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最期の言葉
最期の言葉が思い出せなくて。
助けてくれませんか?
夢の中で若い女性を見る。
これは過去の幻影なのだろうか。
その夢は、いつも内容はばらばらだ。
最初に見た夢は、とある桜の樹の幹に男が身を寄せ酒を飲み、そして美しく咲き誇った花を愛でている夢だった。
次に見た夢は、男がその根元へ腰掛け本を読んでいた。
三度目は、月夜に。同じように根元に腰掛けて枝葉からこぼれる月の光を男は楽しんでいた。
他にも色々なシチュエーションで頻繁に夢を見るようになっていた。
そして今日見た夢は、その男がその樹に何事か囁き、その樹の枝で首を吊って自殺してしまうというものだった。
男はいつも同じ人物で、そして桜の樹も変わらない。そして、桜の樹の傍らに女がいるのだが、男はそれにいつも気がつかない。気がつかないとゆうよりも、見えていないようだった。
女は、人間ではない印象を受ける。桜の樹からは離れられない様子であった。
そしていつも、夢が途切れる際に聞こえる言葉。
最期の言葉が思い出せなくて、助けてほしい。
夢でおぼろげなはずなのに、それだけはしっかりと覚えている。
ここ最近の朝の目覚めの中で、その言葉はずっと響く。
デリク・オーロフはこの夢、この声に意味を感じていた。
「私をご指名とハ……これは助けてあげないと、いけませんネ……」
まだ夢の中でまどろんではいたいが、苦笑混じりに呟いてデリクは起き上がった。
夢を見始めた切欠、デリクには心当たりがあった。
最初に夢を見始めた日だったかどうかは忘れたが、数ある咲き始めた桜の並木の中で一本だけ花をつける素振りさえない桜の木を見た覚えがある。
その時はこれだけ並ぶ中にあっておかしい、どうしたのだろうかと思いそっとその幹を撫でただけだったのだが。
その時にだろう、この異郷の地でどうやら桜に憑かれてしまったらしい。
桜が、自分は力になってくれると感じたのだろうか。
とりあえず、あの桜の木について調べてみよう。
そうデリクは決める。
この夢に答えはあるはずだ。
「あの男……というよりは青年ですカ、よく本を読んでいましたネ……」
カタカタとパソコンのキーボードを鳴らし、思いつくままにデリクは言葉を打ち込んでいく。
桜、樹、伝説、事件、そのほかにも色々と。そして検索をかけてみる。
画面にでた情報はいくつもあるが、とりあえず一番上にでてきたものを選んで開けてみる。
そしてそれはアタリであったようだ。
画面上の文字をデリクは追う。その内容はおおよそ三年前、あの場所にて自殺があったことが書かれていた。男は将来有望視されていた文学青年。何か賞もとっていたようで、彼に自殺を思わせた原因などはそこには書いてはいなかった。そしてそれ以後、何故だかあの桜は花をつけなくなったと都市伝説のように言われているらしい。
同じ内容であろうものもいくつか見てみるが内容は大差なく新しく得られる情報は無かった。
「ネットではこれが限界ですカ……あとは……新聞ですかネ」
ギシ、と椅子の背もたれに体重をかけながら画面と距離をとる。見上げた天井が遠い。長時間凝視していたわけではないのに目に少しの疲労感がある。
暫く瞳を閉じた後、パソコンをシャットダウンし、手近にあったコートを持ってデリクは家をでた。
近くの図書館にでも行けば過去の新聞があるはずだ。他にもあの青年に関するものがあるかもしれない。
持ち物は大方処分されているだろうが彼の書いた話というものもどこかに残っているかもしれない。そこに何かまた、それにはあるような気がしていた。
「ああ、古本屋なんかも……何かありそうデス」
ふっと思い出すように呟き、後で寄ることを頭の端に留め置く。
まずは何があったのか、詳細に知っておきたい。
図書館、その中に保管されている新聞をその事件があった時期をごっそりと持ち出し備え付けの机でばさばさと広げる。かなりの量があるために時間はかかるだろうとデリクは覚悟した。約二ヶ月分くらいを横に置きざっと目を通し、目ぼしいことが書いてあるものを横にはずしてゆく。
そしてそれらを一つずつ丁寧に読んでいく。
事件のあった日、そして男の名前と詳しい素性。そしてその自殺の、おそらくの動機がそれらには書いてあった。
「……自分のことを後世に残すチャンスはあったのニ……もったいないですネ……」
デリクは彼が、男が病魔に侵され余命が短かったことを知る。きっと自分がそんな状況ならば死を選ばず、命ある限り何か大きな事を成そうとするに違いないだろうなと苦笑。
男と自分は、違う。
粗方の事情を飲み込んだデリクは新聞を片付けると元の場所に戻しその場を後にする。図書館の中に男の書いたものがあるかとも思ったがなんとなく、そこでは探す気が起こらなかった。
そして図書館から程近い場所に、年季の入った古本屋を偶然にも見つけ心惹かれた。
ふらりとそこに立ち寄ると薄暗い感じの店内、古い本の匂いが立ち込めている。無造作に高く積まれた本が今にも倒れそうだ。
デリクはそんな本の山で作られた細い道を奥へと進んでいく。
ふと、自分の右腕が当たり本の山が揺らいだ。
デリクはまずいと思いながらも、それが崩れるのを見ていることしかできないなと悟り、派手に音を立てて崩れる一山を眺めた。
その音に奥から店のものが気がついて出てくる。中学生ぐらいの少年で、この古本屋をしているものの家族だろうと思った。うわーと微妙に困った表情を浮かべている。
「スミマセン……」
「やー、いいです。いつか崩れるとは思ってたから。どーせじーちゃんの趣味で集まった本だから好きなもの持ってっていいと思うよ。料金はこの崩れたのを立て直すのでよし」
はは、と笑いながらデリクはわかりました、と言い少年を手伝って崩れた本を元に戻していく。
ほぼ積み上げたところでふと、一冊だけまだそんなに色褪せてもいない和綴じの本をなだれの中からみつけ手に取った。ぱら、と捲ると所々に走り書きがしてあるのが目に付く。
「おにーさん、その本が気になんの? それさーあとあと知ったけど何年か前に死んだ人のものだったらしくて……俺もそれで覚えてんだけどどんなに奥の方においても何かの拍子に上の方にでてくるんだよな。不気味すぎ」
「そうですカ? 面白そうデス……この本を頂きまショウ」
少年は本気か、と眉を顰めて言う。デリクは笑み返し頷いた。
物好きだなー、と少年に言われながらその本を手に、店を後にした。
その和綴じの本を書いた人物の名前はあの男の名前と一緒であった。少年の話からもきっと男のものに違いない。偶然あの場所でこの本を見つけたのはきっと解決のための糸口があるからに違いない。
「さて、何が書いてあるんですかネ」
ぱらりと適当に捲った項にのたうつ様な筆跡での走り書き。震えているような印象を受ける字だ。
内容はあの一番好きな場所で最後を、といった内容が書いてあるようだった。
そしてあの樹に対する想いもそこにはあった。
他にも、この本の内容自体にも男の最期の言葉の答えが隠れているような気がし、デリクはそれを読んだ。どこにでもあるような悲恋の話であったが、木の下でずっと来ない想い人を待つ男の姿は夢の中の男の姿ともかぶるものがある。
近くの公園のベンチに座り、その本を読み始め、終るまで約一時間と少しくらい。この物語から、きっと男が言ったであろう言葉をデリクは見つけた。
これに違いないと、わけのわからない自信がある。
早い方がいいな、と思いデリクはその本を持ったまま、あの桜の樹の元へと向かった。
今から行くと夕闇時につくだろうが丁度良い。
物語の中で男がその言葉を紡いだのも夕闇時。
きっとこれは偶然だが、必然であるような気もして。
少し冷たい風が背中を柔らかに押す。
咲き誇り始めた桜の樹の中で一本、相変わらず変化の無いあの樹。
デリクはゆっくりと、その樹へと歩み寄りその幹を撫でる。乾いた質感。
そのまま枝を見上げてみるが女もいない。自分も男同様彼女の姿は見えないのだろう。だけれどもこの場所に彼女はいると、わかる。
不思議な感覚だ。
「私はアナタの想い人ではないのデスが」
代理ですみませんネ、と苦笑しながらその幹に頬を寄せる。
瞳を閉じて男が物語の中で言った言葉をデリクはこの樹に染み込むように囁いた。
私にとってアナタが本当に一番の、恋人ですヨ。
一番の、理解者デス。
噛締めるようにゆっくりと、その言葉は樹の樹皮から伝わっていく。
言葉を発し、暫くすると目の前にはらはらと桃色の花弁が落ちてくる。
見上げると、先ほどまで花が一つも無かったはずの樹は満開だ。
「いやぁ、まるで娘サンが赤面したような感じデス」
そのの見事さに、デリクは感嘆し見惚れる。
男もこんな風に咲き誇るのを見ていたのだっろう。そして離れられなくなった。
その気持ちが、今少しわかる。
「アナタに私は惚れるわけにはいきませんガ、今日だけは」
今日だけはアナタのそばに、彼のかわりにいてあげまショウ。
心の中で紡いだ言葉は桜の樹に伝わるわけではないが、それでもきっとわかってくれたのだろう。
ざわ、と枝葉の鳴る音が聞こえる。
ひらひらと、淡い色の花びらが舞い落ちるその美しさにデリクは知らず笑みを浮かべその樹の幹に背を預けた。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【3432/デリク・オーロフ/男性/31歳/魔術師】
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■ ライター通信 ■
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デリク・オーロフさま
いつもお世話になっております!此度もどうもありがとうございますー!
素敵なプレイングに私も無駄に力が入りまして…(ぇ)幻想的な雰囲気を目指してみました。おまかせのお言葉を頂き色々と調子にのってしまった気もしますが気のせいということにしておきます。このノベルで楽しんでいただければ幸いです。
それではまたお会いできれば嬉しく思います!
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