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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


わが愛すべき名産品

 発端は草間武彦の友人が持ってきてくれた旅行土産だった。
「私、このソーキそばがすごくおいしいと思います」
妹の草間零はそう言って譲らない。中華風の麺にこってりとした汁と豚肉がのっているので味の主張が強く、好き嫌いが分かれるところだが零の舌には絶妙であったらしい。
「どうせ濃い汁の麺なら、俺は味噌煮込みのほうがいい」
一方味噌煮込みうどんは名古屋料理。だし汁に味噌を溶かしうどんを放り込んで、煮立ったら具を投じる。これもまた好き嫌いの激しい料理である。
「ソーキそばです」
「味噌煮込みうどんだ」
妙に頑固なところばかりが似ている兄妹は顔つき合わせて睨みあう。

「まあまあ、草間さん」
得意の水芸、扇子から飛び出す水を武彦の顔にぴゅっと吹きかけ、割り込むように声を切ったのは志羽翔流。結果的に怒りを煽る調子になったものの、扇子を蝶のように扇ぎながらからからと笑っている。
「沖縄土産に名古屋土産、どっちも実にうまい。うん。だが俺の持ってきたこの土産だって負けず劣らずにうまい」
「なにかしら?」
人数分のお茶を入れてきたシュライン・エマは零の隣、武彦の正面に腰を下ろす。問われれば待ってましたとばかりに翔流は風呂敷包みを取り出し、テーブルの上に広げてみせる。
 出てきたものは竹でできた丸い容器、その中に入った笹。
「お前、パンダか?」
思わずそう質問したのはテーブルの真ん前、ソファではなくカーペットに直接あぐらをかいている鈴森鎮。ペットのくーちゃんはイヅナなのでパンダではないのだが、笹の匂いをしきりに嗅いでいた。どうやら笹に包まれた中身が気になっているらしい。
「なにかしら・・・」
零を挟んでシュラインの反対側に座っていた斎藤智恵子は控えめに首を傾げてみせる。自分も気になるのが半分、くーちゃんが可愛らしいのが半分。
「さあ、なんだと思う?」
大人しい智恵子は、翔流からぐいと顔を近づけられると慣れていない人との距離に思わず身を引いて、おずおずと零の腕にすがりながら、
「え・・・えっと・・・・・・押し寿司でしょうか?」
漂ってくる酢の香りと、四角い笹の包みからそうではないか、と推察したのだ。すると翔流は太陽のように笑い手の中の扇子をぱん、と広げ紙吹雪を散らせた。
「ご名答!」
もちろん、これにも智恵子が肩をすくめたのは言うまでもない。
 その隙を狙って鎮が我先にと笹の包みをはがそうとしていた。俺にもよこせ、と武彦が手を伸ばしたがその手がうっかり湯飲みにぶつかり、お茶がこぼれる。狭い興信所に舞い踊る色紙の雪、高笑いの翔流、こぼれたお茶のとばっちりを尻尾に受けて、熱い熱いとテーブルの上を駆け回るくーちゃん、捕まえようとする鎮。大騒動と言わずしてなんと呼ぼうかという有様であった。
「おい、お前らうるさいぞ」
止める気のない武彦の声がさらに拍車をかける。間延びしたその声でとうとう、シュラインの堪忍袋の緒がぷつんと音を立てて切れた。
 シュラインは自分の湯飲みに手を伸ばすと、ほとんど口をつけていない中身をためらいもなく武彦の顔面へ浴びせかけた。
「熱っ・・・」
「着替えてらっしゃい、武彦さん」
熱湯に近い温度を顔面に食らった武彦であるが、シュラインの声があまりにも冷やりとしているがために騒ぎ立てることができず、顔をシャツで拭きながら頷くだけで精一杯だった。
「それからお茶、入れなおしてくるわね」
「はい」
静かな、しかし凄まじい剣幕に一同は右にならえで頷くのみであった。

 洗面所で顔を冷やし、服を替えた武彦が自分の定位置へと戻ってきた。
「で、押し寿司だと?」
「ああ」
陽気な翔流がさすがに今はやや大人しい。台所から借りてきた包丁で、笹の包みを等分に切り分ける。一層酢の匂いが強くなり、側面からは固められたシャリと魚が覗いた。
「鱒寿司ですね」
「そう、俺が故郷富山の味だ」
富山は薬売りだけじゃないんだぞと息巻く翔流、観客たちは鱒寿司を頬張りながら大道芸人の講釈に耳を傾ける。
「この鱒寿司。江戸時代に八代将軍吉宗公に献上して絶賛されてから名物と呼ばれるようになった。以来富山の土産と言えばこれだ、鱒寿司だ」
ただでさえ鱒寿司は翔流の好物なのである。鼻と食欲をくすぐる笹の匂い、シャリの甘酸っぱさ、鱒の淡白ではあるが舌に残る味、いくら語っても説明しきれない愛情があった。が、語るにはやや喉が渇いていたのでお茶で喉を潤す。ついでに自分も好物を一切れ、と思ったら・・・。
「お、おい!俺の分誰が食った!」
翔流は全員を問い詰め、最後に武彦を見た。武彦はさらりと視線を逸らす。だが、そのサングラスの中身は泳いでいる。さらに手の中には最後の一切れ。
「あんた、一人でいくつも食おうとするんじゃねえ!」
人間、食べ物の恨みとなると年齢も恥も外聞もなくなるもので翔流は武彦をぎゃんぎゃんと責めたてる。白旗を揚げた武彦が鱒寿司を献上するとようやくにその滑らかな舌は声を上げることより鱒寿司を味わうほうへと心を向ける。
「そ、それにしても地方の食べ物ってどれもおいしいですよね」
場を和ませるため智恵子が切り出した一言は食べ物の恨みに包まれた空気を解きみんなをほっとさせた、シュラインも話を膨らませるために零越しに智恵子の顔を覗きこむ。
「智恵子ちゃんはなにが好きかしら?」
「えっと、私はゼリーフライが・・・」
しかしその一言で再び場が凍りついたのは言うまでもない。

 この場合、智恵子に責任があるわけではなかった。だがゼリーフライという響きから浮かぶ食べ物の想像というのはどうしても皆を黙らせずにはいられなかったわけで。
「あ、あの、私なにか変なこと言いましたか?」
「その・・・ゼリーって、オレンジですか?」
「え?あ、ああ」
真剣な零に不思議そうな顔をした智恵子だったが、思い違いに気づくと花がほころぶようにくすりと笑った。
「ゼリーフライって名前ですけど、ゼリーは入ってないんですよ。形が小判に似ているので元々銭フライ、それがなまってゼリーフライになったらしいんです」
「じゃあ、普通に食えるんだな」
ゼリーがフライになるならプリンもフライになるのかと想像していた鎮はくーちゃんとお揃いで胸をなでおろす。
「ゼリーフライはジャガイモとおからを混ぜて揚げただけなんですけど、すごくおいしいんです。作りかたはすごく簡単だから、お家でも作れると思いますよ」
「確かに、おやつによさそう」
母親の味、というものが得意なシュラインの頭にまた一つレパートリーが加わったようであった。さっそく今日にでもと、冷蔵庫の中を探していたのだが。
「ねえ零ちゃん、おからどうしたかしら」
「昨日和え物でいただきましたよ」
「・・・ああ、そういえば武彦さんのお皿に残ってたわ」
零はなんでも残さずよく食べてくれる。一方武彦は子供のように好き嫌いが激しく、一つのものばかり食べたがる。嫌いだというのも大抵は食わず嫌いだ。
「ゼリーフライもおからを使うけど、今度は食べてくれるのかしら?」
「・・・・・・」
武彦の返事はない。鎮と翔流は顔を見合わせてにやにやと笑っている。年上の、幼さを見つけたとき男はこういう笑いかたをする。
「笑ってんじゃねえよ」
折れた煙草を噛みながら、武彦は鎮の頭を押さえつけにかかった。そうはいかないとばかりに鎮はイタチの姿になって、くーちゃんと連れ立ちするりと身を避ける。くーちゃんのその白いしなやかな姿から零はなぜか、茹でたてのうどんを連想した。鼻先のピンク色と手の平の肉球は、可愛いかまぼこのようであった。

 「聞いたか、くーちゃん。零さんがくーちゃんをうどんみたいだってさ。白くってほわほわのおいしいうどんみたいだってさ」
幸い鎮たちは零の想像を悪いようには取らなかった。たまたま二人の好きな名産品というのがさぬきうどんだったからかもしれない。子供の心に浮かぶ愛情というのは食べ物に対しても生き物に対してもさほど変わらないものなのである。
「兄ちゃんたちと行った香川で食ったあのうどんはうまかったよなあ。麺がツルツルシコシコしてて、一緒に入ってたお揚げもすんげえ味が染みてた。兄ちゃんは玉子とかワカメとか食ってたけど、あっちもよかったよなあ」
きゅうう、とくーちゃんもそのとき食べさせてもらった味を思い出しては体をくねらせる。くーちゃんは少しだけ甘い絶品のツユに夢中になってしまい、丼に身を乗り出しすぎて溺れそうになったくらいだった。
「普通のうどんとさぬきうどん、やっぱり水が違うのかな。家に帰って買ってきた麺を何回も茹でてみたけどあの店で食った味にはならなかったもんなあ。それでも、そのへんで買ったうどんより断然うまかったけど」
その後も鎮とくーちゃんはそれぞれうどん職人になったつもりでねじり鉢巻に前掛け姿で本物になりきって麺を打ってみたりもしたのだが、さすがに心意気だけではどうにもならなかった。
「さぬきうどんなら俺も食ったことあるぜ。あれ、うまいんだよなあ」
大道芸人の修行と称して各地を興行に回る翔流はいろんな名産品を食べ歩いている。
「俺が行ったのは夏だったから、冷やして食ったんだ。あれも食感が変わっていいぜ」
「冬なら釜揚げだっていいよなあ」
いいよなあ、と声を上げるとき鎮の小さな耳、そして尻尾がふにゃりと蕩けそうに垂れる。口の中に思い出される味を全身で表現している。
「それよりお前、一応妖怪だろ?」
だが武彦はろくに人の話を聞いていない。唐突に話題を変えるものだから、鎮は尻尾を大きく膨らませる。
「一応じゃねえ!本当に妖怪だ!」
「じゃ、妖怪名物の料理なんてものないのかよ」
あるなら食ってみたいぜとまるで近所のラーメン屋で餃子を追加するような口調だった。
「うーん、えっと・・・あるにはあるけど、あの料理は谷で取れる魚が必要なんだ」
「取ってこい」
「馬鹿言うな!俺の生まれたイタチ谷村は秘密の場所にあるんだ!簡単に行って帰ってこられる場所なんじゃかないんだよ!」
「なんだか兄さん、さっきから聞いてるとお腹ぺこぺこみたいですね」
零はシュラインにそっと耳打ちする。もしかすると、味噌煮込みうどんがいいと我を張ったせいでソーキそばをほとんど食べていないのかもしれない。
「今日のお夕飯は早めに支度しましょうか」
「そうね」
勝手を担う女二人はいつ買い出しに行こうかと時計を見上げた。

 さっきも言ったように、武彦は好き嫌いの多い人だった。一度でもあたったものは決して食べない。おかげで毎日の献立を考えるほうには苦労が耐えなかった。
「シュラインさん、今日はどうします?」
「うーん、そうね。みんなの教えてくれた料理はどれもいいけど、私が一番今美味しそうだと思うのは秋田のきりたんぽ鍋かしら」
「きりたんぽ、いいですね」
即座に零が相槌で手を叩く。最近、少しずつ春めいてきたもののまだまだ寒さが厳しく夜ともなれば鍋がまだ恋しいのであった。
「地鶏を買ってきて骨はスープ、お肉は一口サイズで柔らかくなるまで煮込むの。ゴボウのささがきとおネギもたっぷり入れて、きりたんぽはやっぱりあきたこまちから作らなくちゃね」
他の人間が食べた味の感想を言うのに対してシュラインは調理の手順で料理の美味しさを表現する。目を閉じて話を聞いていると、きつね色をしたスープから漂ってくる香りや白い湯気までもが鼻先をくすぐる。
「白いご飯もたっぷり炊いて食べましょう。ね、武彦さん」
「そうだな」
ここで武彦が一つ頷けば、今日は丸く収まるはずだった。ところが土壇場になって意図せず波乱を好むのが武彦という男であった。
「俺はうどんがいい」
「・・・・・・え・・・?」
全員が、さぬきうどんを紹介した鎮でさえ耳を疑った。だが武彦の主張は翻らなかった。
「今夜はさぬきうどんが食いたい」
「いや、でも」
「今日はやっぱりきりたんぽ、だろ?」
「私もそう思います」
皆が口々にきりたんぽを勧めるのだが、一度こうと決めた武彦はなかなか意見を曲げようとしない。あくまで子供のような男なのだ。
「俺はさぬきうどんだ」
「兄さん・・・」
妹はもうあきれて声も出せない。どうしてこの男は、人の気を逆立てることだけうまいのだろうか。
 かくして本日二度目の、シュラインの堪忍袋の緒が切れた。武彦と一緒にいると堪忍袋というものは何本緒があっても足りず、また耐えようとすると胃にいくつ穴を開けても足りない。
 果たして今宵、草間興信所の食卓になにが並んだかは定かではない。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
2951/ 志羽翔流/男性/18歳/高校生大道芸人
4567/ 斎藤智恵子/女性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
このノベルを昼食時に書いていたらひどくお腹がすきました。
九州人として、明太子やさつま揚げが出なかったのはちょっと
残念でしたが・・・。
わかりにくかったのですが、今回の一番は鎮さまのさぬきうどんでした。
なにしろ書いている途中、お昼にうどんを食べに行ったくらいです。
子供が美味しいものを食べている姿はとても可愛いので、
想像しながら楽しい気持ちで書かせていただきました。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。