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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


神の剣 異聞 古本屋の姉妹 3 未来への意志 

オープニング

 佐伯紗霧は悩んでいた。
 単純にして複雑な悩みである。

――自分はこのように幸せであって良いのか?
 その事が彼女の悩みである。
 妹として迎えてくれた、佐伯隆美が言うには
「居ても良いのよ。幸せになっても良いのよ」
 と、いつも言ってくれる。言葉に出さずとも。
 彼女は普通の人ではない。吸血鬼である。しかし、その力は封印されている。
 それ故、人間として生きているが……。
 未だ彼女にとって其れはよい事なのか、悪い事なのか判断が付かない。
 何かが引っかかる。

 そんなとき、自分と比較的“にている”人物に出会った。女の勘か吸血種としての本能か。
 織田義明。人にして人ならざる力を持つ少年。
 織田義明は自分のテリトリーとも言える河川敷で寝ころんでいる。
 紗霧はあなたと共に義明を捜している。
「織田さん。風邪引きますよ?」
「ああ、大丈夫。いつもこうしているんだ」
 風が2人を撫でる。
「……あの……ひとつ聞いても良いですか? あなたにも」
「ん?」
「?」
「織田さん? あなたは力を持っていて幸せでしょうか? そして、あなたも……」
「?」
「いきなり 何?」
 義明は驚いた。

 紗霧は自分の過去から今までの経緯を話す……。
 
 力があるが、其れを放棄した少女。
 力を有効に使える好機を得て、更なる高みを目指す少年。
 その相違と、幸福というものとは? 


〈撫子の意見〉
 天薙撫子は佐伯紗霧のことを聞いて考え込んだ。
「紗霧様、力があった故にそれが不幸になると言うことはありません。しかし、貴女は幸せを手に入れたではないでしょうか?」
 と、彼女は紗霧に言った。
「そうなのでしょうか?」
 紗霧の表情は暗い。
 寒い風がまた3人の頬をなでた。キリリと冷たく、頭がさえてくる。
「撫子さんは、あの、幸せなのでしょうか? あなたも“力”を持っているでしょう?」
 狭霧が訊いた。
「ええ、色々困難なことがあるでしょう。しかし、その、わたくしは義明君とともに同じ時、同じ道を歩むと誓い合い……」
「というと、織田さんとつきあっていたのですか?」
 紗霧は目を丸くした。撫子と義明の関係に、今まで気がつかなかったようである。
「え、そ、そうです。」
 頬を朱に染める撫子。
「ごほん」
 義明も照れていたのか咳払いして、紗霧が他の質問にうつろうとするところを止めた。
「確かに俺も撫子も神格という力を持っている。それをきわめてさらなる高みを目指そうと共にいるんだ」
 義明が続けて言った。
「今後、俺にはいろいろな厄介なことがあるだろう。しかし、それもまた幸せになる一つの機会と思って居るんだ。俺も力を放棄することもできるけど、今までの戦いでそれをしないことにした。上手く言えないけどね、俺も悩んで、苦しんだけど、今は幸せだ」
 と。
「力があることも幸せなのでしょうか?」
 紗霧がまた訊いた。
「君はアンデッドの吸血鬼ではなく、幻想種の吸血鬼というのは先ほど聞いた。しかも、高位種族。その力は世界を脅かす。それ故に力を手放した」
「はい。人に迷惑をかけたくないため。私が持っていた力は好きじゃなかったのです。だから、私は力をなくした後、いろいろな人に守られて、理解されて幸せです。でも……。目の前に力を持っている人がいる。なぜ……力を持って幸せに生きていけるのか疑問だったのです……」
 と、紗霧は言った。
 彼女の肩は震え、今にも泣きそうだった。
 実際紗霧は生まれたときから吸血種。おそらく彼女自身が物心ついたときから、その力に翻弄されていたのだろう。悲しみにうちひしがれる事も10年以上続いたに違いない。その悲しみを知るすべは二人にはない。そのことを思い出したのだと思われる。
「紗霧様、そのために力を放棄した。それは立派なことですよ」
 撫子が紗霧を抱きしめ頭をなでる。
 暖かい彼女の手、心にふれて。
 紗霧は大泣きした。

「紗霧様、貴女は力を放棄した。しかし、それは逃げたわけではありません。人それぞれの幸せがあります。力を放棄して、人並みに幸せを手に入れること。そう、力を放棄すると決意したことは、“勇気”なのですよ」
 撫子は、優しく紗霧の頭をなでて言う。
「“勇気”ですか?」
「はい、“勇気”です」
 紗霧が尋ねると、撫子はにっこりと微笑んで頷いた。
「そう、力を使おうと思うのも放棄するのも自由なんだ。上手く使えるかどうか関係なしに、ね」
 義明は、言う。
「そりゃ、力を悪いことに使う奴は色々居るし、俺や撫子はそういう奴らを倒してきた。撫子も俺も大事な人や周りを守るために“力”を振るう事に躊躇いはない。しかし、紗霧ちゃんは“力”を振るう事をしたくないから放棄したんだろ? 撫子の言うとおり、勇気が要ること。そして」
「もし必要があるとき紗霧様の“力”はそれに答えてくれます。今の幸せは、そのご褒美なのですよ」
 撫子が続けた。
「そして、わたくしたちは先ほど言ったとおり、“力”を持っても幸せなんです平和に暮らすために必要のない力を捨てることも勇気。さらなる力をよりよい未来を作るために持っていることも勇気なのです」
「……そうなんですか」
 紗霧は二人を見る。
 この先何があっても頑張っていこうとする二人はとても強く感じられた。

 夕暮れ時になり、3人は文月堂に帰ろうとしていた。
「義明さん。その、“影斬”として私をどう思っているのでしょうか?」
 と、紗霧は義明に訊いた。
「倒すべき相手ではないと思ってるさ」
 義明は苦笑する。
「よかった。でも、私の力が復活したときは……」
 紗霧がそういおうとしたときに、義明が彼女の頭を軽く叩く。
 それに続けて、撫子が、
「紗霧さま、そんな心配しなくて良いのですよ。紗霧様なら間違ったことはないでしょう」
 微笑んで言った。
「……はい♪」
 過去に彼女に何があったか詳しくは教えてもらっていない。しかし、力を放棄してからの今が、幸せならばいいのだ。

 文月堂まで後百メートルぐらいのこと、
「ところで、もう一つ質問があるのですけど」
「なに?」
 撫子と義明が首をかしげる。
「つきあっているなれそめって……」
「!?」
 二人は頬を赤らめてしまう。義明はあたふたして、撫子は顔を隠してしまう。
「え、えっと、ですね。そ、それはその……」
「ああ、それは……その……」
 しどろもどろになる二人。
「どんな気持ちなのかも聞きたいなぁと思いまして。後学のためにも」
 と、紗霧はにこにこ聞いている。
 これは難しい質問だ。
 余り恋愛に詳しくない紗霧であるが、恋愛中の二人にとって馴れ初めなどを話すのは恥ずかしい事だ。
「紗霧〜何遅くなってるの? もうゴハンの支度しなきゃいけないんだから!」
 遠くから姉隆美の声が聞こえた。
「あ、お姉ちゃん。……まだ質問がありますけど……また今度に。今日は本当にありがとうございました」
 と、紗霧はぺこりとお辞儀をして、隆美の所に向かっていった。
 隆美は自分に近づいた紗霧と並んで、撫子と義明に会釈をする。それに倣って撫子も義明も会釈した。
 そして、撫子と義明は去っていく。

「二人は恋人同士なんだって」
「え? 知らなかったの? 初めて見たときからそう思っていたけど」
 と、言う姉妹の会話。
 しっかり者の姉に、不思議系の妹であった。


 撫子は義明とともに、義明の家に向かう。
「幸せであって欲しいですね」
 撫子は義明の手を握って歩いている。
「ああ、最悪なことにはならないだろう。彼女が常に平和な世界に生きていればね」
「ええ」
 しかし、ふと二人は立ち止まる。
「まさか、馴れ初めなど聞かれるのは困った」
「え、ですね。下手に言いますと、のろけの他にならないですから……」
 二人は苦笑してしまった。

 END

■登場人物
【0328 天薙・撫子 18 女性 大学生(巫女)・天位覚醒者】

【NPC 織田・義明 18 男 学生・天空剣師範代(装填抑止)】
【NPC 佐伯・隆美 19 女 大学生・古本屋のバイト】
【NPC 佐伯・紗霧 16 女 高校生】


■ライター通信
滝照直樹です。
『神の剣異聞 古本屋の姉妹』に参加していただきありがとうございます。
力を持ち続けても幸せかどうかという話でした。優しいプレイングありがとうございます。
撫子さんも幸せであって欲しいものです。

ではまたお会いしましょう。

滝照直樹拝
20060221