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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「小噺・除夜」



 家の中で年越しなんて、窮屈すぎる。
 守永透子は家から外に出て、息を吐き出した。白く染まってすぐに消える。
 空を見上げれば星がちかちかと小さな光を灯していた。
 もうすぐこの一年が終わってしまうなんて信じられないくらい、綺麗で静かな夜だ。
(おっと。初詣に行くんでした)
 軽く笑って近くの神社へと向かうことにした。



 そういえば今年は。
(欠月さんに会った年なのね)
 去年と似ているようで全然違う年になったのは、彼の存在が大きい。
 気づけば透子はいつも欠月のことを考えるようになっていた。
(せっかくだし、今年の最後くらいはもう一度会うことができないかしら……)
 溜息をつきながら夜道を歩く透子。
(そうよね。そんなの都合良すぎるわ)
 いつでもどこでも会えるような相手なら、こんなに悩まない。
(せめて欠月さんへの連絡方法でもわかればいいんですけど……)
 周囲を見回しても欠月の現れる気配はない。
 彼はどうしているのだろうか? こんな日も仕事をしている? それとも今日はお休み?
 そう考えて、我ながら「おお」と思う。
(帰省してるかもしれないわ)
 彼は東京の人間ではないだろうし。
(欠月さんて……どこの生まれなのかしら)
 都道府県のどれも、あまりピンとこない。
 喋り方も標準的だし、癖や訛りはなかった。
(…………欠月さんの家、すごく遠かったらどうしよう……)
 彼がこの東京から去ってしまったとすると、そこにしか会いに行けないのだ。
 遠すぎれば会いに行くのに時間もお金もかかる。
「欠月さんかぁ……。意表をついて、北海道、とか?」
「ボクがなに?」
 ちりん、という鈴の音と共に背後から声をかけられて透子は完全に硬直してしまう。叫ばなかっただけマシだろう。
 ぎこちなくゆっくりと振り向いた先には欠月がきょとんとした顔で立っている。
「か、欠月さ……ん?」
「はい?」
「ど、どうしてここに……?」
「どうしてって、キミの声が聞こえたから。あれ? ボクを呼んでたんじゃないの?」
「あ! よ、呼んでました! はい!」
 慌てて欠月の腕を掴む。とはいえ、控えめに、だ。
「あの……でもどうして……」
「ふふっ。うちの一族にはちょっと秘密があるのだよ」
 にんまり笑う欠月に、はあ、と小さく声を洩らす透子。
「聞こえる範囲なら……すぐに馳せ参じましょう、お嬢さん」
「ええっ!?」
 頬を赤らめてのけぞる透子に欠月は明るく笑う。
 か、からかわれた……?
「欠月さん! そうやってすぐにからかうのはやめてくださいっ!」
「からかってなんかないって。誤解だよ、それは」
「そ、そうでしょうか……」
「そうですとも。
 ああそうだ。これ」
 欠月はズボンのポケットからハンカチを取り出す。
 透子にそれを差し出した。
「この間のハンカチの代わり」
「えっ! いいですよ、べつに」
「いいのいいの。汚しちゃったのはボクなんだし」
 笑顔で透子に渡す欠月。
 受け取った透子はハンカチを見遣る。彼に渡したものと似ているものだった。
(わざわざ……探してくれたんでしょうか……)
 ハンカチを握りしめる透子を見て欠月は微笑んだ。
「それじゃ、ボクはこれで」
「えっ!? あ、ま、待ってください!」
 呼び止めて、透子は視線をさ迷わせる。
「今年は本当にお世話になりました……」
「へ?」
 欠月は驚いたように透子を見た。
 透子は俯いて言う。顔が熱いような……そんな気がする。
「大事なお仕事の最中にお邪魔してばかりという気がしましたけど…………でも、欠月さんに会うことができて」
 できて……。
 ごくりと唾を飲み込む。
 ゆっくりと透子は顔をあげた。
「嬉しい……です」
 いま、自分はどんな顔をしているのだろうか……?



「あの、ありがとうございます。付き合ってくださって」
 神社にお参りに向かう透子に、欠月は付き合ってくれた。
 欠月の学生服はこの日にとってはかなり目立つようだ。
 濃紫の学生服姿の彼は、透子の横に立っている。
「いいよいいよ。暇だったしね」
「でも……お仕事があったんじゃないんですか?」
「終わったからいいって」
 ああ、やっぱり今日も彼は仕事をしていたのだ。
「お仕事、大変なんですね…………いえ、大変だとか思っていないのかもしれませんけど……その、怪我とかに気をつけてください」
「大丈夫だって。ケガって痛いでしょ。痛いの嫌だし」
 軽く笑って言う欠月に、透子は苦笑してみせる。
 考えてみれば……自分は彼のことをほとんど知らない。
「あの……なにか思い出しました?」
「……いや、なにも」
 欠月はちょっと思案したように目を伏せてからにっこりと笑う。
 神社に向かって歩く二人。
 周囲には彼らと同じように神社を目指す人々が居る。
「昔の欠月さんか……あまり想像がつきませんね」
「そう?
 うん……そうかも。ボクもわかんない」
 うんうん、と頷く欠月は空を見上げた。
「…………みんなさ、『昔』って大事なんだよね。そういうものなんでしょ?」
「……嫌な思い出だって中にはありますよ?」
「そっか。そうだよね」
「欠月さんのお家はどうなんですか?」
「え? うち?」
 欠月はうーんと首を傾げる。
「暗い。根暗」
「ネクラ……?」
「そう。家は大きいんだよ。すっごく広いよ。あー……でも二階とかないから平べったいイメージはあるね」
「ひ、平べったい、ですか?」
「東京って全体的に高い建物が多いじゃない?」
「はあ……まあ、そうですね」
「古いし、カビくさいし、辛気臭いし。うちって静かすぎるし」
「す、すごい言いようですね……」
 彼はもう一度月を見上げた。
 そういえば彼の名には『月』が含まれている。だからだろうか。こんなに夜が似合うのは。
「記憶がないって……ボク、気づかなかったんだよ」
「え?」
 ぽつんと言われて、透子は理解するまで時間がかかった。
 欠月は月を見ながら歩き続けている。
「目が覚めて……天井が見えて、そこからしか記憶がないんだけどね……。
 全身包帯まみれだったし、何が起こったのかとか……そういうレベルのことじゃなくてさあ」
「…………」
「ほんとに全部わかんなくて…………ぜーんぜんサッパリでね」
「欠月さん……」
「というか、『そこ』が始まりだったんだけどねぇ」
 ふふっと笑う欠月。
 そこに悲しさはない。
 あるのは、ただの事実。
 透子は静かに目を伏せた。
(記憶……欠月さんの記憶……)
 そこに全てがあるのかも、しれない。

 賽銭箱にお金を入れて、手を合わせる。
 そんな透子を欠月は遠くからじっと見つめていた。
 虚ろな暗い瞳で、ただじっと。
 真剣に願い事をしている透子を、見つめる。

「お待たせしました。でも、欠月さんは本当に良かったんですか?」
「いいんだよ。神さまにお願いするようなことなんて、ないからさ。
 それにしてもやけに真剣にお願いしてたね」
「えっ。なんでもありませんよ」
 照れ笑いをする透子に、そう? と欠月は首を傾げる。
 帰ろうとする欠月の衣服の袖を透子は引っ張った。
「あ、おみくじ」
「え? あ、ほんとだ」
 透子は腕時計を見る。
 気づけばすでに0時を回っていた。
(新しい年……)
「あけましておめでとうございます!」
 ばっと頭をさげて言う透子。
 欠月は唖然としたような顔をして、微笑んだ。
「ああそっか。新年の挨拶って、それだったね。
 はい。あけまして、おめでとう」
 物凄い軽い言い方だった。
 それでも透子は嬉しかったのだ。
「お仕事の時に今日……あ、昨日、かな。みたいに会うこともあるかもしれませんけど、邪魔にならないようにしますので……えぇと、今年も宜しくお願いします、ね」
「……仕事、ね」
 虚ろな笑いを欠月が一瞬浮かべたことに、透子は気づく。
「欠月さん……?」
「ん?」
 いつもの明るい笑顔を向けられて、不安だけが残った。
「おみくじ引きませんか?」
「え? おみくじ?」
 慌ててそう言う透子は、無理に笑顔を浮かべて欠月に提案する。
 さっきの彼の……あの表情は、見てはいけないものだったような気がした。
「引いてみるだけでもっ」
「あ……うん。わかった」
「じゃあ行きましょう!」
 欠月の腕を引っ張って、おみくじを売っているところまで行く。
 それぞれが百円を支払い、おみくじを引いた。
 そっと中を開けて透子は目を通す。
 吉である。
(……普通、ですか)
 これといって嬉しいというわけではないが……凶よりマシだろう。
 恋愛運が気になって、ついついそちらを探す。
(あった。なになに……障害あり。想い続けることで成就するなり……)
 障害?
 ちら、と横の欠月を見遣る。
 障害ってなんだろう……?
(えっと……全体運は…………恋愛面で様々なことに巻き込まれる可能性高し……)
 全部読んでから、これは吉なのか? と疑いたくなった。
 欠月はおみくじをぼんやり見ている。
「欠月さんはどうでした?」
「え? あ、ボクはこれ」
 欠月は透子に自分のおみくじをためらいもなく見せた。
 一番上の文字は……「凶」だ。
「きょ……凶、ですか」
「らしいね」
 全体運も、健康運もあまりよくない。
(れ、恋愛は……?)
 そこまでいく前に欠月はぱっと手を引っ込めた。
「まあボクってこういうの信じてないし……。これってどっか縛っておくんだっけ?」
「え? あ、はい。あそこ……ほら、おみくじ引いた人はみんな縛ってますよね」
 透子が指差したほうを見遣り、欠月はおみくじを縛りに行ってしまう。
 不吉だ。
(新年早々……欠月さんが凶を引いちゃうなんて……)
 恋愛運が非常に気になったが……読めなかったので仕方ない。

 欠月は透子を家まで送ってくれるそうだ。
 家に、あまり帰りたいとは……思わなかったが。
 それよりもこうして外で欠月と喋っているほうがとても楽しいのに。
 そういえば……最初に欠月に出会ったのもこんな夜だった。
 家が見えてきて透子は落胆してしまう。
「今日はありがとうございました、欠月さん」
「ボクもハンカチ返したかったし、気にしないで」
 笑顔の欠月に安堵して、透子は家へと走っていく。
 残された欠月は透子が家の中に入るまで笑顔で手を振っていた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5778/守永・透子(もりなが・とおこ)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、守永様。ライターのともやいずみです。
 着実に仲は進行しています。わかりにくいですが……。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!