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限界勝負ＩＮドリーム
ああ、これは夢だ。
唐突に理解する。
ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
目の前には人影。
見たことがあるような、初めて会ったような。
その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
頭の中に直接響くような声。
何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
そして、人影はゆらりと動いた。
このまま呆けていては死ぬ。
直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。
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パワードスーツを纏った神崎・真由香 （かんざき・まゆか）は目の前の人影の輪郭を完全に捉えた。
フルフェイスのヘルメットの内部に付けられてあるモニターに映った人影は女性。
真由香より年下のような風貌だが、彼女の周りを取り巻く殺気は真由香を圧倒するには十分だった。
胸部、肩部を護る軽鎧を纏い、頭には兜を被り、手には長柄の武器がもたれている。
槍、と言うには穂先が刃のような形をしている。
薙刀、にしては刃の背の突起部分がおかしい気もする。
まぁ、相手の得物がなんであろうと、どうやらあの女性を打ち倒さなければ夢から覚めない事は何と無く理解していたので、真由香は慎重に間合いを計り、相手の隙を窺っていた。
「見るからに強そうな相手……。雰囲気もかなりヤバイし」
そこそこ実戦経験はあるものの、格上挑戦の経験は薄い。
場慣れしてないながらも自分と相手の差を測る真由香だが、考えれば考えるほど状況は絶望的だ。
相手の力量が桁外れに高い事は解るし、勝ち目が薄いのも解るが、だからと言って諦めるには至らない。
「うぅむ、これは…勝てるのかしら私？ ……ま、泣き言言っても仕方無いか。おねーさん真剣にやっちゃうわよ？ たとえ夢の中でも、痛いのや殺されるのは嫌だしね〜」
真由香は軽く腕を振り、穏やかな言葉の中にありったけの覇気を込めて言う。
自分を鼓舞する意味合いではとても役に立った気がする。
「……そろそろよろしいですか？」
真由香の前に立つ女性が不意に声をかけてきた。
「何？ 待っててくれたの？ おねーさん感激しちゃうわ」
「はい。久々のお相手ですもの。ただの弱いものイジメにはしたくありませんわ」
「……言ってくれるじゃない」
女性は石突を地面から離し、両手で武器を構える。
「行きますよ。貴方が強者であることを望みますわ」
「ご期待に副えるように頑張るわよ」
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初撃。先手は敵。
間合いから考えてもそれは当然。
相手の手の動きを読んで、真由香は最初に繰り出された小振りな突きを避ける。
真由香の左肩を霞めた敵の武器は空を裂き、隙を生み出した。
ここぞ、と真由香は大きく踏み込み、相手の懐にもぐりこむ。
そして鎧に護られていない腹部に掌底を打ち込んだが、相手には容易く避けられた。
ステップを踏んで真由香の左手に回り、武器を引き戻した女性はそのまま武器による打ち降ろしをしてきたが、パワードスーツで強化された真由香の脚力の前で、大降りの攻撃が当たる確立は低い。
真由香は打ち降ろしを避けた後、女性との距離を取り、一息吐いた。
大した事無いのではないか。
ふと浮かんだ疑問。
先程の攻防で真由香が感じたモノは、戦闘前の戦慄でなく、安心と疑心。
アレだけの武器を軽々振り回している女性には、それなりの驚嘆と感心を抱くが、大きいだけに隙が出来やすい。
懐に張り付けば無傷で勝つことも出来るかもしれない。
「……ふふ。面白いですね」
真由香の疑心を他所に、女性は再び石突を地面に着け、微笑を零していた。
「なるほど、初撃でやられる様な相手ではありませんでしたか」
「当たり前よ。たとえ夢の中でも、痛いのや殺されるのは嫌だしね」
真由香はヘルメットの下で舌を出した。
「では、もう少し楽しみましょうか」
女性はそう言ったかと思うと、再び間を詰めた。
再び、突き。
先程と同じく、左肩を狙った突きは空を裂く。
だが真由香は踏み込むことはせず、間合いを置き、相手に有利なリーチで防戦を続ける。
二撃目、突き。
小振りな突きが三度。
全てを避け切り、真由香は再び疑心を抱く。
三撃目、根による打撃。
石突を勢い良く振り回し、真由香の左手から根が襲い掛かる。
真由香はそれを軽く弾いていなし、次の攻撃に備える。
四撃目、刃による斬撃。
石突が弾かれた反動を利用して、逆側についている刃で斬りかかって来た。
真由香はコレを軽くバックステップを踏んで躱した。
緩い攻防の後、二人の間には間合いが広がった。
「……妙な気分ね。研究員の私が試されるなんて」
先程抱いた疑心に確信を持って声に出す。
先程までの攻防は全て小手調べ。
一度目の攻防も易々と懐に入らせて出方を見、そして打ち下ろしで距離を取らせた。
二度目の攻防も緩い攻撃で出方を窺い、力量を測っていた。
「お遊戯をする気ならさっさと夢から覚めさせてくれない？ おねーさんも暇じゃないのよねぇ」
「それは失礼致しました。……まぁ、この程度でしたら問題ないでしょうし、少し本気でお相手いたしますわ」
笑って言った女性は武器を構えなおす。
「死合いをしましょう。とても楽しい、死合いを」
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ゴウ、と風が鳴る。
瞬間的に詰められた間合いは完全に敵のリーチ。
一瞬判断の遅れた真由香は敵の攻撃をまともに受けてしまう。
パワードスーツの装甲を深く抉る突き。
先程までとは威力が違う。
生身なら左腕が完全に飛んでいた。
その寒気を感じて真由香は一瞬の呆気から我を取り戻す。
詰められた間合いを更に詰める。
根による打撃も怖いが、刃による斬撃、突きには及ばない。
出来るだけ懐に張り付き、ジャブを打ち込み続けるのが上策。
間合いを取るのは命取りだ。
そう考えて踏み込んだ真由香だが、相手との距離は縮まらなかった。
真由香に合わせてバックステップを踏んだ敵。
それに合わせて武器を引き、更に鋭い突きを放つ。
真由香は咄嗟の判断で刃の腹を叩き、突きの軌道を逸らす。
刃が完全に明後日の方を向いたのを確認せず、真由香は間合いを詰め、一撃ジャブを放つ。
敵はそれを柄で受け止め、反動を利用して距離を取る。
敵が石突を地面に着けると同時に、真由香の額から汗が噴出し、息が荒くなった。
ヤバイ。
パワードスーツのお陰で物理的なダメージは無かったが、精神は驚くほど削られた。
決して脆くはないパワードスーツの装甲。
それを軽々と抉ってのける。
それほどの威力があの女の細腕から発揮されるとは、誰が思ったであろう。
しかも、あの突きが深く決まっていたら、パワードスーツを貫き、真由香の肉を穿つことになっていただろう。
今、自分の左腕があるのは運が良かったからだ。
次はどうなるか解らない。
「あら、お疲れのようですわね。休止を取りましょうか？」
「じょーだん。体が暖まってきたところよ」
だが、敵の女性に情けをかけられては女のプライドが廃る。
ならば、どうにか勝機を見出すしかない。
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女性が石突を地面から離した瞬間に、次の戦闘が始まった。
ゴッと打撃音が真由香の左側頭部から聞こえ、次の瞬間には視界がブレる。
ものすごい速さで間合いを詰められ、柄でヘルメットを打たれた、と理解するのに四半秒を要した。
だが、だとしてもこの視界のブレはなんだろう？
脳みそがグルグルして気分が悪い。
今の攻撃がなんだとしても、こんな状態で二撃目を受けるのはまずい。
距離を取らねば、と思い、ステップを踏みかけたところに二撃目。
真由香の胸を霞める斬撃が閃く。
ステップを踏むために体を仰け反らせたのが良かったのだろう。
今のも直撃を受けていれば脳天から真っ二つだったはずだ。
敵は後退する真由香を追って、チャージを仕掛けてくる。
真由香は敵の軌道から外れるために後退していた進路を変更し、横へ避ける。
敵が真由香の横を通り抜けたのを確認すると、すぐに後ろに振り返る。
敵は次の攻撃の体制に入っており、すぐに対応しなければ―――
鮮血、散る。
敵が繰り出したのは二発目のチャージ。
ギリギリで致命傷は逃れたものの、刃はスーツの装甲を破り、深々と真由香の脇腹を抉っている。
その痛みが走る前に、真由香は敵に胴を蹴り飛ばされ、よろめいて退く。
「他人の血を見ると、ゾクゾクしちゃいますわ」
そう呟いた女性はわずかに頬を赤らめ妖しい笑みを浮かべていた。
だが、今の真由香にそれを確認するほどの気力は無い。
自分が貫かれたことによる戦意の喪失は大きい。
ダメージを受けて、自分よりも強い敵を相手にするのは無謀。
痛みと共に諦めがジワジワと真由香の体中を走る。
「その程度で顔色を悪くされるとは……期待外れですわ」
相手の女性の声が響く。先程の恍惚とした表情は何処へ飛んだのやら、今は落胆を表情に表している。
そうだ。この程度で揺らいでいては夢の中で死んでしまう。
真由香は顔を上げ、敵の次の攻撃に備える。
と、顔を上げた瞬間に見えたのは刃の先。
鈍く赤黒い液体を纏ったその刃はまっすぐに、真由香の顔の中心を狙って飛んでくる。
真由香はほぼ条件反射的にその突きを避ける、が、刃はヘルメットを捉え、またも穿つ。
真由香は敵から距離を取ると同時に、使い物にならなくなったヘルメットを棄て、損傷した脇腹を押さえる。
痛みが、予想以上に酷い。
「……っぐ！」
出血をいくらか止めるために傷口に当てた手が、少しでも触れただけで足が震える。
自分の脇腹がどうなっているのか、怖くて確認することが出来ない。
「……その傷でまだ立っていられるのは賞賛に値しますわ。ですが、少々興ざめです」
言った敵の女性は刃に付いた血を、何処からか取り出した紙でふき取っていた。
それほど余裕があるということか。
「そろそろ終わりに致しましょう」
血をふき取り終わった女性は紙をその辺に棄て、武器を構える。
「それなりに楽しかったですわ。それではごきげんよう」
言った女性はゆるゆると間合いを詰めてくる。
真由香の震える脚を見て、回避行動は無理だと思ったのか、歩いて間合いを詰めている。
「嫌な奴ね、全く」
真由香は痛む脇腹から手を放し、拳を構える。
「最後に一花って訳じゃないけど、やらかすだけやらかしちゃうわよ」
歯を食いしばり、震える足に力を与える。
握る手には血を滴らせ、睨む視線には敵を捉える。
グッと脚に力を入れ、そして渾身の力で踏み出す。
「ふふふ、急がなくてもすぐに楽にしてあげますのに」
言った女性は少ない動作で真由香の左腕を肩から斬り飛ばす。
血を舞わせながら吹き飛ぶ腕。
だが、真由香はそれにひるまなかった。
寧ろ、その真由香の行動に、敵の女性の方がひるんだぐらいだ。
真由香の脚は止まらず、攻撃の範囲内に敵の顔面を捉える。
刹那、拳閃一撃。
唸る豪腕のような、パワードスーツによって強化された真由香の細腕。
それが女性の顔面に向かって飛ぶのだが、すんでのところで進行を止められる。
女性は左腕だけで真由香の拳を止め、そして押し返していた。
「……そ、そんな！？」
「自慢のスーツも私のような小娘に負けて悔しいですか？ ならば強くなりなさい。私を超えるような強い人間におなりなさい。再戦ならいつでも受け付けますわ」
近付きすぎた真由香は軽く蹴り飛ばされ、敵の刃の前に晒される。
「最後の一撃、感動いたしました。貴方の事は覚えておきますわ」
そう言って綺麗な微笑を見せた女性は、何の躊躇も無く、その長柄の武器で、真由香の体を袈裟懸けに切り裂いた。
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夢から覚めた瞬間に襲う吐き気。
それに負けて、真由香は洗面所に走った。
水の音がうるさい。
だが、この水も真由香の気分の悪さを取っ払ってくれそうには無かった。
自分の体が引き裂かれる冷たさ、それがどうにも真由香の中に残って消えてくれなかった。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【5787 ／ 神崎・真由香 （かんざき・まゆか） ／ 女性 ／ 24歳 ／ 研究員】
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■ ライター通信 ■
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神崎 真由香様、シナリオに参加してくださり本当にありがとうございます！！ 『目からこぼれる鱗で前が見えません！』ピコかめです。（何
こんな俺にチャンスをくれるとは……貴方は慈悲の天使ですか！？
明確な死による敗北でした。
前回は勝敗がよく判らない終わり方になってましたが、今回はハッキリと。
あと、敵が物腰で残虐っぽくなくなっちゃいましたが、前回に比べれば血生臭さが格段に上がっております。（何
血は飛ぶわ、腕は欠損するわ、胴体は切り裂かれるわ。
もう散々でしたが、……ど、どうなんだろう。心配だ。ガクガクブルブル。（ぉ
では、またよろしくお願いします！
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