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<東京怪談・PCゲームノベル>


日常茶飯時 〜今日の一杯〜

●鈴は鳴る.1
 いつかの昼下がり。
「あ、喫茶店はっけーん」
 とててっ、と軽い足音を立てて何処を目指して駆けていたのか沢崎 友(さわさき とも)は見慣れぬ喫茶店を見付けると、その店の扉を前に歩を止め『Blitz Kong』の看板を見上げる。
「意外に新しい、きっと最近出来たばかりなんだ。なーんか面白そうな予感‥‥これは入ってみるしかないねっ!」
 その看板を見て何となくだがそう思うと、彼女は自身の予感に従って深く考える事無く喫茶店の扉を押した。

 カランコロン。
 友の手によって『Blitz Kong』の扉が開かれると同時、少しだけ古ぼけた鈴の音が店内に鳴り響く。
「それ、止めないか?」
「‥‥ん?」
「一年に一回だよ、それをみすみす見逃すなんて!」
「お菓子業界の目論みに嵌められているだけだって」
 その直後、友の視界に飛び込んで来るのはカウンターを隔てた向こうで揉めている男女の姿だけ‥‥どうやら何事かで互いに白熱しているらしく、友の来店に気付いていない様子。
 そして他に店の者の姿がないかと友は辺りを見回すも、そんな時に限ってタイミング悪く誰もいなかった‥‥が
「なー」
「黒猫だー、こんにちはっ」
 店内の状況を察してか、彼女の出迎えは揉めている男女の前に座っていた黒猫が一声鳴いて来店を歓迎すると、その愛らしい様子に友は思わず手を振り挨拶を返した。
「そ・れ・で・も‥‥って、あ。いらっしゃい!」
「―――っう!」
 すると声を荒げようとした硲 恵理、店内に響く第三者の声から今になって彼女の存在に気付けば思い切り立ち上がりそのついで、隣にいた夫である硲 大輔の足元を思い切り踏み付ける。
 その反撃に大輔は痛み堪え切れず、呻いてカウンターへ突っ伏せば
「ちょーっと待ってね、適当な席に掛けていていいから〜」
 その隙に彼の首根っこをむんずと掴み、それだけ友へ告げるとカウンターの奥に消える‥‥と同時に揉めていた二人と入れ替わり、ウェイトレスのセリがやって来れば冷静な表情を湛えたまま、唖然とする友をカウンターのスツールへと案内するが
「全く。義母さん達、今日もなの」
 何処からか聞こえて来る、不気味に響く軽い音の中でセリの密かな嘆息はお客様の耳へ響く事となり
「‥‥お、面白そうな喫茶店」
 ウェイトレスが漏らしたその嘆息とは逆に友、案内された席へ座るとカウンターの奥から響く男性の断末魔に瞳を輝かせるのだった‥‥ってその反応、どうよ。

●オーダーは?
「卵サンドと紅茶!」
「卵サンドと紅茶‥‥承ったが、紅茶の葉は何にする?」
 そのドタバタから暫く、まだ二人は戻って来ないが別段気にする事無くセリは友の口から告げられたオーダーを控えていた。
「む‥‥お任せっ。意外に拘っているのね、ってそれは失礼だったかな」
「‥‥まぁ店内の様子を見れば当然の反応だと思う、気にしなくて構わないさ」
 すると次、紅茶の葉まで尋ねて来るウェイトレスに友は目を瞬かせれば思った事まで口にしてしまい、慌ててフォローするも彼女は店内を見回し静かに笑う。
「じゃあそうするね!」
 すると友もセリへ気兼ねなく言えば彼女は苦笑を浮かべるも、客人の話はまだ続いた。
「あ、そう言えば‥‥セリさん、外国から来たんだよね? 日本では通はギョクをまず頼んで、その良し悪しで職人の腕を判断するんですよー」
 厨房からさっきまでとは違うリズミカルな音を刻ませる中でそちらを覗きつつ、いるだろう料理人へ呼び掛ける様に声を張って、セリへは何故か胸を逸らし言う。
「ギョク‥‥お茶の事か? だそうだ、刃‥‥やってみるか?」
「‥‥遠慮する、日本茶ならまだしも紅茶は専門外だ。任せた」
 するとそれにウェイトレス、感心すれば興味を覚え厨房へ呼び掛けてみるが、返って来た答えは素っ気無いものだったので友は思わずセリへ注文を一つだけ、追加した。
「それじゃあ、日本茶も一つ」
「ふむ、日本茶だな」
「‥‥‥」
 セリはそのオーダーに対し否定する理由なく日本茶を追記すると途端、厨房からさっきまで聞こえて来た軽やかな音が止まり、沈黙する。
「冗談ですよ」
 その沈黙に友は分かりやすい反応から未だに出て来ない厨房の主へ忍んで笑えば、再びセリの方へ向き直って日本茶のオーダーを早々と取り消すと二人は次に視線を合わせれば揃って、笑った。

●それから‥‥
「お帰りなさいー。恵理さん恵理さん、その猫ちゃん‥‥何て名前なんですかっ!?」
 カウンターのスツールへ腰を掛け注文した料理を待つ友、ブラブラと浮いた足を揺らしては周囲に黒猫以外誰もいない事から暇を持て余し、ちょろちょろと店内を闊歩する黒猫の動向を観察していると漸く戦い終わったのか、カウンターにまず戻って来た恵理を労うとさっきから気になってしょうがない黒猫の名を聞いてみた。
「えーとね‥‥」
「ぶっちー。ヘイ、ぶっちー!」
「‥‥名前、違うし」
「まぁまぁ」
 がその問いに恵理が答えるよりも早く、友がちちちと軽く舌を打って黒猫を呼べば恵理はその光景に笑い呆れるも、その彼女から僅かに遅れて戻って来た大輔が妻を宥める‥‥まぁなんだかんだと仲はいい様子が窺い知れる。
「なー」
「やーん、カワイー!」
 もその夫婦がやり取りに友が気付くより先、黒猫が友を見つめ首を傾げると次に鳴いてみせればその反応に友は途端、表情を綻ばせた。
「ま、いっか。猫好きに悪い人はいないしね」
 そしてじゃれあう友と黒猫の様子に恵理もつい釣られ、彼女が来てから初めての笑顔を浮かべたその時。
「お待たせ、しました」
「おっ、待っていましたー!」
 足音を全くさせず、友の目の前へ注文された卵サンドとアッサムの葉で淹れた紅茶をセリがやはり静かに置くと、彼女は早速卵サンドを一切れ頬張り‥‥その出来に満面の笑みを浮かべ、ハイタッチを交わそうとウェイトレスの眼前に掌を掲げた。
「‥‥‥?」
 尤も彼女は首を傾げるだけで、その意味を解するまでもう暫く時間が掛かるのだったが友はそんなセリの様子を一向に気にせず、ニコニコと笑うのだった。

●鈴は鳴る.2
「‥‥はわー」
 それから友は熱心に食べる事だけ集中し、やがて紅茶に一つの角砂糖を落とせば今はまったりと近寄って来た黒猫、どうやら名前はゼオと言うらしい彼とじゃれつつ食後の余韻に浸っていた。
「静かになりましたね〜」
「まぁ珍しく、人でごった返していたからね。普段は友が言う通り、断然静かなんだけどね」
「じゃあきっと、ゼオちゃんが幸運を運んでくれたんですよ。うん!」
 友の元へ料理が来てからさっきまで、何故かいきなり増えた来客に慌しく追われていた従業員達だったが今はもうその慌しさから脱し、厨房からは店に入ったばかりの時に響いていたあの少し不気味な音が響く中、恵理の疲労感から漏らした嘆息へ笑顔で友が断言するとカップにあった紅茶の最後の一滴を喉へ流し込み、彼女はスツールより立ち上がる。
「美味しかったです! ご馳走様でしたっ!」
「ありがとう、ございました‥‥」
「またねー!」
 そして手早く会計を済ませセリと恵理、二人の挨拶を受けてから友は彼女らとゼオへ手を振り扉に手を掛けては押し開けばやがて、扉に据え付けられていた鈴が衝撃によってその身を震わせると店内へ乾いた音を鳴り響かせるのだった。
 カランコロン。

 〜Fin〜

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 5167 / 沢崎・友(さわさき・とも) / 女性 / 十七歳 / 高校生 】

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■         ライター通信          ■
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沢崎様へ
 まだ閑散としている当店へ、第二号のお客様として店員一同感謝しております。
 まだまだ勝手の分からない所がありますが設定等から元気良く、可愛らしくをイメージして書いたつもりです‥‥もし気に入って頂けたのなら嬉しい限りです。
 黒猫のゼオ、どうやら意外と賢い様なので(何)今回多少なりとも構ってくれた沢崎様の事は今後も覚えている事かと思います。
 もし宜しければ彼に会う為、再度のご来店を楽しみにしております。