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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


三下、あるいは

「三下くん、あなた三下忠雄よね」
「はい?そうですけど」
アトラス編集部の碇麗香にしてはやけに間の抜けた質問である。コピー機の前に立っていた三下忠雄は首を傾げた。
「誕生日は、これで合ってるわよね」
はい、と再び三下は頷いてみせる。まだ先の話だが、まさか誕生日プレゼントでもくれるのだろうか。そんな不毛な期待を抱いていると
「それじゃ、今からこの病院へ行きなさい」
と、今度は別のメモを渡された。なにかの取材だろうか、用意するものはと三下が碇女史に問うたならば、晴天の霹靂とも言うべきセリフが戻ってきた。
「あなた、取り違えの可能性があるのよ。その家の人が本当の子供を捜しているの」
「へ・・・?」
呟きが小さくなるのにつれて、三下の顔が青ざめていった。
 三下は生まれた直後に病院で火災に遭っていた。そのとき、取り違えられた可能性が出てきたのである。疑惑をはっきりさせるために、血液検査を受けなければならなかった。
「もしかすると三下くん、大金持ちの御曹司だったかもね」
蒼白の三下に、碇女史の冗談は通用しない。それどころか付き添いをつけなければ、病院までたどり着けそうになかった。

 はああああ、という三下のため息が白く細く長く、上へ向かってたなびいていく。今にも倒れそうな覚束ない足取りと、そのため息とは日頃にも増して悪運を背負っていますとばかりに震えていた。
 まったく、同じ白い煙でも三下のそれと他の三人のものとはまるで違っていた。三下の真後ろで五代真がふかしている煙草の煙、さらに後ろのシュライン・エマが飲んでいる缶コーヒーの、そしてしんがりの鈴森鎮が食べている肉まんの湯気。これらは三下のため息に対する抗議となって空へ溶けていく。彼らはアトラス編集部を出たときからずっと、こうやって一列縦隊で三下の後ろをついて歩いていた。
「ねえ、三下くん。私たちいつまでこうしていればいいのかしら?」
缶コーヒーを飲み終え、痺れを切らしたシュラインの赤い唇からも白い息。心なしかその頬も普段より血の気が薄く感じられる。冬という季節は色彩を奪う、そのくせ赤という色だけははっとするほど鮮やかに描くのであった。
「なんだか、さっきからずっと同じところを回ってる気がするんだけど」
「気のせいじゃねえだろ。ほら、あの自販機」
いろんなアルバイトをこなしているおかげで東京の地理にも詳しい真が指差したのは、さっきシュラインが缶コーヒーを買った公園。自動販売機の隣に誰が置いていったのか、薬屋によくいるカエルの人形が立っていたので印象も強かった。
「・・・三下くん!」
シュラインは早足で三下の前に回りこむと、彼が左手で握りしめている病院までの地図をぱっと奪った。握りしめられ皺だらけの紙片を開くと、肩越しに鎮が後ろから覗き込む。
「ここが駅だろ?で、来た道がこれで・・・あれ?俺たち反対のほうに歩いてるぞ」
間違えてないよなあと首を傾げると、小さな肩からマフラーがずり落ちる。鎮は自分の背丈よりも長い黄色のマフラーを、首から顔半分が埋もれるくらいにぐるぐると巻きつけていた。うなじの後ろあたりにある結び目からは、ペットであるイヅナのくーちゃんがひょっこり顔を出している。
「三下あ、いくら病院に行きたくないからって往生際悪いぞ」
自分が昔、予防注射に連れて行かれるときどんな抵抗をしたかは棚に上げて、鎮は助走をつけると思いっきり三下の背中に飛びつく、いやタックルを食らわせる。
 いつもの三下なら二、三歩よろめいてから
「なにするんですかあ」
と泣きそうな声を上げるはずだった。しかし今日の三下はのれんに腕押しとばかりにぐんにゃりと手ごたえがなく、鎮の勢いそのままにアスファルトへ向かって頭から突っ込んでいく。
「お、おい!三下!」
血の気の引いたような鎮の悲鳴、寸前で真が正面から三下の両腕を捕まえ引っ張り上げてくれなかったら、別の意味で病院行きだった。
「おーい、大丈夫か?」
真は操り人形使いのように、三下をぶらぶらと揺すりながらその分厚いメガネを覗き込む。やがてこれはいけないと首を振りながら、シュラインに目で公園を促した。
「だめだ、気絶してやがる。あそこで休んでいこうぜ」

 公園の中にある小さなベンチに三下を寝かせ、三人で周りをぐるりと囲む。不幸中の幸い、三下はすぐに意識を取り戻したがまだ心ここにあらずという顔つきであった。いつも半開きの口が、普段の三割増だった。
「しっかりしなさい、三下くん。なにも君が取り違えって決まったわけじゃないんでしょ」
ただその可能性があるだけじゃないとシュラインは三下を叱咤する。が、口調にいつもの棘に似た鋭さがない。やはり気遣っているのだろう。
 一方三下の横に座る小悪魔、鎮はといえば対照的に容赦がない。
「でもわかんねえよなあ、なんたって三下だもんなあ」
福引はティッシュだって当たらないのに、貧乏くじは宝くじの確率でも外さない男だ。それは否定しないがなにも今言うことはないだろうと真は肩をすくめる。
「なーあ、三下」
人間からイタチの姿に変身した鎮はちょろりと三下の腕を駆け上り、肩に乗るとその細い首の周りをぐるぐると回る。イタチの姿になってもあの長いマフラーだけはそのままで、おまけに一端は三下の反対の肩にいるくーちゃんに巻かれていたので自然、三下の首にはぐるぐると細いマフラーが巻きつけられていく。見ようによっては、首に縄をかけられているようであった。
「取り違えられた相手、金持ちだといいよなあ。そしたら俺に焼き芋おごってくれよな。あとイチゴもたっぷり食べたいよな、くーちゃん」
頷く代わりにくーちゃんが飛び跳ねると、緩くであるが三下の首が絞まっていく。慌てて逆周りをする鎮。
 イタチとイヅナのおもちゃにされても三下は抵抗を示さなかった。それほどに、意気消沈しているということなのだろう。煙草の新しい封を切りながら真は、
「ったく、碇編集長も人が悪いったらねえよな」
三下が盲信している女上司の名前を苦い毒のように吐き出す。冗談にしても性質が悪い、と真は言うがしかしシュラインには碇女史の言葉が嘘には思えなかった。
「ねえ三下くん。ちょっと聞きたいんだけど、その生まれた病院には当時どれくらいのお子さんがいらっしゃったの?大きな病院みたいだし、多かったんじゃないの?」
今までイタチにどんな扱いを受けようとも無反応だった三下が、シュラインの声にゆっくりと右手を上げた。白い指を震えながら一本立てる。
「一人?」
三下だけで一人、それとも三下のほかに一人、どちらだろう。いや、これでは取り違えられた可能性のある人間が三下しかいなくなってしまう。やや混乱しかけたシュラインに真が助け舟を出す。
「答える気力がないから、病院からの書類を見てくれだとさ」
三下と同じように指を一本立てて、シュラインの手の中にある紙を指さした。小さな文字で書かれた、極めて事務的な文書が隠れていた。
「ええと・・・今日病院に召喚されているのは三下君を含めて五人。確率は五分の一ね」
言われて三下は足元を見た。ベンチの陰に空き缶が五個。どれを蹴ったら飲み残しに当たるだろうか。

 俯いていた顔を上げ、再び落とし、目を伏せる。
「・・・僕は、恐いんです。取り違えられたかということよりも、両親が本当の親でなかったらどうしようかと、それだけが」
血の繋がった本当の両親が、兄弟がいるかもしれないと思うと胸の奥から興味と不安が同じくらいに湧き上がってくるのである。知りたい、でも知りたくない。ドッペルゲンガーを見るような心地である。
 しかし鎮は言った。
「なんだよ、御曹司が嫌なのか?嫌になったら、逃げてくりゃいいんだぞ。現実に立ち向かうんじゃなくて逃げることのほうがずっと、三下らしいし、誰も笑わねえって」
「そうでしょうか」
「自分を信じなさい」
「三下はどうなろうと三下にしかなれねえよ」
「俺たちも、三下さんがどうなろうと三下さん扱いしかしねえよ」
もちろん碇女史もこれまでどおりに叱咤し尻を叩くことだろう。たとえ三下の名前が変わろうとも、懐具合が変わろうとも、人間は同じなのである。
「・・・みなさん、ありがとうございます。なんだか僕、安心して元気が出てきましたから病院へ行くことにします!たとえ取り違えられていたとしても、もう大丈夫です!」
「そうそう、その調子」
今度こそは迷わずたどり着けるだろうと、シュラインは病院までの地図を三下の手に返した。
 ようやく元気が出てきたところだったが、この三下という男を馬鹿にしてはいけない。世界は彼が白と言えば黒、黒と言えば白になるようできている。つまり嫌がっているものほど実際になりやすく、逆に願えば願うほどそれは遠ざかっていくのである。
「取り違えられていたとしても、大丈夫です!」
この決意が空回りすることは、間違いなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1335/ 五代真/男性/20歳/バックパッカー
2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
名は体を現す、と言いますが三下くんが三下という
名前でなかったらどうなるんだろうと考えていて、
こんな話を思いついてみました。
でも三下くんは三下くん、これが三下くんのキャッチフレーズ。
鎮さまが三下くんをいじめるところは
容赦なく、でも可愛らしくを心がけて書いております。
ちなみにマフラーはお兄さんの手編み希望です。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。