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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


『柚葉誘拐される!(交渉編)』

【オープニング あやかし荘にて】

「さ、三下さん!?」
 あやかし荘の管理人・因幡恵美はあやかし荘の玄関で悲鳴をあげた。
 あやかし荘の住民のひとり・三下忠雄がぼろぼろの姿で倒れていたからだ。彼は年末の買い出しに柚葉とデパートに出かけたはずだった。しかし、今の彼は顔中に殴られたような痕があり、唇が切れて、服もぼろぼろに破かれている。
「三下さん、これはいったい……すぐに救急車を呼ばなくちゃ!」
 恵美は急いで電話へと向かおうとしたが、その腕を三下に強く握られた。
「だ、だめです。救急車はだめです!」
「どうして? そんなに大怪我をしてるのに」
「か、管理人さん。柚葉ちゃんが……、柚葉ちゃんが……」
 三下の目からぼろぼろと涙が零れてきた。
「柚葉ちゃんがどうしたんですか?」
 そう言えば、彼と一緒に出かけているはずの柚葉の姿が見あたらない。
「柚葉ちゃんが誘拐されたんです!」
「えっ!?」
 恵美は大きく目を見開いた。柚葉が誘拐されたという事実を聞かされても頭が回らない。
「柚葉ちゃんが誘拐されたってどういうこと?」
「デパートからの帰りに柚葉ちゃんが肉まんが食べたい≠チていうからコンビニで買ってたんです。そしたら、外で待ってた柚葉ちゃんの前で急に黒いワゴン車が停まって、中から男が出てきて柚葉ちゃんを無理やり車に乗せようとしたんです。僕は慌てて柚葉ちゃんを助けようとしたんですけど、いきなり別の男に襲われて……」
「そんな……」
「男たちは柚葉ちゃんの誘拐が目的だと思うんです。警察沙汰になれば、柚葉ちゃんがどんな目に遭わされるか……だから、僕は必死にここまで戻ってきたんです」
「わ、わかりました。取りあえず誰かを呼んできますから、待っててください」
 恵美は三下をあやかし荘に運ぶためにアパートの中へと戻った。玄関に入ると、玄関の黒電話で嬉璃が誰かと話をしていた。
「柚葉は今買い出し中ぢゃ。大の大人がいたずら電話とは情けないのう。顔を洗って出直してまいれ」
 嬉璃はそっけなく言うと、さっさと電話を切った。
「嬉璃ちゃん。誰からの電話?」
「いや。ただのいたずら電話ぢゃ。柚葉がどうたらこうたら言っておったが……」
「そんな! だめだよ。切っちゃ!」
「なぜぢゃ? 柚葉は今三下と買い出し中なのぢゃろう?」
 嬉璃が怪訝な顔をこちらに向ける。
「違うの。柚葉ちゃんは本当に誘拐されちゃったの!」
 恵美は一気に三下から伝えられたことを嬉璃に伝えた。
「まったく。三下は女ひとりも守れないなど男の風上にもおけるやつぢゃ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。もし柚葉ちゃんの身にもしものことがあったら……」
 恵美はそう言ってる矢先、ふたたび黒電話が鳴り響いた。
「は、はい! あやかし荘です!」
『今度はまともな奴が出たようだな。おたくの娘をあずかっていることは知っているな?』
「は、はい。知ってます。柚葉ちゃんは……、柚葉ちゃんは無事なんですか?」
『今のところはな。だが、今後はどうなるかわからないなあ。無事に返してほしければ、誠意ある対応をお願いするぜ』
 下卑た声が電話越しに伝わってくる。
「わ、わかってます。お金ならちゃんと用意しますから、柚葉ちゃんには何もしないでください」
『そうそう。素直なのが一番だ。また一時間後に身代金と身代金の受け渡し場所を電話する。わかっていると思うが、警察に連絡すれば娘は無事に帰れないと思え』
 それだけ告げると、誘拐犯と思しき相手は電話を一方的に切った。
「……これからどうしよう。警察にも連絡できないし」
 恵美がひとり肩を落としていると、嬉璃が不敵に笑った。
「警察でなければかまわんのぢゃろう? わしらの知り合いやあやかし荘の住民には警察よりもよほど頼りになる相手がおるぢゃろ。そいつらに力を貸してもらうんぢゃ」
「そうか。わかった。すぐに助けを呼んでくるね」
 恵美は急いで犯人と渡り合えそうな住民を呼びに行った。

【本編 交渉開始】

 恵美が助けを求めたのは義賊・加藤忍だった。
 恵美は裏世界で有名な忍ならば、犯罪者の心理を読むことができるのではないかと考えた。そして、事情を説明すると、忍はいつもの皮肉めいた笑みを浮かべて答えた。
「犯罪の知識が逆に人助けの役に立つとはね、思いもよりませんでしたよ」
「お願いします。柚葉ちゃんを助けたいんです。もうすぐ誘拐犯から交渉の電話がかかってくるはずです」
 犯人との約束の時間まで残り十五分を切っている。
「管理人さん、落ち着いてください。確かに柚葉嬢の命は心配です。私もなんとしてでも柚葉嬢の命は助けたい。だからといって、相手の言いなりになってはいけません」
「どうしてですか? わたしにとって柚葉ちゃんは妹みたいな子なんです。あやかし荘を売り払ってでも、わたしが人質になっても助けてあげたいんです」
 涙をこぼしながら訴える恵美の肩を、忍は掴んだ。
「あなたは犯罪者の心理がわかっていない。やつらはあなたが柚葉嬢を心配する気持ちにつけこんでいるんです。子供を連れ去られた親は自分の命を投げ出してでも子供を救いたいと願うでしょう。そんな親子の情につけ込むような唾棄すべき相手です」
「でも、相手の言うことを聞かなければ柚葉ちゃんの命が……」
「管理人さん、冷静に考えてみてください。相手は人質を取ってまで金を要求するということは、それだけ金がほしいということです。まして、殺すことまで覚悟するということは相手はよほど金に困っているということです。コンビニで万引きするのとはわけが違う。だからこそ、我々にも交渉の余地があるんです」
「確かにそうですけど……」
 恵美は渋々納得することとした。
「相手がこちらの弱みにつけ込んでくるなら、こちらも相手の金がほしい≠ニいう弱みにつけ込んでやればいい。うまく焦らして柚葉嬢の命を確保することと、やつらを捕まえやすい場所に身代金の受け渡し場所を指定することが大切です」
「だったら、加藤さんが交渉してください」
「いえ。わたしではなく、あなたが交渉するんですよ、管理人さん」
「そんな……。わたしには無理です!」
 恵美にはとても凶悪な犯罪者と立ち向かえるだけの自信などなかった。
 忍の言うことには納得ができる。けれど、相手に柚葉の命が握られている状態で、こちらに有利になるように会話を運ぶなどとてもできそうになかった。
「相手は管理人さんが最初に出たことがわかっています。今私のような若い男が出れば、相手は警察ではないかと疑います。それでは交渉がしにくくなります。やつらが電話の相手が気弱な女性だと思い込ませていなければならないんですよ」
「でも……」
「心配はいりませんよ。私があなたの側にいて、あなたと犯人たちの会話を聞きながらアドバイスをします。だから、あなたも心配しないで落ち着いて話をしてください」
「でも、わたしがへまをしたら……」
「大丈夫ですよ。相手は金がほしくてたまらないはずです。いざとなれば、天王寺さんに頼めば一億や十億はぽんと出してくれますよ」
 恵美の頭の中に、あやかし荘のスポンサー・天王寺綾の高笑いがよぎる。確かに彼女ならば十億ぐらいは出してくれそうだ。そんなふうにまわりに強い味方がいるかと思うと、恵美の心は次第に落ち着いていった。
 その恵美の顔の変化に忍も気づいて、
「少しは落ち着いたようですね。そろそろ犯人からの電話がかかってくる時間ですよ」
「はい。がんばります」
 そう恵美が強い決意で告げたとき、あやかし荘の黒電話が鳴り響いた。

       * 

 恵美は忍の言われるままに小型無線機を片方の耳につけ、忍が電話に盗聴器を仕掛ける準備を待ってから電話を取った。
「……もしもし」
『警察には連絡していないだろうな?』
 あいかわらず相手を威圧するような低い声。恵美は緊張と恐怖で呼吸をするのもつらいほどだったが、必死に自分をなだめていた。
「はい。警察には連絡していません。だから、柚葉ちゃんを返してください」
『もらうものをもらったら、さっさと返してやる。いいか、これから身代金の金額と身代金の受け渡し場所を指定するから一時間後にそこまで来るんだ』
 犯人は一気にまくし立てる。相手に考える余裕を与えないためだろう。恵美もいざ電話を取ると、頭が空転してしまって相手の言うことを、はいはい、と従順に聞くことしかできなかった。
『まずは柚葉嬢が無事なのか確認してください。こちらがパニックを起こしてなにをしですかわからないことを伝えるんです』
 無線機から忍の指示が聞こえてくる。恵美はうなずいた。
「あの、お金の話の前に柚葉ちゃんが無事なのか確かめさせてください。ちゃんと無事なのか知りたいんです。じゃないとわたし不安で不安で落ち着いていられないんです」
 恵美の言葉に、ちっ、と舌打ちする声が聞こえる。
『わかった。代わってやる』
 しばらくの後、元気な声が聞こえてきた。
『メグミ? なにか用?』
「ああ、柚葉ちゃん。大丈夫? 怪我なんかしてない?」
『怪我なんかしてないよ。ここのお兄さんたちにたくさん肉まん買ってもらったし。はやくメグミもここにおいでよ。なんかみんな怒ってばかりの楽しい人たちだよ。ここはね……』
 柚葉が犯人たちの居場所を言いそうになったところで、慌てて電話が代わった。
『これで人質が無事だとわかっただろ? ただ、おかしな真似をしたらすぐに人質の命がなくなると思えよ』
「……わかりました」
『身代金は一億円。受け渡し場所は町はずれの閉鎖された工場。身代金の受け渡し時間は今から今から一時間後の午後四時。いいな?』
 恵美が忍の顔を見ると、忍からの助言が耳に聞こえてきた。
『町はずれの工場はいけません>様子から見て、柚葉嬢は犯人の顔を見ています。あなたも身代金受け渡しの際に顔を見ることになるはずです。そうなれば、あなたと柚葉嬢の命も危ういし、私も助けにくくなります。だから、身代金の受け渡し場所は理由をつけて街の南の河川敷にしてください』
 忍の指示に、恵美はうなずく。その間にも犯人の苛立った声が伝わる。
『おい、どうした? さっさと返事をしろ』
「す、すみません。身代金の受け渡し場所は工場よりも街の南の河川敷の方がいいと思うんです」
『河川敷だと? なぜだ?』
「そもそもわたしはその工場の場所を知らないんです。とても一時間でそちらには行けません。まして、一億円なんて大金を持って閉鎖された工場に入っていくところを他の人に不審に思われますよ?」
『だが、おまえの指定する河川敷に警察がひそんいるっていうことも考えられるだろ?』
「そんなことありません。河川敷なら見晴らしもいいし、あなた方の誰かが遠くで見張っていれば、警察がひそんでいるかどうかがわかるはずです」
『ふん。そんなことで信用ができるか』
 恵美が困って、忍の顔を見ると、
『いいですか。これからは私の言うとおりに話してください』
 恵美はこくんとうなずくと、犯人たちに話をした。
「でしたら、こうしましょう。その南の河川敷から一キロ上流の河川敷に場所を変えましょう。今場所を変更すれば警察も包囲することはできませんよね?」
『よし。わかった。そこにしてやる。だが、少しでもおかしな真似をしてみろ――』
「わかっています。指定された場所にはわたしひとりしか行きません。ただ、一億円なんて大金を用意するのは時間がかかります。とても一時間じゃ……」
『おまえのアパートにはスポンサーがいるだろう? そいつから金を出してもらば簡単だろう?』
 恵美の心臓が強く波打った。天王寺のことまで知っているなんて。相手はこちらの経済状況まで把握している。これは念入りに計画された犯罪なのだろう。
 恵美が慌てて忍の顔を見ると、彼は穏やかに微笑んでいた。自分の言うとおりに進めれば、問題ないと言わんばかりに。
「キャッシュディスペンサーじゃないんですよ。いくら天王寺さんでも簡単に一億円を出すことはできません。一億円なんて大金を用意するためにはそれなりの時間がかかります」
『そんなことを言って時間稼ぎをしても無駄だ。人質の命が惜しくないのか?』
「わたしは柚葉ちゃんの命が大事だからこそお願いをしてるんです。お金なら必ず用意しますから……だからどうかお金が用意できるまで待ってください」
 恵美は忍に言われるままに泣いて相手の情に訴えた。いや、本当に涙が零れてきた。無力な自分が悔しかった。
『……仕方ない。三時間後にもう一度電話をかける。それまでに金を用意しておけ。いいな?』
 そう言って、相手は電話を切った。
 恵美は一気に力が抜けて廊下にへたり込んだ。そんな恵美の肩を忍が抱く。
「お疲れさまでした。あなたの心からの涙で相手の気持ちを揺り動かすことができたようです。でも、まだ安心しないでください。これからが大変ですよ」
 忍の言葉に恵美はこくんとうなずく。忍は飄々とした笑みを浮かべ、
「さて、あと三時間以内に作戦を考えてしまいましょう」
 とのんびりした口調で告げた。
 だが、忍の目からは確かに犯人への怒りがほとばしっていた。

【奪還編へと続く】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
参加していただいたPCのみなさま
 5745/加藤忍/男性/25歳/泥棒

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■         ライター通信          ■
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 加藤忍様。今回もご参加ありがとうございました。
 納期ぎりぎりとなってしまったことを深くお詫びいたします。
 引き続き【奪還編】へのご参加をお願い申し上げます。