣れたような口ぶりではあったが、実のところ「あれ」がなんであるか二人の間では決まっていない。ただ、言ってみたほうが店長と店員の絆というものを強調できそうな気がしたのだ。くーちゃんならきっと、鎮の想像している「プロポーズのためのプレゼント」にふさわしいものを持ってきてくれるはず。
 ところがくーちゃんが銀色のトレイに乗せて運んできたものとは。
「あ、あの・・・。くーちゃん、これ、チーズだよね?」
こっくりと深く頷くくーちゃん。確かに見まごうことなき穴の開いた黄色の、匂いも確かにチーズである。くーちゃんがプロポーズされるならこういうものを欲しがっているのか、それとも鎮がプロポーズをするときにこういうものを渡しそうだと思われているのか。軽く、ショックだった。
 だがそれを顔には出さず、ここは心の広い店長らしく
「ねえくーちゃん、なにかもう一つプレゼントになりそうなものを持ってきてくれないかな?」
こくんと頷いたくーちゃんは、今度はビーズでできた首飾りを運んできた。こっちは間違いなくくーちゃんの趣味だろう。
 ということは、やっぱりあのチーズは・・・。

 チーズと首飾り、二つをカウンターに並べ鎮はネズミに問いかける。
「さあ、あんたはどっちを選ぶんだ?チーズは色気はないけど実用的だ、もう一方の首飾りは綺麗だけどそれだけ。いや、きらきら光る分だけカラスだのなんだのに襲われて危険かもしれないな」
鎮も過去に一度、兄からもらったビー玉で遊んでいたら猫に追いかけられたという過去を持っている。
 多分、どっちをプレゼントしてもネズミの恋人はプロポーズに応じてくれる気がする。初対面だが、鎮はこのネズミが嫌いではないからだ。少し見栄っ張りで、意地っ張りの気はあるが性根は真面目そうだった。重要なのは、プレゼントを渡すときの決め台詞。さっきの鎮のように、余計なことを言ってはいけない。
「な・・・なんて言って渡せばいいんだろう?」
じっくりと吟味をした後に、結局プロポーズは永遠の誓いだからということか形の残る首飾りを選んだネズミは、いつしかまた震えだしていた。今度は尻尾だけでなく、ヒゲにまで振動が伝わっている。この様子ではプレゼントを渡すときには電気マッサージ器でもつけたように全身をぴりぴりさせかねない。
「そうだなあ・・・男は度胸、だろ?一生守ってやるとかなんとか言えばいいんじゃねえか?」
投げやりな鎮の口調になんてことを、と怒ったのはネズミではなくくーちゃん。もっと、感情を込めて言ってもらいたいと抗議している。女の子にとっては、プロポーズというのは他人事であっても真剣になってしまうものらしい。
 だだをこねられるように飛びはねられて、鎮は柄にもなく少し照れる。くーちゃんには弱いのだ。
「え・・・えっと。君の輝きに襲いかかってくる奴らなんて、恐れなくてもいい。俺が君のことを、生涯守ってやるから」
今度のはくーちゃんを満足させたらしく、ごほうびにと穴の開いたチーズをプレゼントされる。一口かじると、甘い味がした。
「で?どうだ、こんなので」
チーズを飲み込んだ鎮は、プロポーズする張本人を見やる。赤いネクタイと同じくらいに顔を赤くしていたネズミだったが、右前足をぎゅっと握りしめると
「よ、よし!僕もやるぞ!君たち、ありがとう!」
強い決意を胸に、勢いよく店を飛び出していった。
「・・・・・・はあ」
ネズミが帰ってしまったら、鎮はなんだかどっと疲れてしまった。やっぱりにわかの店長はうまくいかない。蓮さん早く帰ってきてくれようと鎮は天井へ向かってぼやき、それからくーちゃんのほうを見る。メイドの服を着たくーちゃんは小首をかしげて鎮をにこりと見返す。
可愛い笑顔に鎮は食べかけのチーズを差し出し
「くーちゃんも、食べる?」
と、愛想のないプロポーズ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
アンティークショップ・レンの店にある不思議なものはきっと、
不思議な世界の住人にはそこらにあるものではないかと思います。
お互いに交換、で都合よく回っている気がします。
今回のテーマは可愛いくーちゃんに照れる鎮さま。
というか、くーちゃんにメロメロな感じが書けて
とても楽しかったです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。