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最期の言葉
最期の言葉が思い出せなくて。
助けてくれないかな?
そう、夢の中で語りかけられ続ける頻度は多くなっていく。朝目覚めて瞳をこする、ボーっとする意識の外側でさきほどまで鮮明だった夢がおぼろげに消えていく。
夢としてみたものは消えていくが、声色は消えていかない。
しんしんと時間が立つにつれてそれが気になっていく。
ササビキ・クミノはその夢を気にしはじめていた。
一ヶ月に一度から一週間に一度。一週間に一度から三日に一度。
そしてとうとう毎日に。
「……現代、今風……ごく普通の青年、だったかな」
クミノは消えかかる夢を思い出しながら色々とまとめていく。
声は、青年というより少年と言っても良いくらいだった。服装は、スニーカーやハーフコートに見える服装はおぼろげで確信はもてない。
なんと言っているのか、夢特有の越境理解によって意味のみが自分に伝わっているのか、それとも日本語なのかの判別も曖昧だ。
そして場所は、あまりにありふれていて何処とも知れない。未だ居住者もまばらで建設中の住宅街がそこかしこにある新興住宅地の空き地部分のようだった。
「調べてみるか……」
クミノはそう声に出し身支度を始める。まずは、それからだ。
地図や資料。それらが確実にあるとすれば図書館。
近場の図書館へとクミノは足を運ぶ。図書館特有の本の匂いがした。
そしてふと目に付いた地図を手に取り、目に付いた窓際の机の上へばさっと広げてみる。地図を見てすぐにその夢で見る場所がわかってしまえば簡単なのだがそんなはずは無い。まぁ夢の内容を思い出す手がかりになれば、くらいの心持だ。運がよければその場所が見つかるかもしれない。
このあたりで住宅街の並ぶ地域を目で追い、さらに空き地を探す。
だけれどもそのような場所は見つからない。
「……今の地図ではなくて、もう少し昔、なのかもしれないな」
クミノは広げていた地図が最新版であることに気がつき、そして昔の地図はないだろうかと思う。
地図の置いてあるところへと足を運び、そして五年前の地図を見つけた。とりあえずはこれでよいか、と手に取り先ほど地図を広げたところへと戻る。
先ほど広げた地図とそれを見比べる。五年前はまだ建築途中なのか空き地もまばらにある。今では住宅になっている場所は違う形である方が多かった。
得られる情報は中々ある。
「そういえば、看板みたいなのもあったな……建設予定の看板……だったか」
そこまで思い出すのだが、そこに書かれた文字はなかなかはっきりと浮かんでこない。
夢なのにここまで執着してしまうのは何故だろうか、もう気になる、というレベルでなくなってきている。
どうしても、夢にでてくる彼が何者で、彼が何を自分に求めているのかが知りたい。
「もう少し、付き合うか」
クミノは苦笑しつつ地図をまた見詰める。
なんとなく視線をめぐらせた。そしてふと一箇所に視線が止まる。
現在そこは建設途中、五年前は……五年前も建設途中。
気になる。
「もう一度、夢がみれたらはっきりとわかるかもしれないな」
クミノは呟き、そして地図をがさがさとしまう。そして元の場所へと返し図書館を後にした。
まだ確定するには色々と情報が足りない気がする。助けてというがどうしたらいいのか聞き返そうと思う。
毎日夢をみているのだ、昼寝でもすればまたみるかもしれない。
そう思い、天気もいいことだし近くの公園、日当たりのいいベンチに座り込みぼーっとしてみる。
なかなかいい感じかもしれない。
穏やかな、何もしない時間というのは心地よく、ただ空を眺めていた。
と、ふいにとろとろとうっすらと眠気。
少しの間ならいいか、とそのままクミノは瞳を数度薄く瞬いてから閉じた。
視界が薄暗い。
もやもやとした霧がかかっているようなそんなイメージを感じる。
ああ、あの夢みたいだとクミノは感じた。
何を求めているんだ、と夢に見る青年に言うように、イメージする。
いつも一方的に伝えられる言葉、どうすればいいのかと。
どうしたら助けられるのか。
『伝えて欲しいんだけど』
何を?
『僕が彼に伝えようとした最期の言葉……思い出せなくて』
その言葉を私が見つけて、その彼に伝えればいいのか。
その、君のいる場所がわからない。そこはどこだ?
『僕がいるとこ……知ってるだろ』
もわっと視界がぼやける。
意識がはっきりとする感覚にクミノはまだ早いと思う。
けれども覚醒を拒否することは出来ないらしい。
クミノは夢の中、建設途中の住宅に囲まれたそこに一つ特徴を見つける。
建設中の住宅、その住宅の外観は全て同じ、作りも同じのようだった。
覚醒間際の情報収集。
はた、と目が覚める。さきほどからそう時間はたっていないらしい。
「あの地図の場所でいい、みたいだな……」
夢の中で青年は知ってると言った。それならきっと自分が気になっている場所でいいのだろう。そこに並ぶ家が同じようなものであったらあたりかもしれない。
クミノはベンチから立ち上がって歩み始める。
向かうのは先ほど図書館で気になった場所。
今できる最善をとクミノは思う。
けれども解決していないことが一つ。
青年が言う最期の言葉とは何なのか。
「まぁ、とりあえず行ってみれば手がかりがあるかもしれないな」
移動手段は徒歩と電車。電車を二つ乗り継いで、そして地図で見た住宅地の近くへと辿り着く。
あたりはまだ新築に近い住宅ばかりだ。同じような家が並ぶ分譲住宅街。
地図で見た地理を思い出しながらクミノは進む。そして夢で見たのと似たような家の並びをみつけた。
「……どうみてもあそこだな」
クミノが視線をめぐらせた先、一箇所だけ建築途中の家がある。地図でもそうだったあの場所に間違いない。作業はされておらず放りっぱなしのようで立ち入り禁止の看板が立てられている。その家の前へと仁王立ちしクミノはあたりをみる。
夢でみていたのと同じ雰囲気だ。
夢の中ではもやがかかりおぼろげなイメージだったがこうしてこの場所に立つと同じだとわかる。
「さて、君はここにいるのかな?」
クミノは呟いて、そして立ち入り禁止の看板もおかまいなくその中へと入る。
その家の奥、そこでクミノは立ち止まった。
「来たんだ、いるのなら姿をみせてほしい……っても無駄なのかもしれないが……」
あたりを見回すがどこもおかしなところも違和感もない。クミノは一つ溜息をつく。力になれると思ったのだけれども、まだ根本的な解決にはなっていない気がして。
「……私が君の言う彼、とやらに言葉を伝える。それでいいかな、また夢にでてくるのなら、詳細を教えて欲しいものだ」
言葉にして、これは自己満足なのかもしれないと思う。
暫くその場に立ち尽くし、何か自分へのコンタクトはないかと思う。けれども何もなく。
クミノはこれ以上いても無駄か、と呟くと家路を辿る。
きっとまた、今日もあの夢を見るだろうと思いながら。
次の日の朝、目が覚めてぼーっとしていた。
夢を見た覚えがない。
そしてそれはずっと続く。あの日、青年がいると思った場所へ行った時から。
クミノは自分があの場所へ行ったことで彼が満足したのかもしれないな、と思った。
彼の最後の言葉というのは結局わからないままだけれども。
もし、もしその最期の言葉というのを伝えていたとしても、その言葉は自分の造った嘘になっていたかもしれない。
彼は忘れ、知らない、のだから。
彼が欲しい物を与えたに過ぎないかもしれない。
これで良かったのかもしれない。すっきりとはしないが、夢の彼はもう出て来ない。
力になれたのかどうか、それは彼自身にしかわからないけれども、その答えが自分に伝えられることが無いかもしれないけれども。
「まぁ、よしとするか……」
クミノは小さく呟いた。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【1166/ササキビ・クミノ/女性/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】
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■ ライター通信 ■
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ササビキ・クミノさま
はじめまして、ライターの志摩です。今回はありがとうございました!
頂いたプレイングからめいっぱいの妄…じゃない想像力を働かせ書かせていただきました。クミノさまらしさ、というのを出せていれば良いな、と思います。
結論として夢の人の言葉、というのがわからないままの終わりになってしまいましたがきっと満足していると思います…!
それではまたご縁がありましたらどこかで!
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