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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


『電子世界に取り込まれた雫を救い出せ!』
◆プロローグ◆
「あら?」
 怪奇探検クラブの部室から光が漏れているのを見てヒミコは足を止めた。
 時刻はすでに夜の七時過ぎ。もし残っているとすれば雫くらいのものだ。
「雫さん?」
 声を掛けながら部室の扉を開ける。しかし中には誰も居なかった。端末の電源は殆ど落ち、気味の悪い程の静寂が室内に漂っている。
 そんな中、いつも雫が愛用しているノートパソコンだけが光を放ち、静かに電子音を響かせていた。
(あらあら、つけっぱなしで)
 きっと電源を消し忘れたのだろう。ヒミコは雫のノートパソコンを覗き込んだ。
 ゴーストネットOFFのホームページが開かれ、掲示板が表示されている。
「え?」
 そこに書き込まれた内容を見て、ヒミコは思わず我が目を疑った。

『投稿者:瀬名雫 投稿日:2006/2/15 19:12
 助けて! ヒミコちゃん! どーゆー訳か知らないけど、あたし今この中にいるの!』

 書き込まれた時刻はついさっきだ。別の端末から書き込んだ可能性もあるが「更新」ボタンも押していないのに、新しい書き込みが表示されるのはおかしい。
「し、雫さん……ほ、本当に?」
 だが相手はあのイタズラ好き雫だ。何か手の込んだトリックを用意しているのかもしれない。半信半疑になってヒミコはノートパソコンに聞き返した。

『投稿者:瀬名雫 投稿日:2006/2/15 19:14
 本当だってば! お願いだから何とかして! 誰でも良いからここから出してぇ!』

 すぐに新しい書き込みが表示される。明らかにヒミコの声に反応して書かれたものだ。
「わ、分かりました! すぐに誰か呼んできますから!」
 こうして、奇怪な事件は幕を開けたのだった。

◆電子世界へようこそ◆
「ルールルー♪」
 肩口で切りそろえた銀髪を揺らし、海原みあおは神聖都学園の高等部の廊下をスキップで歩いていた。
 マシュマロの様に白く柔らかい肌。髪と同じ色の大きな目。小柄で華奢な体つき。どう見ても小学校低学年くらいにしか見えないが、コレでも立派な十三歳だ。
「しーずくー、いーるかなー?」
 鼻歌を歌いながら暗い廊下をどんどん進んでいく。大学部の図書館からの帰りだった。雫と一緒に帰ろうと思い、怪奇探検クラブの部室に向かっている途中だ。すでに日は落ち、明かりと言えばグランドの照明と非常灯くらいしかない。
「おっ」
 廊下の角を曲がった先。怪奇探検クラブの部室から光が漏れていた。まだ誰か残っている証拠だ。期待に胸を高鳴らせ、みあおはスキップの速度を早める。そして部室の前まで来た時、突然扉が横にスライドした。
「キャッ!」
 中から跳び足してきた人影にぶつかり、みあおは反射的に悲鳴を上げる。打ち付けた鼻を痛そうにさすりながら、犯人の顔を確認しようと目線を戻した。
「ヒミコちゃん?」
 胸まである長く柔らかい黒髪。吸い込まれそうな黒目。柔和な顔立ち。制服とは違う黒い服を着ているのですぐに分かった。
「どーしたの? そんなに慌てて。何か事件?」
 余裕の無い顔で自分の方を凝視しているヒミコに、みあおは首を傾げて聞く。
「み、みあおさんっ! 丁度良いところに! 事件なんです! 大事件なんです!」
 みあおはヒミコに力一杯手を掴まれ、強引に部室へと引き込まれた。そして雫がいつも使っているノートパソコンの前に招かれる。
「この中に雫さんが吸い込まれてしまったんです!」
「へ?」
 ヒミコはノートパソコンの画面を指さし、すがるような視線をみあおに向けた。
 ディスプレイには『ゴーストネットOFF』の掲示板が表示されている。ついさっき書き込まれたログが二件。どちらも投稿者は雫だ。
「へー、雫のイタズラも大分手が込んできたねー」
 それを読みながら、みあおは感心したように何度も頷いた。
 そしてみあおの見ている前で、掲示板のログが更新される。

『投稿者:瀬名雫 投稿日:2006/2/15 19:17
 ちょっと、みあお! 人ごとだと思って悠長な事言ってんじゃないわよ! とっとと助けなさい!』

「し、雫?」
 慌てて辺りを見回した。だが、みあおの姿を見ることが出来る位置には誰も居ない。インターネットに繋ぐ事が出来る環境はココか、情報室しかないのだ。
(カメラ?)
 雫ならばやりかねない。小型隠しカメラがないかと、みあおは机の下などを覗いてみた。部屋の隅。本と本の隙間。ポスターの裏。
 しかし、どこにもそれらしき物は無い。
「みあおさん。信じられないのはよく分かります。私もそうでしたから。でも、このホームページは自動更新の設定はしていないんですよ」
 ヒミコに言われて、みあおはハッとなる。確かにその通りだ。今、雫の書き込みは自然に表示された。
 みあおはノートパソコンの前まで戻り、恐る恐るディプレイを見た。

『投稿者:瀬名雫 投稿日:2006/2/15 19:25
 こぉら、みあお! あたしの言うことが信じられないっての!?』

 有ること無いことを吹聴して回る、人間広告塔のクセによく言うと思いながらも、みあおは信じざるを得なかった。この書き込みは明らかにみあおの行動に対しての物だ。そして今回も更新ボタンは押していない。
「雫……そんな……」
 みあおはディスプレイをまじまじと見ながら、目を大きくする。それを落胆と勘違いしたヒミコの手が、そっとみあおの肩に触れた次の瞬間、
「ずるーぃ! 雫だけ、ずるーぃ! みあおも行くー!」
 大声を上げて頭を左右に振りながらデスクを叩き、体全体で不満を撒き散らしていた。
「ねっねっ、雫! どうやって入ったの!? みあおもそっちに行きたーい!」
「ちょ、ちょっと、みおあさん……」
 足をバダバタと振り、懇願し続けるみあおにヒミコは焦ったように声を掛けた。しかし、みあおの暴走は止まらない。ノートパソコンをガタガタと揺らし、液晶ディスプレイをつつきながら、中に居るであろう雫に催促し続ける。

『投稿者:瀬名雫 投稿日:2006/2/15 19:33
 わ、わかったわよ! 教えるからあたしのパソコンを壊すんじゃないの!』

 表示された書き込みに、みあおの顔に極上の笑顔が浮かんだ。
「し、雫さん……」
 困った様な声を上げるヒミコを後目に、みあおは次の書き込みが現れるのを待った。

『投稿者:瀬名雫 投稿日:2006/2/15 19:35
 とりあえず、あたしのメールボックスを開いて。送信者の名前が”ヒミコ”、タイトルが”お礼です”ってなってるメールがあるからそれを開けてみて』

 言われたとおり雫のメールボックスを開く。すでに起動していたため、パスワードを要求されることはなかった。その中にある最新のメール。確かに送信者は”ヒミコ”となっている。
「ヒミコちゃん。ナニコレ?」
「わ、私送ってませんよ。そんなメール」
 ヒミコの名前を語った偽装メールなのだろう。だからこそ雫は開いてしまったのだ。
 マウスカーソルをメールに合わせ、ダブルクリックで開く。すると突然画面が暗くなり、白い文字が打ち込まれていった
『強制転移プログラム "Dark_Eyes" 起動。
 使用者の生体情報を取得中......Complete.
 電子体のFramingを開始します』
「え、何、なに?」
 みあおが不思議そうに見守る中、黒い画面の中に緑色の線で人型が構成されていく。
『Framing......Complete.
Texturingを開始します』
 それはあっと言う間にみあおと同じ体型をした形になり、更にその上に色が乗せられていった。そして瞬きする間に、実像と遜色ないほどに精巧に作られたみあおとなる。
『Texturing......Complete.
 電子体の形成が完了しました。強制転移を行います。
 ようこそ、電子世界へ』
 黒かった画面が膨大な光量を帯び、みあおの視界を白く染めていく。心地よい浮遊感。意識が茫漠とした物になり、ヒミコの悲鳴混じりの声が遠くの方から聞こえてくる。やがて体の感覚がすべて無くなり、みあおは無意識のうちに目を閉じていた。

◆運命の紅い糸◆
 目を覚ますとそこは暗い世界だった。
 遮蔽物が何一つ無い巨大な黒い空間。それが宇宙のように無限の広がりを見せていた。手や足で地面らしき物を感じることは出来るのだが、見えないため浮かんでいるような錯覚に襲われる。
「うわぁ……」
 唯一の光源は中空に浮かぶ窓から差し込む弱々しい光だけ。窓と言っても厚みのない長方形が、何の支えもなく浮かんでいるだけだ。一番近くの『窓』には心配そうにコチラを覗くヒミコの顔が映し出されていた。
(ひょっとして、あれってパソコンの画面?)
 改めて周囲を見回す。闇の中に浮かぶ無数の光の窓。恐らくは、これらすべてが現在ネットに繋がっている端末のディスプレイなのだ。
「どぅ? これでも面白そうに思う?」
 不意に後ろから声を掛けられた。良く知っている声だ。
「雫!」
 ようやく出会えた雫に、みあおは振り向き、思わず抱きついた。身長が自分と同じくらいしかない雫は、こうやってジャレ合うのに最適だ。
「こ、こら! 離れてってば!」
 ソレを嫌そうに引き剥がす雫。少し残念ではあったが、みあおは素直に離れた。今は他にやるべき事がある。
「で、入れたけど次はここからどうやって出るか、だね」
 真剣な表情になり、みあおは『窓』を見上げた。ヒミコの顔が映っているモノにそっと手を伸ばす。暗い世界の中で『窓』の明かりに照らされ、みあおの手が浮かび上がったように燐光を放ち始めた。
「わっ」
 思わず小さく声が上がる。『窓』に到達した手は、何にも触れることなく向こう側へと突き抜けた。ソコにあるのに、ソコにはない。そんな矛盾する思考が、みあおの頭を駆けめぐった。
「そんな事とっくに試してるわよ」
 雫が不機嫌そうな顔で溜息をつく。しかし、みあおの行動を止めないところを見ると微かな希望は抱いていたようだ。
「そんな言い方しなくたって……」
 口をとがらせ、拗ねたような口調で雫を見たみあおに違和感が生まれた。
 ――雫の顔が割れている。
「え……」
 雫の顔の真ん中に紅い線が走っていた。額から鼻を通り顎先まで。
「雫、ちゃん……」
 驚愕に目を見開き、みあおは恐る恐る雫に近づく。
「な、なに」
 みあおからタダならぬ気配を感じた雫が一歩後ろに下がった。その拍子に紅い線が揺れ動く。ふわふわと風に舞うように移動しながら、雫の肩に引っかかって止まった。
(な、なんだ……)
 安堵の息が漏れる。割れていたと思っていたのは、雫の顔に掛かっていた『紅い糸』のせいだったのだ。
「雫。ほら糸、ついてるよ?」
 クスクスと笑いを含ませ、みあおは雫の肩から糸を取り上げる。
 妙に長い糸だった。どれだけ引っ張ってもなかなか端が見えてこない。ようやくたどり着いた一つの端は雫の頭に繋がっていた。
「雫……いつからこんなに長い髪の毛、生えてるの?」
 最初に感じた違和感がみあおの中で再び鎌首をもたげてくる。みあおは糸を引くのを止め、無意識のうちにもう一つの端を目で追っていた。
 暗い世界の中に吸い込まれるようにして消え、再浮上してきた先はヒミコの顔が映っている『窓』に繋がっていた。更に目を凝らすと、掲示板の書き込み一つから生えているのが分かる。
 雫が外に助けを求めて、ここから書き込んだログに。
(まさか)
 みあおの頭に一つの考えが浮かんだ。
「ヒミコちゃん! みあおの言葉、そっちに書き込まれてる!?」
 精一杯声を張り上げ、みあおは叫んだ。
『はい、今書き込まれました』
 ヒミコの声に応えるかのように、『窓』の隅――掲示板のウィンドウが開かれている場所にログが一つ追加される。そこから伸びる一本の紅い糸。意識して、よほど注意深く観察しないと見えないソレを目で追い、みあおは自分に繋がっているのを確認した。
「やっぱり!」
 頭から出ている糸を面白そうに引っ張りながら、みあおは快哉の声を上げた。
「雫! 出られるかもしれないよ!」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、みあおは雫の手を持って大きく上下に振る。まったく話の見えない雫は困ったような表情を浮かべているだけだが、それでも『出られる』という言葉に僅かに顔を弛緩させた。
「ヒミコちゃん! 雫のメールボックス立ち上げて!」
『はい』
 ヒミコの手の動きに合わせてマウスポインタが動き、クマのヌイグルミのアイコンの上で止まる。しばらくして、みあおが先程立ち上げたメールボックスが映し出された。
「ちょ、ちょっと! まさかヒミコちゃんまでここに呼ぶつもり!?」
 みあおの指示に雫は大きな目を更に大きくして、抗議の声を上げる。
 それには答えず、みあおは表示されたメールをじっと見た。怪奇現象について書かれた無数のメール。その一つ一つから紅い糸が伸び、闇色に染まる空間に呑み込まれていた。
 ソレを追って、みあおは後ろを振り向く。幻想的とすら思える、発光体のイルミネーション。恐らくはこの紅い糸はすべてどこかの『窓』に繋がっているのだろう。
(えーっと……)
 目の前の『窓』に向き直り、メールボックスの中から、みあおをこの世界に喚び出したメールを探す。
 ソレはすぐに見つかった。何故かそのメールから伸びた紅い糸だけ、他のモノよりは太い。見つけてくださいと言わんばかりに、異様に目立っている。
「やった!」
 歓喜の声を上げ、みあおは紅い糸をそっと持ち上げた。
「雫、ほら見て。この糸、あのメールから伸びてるでしょ?」
 得意顔になり、みあおは自分の考えを雫に説明し始める。
 この糸が示しているのは電子的な繋がり。だからココで叫んで掲示板に書き込んだログとは紅い糸で結ばれる。そして送信されてきたメールはどれかの『窓』と紅い糸で繋がっているはず。ならばこの一際太い糸をたどっていけば、メールの送信者の『窓』にたどり着くに違いない。
 一気にまくし立てた、みあおの説明に雫は目を輝かせて何度も頷いた。
「すごーい! みあお、すごいよ! サイコー!」
「やーん、もっと褒めて褒めてー!」
 底抜けに明るい声が電子世界に響く。
 かくして、何の疑念も抱かないまま、二人はピクニック気分で運命の紅い糸をたどり始めたのだった。

◆陰謀◆
 伸びる伸びるどこまでも。
 切れるどころか徐々に太さを増していく紅い糸。意識せず、横目に見ながらでも見失わなくなった糸に安心したのか、みあお達は無数の『窓』の向こうを覗き見ながら談笑していた。
「あ、見て見てー。あの子可愛いー」
 口に手を当てて、小さく笑うみあお。
「コイツ、ネカマだー。気持ちわるーい」
 げんなりとした表情で呟く雫。
 暗い世界の中で明るい会話をしながら、みあおは電子世界を満喫していた。出られる見込みが生まれ、精神的に余裕が出てきたためだ。
(貴重な体験よねー。ホント来て良かったー)
 ネットワークの世界を体で味わえるなど、普通に生活していてはまずない。外に出たら、まず最初に誰に自慢しようかと考えていると、隣で雫が立ち止まった。
「見て、みあお」
 目線よりも僅かに上を指さし、雫は険しい表情で低く言う。
 雫の指につられて、みあおも視線を動かした。みあおの腕くらいの太さになった紅い糸が、一つの『窓』の先に消えている。ソコに映し出されているのは、小太りの男。長く伸ばした髪からは不潔感が漂い、分厚い眼鏡には白いフケが溜まっている。いかにもオタクといった雰囲気の男だ。
「あの人が、犯人」
 ようやくたどり着いたゴールに、雫が感慨深く声を漏らした。
『ホ、本当に来た。し、雫ちゃんだぁ……』
「え?」
 頭上から振ってきたくぐもった声に、みあおは戸惑いの声を上げる。確か中から外は見えても、外から中は見えなかったはずだ。
『一緒にいる娘も可愛いけど、今はいいや。邪魔だからこいつらとでも遊んでて』
 『窓』の向こうで男が、キーボードを操作するのが見えた。次の瞬間、ヴンッという羽虫が耳元で飛ぶような音と共に、みあおを囲むようにして何かが姿を現す。
 鋭い牙を剥く狼男に、死神のような鎌を携えているデーモン。硬そうな鱗と凶悪な爪を持つドラゴンや、三つの頭を持つヒドラ等。ファンタジー世界を舞台としたゲームでよく見かけるモンスターが十数体、痛烈な敵意をみあおに叩き付けていた。
「なっ、何。なになになに!?」
 突然の異変に、みあおは悲鳴混じりの声で叫ぶ。
 助けを求めようと雫に視線を向けるが、さっきまでの位置に雫は居なかった。
『みあお!』
 代わりに声が頭上からする。『窓』の向こう。オタク男の隣に雫はいた。
 この時になって、みあおはようやく理解する。自分達はハメられたのだ、と。
 この男は最初から雫をこの場所に来させるつもりだったのだ。ネットの世界を介して、自分の側に雫を喚び出すために。
「もぉー、やだぁー!」
 泣き出しそうになるのを必死になってこらえ、みあおは全身に力を込める。今この状態を切り抜けるには、コレしかない。
「えーい!」
 甲高い声を上げた、みあおの体が急激な変化を始める。
 低かった身長は一気に倍程にまで伸び、肩口までしかなかった銀髪は膝の辺りまで長くなる。両手が羽根に覆われたかと思うと、二の腕から先が大鷲のように巨大な翼へと変貌した。
 幼さを濃く残した顔立ちは、彫りの深い相貌へと引き締まり、目元に引かれたアイシャドウと、血のように紅く染まった唇が蠱惑的な雰囲気を醸し出す。なだらかな丘陵でしかなかった胸元は大きく膨らみ、せり出した臀部(でんぶ)からは尻尾が生えた。
「はぁ!」
 樫の木のように硬質的な鳥の脚で暗い地面を強く蹴り、妖鳥ハーピーと化したみあおは上空高く舞い上がった。
「コレでもくらえ!」
 艶のある女性の声で叫び、みあおは両腕を前に突き出した。その力に乗って霊羽が打ち出される。狼男の眉間にささり、苦悶の表情が浮かべるが致命傷にはほど遠い。ドラゴンやヒドラに至っては、鱗にはじかれ虚しく零れ落ちる。
(雫ちゃーん……早く何とかしてよぉー)
 今、みあおに出来ることは時間稼ぎくらいだ。外に出た雫が何とかしてくれるのを待つしかなかった。

◆そして現実世界へ◆
「みあお!」
 ノートパソコンのディスプレイの中で、みあおがモンスター達と戦っているのを見ながら雫は悲痛な声を上げた。
 何とかやり過ごしてはいるが、危なっかしい事この上ない。上下左右、ありとあらゆる方向から繰り出される敵の攻撃を辛うじてかわしていた。
「ふふふー。会いたかったよー、雫ちゃーん」
 怖気の走るような声に雫は振り向く。脂汗の浮かんだ醜悪な顔を睨み付け、雫は一歩後ろに下がった。
「なんなのよ、アンタ! どうしてこんな事を!」
「ふふふー、ずーっと会いたかったんだ。可愛い可愛い雫ちゃんに。ホームページのプロフィールを見ながら、毎日毎日想像してたんだよ。この日が来ることを」
 分厚い唇をイヤらしく歪め、男は一枚のCDロムを取り出した。
「ふふふー、アンティークショップ・レンでこんなモノを見つけたんだ。今まで溜めた貯金、全部使ったちゃったけど、夢がかなったんだ。安い買い物だったよ」
 あの中に入ってるプログラム。恐らくはそれで雫を電子世界に誘い出し、再び現実世界へと引き戻した。ならばアレを奪えば、みあおも助け出すことが出来る。
「お願い! みあおも助けてあげて!」
「ふふふー、雫ちゃんが僕の彼女になってくれるって言うんなら、いいよ」
 自分の計画が予定通りに運んだことが嬉しくてしょうがないのか、下腹に付いた大量の脂肪を揺らしながら男は最悪な条件を付きだした。
「そんなの嫌に決まってるじゃない!」
「ふふふー、じゃあいいよ。一緒に、あの娘が酷い目にあってるのを見ていよう」
 その時だった。ノートパソコンから、みあおの叫び声が聞こえてくる。
『雫ー! 助けてー! コイツらドンドン出てくるよー!』
 切迫した悲鳴。もう、あと数分も持たないであろう事が痛いほどに伝わってきた。
「ふふふー、アイツらは僕のプログラム。倒しても倒しても復活するようにしてるある。勝てるわけがないんだよ」
 満面の笑みを浮かべて解説する男。
(いったい、どうすれば……)
 頭をフル回転させて現状打破を画策する雫の視界の隅に何かが映った。それを起点に打開策が閃く。巧くいくかどうかは分からないが、このまま状況を見守るよりはましだ。
「わかった……。あなたの彼女になるから……」
 大袈裟に肩を落とし、下を向きながら雫は机の上を盗み見る。ソコには飲みかけて放置されたコーヒーがあった。
「ほっ、ほんとうっ!? や、やったぁー!」
 口を大きく開けて嬉しそうに叫ぶ男。その一瞬の油断をついて、雫はコーヒーを取り上げた。そして、ソレをノートパソコンの上に持っていく。
「さぁ、取り引きしましょうか。あなたの大切なノートを再起不能にされるか、それともそのCDを素直に渡すか。どっちが良い?」
 喜悦に染まった男の顔が一転、この世の終わりのような絶望を張り付かせ、目元を痙攣させた。
「やっ、止めてよ! そこにはもう入手不可能な、アイドルの盗撮生写真が!」
「へーえ、そぅ。ソレは大変ねー。で、どうするの?」
 好都合とばかりに、雫は意地悪そうな笑みを浮かべる。
 形勢逆転。男に選択肢は残されていなかった。僅かに逡巡した後、悔しそうな顔で手を振るわせながら、渋々CDを差し出す。ソレを素早い動きで取り上げ、雫は強い口調で命令した。
「次は、この敵を消して! 早く!」
 コーヒーを一滴ほどキーボードの上に垂らし、男を脅迫する。ひぃぃ! と顔を引きつらせて、男は鈍そうな運動神経からは想像も出来ないほど俊敏な動きでキーを叩いて行った。
「け、消したよ! だから早く、ソレをどけてよ!」
 ディスプレイを覗き込み、みあおが無事でいることを確認する。
 これで時間的余裕は出来た。後はCDを使って、みあおを現実世界に呼び出せばいい。
(それって、別にあたしのノートパソコンでも出来る事よね)
 にんまり、と雫は悪戯っぽく口の端を上げる。男には悪魔の微笑みに見えたことだろう。
「あっ、手がすべっちゃったー」
 棒読みのセリフでわざとらしく言い、雫はコーヒーカップを手放す。それはキーボードの上に着地し、茶色い液体をぶちまけた。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 魂の叫び声。ソレを心地よいBGMのように聞きながら、雫は勝ち誇った笑みを浮かべたのだった。

◆エピローグ◆
 雫は大量に送られてきたメールの山に、ただただ呆然としていた。
『雫さんって、実は男だったんですか!?』
『未だに、おねしょをするって本当? カワイイっ』
『雫のお母さんって、アフリカ生まれの賞金稼ぎってマジ話?』
『宇宙人をペットにしてるんですか!? 是非ホームページにアップしてください!』
 雫について何の根拠もない噂が、まことしやか流布されている。
 犯人に心当たりはあった。
「みあおー!」
 ――あの後。雫はすぐにみあおを外に出さなかった。理由は単純。眠かったからだ。事件が解決したときはすでに夜の十一時。良い子は寝る時間だ。みあおに危険が無くなったことで緊張の糸が切れ、膨大な睡魔が雫を襲った。
 そして次の日、雫のノートパソコンから例のCDを使ってみあおを助け出した訳なのだが……。
(妙にニコニコしてると思ったら……!)
 恐らく、いや間違いなく、一晩中電子世界を回って、色んなホームページの掲示板に雫の痴態を吹聴して回ったのだろう。
「雫さん! 子供ができたって本当ですか!?」
 怪奇探検クラブに顔を出したヒミコが真顔で聞いてくるのに、思わず頭を抱える。雫は血の涙を流しながらCDのプログラムを、みあおにメールしたのだった。

 【終】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:1415 / PC名:海原・みあお (うなばら・みあお) / 性別:女性 / 年齢:13歳 / 職業:小学生】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、海原様。飛乃剣弥(ひの けんや)と申します。どうも、ご発注有り難うございました。そして遅くなってしまい申し訳有りません(汗)。天真爛漫で無邪気な少女というキャラクターは、動かし辛いモノだと言うことを初めて知りました。おかけで良い勉強になりました。今後の執筆活動の糧を与えて下さり、感謝感謝です。
 『電子世界に取り込まれた雫を救い出せ!』いかがでしたでしょうか。海原様のプレイング内容を踏襲したつもりですが、ご満足いただけましたでしょうか。それでは、またご縁がございましたら、お会いしましょう。 

 飛乃剣弥 2006年2月11日