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<東京怪談・PCゲームノベル>


鍋祭をしよう!

 冷たい風が舞う。空は曇天、雪が降りてきてもおかしくないような、そんな日。
 首には白のマフラーを巻いてしっかりと防寒。
「うん、ここだ」
 藤井・葛は手に持ったチラシでその店の場所を確認した。冷たい風が当たって指がかじかむ。店の中からは何やら騒いでいる声が少しばかり聞こえてくる。
「こんばんわ、チラシをみて……」
 からから、と引き戸を開けて一歩踏み入れると同時に温かい空気になんだかほっとする。その音にちょこんと入口近くに座っていた黒猫が反応し、葛と視線が合った。
「お、看板猫か? ご主人はどこかな」
 そう葛が言うと猫はにゃあ、と鳴いて二本ある尻尾を揺らめかした。
「ん、ただの猫ではないのか」
 葛は二本ある尻尾に一瞬驚くもそれをすんなりと受け入れる。そしてちょっとしゃがみこみ黒猫を一撫ですると店の奥、なにやら声が聞こえる場所へと進む。
「邪魔するよ、鍋するってチラシを見てきたんだ」
 葛は店とは段差あるその和室に靴を脱いで上がる。後ろから先ほどの黒猫がついてきていたらしく隣にとん、と軽やかにあがった。
 和室にはちゃぶ台があり、その上に土鍋が置いてあるもののまだ何も準備されていない。
 そしてその鍋を巡ってこの二人が争っていたようだ。
「え、あ、客か。すまん気がつかんかった」
「藍ちゃんがギャーギャー騒ぐから」
「藍ちゃんって言うな、汝が悪いんだ」
「遊びがわかってないなぁ……我は遙貴という。隣のは藍ノ介、そこにいるのは小判。で、お嬢さんの名前は?」
「俺は藤井葛、よろしく」
 葛はにこっと、柔らかな、というより快活な笑みを浮かべて言う。
 長い白髪を後ろで緩く束ねた現在不機嫌真っ盛りの男が藍ノ介で、そんな彼をからかっている男の方は遙貴というらしい。綺麗な金髪に朱が一部入っていて、一言で表すとド派手。そして葛の隣で丸くなっている黒猫の名前は小判というらしい。
「主人はお二人のどちらかな?」
「店主は現在不在、だが気にせずに鍋をしよう、奈津も勝手にやってくれと言っていたからな」
 葛の問いには遙貴が答えた。ひらひらと手を振りながら、笑いながら。
「そうなのか……鍋はどうするんだ? 豆腐に白菜、ネギと骨付き肉、うどんなんかは持って来たけど」
「それで鍋をしよう、闇鍋でもするかとか言っていたんだが頑なに拒むやつがいてな。熊の手など取ってきたんだが残念だ。まぁそれは奈津が良いようにするだろうし」
「当たり前だ、汝の作った鍋など恐ろしくて食えるか」
「熊の手って……」
 それはそれでちょっと気になるが、怪しい鍋になりそうな気がしないでもない。
 ではやるか、と遙貴が菜箸を握る。だがその後の動作が進まない。しばしの沈黙のあと葛と藍ノ介の二人を見やってから、彼は言葉を発する。
「で、鍋ってどうやって作るんだ? 水と材料入れたら良いのだったか?」
「え」
「は?」
 その言葉に、当然二人は固まる。やる気満々の人物がその作り方をわかっていないなんて。普通の鍋でも闇鍋予備軍になりそうな予感、鍋奉行をさせてはいけないと直感が言う。
「あれ、違うのか?」
「遙貴……鍋はな……あれ、いつも見てるんだがどうなんだ……?」
「あなたもわからないのか……? ……私が鍋奉行をしよう」
 葛はこの二人に任せるのは避けなければ、と思い遙貴から菜箸を受け取る。
「何か手伝うか?」
「……座ってて欲しい、それで十分」
 切実に、そう思った。
「じゃあ、ちょっと台所を借りて良いかな、白菜なんかを切ってくる」
 と、隣で小判がにゃあと鳴く。そして立ち上がるとたたっと数足走り和室の奥、その先について来いと言うように立ち止まった。
「小判が案内してくれるようだな」
「そうか、よろしく小判」
 立ち上がり、材料を持って後をついていくとそこはこじんまりとした台所。きちんと整理整頓されている。
「包丁は……と」
「包丁は左下の棚を開けたとこにあります!」
「わかった、左下……ん?」
 ふと違和感を感じる。台所には自分と小判――黒猫しかいないはずだ。葛はぱっと後ろを振り向く。
 そこには少年がいた。いつの間に、と思う。ただ普通と違うのはその子には猫のような耳、猫のような手足、そして二本の尻尾が、ある。
「……小判、かな?」
「そうそう、人に似た形も一応とれるんだ」
 えへん、と少し威張るように言って、小判は葛の隣に立つ。そしてあそこには皿が、そっちには他の調理道具が、と説明してくれる。
「包丁、まな板、切った野菜をいれる皿、と……ありがとう、小判」
「どういたしまして!」
 小判は嬉しそうに言うと、邪魔にならないようにちょっと離れて葛が準備する様子を見ていた。視線がちょっとばかり気になる。
「手際良いね、葛さん」
「うん、得意だからな、料理は。よし、全部準備終わり」
 綺麗に、大きな真白い平皿に切った材料を並べて準備完了。さっと片付けも済ませておく。散らかったままでは店主が帰ってきた時に後味も悪い。
 皿を持ってそして先ほどの和室に戻ると、いつの間にやら一人増えている。
「千パパ!」
 その声に灰髪の男は振り返り嬉しそうに笑った。小判も同じように嬉しそうな表情で彼の元へと走りよりぎゅーっとしがみつく。
「ただいまーいい子にしてたかなー?」
「してたしてた!」
「そっかそっか」
 小判が抱きついた者は視線を上げて葛を見る。にこっと笑いかけてくるのに、葛も笑み返す。
「俺は千両。この子が世話になっていたようで、ありがとう。葛さん、とゆうんだってな、二人から聞いた」
「何もしてないよ、こっちが色々と教えてもらっていたくらいだ」
 な、と葛が小判に笑いかける。うんうん、と小判はそれに笑顔で頷いて応えた。
「じゃあ鍋、するよ。だし汁は……だしの素あるんだ。これでいいかな」
「俺がだしの素いれる!」
 葛は鍋の傍に用意してあったのを見つけて手に取る。
 それを見て千両の膝の上に陣取った小判が身を乗り出して言う。まかせた、と葛は笑いながら小判にだしの素を渡した。それを受け取って小判は嬉しそうにそれをさらさらと水が張ってある鍋へといれる。
「このくらい?」
「うん、ご苦労さま」
 さらさらと粉末のだしの素を水に入れ、そして
「偉いっ、進んでお手伝いするなんて小判たんは偉いよ……! パパ嬉しくて涙出るっ」
「千両キモいぞ」
「それだけは藍ノ介と同意見だ」
 冷たい、でも半分諦めたような、そんな視線を二人は千両へと送る。葛はてきぱきと鍋に材料をいれながらそんな様子を見ていた。家族っていいな、と思う。
「仲がいいのは良いと思うよ」
「でもなぁ……毎回これだとちょっとな」
「何を言う、葛さんの言うとおり仲が良いのはいい事だぞ。藍の介だって昔は……」
 それ以上は言わなくていい、と藍ノ介は千両をきっと睨む。少し頬を赤らめて触れられたくないらしい。その様子を見て、遙貴がにやりと笑むのを葛は見た。
「そうだな……藍ノ介も奈津が生まれた頃は目尻下げて……というか駄目だ、奈津の時は我もそんなだったな」
「その奈津って人は、ここの主人で、藍ノ介さんの子、ってことかな?」
 そうそう、と遙貴が頷く。どんな人物なのか、名前は男とも女ともとれる。少し気になる。
「奈津はなぁ……最近変なもの作るのに凝って……今日はその材料探しに行く、帰って来れないかもしれんとか言うて……心配だ、心配だ……」
「ふーん、お父さんは大変だな、俺は今両親から離れて生活してるからなぁ……心配してるのかな、やっぱり」
 葛はそう言って、実家の家族を思い出す。土鍋を置いて、鍋。そんなシチュエーションもそうさせている要因かもしれない。
「そうだよ、親は子の心配するんだよ。パパも小判たんのこといつも心配してるからねっ」
「千パパは心配しすぎ」
 膝の上で千両を見上げながら小判は猫パンチとばかりにぺちぺちと千両の頬をその手で叩く。そうかなぁ、と千両は苦笑いだ。
「お、もうそろそろ鍋……まだか」
 葛はそのだし汁を少しお玉でとって器によそって味を見る。む、少し味が薄いか、と用意されていた醤油やらをてきぱきと入れて行く。煮え具合は順調、あともうしばし、といった感じだ。
「……なぁ、この鍋に」
「千パパ?」
 ごそごそと、千両は着ている着物の袂を探る。そこから何か出そうとしているようだ。
 そんなに変なものでは無さそうだがなんとなく、嫌な予感がするようなしないような。
「マタタビとかいれちゃ……」
「だめだっ!!」
 スパーンと顔面、丁度瞼の上に横から、鮮やかに一閃。電光石火と表現するのが一番しっくりくる早業。
 葛の瞬時の行動に、それを食らった千両はぽとりと手に持っていたマタタビを落とし、藍ノ介と小判はびくっと身体を震わした。遙貴はというと、目を輝かせる。
「あ、すまない、ついうっかり……」
「いいハリセンさばきだ……! それは手作りか? 我に見せてみよ」
 そう楽しそうに言う遙貴に葛はハリセンを渡してやると、彼はそれをまじまじと見る。そして一通り満足すると使い込まれて良い感じではないかと返した。葛はそれを受け取り傍らに置いた。
「葛さんそれ何処からだしたの?」
「それは……内緒だ」
 小判の問いに唇前に右人差し指を立てて葛は答える。
「内緒の方が色々と想像できてたのしい、だろ? さて、鍋できたよ。最後に柚子胡椒を入れて完成」 
 話をはぐらかす様なタイミングだったが、鍋ができたことは事実だ。ぱらぱらと先ほど入れた柚子胡椒が良い香りだ。ぐつぐつと湯気をたたせ良い感じに煮え、早く食べないとネギがとろけるくらいだ。
 各々好きなものを器にとってあつあつをはふはふと。
「あれ、小判は猫舌じゃないんだ」
「うん、猫だけど大丈夫みたい」
 器用に猫手でフォークをもって小判は言う。
 はぐはぐと、言葉数少なく全員食べることに集中。時々一部では具の取り合いがあったりと。人が多いからか鍋の中身がなくなるのが早い。頃合を見計らって葛はうどんを投入する。すぐ食べ頃になるけれども、きっとこれもすぐなくなるだろうなぁと思いながら。
「薬味は好みで。うどんならマタタビいれてもいいよ」
「よし、入れる」
「千パパ、俺も」
 煮えたうどんをとってぱらっとマタタビの彼らと、七味唐辛子やらもうちょっと柚子胡椒だったりと様々に試す面々と。それぞれうどんの楽しみ方は多種多様。
「腹が重い……うまかったぞ葛」
「材料いれてちょっと調味料いれただけなんだけど、そう言ってもらえると嬉しいよ」
「うん、どうなることかと思ったが美味しかったし良いハリセンさばきが見れたし我も満足だ」
 五人で鍋を囲んでお腹も気持ちもいっぱい。ほかほかと身体の底から温まる感覚。
 大人数で鍋をするのはやっぱり楽しいし美味しいと思った。
「お腹一杯だけどデザートほしいな、なんて言ったら怒られるかな」
「アイスクリームならあるぞ、食べるか?」
 葛の小さな呟きを聞き取ってか藍ノ介が言う。
「え、あるの? 食べていいならほしい」
「俺も、千パパのも!」
「我も」
 じっと藍ノ介を四人で、暗に持ってこーいとゆう雰囲気で見る。彼はひとつ溜息をついてしょうがない、と立ち上がった。渋々、だけれどもしょうがないかと。
 そんな背中を葛はなんとなく見送る。
 バニラアイスがあるといいな、などと思いながら。



<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1312/藤井・葛/女性/22歳/学生】


【NPC/藍ノ介/男性/897/雑貨屋居候】
【NPC/遙貴/両性/888歳/観察者】
【NPC/小判/男性/10歳/猫】
【NPC/千両/無性別/789歳/流れ猫】

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■         ライター通信          ■
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 藤井・葛さま

 はじめまして、ライターの志摩です。此度はご依頼ありがとうございました!
 料理の出来ない人たちにご飯を作ってくださりありがとうございます…!ハリセンにトキメキを感じながらしっかりスパーンとさせていただきました。気持ちよかったです…!
 そして葛さまらしさ、が少しでも出ていれば良いな、と思います。楽しんでいただければ幸いです。

 それではまたどこかでお会いする機会があればそれを楽しみにしております!