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最期の言葉
最期の言葉が思い出せなくて。
助けてくれないかな?
夢で何者かに語りかけられている。
ここ最近みるのはそんな夢が多い。
月宮 奏は眠い目をこすりそれが何を意味しているのかよく考える。それは朝起きて最初にする日課へとここ暫くなっていた。
そして夢の、その夢をみる周期が段々短くなっていることに気付いてもいた。
「私に……どうしてほしいのかな……」
その場所のイメージは、ひっそりと誰も見つけられないような場所。視界は暗く、なんだか湿気もあるような感じだった。外に疎い奏にとってはそこがどこかなどはわからない。場所のビジョンを捉えるよりもこの相手の気を感じて探した方が効率的だ。
寝起きで意識はまだ少しぼーっとしているが、今はまだあの声の主の気を覚えている。
瞳を閉じて、心を落ち着かせ、そして感覚を研ぎ澄ます。
同じ感覚、気をを探し、見つけたと思って追ってもすぐにふつりと切れてしまう。
これは向こうが故意にそうしているのか、それとも何か原因があって感じれなくなるのか、どちらかはわからない。
「だめか……」
閉じていた瞳を開けて奏は呟く。その声色には溜息も混じる。
外に出るしかないかな、と奏は思う。
とりあえず大まかに見当をつけて、そして行ってみようと決意。このまま家の中で追うだけでは駄目だ。
この家の外は奏にとっては辛い世界。気を張っていないと雑多な、色々な感情や意思が自分に流れ込んでくる。それは気持ちの良いことではない。
でも、それでも。
声を発し自分の夢に現れた主の為に出来ることがあるのならしてあげたいと思う。
立ち上がり、顔を洗って、身支度を整えて、朝食を食べて。
そして奏は門の前に立つ。
その夜闇色の双眸を閉じ、深く息を吸い込んで深呼吸。
家の外に出るときの、儀式。心落ち着かせ、真っ直ぐ前を見詰め一歩を踏み出す。とん、と軽やかに外へと。外界、結界の外にでた瞬間、今までとの差を感じる。淀む空気が少しばかり重い。
「大丈夫……」
自分に言い聞かせて奏は歩む。しばらくすると慣れるはずだ、今少しの辛抱。どれだけ抑え込むかのバランスのとり具合を調節して。
強すぎる感受性は感応の力とも非常に密接で下手をすると気どころか心まで読み取ってしまう。心の内を読む、それは自分がされても嫌なことだ。そんなことはしたくない。
そしてそんな状態に慣れた頃に、思い出す、思い浮かべる。
夢みたイメージはひっそりとして誰にも見つからないような場所。街の雑踏の中からそんな場所を探すがみつからない。
人込から抜け出して呼吸を整え、自分の感覚の一端を解放して気を捜す。
他の想いも伝わってきて、ぐるぐるするような、混ざりあったものが押し寄せる。
気持ち悪いでは言い表せないほどの感覚。
苦しくて切なくて痛くて。
思わず奏はしゃがみ込む。自分のみを抱えて大丈夫だと言い聞かせながら。そして渦巻く周囲の気に翻弄されながらも奏はその気をみつけた。今朝探したときよりもそれはしっかりと感じられる。場所が近いのかもしれない。
途中で途切れないで。
そう祈りながら立ち上がりゆっくりとその方向へと奏は歩む。
段々とそれははっきりと明確な形を持ち、奏の足も次第に速くなる。
にぎやかな街の片隅、薄暗い路地。湿ったような空気がまとわりつくそんな場所。
行き止まりで高い、灰色のビルの壁。カラースプレーで描かれた落書きも薄れ掛けている。ゴミが雑多に置かれ腐臭も漂う。
「……ここだよね。私に、呼びかけたのは……誰?」
瞳を閉じてこの場に漂う気を奏は読む。
夢で感じたのと同じ気をすぐに掴むが、それはただ夢と同じ言葉を繰り返すだけだ。
奏はどうしてほしいの、と何度も諦めずに問う。
言葉に出したり、心の中で思ったりと様々なことを試す。
だけれども伝わらない、わかってもらえない。
そんなもどかしさが心の中に満ちてくる。
どうしたらいいのかな。
奏は考えをめぐらせる。この場所から動く気配がこの声の主にはない。
きっとここから離れられない理由があるのだ。この場所に固執しているような、そんな気もする。
今この場所に漂う他の気からも何か感じられるかもしれない。
最低限に抑えていた能力を少しずつ、慎重に奏は緩めていく。
同じような、この気とわずかにでもいい、繋がりのある気を手繰り寄せる。
流れ込む気は多く、そこから見つけるのは難しいけれども。
ふわりと、やわらかいあたたかな。
この声の主を守るような、陽光のような気。
奏はその気を読む。
大丈夫だから、ごめんね。
雨冷たいから、傘置いていくね。
ごめんね、ごめんね。
何度も何度も謝る心配するような言葉。幼い女の子の声色。
ああ、きっとこれだ、と奏は思う。
そう理解すると同時に、今まで形を成さなかった声の主の姿も見えてくる。
にゃーとか細い声のような、子猫。
この、子猫を想う声で奏はどうゆう状況だったのかと理解する。
きっと子猫を守りたいと思っていた子が、何らかの事情でここに置いていかなければいかなくなったのだろう。
それも雨の日に。
子猫がどうなったのか、どうして自分に声が聞こえてきたのか、それを思うと胸が痛くなる。
置いていきたくなかったのに、置いていかれたくなったのに。
庇護を失ってどうなるか容易に想像がつく。
奏は声の主を想いながら、柔らかく、声を発した。
「君に最期に送られた言葉は……ごめんね、だよ……」
静かに、凛とした声色は空気に溶け込むかのように響いた。
と、気がゆらりと、動揺しているのか、不安定になっているのかわからないが今までよりも強く、感じられるようになる。
奏はそのまま言葉を続けた。
「大丈夫だから、ごめんね。雨冷たいから、傘置いていくね。ごめんね、ごめんね。それが、君を置いていった子の最期の言葉……でも、君は置いていかれたけど……ものすごく、とっても、想われていたよ。それを忘れないで」
一度困惑と怒りを感じた気は、奏の言葉に平静さを取り戻す。暖かく、そしてゆるりとした雰囲気。
「わかって、くれたんだよ、ね?」
ふわ、と風が頬をなでる。それはきっと意思表示。
よかった、と奏は表情を緩める。
ふつり、と自分に語りかけた声の主と、そしてそれを守っていた気が消える。
きっと、最期の言葉を伝えたことで想いは昇華されたのだろう。
心の底から安堵がこみ上げてくる。本当に良かった、と。
けれども一つ、心に想うのは。
声の主であった子猫を置いていった子は、今もまだ、子猫のことを覚えているのか。
そしてどう思っているのか。
忘れてなければいいな、と思う。
それは勝手な自分の望みだけれども、自分のほかにも、子猫がいたことを覚えている人がいればいいなと思う。
「違う……きっと今も、覚えているはず……」
あんなに心地良い、優しい気だったのだから、きっと今も覚えているはずだ。
あの子猫は、幸せだ。想われている。想われていた。
羨ましいなという想いがこみ上げる。
自分も、あんな風に想われたい。
自分を、覚えていてくれる人がいてくれれば。
自分を、想っていてくれる人がいてくれれば。
自分が、何であったとしても、変わらず想ってくれる人がいてくれれば。
ぼつりと心の中に広がる波紋。
この、月宮 奏という存在。自分は何なのか。
それはまだ、今はまだ、答えを出すには早すぎて幼すぎてわからない。
奏は、前を向いて、歩み出す。
その先の未来、それがどうなのかは、わからないけれども。
進むしか、ないから。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【4767/月宮・奏/女性/14歳/中学生:退魔師】
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■ ライター通信 ■
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月宮・奏さま
いつもお世話になっております!今回も奏さまを書かせていただきほくほく、嬉々でございました!
今回は奏さまの優しさエトセトラを前面に押し出しつつちょっと優しく寂しい感じでひそりと己の存在を問う展開にもっていくよう尽力いたしました。楽しんでいただけると嬉しいです。これからもひそりと私は奏さまの成長をストーキ…いえいえ、見守らせていただこうと思っております。
それではまたどこかでお会いできたら嬉しく思います!
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