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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


七刃敵討


 はるか空の彼方まで続こうかという石段を登り切ると、薄汚れた朱色の鳥居が少しでも労を和らげようと静かにたたずんでいる。ここは山深い場所にあるとされる楽天神社。その隣にある長屋には人が住んでいるが、山の中には動物やあやかしの類も存在する。霊感の強い者がここを訪れたならば、きっと都会の雑多な雰囲気をしばし忘れさせてくれるだろう。もしくは昔からある日本を思い出すかもしれない。不意に森の影へと視線を向ければ、だんだんと鼓動が早くなっていくだろう。ちょうど薄暗い街角の裏通りを歩いているのと同じ感覚だ。そこで『怖れ』という感情を抱いたならば、それは正常な人間の反応である。ただ熱心に神を崇めたあの時代と同じ人間に違いない。


 ある日の午後のことだ。冷たい風が吹き抜ける石段をスーツ姿の男が無言で駆け上がっていた。彼は小さな出版社のオカルト誌の記者をしている相原 龍之介だ。彼の目指す先は神社の隣にある夢幻家だった。そこには不思議な住人が住んでおり、相原もたびたび世話になっている。いや、正確には迷惑をかけていることの方が多いかもしれない。オカルトのネタを探すのはなかなか難しく、どうしてもその道の人に頼らざるを得ないのだ。しかも夢幻家の人々の情報は確かなものだから、締切前になるとどうしても頼ってしまう。なぜ迷惑だとわかっていて彼らに泣きつくのか。答えはシンプルだ。原稿を落とせばその分だけ給料を下げられてしまうからだ。ごくごく小市民の感覚を持った青年が鳥居をくぐると、神社の軒先に立っているふたりの人物に向かって猛ダッシュする。今日ばかりは相原はここに迷惑をかけに来たわけではない。正午を回ったあたりに電話があり、ここの主人に呼び出されたのだ。
 相原は息を切らせながら神主の夢幻 天堂に短く挨拶すると、隣にいる顔にマスクをつけた異様な雰囲気を醸し出す白装束の女性に目を奪われた。彼はすぐさま、彼女が霊能力者であることを察知した。天堂が向きを変える前に、彼女が自ら挨拶をする。女性は『アカデミー』という異能力教育機関で教師を務めているリィール・フレイソルトと名乗った。即座に相原が霊能力の保持を話題に出す。彼女の持つ能力がさっきから気になって気になってしょうがなかったのだ。彼女からは禍々しき力がわずかに感じ取れた。彼は記事にするよりも先に人間かどうか判断したかったのだ。するとリィールは「死霊使いです」と簡単に答える。彼女の能力は誰の目にも見えるものだったが、あえてここで披露することはせずに天堂と向かい合った。

 「日本の自然か……これはこれで結構なものですね。」
 「おっほひょひょひょ、異国の方の感想はいつ聞いてもいいのぅ。」
 「それって、絶対にここのこと誉めてくれるからでしょ?」
 「そうじゃ。わしは龍之介のように忙しくて騒がしい人間の感想なんか最初っから求めてないわい。」

 呼んだのは天堂さんじゃないですか……相原は喉元まで出てきた文句を飲み込んだ。せっかくのお誘いだ、きっとオカルトな何かがあるに違いない。それを聞き出すまでは我慢しようと彼は周囲に乾いた笑いを振り撒いた。そんな彼の考えなんかお見通しの天堂だったが、ここは知らぬ振りをしてリィールに用件を話すよう目配せをする。すると彼女は頷き、さっそく本題に入った。

 「お願いした資料はありますか。」
 「もちろんです。ただ守備範囲外だったんで時間はかかりましたけどね。えっと、これが戦国時代からの名家でお金持ちの園田一族に関する歴史的資料です。」
 「ありがたい。」
 「でも園田一族の歴史って、主人の高間一族にまつわるエピソードがちょこっとあるくらいで……」
 「実はそれが重要なんじゃのぅ。龍之介、前にもろうた安ーい草餅の礼に聞かせてやろう。」

 天堂が言うにはこうだ。一週間前、現在の園田家の主人・公浩がやってきたらしい。男は来るなり天堂にすがりついてお祓いを懇願したという。よくよく話を聞くと、夜中に中学生ほどの男が羽織と袴を身にまとって枕元に立ったそうで、少年は「お前を呪い殺してやる」と臓物が煮えたぎるような表情で言われたらしい。天堂は親から引き継いだ事業やら生活やらで忙しいから、たまたまそんな夢でも見たのではないかと一度は諭し、わんわん泣く公浩を慰める意味もこめて自分の小さな手を大きな肩に置いた。その刹那、老人は彼が幽霊の並々ならぬ怨念の糸に巻きつけられた状態であることを即座に察知した。おそらくは近い将来、彼は間違いなく呪い殺されるだろう。巫女の白海に気休め程度のお祓いをするように耳打ちし、その日は早々に家へ引き取ってもらった。そして天堂は自室でうーんうーんと記憶の糸を手繰り寄せ、ようやくある伝説を引っ張り上げた。それを確認するために、わざわざ龍之介に協力してもらったと言う。
 熱心に資料を読んでいたリィールが「間違いないですね」と答えると、話のバトンを天堂からもらって喋り始めた。江戸時代、園田家の先祖は他の家臣たちとともに高間家の後継ぎを勝手に決めたことがあったらしい。それが250年近く経った今に繋がるというのだから、さすがの相原も驚きだ。メモをしながらリィールの話を聞いた。
 当時の主君が流行り病に倒れ帰らぬ人となったのが、この事件の発端だった。次期当主には長男だが養子の定文、そして嫡男で弟の定次郎の名前が挙がっていた。長男の定文はこの人物はなかなかに優秀で父を凌駕する才能を持つ文武両道の少年であるのに対して、次男の定次郎はまだ幼少の身で人間の器も定文には及ばない。順当に定文が当主になると思いきや、園田たち家臣が彼の類稀なる才能を恐れて暗躍を始めた。そして定次郎を後継ぎをして据え、定文を閑職へと追いやったのである。汚い策略に陥れられた定文は絶望し、養父を追うようにして同じ病にかかってこの世を去った。元服を済ませてこれからという時の不幸で、年も二十歳に満たなかったらしい。

 「うんうん、確かに話は繋がりますよ。少年の幽霊は定文なんですよね。でも、なんで彼は今さら復讐してるんですか?」
 「実は、今さらどころの騒ぎではないのです。復讐は江戸時代末期から着々と進んでいたらしく……」
 「ええっ! そんな前から?!」

 相原が驚くのも無理はない。なんと定文は陰謀に加わった園田たち家臣6人と定次郎の血筋を絶やすべく、わざわざ何十年に一回のペースで呪殺していたのだ。復讐劇は江戸時代が終わっても続き、明治・大正・昭和と時間を経て、残るは園田一族のみとなった。彼はひとり殺すたびに刀を現場に落としたらしい。しかし、二人目を闇に葬るとその刀は姿を変えた。刃がふたつに割られたのだ。次第に割られていく刃は数を増し、昭和の終わりに殺された定次郎の子孫の足元には6つに割られた刃が残されていた。そして最後の血族である園田家の公浩を殺さんと再び定文の怨霊が甦ったというわけだ。さすがの相原も体の震えが止まらない。

 「や、やりすぎでしょ、それ……」
 「七刃と公浩の死体を転がす前に、なんとかして定文を成仏させなければならない。私は能力者だが、重傷を負っていて力を発揮できない。そこでアカデミーとあなたのネットワークを駆使して、定文を祓える能力者を集めてほしいのです。」
 「事件が丸く収まったらなら、記事にでもなんでもすりゃあええでのぅ。これなら龍之介も満足じゃろ?」
 「満足も何も、このまま罪もない子孫が殺されたら寝覚めが悪いだけじゃないですか……わかりました、俺も協力しますよ。」

 偶然にも次の仏滅に定められた殺人予告を止めるべく、相原とリィールは動き出した。ところが物陰から折れた小枝を踏む音が響く……リィールは殺気こそ飛ばさなかったが、何事かととっさに振り向いた。するとそこから年齢に似合わぬカバンを持った赤い目の少年が出てくる。龍之介は今の噂を聞きつけて早々と定文がやってきたのかと肝を冷やした。確かに怨霊と変わらぬ年齢に見えるが、彼はちゃんと足で地面を歩いている。れっきとした人間だ。彼はやわらかな微笑みを3人に見せながら頭を下げる。

 「ゴメンね、回診帰りに森林浴でもと思って休んでたらつい聞こえちゃって。」
 「今のはつい聞いちゃマズかったんじゃないか。忘れた振りして帰った方が……」
 「いや、彼なら大丈夫だ。そうだろう、十里楠 真雄。」

 さすがはアカデミーと言ったところだろうか。異能力者の情報と把握は世界随一。リィールの頭にも彼の名は轟いていた。まだ若いにも関わらず裏の世界で最も恐れられ、また尊敬されてやまない若き闇医者……それが真雄である。すでに置いてきぼりにされてうろたえる龍之介を見て、まだとぼける余地はあると踏んだ少年は自分の正体をごまかしたまま話を進めることにした。まだ幼さが残る端正な顔は微笑みを絶やさない。

 「ここまで聞いちゃったから、とりあえずお手伝いはする前提で……話に混ざってもいいかな?」
 「私は願ったりだ。」
 「ん……ま、いいや。力業で復讐劇を終わらせるのは簡単だよ。でもこれ、成り行きを見守るって訳にはいかないの?」
 「7人目の死体が転がったらどうなるかってことですか? 勘弁してくださいよ〜!」
 「龍之介はちゃんと話を聞いておったのかのぅ。頭が固いというのはよくないことじゃぞい。」
 「だって放っておいて関係ない人まで殺し始めたら、さらに問題じゃないですか!」

 天堂と龍之介が恒例の言い合いを始めると、リィールと真雄は心理的にふたりと距離を置いて話した。双方の表情を伺うと天堂は余裕の笑顔、龍之介は必死の形相。わざわざ彼らを止めてから説明するよりも、さっさと真雄との話をまとめた方が有益だとリィールは判断したのだ。

 「実際に悪事を働いたのは公浩の先祖だ。見る者が見れば、当然の報いと受け止めるかもしれない。」
 「そこがよくわかんないんだよね。確かに何百年も経って子孫を滅ぼすのは定文の逆恨みにも思えるし、7人の家臣が彼を陥れたことが元で病気になって死んだというなら定文に大儀があるように見える。今すぐに結論は出せないね……」
 「ならば自分で真実を知ればいい。そうではないか?」
 「やだなぁ、その全部お見通しっていうの。ま、ちゃんとボクの護衛についてくれるって言うのなら考えなくもないよ。」

 リィールは目尻を緩ませた。ふたりともハッキリしたことは口に出さないが、水面下で交渉が進んでいるのは確かだ。それを証拠にリィールが突然にして条件の提示をする。

 「報酬は現金で用意する。不都合がないように手配しよう。」
 「先に確認しておくけど、それって内訳にはキミの治療費も混ざってるの? だったら高いよ?」
 「定文を退治する際にお前を守る者がいなければ、困るのは……」
 「言うね〜。わかったよ、ボクもそのつもりでいるから。」

 真雄がいったいどんなつもりでいるのかはわからない。だが、交渉は成立したようだ。向こうではまだ天堂と龍之介が口ゲンカを続けている。よくも飽きずに毎日やれるもんだと神社の木々たちも肩を揺らして笑った。


 そしてリィールや龍之介がさまざまな準備をしているうちに、定文の怨霊がやってくる仏滅の日を迎えた。広大な敷地面積を誇る園田邸の前に龍之介とリィール、そして真雄と数人の男女がいた。もちろん今日の事件を解決するために集められた能力者たちだが、その面持ちは複雑な心境を物語っている。その中で自信をみなぎらせるのは高校生であり降霊師の不動 修羅だ。過去に何度かアカデミーの依頼をこなした経緯があり、今回のリィールの大抜擢に至った。同じく隣に控えし和服姿の女性は天薙 撫子で、こちらもリィールの推薦である。さらに楽天神社の神主と祖父との間に面識があり、撫子も幼い頃に神社へ行ったことがあるそうだ。龍之介は彼女のおしとやかさに一抹の不安を感じたが、あの天堂が「実力は折り紙付きじゃ」と評したので全面的に信用することにした。ただ、この時点でもまだ撫子の心中は揺れている。どのように立ち振る舞うかは状況次第だが、その時々の判断で動作が少し鈍ってしまうかもしれない。しかも今回は過去に連携して戦ったことのあるリィールが負傷しており、とても戦うことのできる状況ではないそうだ。今は気丈な姿でいるが、服の隙間から見える包帯が痛々しい。定文出現後の展開を見据えながら、撫子は頭の中でさまざまな手段を考えていた。
 そんな彼らから5歩以上は下がって歩く長身の男性がいた。極悪な顔をしているくせに顔面蒼白で、緊張か恐怖かはわからないが何度も何度も息を飲む。そのくせ武器としてチェーンソーを持っているのだから本当によくわからない。彼の名はCASLL・TO。悪役俳優として活躍する彼もまたこの事件の行く末を憂いて戦おうをする能力者のひとりである。いつもは右目に眼帯をしているが、今回は外していた。実はこの事実を知ったリィールが「ほぉ」と驚く。修羅や撫子にはない魅力が彼に秘められているのだろうか……リィールはマスクの内側で口元を上げた。

 恐る恐る玄関を開けた公浩は訪問者が龍之介と知るや、喜び勇んで一行を中へ通した。そして立派な日本庭園を望む縁側まで案内する。そこで龍之介が確認とばかりに口を開く。「いい機会だ」とリィールも思ったことを素直に言った。

 「ご家族は楽天神社でお預かりしています。天堂さんもご安心下さいとおっしゃってました。」
 「かっ、家内には通帳や印鑑なども全部持たせてあります。私に心残りはありません。」
 「ならばお尋ねしますが、あなたは命が助かるのならこの家が少し傾くことは我慢できますか?」

 彼女からの質問はきわめて丁寧な口調だったが、これから起こるであろう厳しい現実を端的に言い表していた。この戦いはあらゆる意味で無傷では終わらない……そう言いたいのだろう。さすがの撫子もこれには異論を挟まず、申し訳なさそうに主人を見るしかなかった。すでに公浩は恐怖に怯えており、言われるがままに首を小刻みに動かすばかり。ところがリィールはその動作を確認すると、彼に一枚の紙を差し出した。龍之介は驚いた。無記名の小切手だ。しかも名義は彼女本人のもので、紛れもない本物である。

 「アカデミーからの見舞金です。事件が無事解決し、あなたに命があれば好きにお使いなさい。」
 「リィール様……最初からそのような準備をなさっておいででしたの?」
 「このような小さな自然でも蹂躙するのは性に合わない……それだけだ。来るぞ!」

 高い塀があるにも関わらず、音もなく静かに現れた鎧武者……彼が定文の怨霊なのだろう。彼はすらりと剣を抜くと公浩を指し、まずは虚空を一閃する。その衝撃は縁側にいた修羅の髪をわずかに揺らす。もちろんそれは誰の肌にでも感じられるほどの威力があり、公浩を怯えさせるには十分すぎた。しかしその威力よりも狂気に渦巻く力を察知したCASLLや龍之介たちの方がある意味で不幸だったと言える。
 武者の一歩が周囲の草花を確実に枯らす。思わず龍之介はリィールの顔を見た。緑多き楽天神社で、そしてこの箱庭で自然を愛する心を見せた彼女の目は殺気を帯びている。彼は激しい戦いになると予想し、立ちすくむ公浩を乱暴に部屋の押入れに叩き込んだ。

 『園田ぁ……お主の悪事、その血で償え!』
 「リィールさん。ちょっと調べたいことがあるんだけど、この場は持ちこたえられそう?」
 「怪我をしている私より、回りに聞いたらどうだ。」
 「おいおい。アンタ、怪我してるっつーのにこんな前に立ってるのか?」
 「リィールさん、なんで……?!」

 修羅とCASLLには連絡時に怪我の説明がなかったらしく、ふたりは「なぜ今さらそんなことを」と揃って困惑の表情を見せる。定文の歩みは止まらない。いつ振りかはさだかではないが、久しぶりに踏みしめる地面の感触を楽しむかのように歩いている。龍之介はそれを見ていよいよ冷や汗が全身からにじみ出てきた。怨霊の迫力に負けたのではない。仲間の敗北を目の当たりにしたからだ。
 実はすでに戦いは始まっていた。修羅は定文が出現した瞬間、その身に敵を降霊し封じ込めようとしていたのだ。ところがあまりに長い年月が怨霊としての力を増幅させていたらしい。武者の歩みは修羅の敗北を雄弁に物語る証拠となった。これ以上の間合いが詰まれば、もう戦いは避けられない。修羅は仕方なしにその場で自論を定文にぶつけた。

 「一連の話は聞いてる。失脚とかなんとかあったけど、アンタが死んだ原因は病なんだろ。だったらこのオッサンを殺しても仕方ないだろうが。」
 『たわけが! そやつは健常なわしに毒を盛らんとした張本人ぞ!』
 「確かに『共謀した家臣たちが何かした』って言ってるけど、言ってるのが定文だからなぁ。もっと遡らないと。」
 「……真雄さん、何してるんですか?」
 「ああ、何かわかったらキミたちにもちゃんと話すから。今は集中させて。」

 CASLLの問いかけに年に似合わぬ艶やかな笑みで切り返す真雄。園田一族を滅ぼす前にも同じような文言を大義に掲げ、別の子孫を殺害しているだけに気になるところだ。そう、すでに真雄も自分なりの戦いを始めていた。リィールが守ってくれる保証などどこにもないのに……
 撫子は修羅の呼びかけで定文が歩みを止めた瞬間に御神刀『神斬』を抜いた。相手は怨霊だ。その気になれば浮遊することや瞬間移動なども可能かもしれない。特に彼女は瞬間移動に対して強い警戒心を持っていた。一瞬にして公浩が殺されたのでは意味がない。それを阻止するため、いつでも能力を全開にまで伸ばす準備をしていた。CASLLも折れない心をチェーンソーに宿らせ、刃を回転させ始める。もはや言葉では止められない。そしてついに戦いの火蓋が切って落とされた。定文が長身の男に向かって一気に間合いを詰める!

 『成敗っ!』
 「こ、こ、こっちから?!」
 「やらせませんっ!」

  パッキーーーーーン!

 信じられない光景が龍之介の目前に広がる。あり得ない。こんなあっけないとは。奇妙な音に反応し、そこにいた誰もが視線を落とした。CASLLに向けられた凶刃を止めるために、ただ撫子が一心に刀を振るった。これが事実だ。しかしただそれだけで定文の刀は根元からポッキリと折れてしまった。確かに定文は脇差を持っている。これで戦えないことはないだろう。しかしチェーンソーや刀にはあらゆる面で圧倒的に劣る。撫子は妖術の類を用いられないよう警戒を強めた。すると突然、真雄が冷静に後ろから叫ぶ!

 「折れた刀に近づくな! 別の怨霊が出るぞ!」

 彼の言う通り、凶刃は死んでいなかった。刀身から放たれた妖しき紫紺の煌きはひとりの武士の姿を形作ったのだ!

 『うがあぁぁ、く、苦しい……園田ぁ、お前も来い……っ!』
 「まっ、まさかこれは!?」
 『わしが使役しておる愚者よ。今も生き地獄を味わってもらっている次第じゃ、はっはっは!』
 「こ、これって、し、子孫の怨霊なんですか? そんな、罪もない人は斬れませんよ……!」
 「でも、もたもたしてると数が増えるよ。」

 定文の勝ち誇った高笑いを止めたのは真雄の言葉だった。それは同時に味方の心をも凍りつかせる。彼はあまりに残酷な現実をその口から紡ぎ出す。

 「あの刀、ただ折れて下に落ちただけなのにいつの間にか真ん中からヒビが入ってる。実は時間とともにあれは6つに割れるんだ。今まで復讐を果たした人数と同じ数だけ、ね。そしてとどめは自分で……あの血の滴る呪いの凶刃で敵の心臓を貫くってわけさ。」
 「お、折れたはずの刀に赤い刀身が……い、いつの間に?!」
 「定文は最初からあの刀で戦うつもりなんかなかったのさ。刀身を折られるために一芝居打ったんだ。みんな気をつけなよ、彼の本当の力はそんなものじゃないから。」
 『き、貴様は占い師か? それとも……』
 「完全に割れるまでもう時間がない。迷っている暇はないということか……仕方ない。出でよ、偉大なりし真白き英霊よ! この身にその気高き力を宿らせたまえ! 『死霊の空蝉』っ!」

 愛用の武器である巨大な槍を持たずにここへやってきたリィールだが、このまま黙って引き下がることはできないと判断し『死霊の空蝉』の能力を発揮した。怪我を耐える彼女に寄り添うかのように、複数の腕を持つ骸骨のオーラが出現する。そして彼女は無念の魂と対峙した。だがCASLLは彼女の状態が心配で心配でたまらない。

 「リ、リィールさん! 今のあなたの身体では無理です!」
 「段階的に敵が増えていく以上、じっと立っているわけにもいかな……ぐっ!」

 CASLLは息を飲んだ。やはり無理なのか……リィールが片膝を地面につけると、愚者がすさまじい勢いで迫る! 撫子はなんとか助太刀しようと一歩踏み込んだ刹那、鮮血にまみれた刀が行く手を阻んだ!

  ビュ……ッ、カシャン!
 『どこへ行く? わしの戦いに割って入ったのなら、最後まで付き合わぬか!』
 「し、しまっ……どっ、どなたかリィール様をお守り下さい!」

 定文が撫子を敵と見定めた。これには理由がある。彼はこの中で一番できるであろう人間の動きを封じることで、戦局を有利に進めようとしたのだ。まんまと敵の術中にハマった撫子は気が気ではない。ここまで接近されては妖斬鋼糸を手繰ろうとしただけで攻撃されてしまう。自分はただ目前の危機を黙って見ているしかないのか……絶望感が周囲を取り巻いた時、園田家に無残な音が響いた。

  グサッ!
 『う……ううう……な、なぜだ、なぜ、なぜ動ける……んだ?!』

 悲鳴を上げたのは……なんと愚者となった子孫の霊だった。リィールに従いし死霊が敵の胸を一突きし、大いなる力で瞬時にその存在を消し去ったのだ! それを見届けたリィールは何事もなかったかのように立ち上がる。そして新たに出現しようとする愚者を相手せんと身構えた。

 『なっ! 貴様、たばかったな!』
 「大義もないこの戦いに武士道など欠片も必要ない……!」
 「隙あり! 龍之介様、そこをお退きになって下さい! 妖斬鋼糸!」

 完全に虚を突かれた定文は撫子の一閃をマトモに食らって後ずさりしてしまった。その隙に公浩が隠れている押入れに向かって妖斬鋼糸の多重結界を張ることで簡単に近づけないようにすると、後ろから斬りかかってくる武者の攻撃を全身から放たれる殺気を察知して避ける。CASLLは手助けができればとチェーンソーを巧みに操りながら定文の体勢を崩そうとさまざまな角度から攻撃を放った。攻撃は最大の防御とはまさにこのことで、敵もこの間は小細工をする余裕がなく、今はただふたりを相手に斬りあうしかない。
 真雄は戦いの状況を見ながらあえて争いを避けるような立ち振る舞いを続けている……つまりリィールはひとりで残り5人の愚者たちと戦う必要があった。龍之介はなんとかならないものかと周囲に目をやると、修羅がしたり顔で『あること』を行おうとしていた。そして次の瞬間、驚くべき現象が彼の目の前に現れる。あの『死霊の空蝉』なる能力を、修羅が同じようにやってみせたのだ! しかも彼の守護をするのは、リィールが得意とする有翼類の恐竜。さすがのリィールも声を上げた。

 「底知れぬ素質……降霊の業にそこまでの磨きがあるとは、まさに恐るべき大器だ。」
 「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。さ、残りの愚者を倒すぞ。」
 「英霊よ、彼に加護を……!」

 形勢は完全に逆転した。
 『死霊の空蝉』が虚を突かずとも強力であることは撫子も知るところである。その身に霊を宿した修羅もその実感があった。本家が唸るほどの才能を秘めた彼に一部の隙も生じるはずもなく、次々と現れる愚者たちはことごとくふたりの餌食にされた。それは撫子とCASLLと同じく、見事なコンビネーションであった。
 ところが刃が割れるごとに子孫は厄介な武器を手にし始める。復讐の時期が明治を越えると、愚者は本人が愛用していたと思われる拳銃を容赦なく撃ってきた。修羅は死霊を操って翼で突風を巻き起こし弾丸の軌道を変えると、すぐさまリィールが別の角度から襲い掛かりとどめを刺す。それが2体同時であろうともまったく動ずることなく叩き伏せた。


 紫紺の愚者が全員倒された頃、CASLLに疲れが見え始めていた。もちろん文武両道と評される定文がそれを見逃すはずがない。今までは小刻みの連撃を続けていたが、タイミングを計ってわざと撫子に対して大振りを仕掛けた。撫子はそれをしっかりと受けようとするが、すでに長時間の戦いで力の入れ方などの癖を読まれていた。今までにない攻撃で戸惑ったことも災いし、ついその一閃を弾いてしまう。しかし、定文の凶刃が狙っていたのは軌道の延長上にあるCASLLの首だった!

 「CASLL様、避け……!」
 『遅いわぁぁぁ! その首、頂戴いた』
 「アクションっ!!」

 どこからともなく場違いな声が響いた。それを発したのはリィールだ。彼女は味方を二度までも欺いた。一度目は自分が真雄の治療を受けて全快していること、二度目はCASLLの秘められた才能をあえて知らぬ振りをしていたことである。この言葉を聞いたCASLLは思い切ってチェーンソーを手放し、怨念で塗り固められた刃を両手で受け止めた!

 『し、し、しっ! し、真剣……白羽取りだとぉぉっ!』
 「性根の腐ったような武士の剣なんざ、怖くもなんともねぇよ。俺がてめぇに本当の恐怖を教えてやるぜ……ああん?」

 完全に性格が変わってしまったCASLLを目の前に、さすがの撫子も呆然と立ち尽くす。能力を使っていた真雄も突然の出来事に戸惑った。ふたりの静かな攻防が続く中、定文はあっという間に龍之介を除く全員に取り囲まれてしまう。威圧感たっぷりの連中に囲まれたら、さすがの定文も心穏やかではいられない。腕の力が抜けたと同時に怨念の刃は叩き折られ、さらに媒体の役目を果たしていた刀本体もCASLLに踏み潰された!

 「あっはっはっはっは! どうだ、武士の魂を折られて悔しいか? 悔しくなんかねぇよなぁ〜。てめぇは確かに魂だが、武士の誇りなんてこれっぽっちも残ってねぇもんなぁ! はっはっは、片腹痛いぜ! お前、痛いか? お前は痛くねぇよなぁ? あーっはっはっは!!」
 『こっ、これほどまでに愚弄されるとは……っ!』
 「カット!」
 「はっは……………っは?」

 CASLLの自信に満ち溢れた態度はすべて「カット」の一言できれいさっぱり消え去った。彼は手に得物がないのを知ると、さっきの自信はどこへやら、慌てて畳に突き刺さっていたチェーンソーを持ち直す。体勢を整えるまでの時間はさっきの白羽取りに比べればかなり遅い。しかもすでに戦いは終わっているのだから、今の彼はマヌケ以外の何者でもない。

 「ああ! 撫子さんがなんとかなさってくださったんですね。これはどうも、ありがとうございました!」
 「………いえ、それほどでもございませんわ………」
 「そりゃそういう反応になって当然だよねぇ。」

 答えに窮する撫子を哀れむかのように、真雄がボソッと本音をつぶやく。

 「誰もが定文に対して言いたいことをわざわざ代弁させて済まなかったな、CASLL。」
 「な、何がですか? え、私また何か余計なことしました?」

 リィールはマトモな反応が返ってこないのを見越したかのような態度で彼と接している。おそらくCASLL自身、あのセリフで括られた間の記憶はまったくないのだろう。誰もがそうとわかっていながら、あえて真雄は能力を使って状況を確認。「便利な人だなぁ」という感想が喉元まで出かかったが、もちろんそれは飲み込んで全員の輪の中に入った。そして定文に問い質す。

 「ホントに困った人だけど……言ってることはぜーんぶ事実なんだよね。どうしよっか。」
 「で、でも真雄さん。それって確証とかあるんですか?」
 「アカデミー風に言うと、ボクはそういう能力者だから。今の話を信用するかどうかはみんなに任せるよ。ただ定文が誤解されたまま祓われたとしても、それはそれで仕方のないことだと思う。間違ったことを何百年もかけてやってきたのも事実だしさ。」

 どうも話がややこしくなってきた。定文は被害者だが、加害者である。どちらに天秤を傾けるかとなると、これは本当に難しい問題だ。誰もがあごに手をやったり腕組みをしたりして、なんとか解決策がないものかと考えを巡らせる。
 そんな最中、修羅は死霊ではなく、別の霊を降ろしていた。それに最初に気づいたのは撫子だ。その霊は裃を着たずいぶんと身分の高そうな人物である。続いて真雄が見た。すると、珍しく驚きの声を上げるではないか。

 「こ、この人、定文を失脚に追い込んだ張本人じゃないか……!」
 『うむ、ここは現世か? うおっ! そこにおわすは定文様! まっ、まさか?!』
 「そうだ。公浩の祖先で、定文の家臣だった園田だ。おい、コイツが一番悪いんだよな?」
 『お、お主……凶刃を振るったわしに情けをかけるというのか……?』
 「別にそのままアンタを除霊してもよかったんだが、その恨みってのもわからなくもないからな。大サービスだ。こいつを闇に葬ってさっさと成仏しろ。いいな!」

 定文がゆっくりと頷き、脇差に手をかける。目前の恐怖に怯える園田の祖霊……しかし修羅の力は強大で、その束縛を解き放つことはできない。撫子はすかさず定文の浄化をするために妖斬鋼糸で結界を施す。彼が無念を晴らせばすぐにでも成仏するように準備したのだ。そして定文は祖霊の首をつかみ、脇差を腹に突き立てようとする!

 『行くぞ……園田! わしの地獄行の共をせいっ!』
 『うがあぁぁぁ、お、お許しを……ひいいぃぃぃーーーっ!』

 すべてが終わる前にふたりは光となってこの世から姿を消した。彼らが行くのは地獄か、はたまた無限の闇か。それは閻魔にしかわからない。


 公浩はなんとか命を拾った。その感謝ではないがと前置きしながら、リィールの小切手を皆の目の前で破り捨てた。情けない先祖の姿を目の当たりにしたからか、ずいぶんと謙虚な態度で感謝の言葉を述べる。彼は崩された場所は自分の力で直してみせると約束し、皆と別れを告げたのであった。リィールも「早く美しい庭園を再建してくれ」と激励し、その場を後にした。
 龍之介とリィールは楽天神社の天堂に結果を報告する必要があった。公浩の家族もそこにいる。最後まで協力者たちとは一緒にいられない。事前の取材通り、複雑な感情と構図が入り乱れたこの事件をどう記事するか……龍之介は今から首を捻っている。「ちょっと内容がややこしいから、連載にした方が食いつきがいいかな」と今からさっそく紙面構成を考えていた。そんな帰り道の途中、リィールはある人物の耳元でこんなことをつぶやいた。

 「ずっと過去を見る能力を使っていたわりには、ずいぶんと手癖が悪いようだな。」
 「やっぱりバレてた?」

 相手は真雄である。実は6人の愚者を倒す際に彼の素早いメス捌きが混じっているのを彼女はかろうじて知ったのだ。修羅が状況を楽にしてくれてなければ、きっと何も気づかずに終わっていただろう。真雄はおどけた表情のまま、リィールの話を聞いた。

 「過去を遡り、幾人もの辛い記憶を見た。だからか。」
 「そうだね……せめてあの6人にはいい夢が見られるように魂の治療をして、安らかに天へ向かうようにしたのさ。」
 「誰が善人で、誰が悪人なのか。まったくもってよくわからない事件だった。」
 「あ、忘れるとこだった。キミの治療代はもちろんだけど、6人分の魂の治療代も余分に請求していい?」

 静かな微笑みを浮かべながらとんでもないことをさらりと言ってのける真雄。リィールは思わず、もう一度同じセリフを言いそうになった。誰が善人で、誰が悪人なのか……どうやら身内から洗い直す必要があるらしい。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

3628/十里楠・真雄   /男性/17歳/闇医者
0328/天薙・撫子    /女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
2592/不動・修羅    /男性/17歳/神聖都学園高等部2年生・降霊師
3453/CASLL・TO /男性/36歳/悪役俳優

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回ははがわ絵師とのコラボ作品「七刃敵討」!
うちのリィールも交えての作品でしたが、皆さんいかがだったでしょうか?
魅力たっぷりのはがわワールドに乗っかってがんばって書かせていただきました!

修羅くんはお久しぶりです〜。真雄くんがお医者さんだったのでリィールと戦えました。
いつもリィールが使ってる死霊を降ろし、天賦の才を見出された修羅くんですが……
今回は頭脳戦もバッチリでしたね(笑)。一部の隙もない見事な解決でございました!

今回は本当にありがとうございました。この場を借りて、はがわ絵師に感謝申し上げます!
それではまた次回のコラボ作品や特撮異界、ご近所異界や通常依頼でお会いしましょう!