コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


とまるべき宿をば月にあくがれて ― 参 ―


 この日の鎮は東京の街中にあった。
 買ったばかりのものと思しき真新しいノートを抱え持ち、肩にはイヅナのくーちゃんを座らせている。
 時折思い出したように何事かをノートに書きとめ、そうしてすぐにまた周りを見やり、しきりにうなずいた後に、再びノートにシャーペンを走らせるのだ。
「……俺、こんなに勉強したことないや」
「きゅー」
 鎮の言葉に同意を見せるようにくーちゃんが小さな鳴き声をあげた。
 街中の時計は20時過ぎを表示している。日没を迎えて数時間を過ぎた時刻であっても、なお、東京という街は昼と変わらない喧騒で満ちている。見目的にはほんの子供の姿をしている鎮ではあるが、東京の街は”子供”が夜を歩いていたとしても何ら関心を寄せることもない。
 鎮は、まず手始めにゲーセンを覗いてみることにした。
 出入り口付近に置かれたUFOキャッチャーや音楽ゲーム周辺に群がっているのは、未だ学生服を着たままの少女達。そしてそれを囲むように群がっている少年、あるいは青年と呼ぶに相応しい年頃の男達。
「夜遊び学生だよね」
「きゅう」
 くーちゃんがうなずいたのを確かめて、鎮はノートにシャーペンを走らせた。

 近頃、鎮には気に入りの場所が一箇所増えた。
 現世をわずかに離れた薄闇の中にあるその場所は、鎮と同じ、妖怪と称される面々が住んでいる。彼らは、しかし、何れも邪悪性などまるで持ち合わせてなどいない、至って気の善い連中なのだ。
 鎮は彼らが集う茶屋に足を寄せ、茶を飲み、ひとときの語らいを楽しんでいる。
 その語らいの中、鎮の発した言葉に関心を寄せたのは果たしてどの妖怪であっただろうか。否、あの場にいた総ての妖怪が一様に眼を輝かせていたようにも思うし、おそらくは実際にそうであったのだ。
 帝都びっくり大作戦、とでも命名しようか。
 彼らが出入りをしなくなって久しいこの現世で、今再び、妖怪がおこす一時の戯れを計画し、発案したのだ。
 ――また昔みたいに悪戯して遊ぼうぜ
 そう言った鎮の案に、その場の総ての妖怪がうなずき、眼を輝かせた。
 そうして今、その計画を実現させるための前準備として、そのターゲットとするべき対象の選定に赴いてきたのだった。
 しかし、ターゲットの選定とはいえ、
「これじゃあ人多すぎだって」
 鎮がそう告げて頭を掻くのも無理はない。
 かつて妖怪が多くこの地を跋扈していた時は、この世は昼と夜とがきっちりと区分されていた。電気などといったものもなく、暮れた夜の闇の中で頼るべきものはといえば天の月が放つ薄い光と手に持つ行灯の弱々しい明かりだけだった。
 人々は闇を恐れ、そこに現れる影を恐れていた。闇の内を跋扈する魑魅魍魎の姿に怯え、その怪異に名前をつけ、あるいは名づけることさえも適わずに、恐怖し逃げ惑っていたのだった。
 それが、今こうして改めてみてみれば、どうだろう。
 夜とはいえ、街は煌々と光る電飾で覆われ、道往く人の影も決して少なくはない。
 鎮は肩で大きくため息を吐いて、しかし次の時には力強いガッツポーズをとっていた。
「なんのなんの、まだまだこれからだって」
 自分の言葉に大きなうなずきを打つ鎮の肩の上、くーちゃんもまた鎮と同様にガッツポーズをとっていた。

 大通りをはずれ、比較的ひっそりとした細い道に出る。線路沿いの細道は緩やかな坂道になっていて、大通りとは一変、うっそりとした暗闇に包まれていた。
 鎮は確認した事実をノートに書き記し、にやりと頬を緩ませる。
「ねえ、くーちゃん。そういえばさあ、この辺の踏み切りって確か曰くつきの場所だったよね」
 訊ねた鎮に、イヅナはしばしの思案をみせた後に「きゅう」と鳴いた。
 うっそりとした暗闇が続くゆるやかな坂道は、片側に線路、片側にスナックなどといった飲み屋が軒を連ねている場所だった。
 灯りを落としているのは、思い出したように点在している街灯。その内のいくつかはちかちかと点灯さえしている。
 電車の到来を知らせる踏切の音が闇を裂き、鳴り響いた。
「こんな場所でだったら、あいつらも悪戯できるかなあ」
 呟き、シャーペンを指先でクルクルと廻す。その横を電車が横行していった。
「でもさあ、くーちゃん。ここだと寄って来る人間も限られてくるよねえ」
「きゅうー?」
 くーちゃんが大きく首を傾げるが、鎮はふうと息を吐いて去っていった電車を眺めやる。
「ほら、ここだとさ、飲みにきたリーマンのおっさんとかぐらいしか来ないじゃん。酔っ払ったやつを脅かしたって、なんかいまいちつまんないよなあ」
「きゅう」
 肩の上でくーちゃんが大きくうなずく。
「そうだよなあ」
 唸り声をあげ、鎮は腕組みをして首を傾げた。
「よっしゃ、じゃあまた別のとこに行ってみよう」
「きゅうー」
 ガッツポーズをとった鎮に合わせ、くーちゃんもまたガッツポーズをとった。

 続き、足を寄せたのは再び人混みで賑わう大通りだった。ただし、先ほど歩いたあの大通りではなく、電車に乗っていくつかの駅を移動してきた先だ。
「俺思うんだけどさ、」
 告げる言葉にイヅナがうなずく。
「ここに来るまでの電車の中でさ、ほら、痴漢がいたじゃん」
「きゅう」
「ああいうオッサンを脅してやるのもいいかなって思って見てたんだけどさ。ああいうオッサンってさ、自分が”脅す”側の立場だから、こう、隙だらけなんだよな」
「きゅう」
 改札を後にして大通りの上で足を留める。
 四つ辻の大路とはまるで異なる大きな路に、鎮は目を細めて白い息を吐く。
「リーマンのオッサンは、別に妖怪が脅さなくっても、ノーマルな手でも全然いけるだろうと思うしさ」
「きゅう」
 うなずくくーちゃんを横目に見やり、頬をゆるめ、笑みを見せた。
「やっぱりさ、ターゲットは夜遊びしてる学生だよな。ほら、若者はさ、一回脅してやれば後はどんどん大きくなって広がっていくじゃん。都市伝説っていうの? ああいう風にさ」
「きゅう」
 鎮は頬を緩めたままで足を進めた。
 歩けば歩くほどに喧騒は大きなものへとなっていく。
 脇に抱えもっていたノートを再び開き、ペンを走らせる。
「えーと、今の時間は……夜の9時ちょいか。場所は……」
 ペンを走らせながら周りを見やり、頬をゆるませた。場所は渋谷の池袋の駅前。不必要なほどの数の学生達が群がり、遊んでいる。彼らを脅かしてやったら、どれだけ楽しいことになるだろう。それを思い、鎮は小さな笑みをこぼした。
「池袋の、西口っと」
 書きとめて満足げにうなずく。
「きゅうー?」
 その時、肩の上で、くーちゃんが大きく首を傾げて訊ねてきた。
 鎮はくーちゃんの問いかけにうなずいて、浮かべていた笑みを一層色濃いものへと変えていく。
「うん? ここは帝都のどまんなかじゃないよって? うん、そうなんだけどさ、くーちゃん。あいつらが出入りしてた頃の帝都って、多分、浅草とか銀座とかが流行ってた頃だったと思うんだよね」
 ノートを閉じて脇に抱えもち、鎮はそう答えてくーちゃんを見やった。
 くーちゃんが納得したように手をうっている。
「だからさ、浅草とかから近くて、この時間になってもまだ遊び歩いてる子供がいる場所っていうと、なんとなく、ここかなあって思うんだよねえ」
「きゅうー!」
 うなずいたくーちゃんに、鎮はにこりと目を細ませた。
「よっしゃ、それじゃ、ひとまずターゲットの選定は終わり。あとは詳しいことなんかをあいつらと決めて……っと」
 独りごちて数度うなずき、それから夜でありながらも夜の様相を呈していない夜空を仰ぎ見る。
 妖怪達が好き勝手に出歩いていたあの頃に比べれば、今のこの時代は昼と夜の区別のつかない風景を広げている場所が多すぎるかもしれない。が、しかし。それでも確かに、今もなお、闇は確かに存在してもいる。
「それじゃ、侘助さんとこに行ってみるか、くーちゃん。寒いし、茶でももらおうぜ」
「きゅうー!」
 うなずくくーちゃんを肩に乗せ、鎮は夜の街を小走り気味に歩き始めた。
「都内をバスツアーで巡るってんのも、なんか捨てがたいんだけどもなあ」
 独りごちて呟いた声と共に吐き出された白い息が、ネオンで照らされた夜の闇の中へと溶けいって消えた。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【2320 / 鈴森・鎮 / 男性 / 497歳 / 鎌鼬参番手】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
         ライター通信          
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

お世話様です。続けてのご発注、まことにありがとうございましたv
今回は、例の計画(笑)に向けての準備段階ノベルといったところでしょうか。
場所に関しての選定はわたしの独断で決めてしまったのですが、よろしかったでしょうか? 渋谷とかも考えたのですが、こ、個人的にも渋谷には非常に疎くて。さらに、池袋は巣鴨プリズンなどもありますし、怪異がおきても不思議ではない土地かなとも思いましたもので…。
支障がありましたら、その旨、お気軽にご指摘くださいませ。

それでは、またご縁をいただけますことを祈りつつ。