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<東京怪談・PCゲームノベル>


とまるべき宿をば月にあくがれて 弐


 再び訪れた四つ辻は、先の時と何ら変わる事のない風景で包まれていた。
 広がる夜の薄闇と、湿り気を帯びた夜の風と。夜風に乗ってさわさわと流れる唄声と、どこからか漂う愉しげな笑い声とがゆったりと響き渡っている。
 二度目の訪問となったこの場所を、鎮は前回と同様に鼬の姿でちょろちょろと動き回っていた。
 イヅナのくーちゃんと共に抱え持って来た紙包みの中には、鎮の家の近所にある、美味いと評判の洋菓子屋で買ってきた土産の数々が収められている。
 人間の身であれば何という事のない重さなのだろうが、鼬とイヅナの姿であれば、その重量たるやはかりしれないものであった。
「やっぱり俺が持つよ、くーちゃん」
 よたよたと心もとない足取りで大路を進んでいたくーちゃんを見やり、鎮は申し訳なさげにそう告げた。
 が、それを受けたくーちゃんはといえば、その滑らかな毛並みをふるふると震わせて、「きゅー」と一声鳴いただけだ。
 鎮はくーちゃんの返事を受け、顔一杯に笑みを浮かべて照れたように笑う。
「後でまた手え繋ごうな、くーちゃん」
「きゅうー」
 頷き、ひょひょいと肩の上に登ってきたくーちゃんを、鎮は幸せ一杯といった面持ちで確かめてから、ゆっくりと歩き出した。

 二度目の訪問となる茶屋を前に、鎮は一旦歩みを留めてくーちゃんに目を向ける。
 耳をすませば、茶屋の戸板の向こうから漏れ聴こえる唄やら小噺やらが夜気を揺らしているのが分かった。
 建てつけの悪い引き戸を鳴らしながら茶屋に足を踏み込むと、途端、中にいた妖怪達の視線が一斉に寄せられた。
「やほぅ〜。また遊びにきたぞー!」
 手をふりふり、何の躊躇も見せずに茶屋の中を歩き進む。肩の上ではくーちゃんも鎮同様に手をふりふり振っていた。
「おや、きみは確か、鎌鼬の」
 手狭な印象のある茶屋の奥から、和装の男が顔を覗かせる。
 確か、侘助とか云ったっけか。この茶屋の店主の。
 そう巡らせつつ、鎮は侘助に向けても手を振った。
「お土産持ってきたよ!」
 そう述べながら携えてきた紙包みを侘助へと手渡すと、その次の瞬間には、鎮は鎌鼬の姿へと戻っていた。
「土産、ですか?」
 侘助は鎮から受け取った紙包みを開けようとして、その手をしばし止める。そして鎌鼬となってくーちゃんとラブラブしている鎮を見やり、穏やかな声音で静かに問いた。
「これは開けてもよろしいんで?」
「え? うん、いいよ。みんなで分けて食おうよ。ここって和菓子はあるけど洋菓子なんてものには縁薄そうだなって思ってさあ」
 返された鎮の言葉に、侘助はやんわりと礼を述べ、ずっしりと重い紙包みの封を開けた。
「シュークリームじゃないですか!」
 嬉しそうに頬を緩める侘助の周りには、自分も紙包みの中身を確かめようとする妖怪達がわらわらと集まりだしている。
「俺ん家の近くにすげえ美味い洋菓子屋があってさ」
 鎮はそう述べつつ侘助の肩によじ登り、下でこちらを見上げているくーちゃんをも手招いて言葉を続けた。
「おや、他にも何か入ってますね……」
 シュークリームを妖怪達に配りながら、侘助は紙包みの中に手を突っ込んで首を傾げる。しばしの後に掴み出されたのは数種の焼き菓子だった。
「焼き菓子もうんまいんだ! 今日は俺特選の焼き菓子を買ってきてみたよ」
 自分を追って侘助の肩へと登ってきたくーちゃんの手を引き、鎮は得意げに胸を張ってみせた。
 侘助は頬を緩めて頷きながら、焼き菓子の数々を大皿の上へと並べていく。
「マカロンにフィナンシェ、……これは確かガレットとか云いましたっけか。こっちとこっちはちょっと名前が分かりませんが」
「フロランタンと、そっちの白いのは確かダコワーズとかいったかな。ふわっとしてて美味いんだ。ねー、くーちゃん」
「きゅー!」
 自分の肩の上で、互いに見つめあい嬉しそうに微笑みあう鎮とくーちゃんを、侘助は静かな笑みをもって見つめている。
 シュークリームも焼き菓子も妖怪達には好評だった。
 中には気難しそうな顔で「西欧の菓子なぞ食えたものではない」などとそっぽを向いていた妖怪もいたが、他の妖怪がその口に菓子を放り込んでやると、これがたちまち上機嫌になり、焼き菓子を両手一杯に抱え持ったりする始末。
 鎮は茶屋の中の様子を楽しげに眺めつつ、自分もシュークリームを両手で抱え持って口に運ぶ。
「洋菓子に緑茶というのも、案外と合うものなんですよねえ」
 侘助がのんびりとそう告げる。
「実は、俺の知己に洋菓子職人がいましてね。たまあに気が向くとここにも来るんですが、いや、しかしこれが無粋な奴でして。菓子土産の一つも持ってきやしないんですよ」
「へえ、職人さんかあ。一度その菓子を食ってみたいなあ」
 鎮は侘助の話に頷きながら、侘助が鎮とくーちゃんのためにと特別に焼いた湯呑を口に運ぶ。
 バニラビーンズがたっぷり練りこまれたクリームの甘さに、緑茶の渋みがほどよく合っている。
 鎮はその美味さに頬を緩めると、侘助の肩からテーブルの上へとぴょこんと飛び降りた。
「あと、もうひとつ、土産があるんだけど」
 ニマリと笑みながら周りを見渡す鎮に、土産の洋菓子をあらかた食し終えた妖怪達の視線が再び集められる。
「なんだい、鎌鼬の。食い物かい」
 妖怪の一人に訊ねられ、鎮はふるふるとかぶりを振った。そうしてひっそりと声を潜め、内緒話をささやくように、茶屋の中を一望する。
「この前話した、帝都で悪戯再び作戦についてだよ」
 そう返してにやりと笑う。同時、妖怪達の声がどっとあがった。
「よし、来た! それで、どんな事してやるんだい」
「待て、待て。その前に、今の帝都がどんな風になってんのか、知っとく必要があるだろう」
「おお、そうだ! おう、鎌鼬の。今の帝都はどんなだい」
 次々と寄せられる問いかけに、鎮はにやりとした笑みはそのままに、小さな唸り声にも似た声を一声あげる。
「そうだな……文明自体が全然違うしな。車も電気も、今の帝都じゃばんばんだぜ」
「馬鹿にすんねえ! おいらが帝都にいた時も、鉄道院なんかがあったわい」
「丘蒸気だろ? あれから色々進化して、今じゃ丘蒸気なんか観光のための乗り物になってるぜ」
「へ? そうなんかい?」
 妖怪は素っ頓狂な声を出して侘助の顔に視線を向けた。と、侘助が鎮の言葉を肯定すると、妖怪達の間には驚きやら様々な歓喜が沸き起こる。
「電気だって、今じゃ当たり前にあるんだ。夜になったって昼間みたいに明るいんだぜ」
 鎮がさらにそう続けると、妖怪達のざわめきはいよいよ大きなものとなっていく。
「丘蒸気は今じゃ新幹線って呼ばれて、上方と帝都を一日に何往復もしてる。辻馬車はタクシーって呼ばれる乗り物になって、それこそ昼夜問わずに走り回ってる」
「ほへー……」
「そんじゃあ、おいら達はどうやって帝都を歩いたらいいもんかね」
「皆がみんな、おまえさんみたいに人間に化けられるわけでもねえしなあ」
「大丈夫だって。古今東西、怪談話ってのは人間の食指を動かす物だねの一つだし」
 湯呑を置いてにやりと笑む鎮の言葉に、妖怪達はしばし互いの顔を見合わせて、そしておずおずと返事を告げた。
「上手くいく算段でもあるってんのかい」
「ああ、もちろん!」
 妖怪達の間に立ちこめている不安を一蹴するように、鎮は大きく頷いた。
「みんなして、帝都中の人間を引っくり返してやろうぜ!」
「きゅうー!」
 いつの間にか隣に立っていたくーちゃんが賛同の声をあげる。
 鎮はくーちゃんの手を握って大きく胸を張ると、周りの妖怪達を勇気付けるように、もう一度大きく頷いた。
「帝都悪戯大作戦、賛成する奴手え挙げて!」

 そう告げると同時に、茶屋中の妖怪全てが手を大きく掲げ挙げたのは、云うまでもない。 






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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【2320 / 鈴森・鎮 / 男性 / 497歳 / 鎌鼬参番手】

NPC:侘助

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         ライター通信          
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続けてのご参加、ありがとうございますv
ということで、帝都びっくり大作戦(笑)、計画続行中であります。
進み具合とプレイングによっては、鎮さまが妖怪達を連れ立って現世に降り立つ(違)日が来るかもしれません。
今回のノベルがお気に召しましたら、そして再びご縁をいただけるようでしたら、ぜひどうぞまた足をお運びくださいませ。
茶屋の主と妖怪一同共々、鎮さまのご訪問をお待ちしております。