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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・除夜」



 もうすぐ今年も終わる。
 夜道を巡回していた浅葱漣は、小さく息を吐いた。吐き出した息は白い。
 なんだかあっという間の一年で、寂しくて……しみじみしてしまった。
(妖魔の反応ナシ、と。さすがに大晦日は出てこないんだな)
 それはそれで助かるが……ああいう人外の輩が人間の行事に遠慮するとは思えない。
 だがまあいい。今日くらいは……静かなほうがいいだろう。
 そろそろ戻ろうと歩いていた時、壊れた塀に腰掛けて空をぼんやり眺めている遠逆日無子を発見した。
 どき、として漣はとっさに隠れてしまう。
(え? なんで隠れてるんだ、俺)
 疑問符を浮かべつつ、そっと覗くと日無子は本当にぼーっとした顔で頬杖をついていた。
(戦った形跡もないし…………彼女も収穫はゼロということか)
 しかしなんだろう。
 普段はいつもにこにこと笑顔でいることが多いというのに、なぜあんなに憂いたような表情なのか。
(日無子、ね)
 遠逆の匿名性の高さゆえ、調べてもたいしたことはわからなかった。
 悪い噂もないし……危険視する必要はないと思うのだが。
(妙なのはそこだ。遠逆日無子の戦闘能力の高さは、普通じゃない)
 それなのに…………表舞台にほとんど出てこない。知る者も少ない。
 仕事が欲しければ技量の高さをアピールするのも手だと思う。噂くらいは耳にしてもおかしくはない。
 だが、それはない。
 悩んでいると、日無子はくるりと漣のほうを見た。
 視線が合う。
 彼女はぼんやりした視線だったが、突然にま〜っと微笑んだ。
「覗き見か。浅葱さんは、ノゾキが趣味?」
「ち、違うっ」
 漣は隠れていた角から身を乗り出し、彼女の前まで歩いて来た。
 ちょうど視線の高さが日無子の腹のあたりだ。帯が目に入った。
「覗きながらうんうん唸ってたじゃん。おなかでも痛い?」
「違う」
「あらま。違うの」
「…………遠逆は」
「ん?」
「ここで何をしてたんだ?」
「なにも」
 あっさりと日無子はそう言い放った。
「何も?」
「してないよ。ただボーっとしてた」
「…………」
 うかがうような目で見る漣に、彼女は微笑む。
「まさか年末を実家以外で過ごすとは思わなくてさ」
「……そうか」
「うん。それに…………」
 日無子は少し視線を伏せた。そしてすぐに笑う。
「まあ見晴らしもいいし、ここでボーっとして除夜の鐘でも聞こうかと思って」
「ここで?」
 見晴らしがいいとは思えない。
 ただひと気のない場所なだけだと思うし、周囲も閑散としている。
 寂しい場所だ。
「もうすぐ来年だぞ。年越し蕎麦でも食べたらどうだ。こんなところに座ってないで」
「んー。そういえばそんなもんあったね」
 忘れていたかのような日無子の発言に、漣はハッとする。
 前に彼女に会った時、彼女は料理が一切できないと言っていた。
(そ、そうか。蕎麦を作ってな………………作れないのか)
 材料を買ってくることも、おそらくしていないだろう。料理をする気がない彼女のことだ。
「コンビニでインスタントの蕎麦くらいあるじゃないか」
「でもわざわざ食べるほどでもないし……」
 日無子はまたもぼんやりした表情で呟く。眠いのだろうかと漣は首を傾げた。
「どうした? 疲れてるのか?」
「いや、そうじゃないのよ」
 日無子はすぐににっこりと笑顔になる。
 よくわからない娘だ。
(変だ変だとは思っていたが……本当にわけのわからない子だな)
「蕎麦を食べるなら、ご馳走するが」
「え?」
 意外だったようで、日無子はやっとそこでまともに漣を見た。
「蕎麦なんてすぐにできるし、多めにあるから。食べるなら…………その、うちに来るしかないけど」
 女の子がこんな夜更けに男の家になど来るのだろうか……。
 一応誘ってみたが、きっと断られるだろうなと漣は予想していた。
 日無子は漣をじっと見つめる。
「変な人だねえ、浅葱さんて」
「……あんたにだけは言われたくない」
「いや、すっごい変だと思う。見ず知らずの女の子を家に呼ぶとか…………えーっと、手を出してきたら問答無用で殴るわよ?」
「見ず知らずじゃないだろ。出会ってもう3回だ。それに、そういう下心はない」
「ありゃー。あたし、魅力ないの?」
 にやにやとしながら聞いてくる日無子の上からの視線を受け止め、漣は「ない」と断言はできなかった。
 日無子は性格の奇妙さに目を瞑れば、芸能人やアイドルなど目ではないほど可愛い顔立ちをしている。
「おっと。困らせた?」
「……困ってない」
 むすっとして言う漣に、彼女は微笑んだ。
「うんうん。わかってるって。外は可愛いよね」
「?」
 外見は、という言い方である。
 日無子は自分がそういう外見であることを自覚しているのだ。
 彼女は軽く勢いをつけて塀から降りた。
「いいよ。お蕎麦、ご馳走になる」
「えっ? でも」
「なによー。言い出したのは浅葱さんだよ? 前言撤回ってこと?」
「そうじゃなくて……。こんなに夜遅いのに?」
「だいじょーぶ。浅葱さんくらいなら、股間に蹴りを一発お見舞いして終わるから」
「…………」
 発言に漣は青ざめ、顔を強張らせた。
 なんとも恐ろしいことをあっさり言う娘だ。女性はなぜいとも簡単にそんな恐ろしいことを言えるのか。
「誓って言うが、あんたに手など、ぜっっったい、出さない」
「ふふ。そう」
 楽しげに笑う日無子に、漣は頬を微かに染める。
 なんだ。こういう顔もできるんじゃないか。
 そう、思った。
「ああでも、お蕎麦をご馳走になる……その代価は?」
「だいか? 前も言ってたな」
「借りを作るの好きじゃないのよね。なんか、欲しいものある?」
「………………」
 知りたいことが、ある。
 この娘の、ことだ。
 隠された様々なこと。遠逆の家のこと。
 知りたいことは、たくさんある。
(せっかくの年の瀬で……それも、どうだろうか)
「……じゃ、じゃあ……その仕事着じゃないほうが…………いいな」
 小さく呟いた漣の言葉に、日無子は驚きに目を見開いて硬直していた。
 たまたま、なんとなく思って言ったことで日無子を動揺させてしまったようだ。
「………………変な人」
 ぽつんと呟き、日無子はにやりと笑う。
「いいわ。じゃあ、代価はそれで。待ってて」
 そう言うなり鈴の音を響かせて漣の目の前から忽然と姿を消す。
 本当に、消えた。
 闇に溶け込むというよりは、姿そのものが消失したのだ。
 数分後、塀に背をあずけて待っていた漣の前に、消えた時と同様に日無子が現れた。
 白いフード付きジャケットを着ている日無子は、普段の袴姿とは大違いな格好だ。スカート姿で、ブーツまで履いている。
 どこにでもいる女子高生の姿だ。いや、若者の格好である。トレードマークの後頭部のリボンだけはしていた。
「ど? これでもお金かかってる格好なんだけど」
「……袴姿より、よっぽどまともだ」
「あはは。褒めてるのかなあ、それ」
 笑う日無子。唖然としていた漣は我に返り、歩き出す。
 やがてぱらぱらと人とすれ違うようになった。
「みんな鐘を撞きに行くのかな」
「そうだろう」
「なにが楽しいのかねえ。ごーん、って音がするだけなのに」
 日無子のあまりなセリフに漣はがく、と脱力する。
 ふいに思って漣は日無子を見遣った。
「蕎麦を食べてから、鐘を撞きに行くか?」
「え?」
「せっかくだし」
「こういう時って、こたつに入ってぬくぬくするものじゃないの?」
「…………面倒って言いたいのか?」
「……いいよ。じゃあ、まあ、付き合ってあげましょう。それも代価にしておく」
「あのな」
「もうすぐ今年が終わるのか…………」
 日無子は薄く笑う。なんともいえない表情だった。
 沈黙が続き、漣は耐えられなくなる。
「来年」
「ん?」
「来年はどうするんだ? せっかくもうすぐ新年になるんだし、来年の抱負は?」
「そーだなー」
 日無子はうーんと唸ってから人差し指を立てた。
「じゃあ、えーっと定番っぽく『記憶が戻りますように』?」
「そ、それは抱負じゃなくて願い事だろうが」
「ああそっか。浅葱さんは?」
 夜道を歩く漣は、すれ違う人々をちらちらと見ていた。相手もこちらを見ている。いや、見られているのは日無子のほうだ。
 袴姿でなくとも、日無子は別の意味で目立つようだ。まあ日中ではないだけマシだが。
「……俺は、『犠牲者ゼロ』かな」
「そりゃ難しい」
 あっさりと日無子が同情したように言う。
「難しくても、そう思ってないよりはいいだろ」
「……そだね。
 じゃああたしの抱負は…………」
 日無子の声は最後になるにつれて小さくて聞き取り難くなっていった。
 漣は怪訝そうにする。
「ん?」
「必要と、されますように」
「……え?」
 真剣な日無子の声に、つい、漣は足を止めた。日無子もつられるように立ち止まる。
 彼女はすぐににへらと笑った。
「あーあ。これも願い事かあ〜。抱負ってムズカシ〜」
「今の、は?」
「退魔士として当然のことだね。役立たずになりたくないじゃん」
 肩をすくめる日無子に先ほどのような真剣さはない。
「そっか! 抱負決定〜! お仕事いっぱい受けて、憑物封印を完成させる! どう!?」
「どうって……そのツキモノフウインってのはなんなんだ?」
「巻物に四十四体の憑物を封じる作業のこと! これが目的で東京なんてとこまで来てるのよ、あたし」
 初耳だ。
 そうだったのかと漣は納得する。
 長期間日無子が東京にいるには理由があるとは思っていたのだ。普通の仕事なら終えて、もう東京から姿を消していたはずだし。
(憑物封印、ね。知らない単語だな)
「四十四体封じて、どうするんだ?」
 歩き出した漣に並んで日無子もついてくる。
「どうするって言われてもなあ。あたしは命じられただけなのよ。お仕事の一環」
「どうするか知らないのに、その封印というのをしてるのか?」
「そうだよ。仕事の内容は関係ないもの」
 なんというか……。
 漣は軽く嘆息した。
 来年も、この日無子と出会えば振り回されそうだなと……予想して。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、浅葱様。ライターのともやいずみです。
 少しずつ進展という感じでしたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!