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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


『幽霊なんているわけない』



○オープニング

 あやかし荘のとある部屋に、女性の幽霊が出るらしい。その部屋の住人である前川・ゆりは、この幽霊をどうにかしてほしいと頼みに来たものの、幽霊の事をまったく信じない父親に、かなり苦労をしている様子。
 さて、この幽霊とゆりの父親を、どう説得するべきだろうか?



 九竜・啓(くりゅう・あきら)は、幽霊が出るというあやかし荘の階段を上がりながら悩んでいた。
 時刻はすでに夕方の6時をまわっており、アパートの部屋のところどころから、夕食の良い香りが漂っており、外はかなり薄暗くなってきていた。
「自殺しちゃった女の人の霊・・・。俺に・・・何か出来る事があれば良いけど・・・」
 ひとまず、ゆりの家に行かなければ話は進まないと、あやかし荘の一番奥にある前川家の部屋の前まで、あきらはゆっくりと歩いていった。
 自殺した幽霊なのだから、さぞかし苦しい思いを抱いて、この世に留まっているのだろう。一体、彼女をどうやって安心させてあげようかと、あきらの頭の中で様々な考えが浮かんでは消えていく。
「あれ・・・?誰か、いるね・・・?」
 あきらは前川家の部屋の前に、若い男性が立っている事に気がついた。
 真面目そうなその男性は、服装もきちんとしており、手元の手帳と前川家についている表札とを交互に見つめて、確認をしているようであった。
「あのぅ」
 もしかしたらその男性が、自分と同じようにこの幽霊騒ぎを聞きつけてやってきたのではないかと思い、あきらはその人物にゆったりと、親しみのある口調で話し掛けた。
「もしかして・・・幽霊を?」
「幽霊?では、貴方もそうなのですね」
 一見、ごくごく普通のサラリーマンと見間違えるかのような身なりをしている。あきらは一瞬、たまたまこの家に来た営業マンと勘違いした程であった。
「僕は新田・陽介と申します。心霊調査員をやっている者です」
 丁寧な笑顔を浮かべ、新田・陽介(にった・ようすけ)があきらに答えた。
「幽霊調査員?」
 あきらの問いかけに、陽介が小さく頷く。
「僕の主な調査方法は」
 その時、前川家の部屋の扉が開き、中から女の子が姿を見せた。この少女が、今回の依頼主である前川・ゆりなのだろう。黒くて艶のある長い髪の毛は後ろで1つにまとめ、薄いピンクのスカートと白いセーターを着ていた。
「わあ、着てくれたんだ!」
 ゆりは、嬉しそうな笑顔の混じった驚きの表情を見せた。
「お父さん、もうすぐ帰ってくるの。だから、先におうちに入っていて」
 ゆりは今まで半開きにしていたドアを全開にし、あきらと陽介を視線で家の中へと招き入れた。
「ありがとうございます。では、先にお邪魔させて頂きましょう。ゆりさんのお父さんへは、帰宅されたらきちんと説明をさせて頂きますね」
 と言って、陽介はまったく表情を乱さずに、家の中へと入っていく。
「あ、俺・・・どうしよう」
 あきらは幽霊のことばかりに気を取られていたが、肝心のここへ来る口実を考えるのを忘れていたのだ。
 陽介は幽霊退治屋という肩書きがあるようだが、自分はどうするべきか。陽介と同じく、幽霊退治の専門家としてしまおうか。まんざら間違えでもないが、少し違和感を持たれてしまうかもしれない。
 あれこれと考えていたが、結局あきらは、自分はゆりの友人である、という事にする事にした。実際、あきらは身長も160cmで、その外見からか、何度も他人に女の子に間違えられた事がある。
 今時の小学生は背も高いから、変に仮の肩書きを名乗るよりも、ゆりの友人だと言ってしまった方がスムーズにいくかもしれない。
「うー・・女の子に間違われるのイヤだけど・・・しょうがない・・・かな」
 これも幽霊とゆりの為だと思えば、自分が女の子に間違えられるぐらい、どうという事はないはず。
 あきらはゆりに、自分が彼女の友人として来た事にして欲しいと、玄関の奥に見えているゆりの部屋に視線を巡らせながら説明した。
「俺なら・・・女の子で、大丈夫だと思うから・・・ここへは、遊びに来たって事にして・・・」
「うん、わかったわ」
 ゆりはあきらに小さく頷くと、あきらを家の中へと入れて入り口の扉を閉めた。
「じゃあ、ゆりは、あきらちゃんって呼べばいいよね?」
「あ、あきらちゃん・・・?!ま、まあ、しょうがないか・・・」
 友人として来たのだから、親しみを込めてそう呼ばれなければ、ゆりの父親も怪しむかもしれない。
 あきらは諦めたように部屋の中へ入ると、そのまま今へと通された。陽介はすでに部屋の中にいたが、まわりを見回して様子を見ているようであった。
「俺って言うと、変だから・・・なるべく一人称使わないように気をつけないと・・・」
 ゆりはあきらと陽介に、スナックやチョコレートの菓子に、ジュースを付けて出してくれた。子供とは言え、なかなかしっかりしているようである。
「幽霊は、何時ぐらいに出るのですか?」
「夜遅く。うんと、0時過ぎたぐらいかな」
 陽介の問いかけに、ゆりが不安そうな声を出して答えた。
「何かするわけではないのですね?」
「何もしない。泣いているだけ。ゆりは、9時ぐらいには寝るんだけど、その幽霊が部屋の中で泣き出すから、目がさめちゃうの。怖いから、お父さんの布団で寝かせてもらうのよ。お父さんは見間違えだってずっと言うけど」
「なるほど。それなら、やはり話をじっくりするのがいいかもしれません」
 陽介はゆりの話をきちんと手帳に書き入れて、時々何かを思いついたような顔をしていた。
「このお菓子、とても美味しいね・・・!」
 あきらがゆりににこりと微笑んだ時、玄関の扉が開き、男性が入ってきた。
「ただいま。ん、お客さんか?」
 ゆりの父親、前川・博は、居間まで入ってきて、あきらと陽介の顔を交互に見回して眉をしかめていた。
「あ・・・初めまして。俺じゃなくて、えと・・・九竜・啓です。ゆりちゃんの友達で」
「こんな時間に?」
 博は温厚な口調ではあるが、どこか厳しさのようなものも感じる。
「うち・・・門限が遅いんで」
 ゆっくりとした口調で、あきらが博に説明すると、今度は陽介が立ち上がって丁寧に頭を下げた。陽介はどう見てもゆりの友達には見えないし、どこからどう見ても、陽介の雰囲気はこの家に用事があるから来たどこかの会社員そのものである。
「突然お邪魔してしまい、申し訳ありません。僕は幽霊調査員で、新田・陽介と申します」
「ゆ、幽霊だって!?」
 博は驚き、目を丸くしていた。
「どうして、そんなのがうちに来ているんだ!」
「お父さん、新田さんのお話を聞いて!それにゆりの話も!」
 ゆりが大きな声で、父親の服の裾を引っ張った。
「ゆり、一体何をしようとしているんだ!幽霊なんて、いるわけないじゃないか!」
「前川さん。世にあるオカルト現象というのは、ほとんどが錯覚や人為的嫌がらせなんです。人間の中にある、心理的なものも、幽霊に関係しているのですよ」
 陽介の言葉は、とても落ち着いていた。
「幽霊が存在しないことを科学的に証明する、それが私の主な仕事です。隣室の雑音が、幽霊の声のように聞こえてる可能性だってあるんですよ?心霊写真も多くありますが、その9割以上が科学的に説明のつく偽物なのです」
 陽介の説明に、博は顔をしかめたまま、黙って聞いていた。
「お嬢さんも多感な年齢ですし、頭ごなしに否定するのではなく、原因をつきとめて安心させましょう。思春期の子供が、多く幽霊を見るというデーター報告もありますからね」
「お父さん、お願いよ。ゆり、本当に毎晩怖いの。だから、お願い。あきらちゃんや陽介さんに、幽霊の事をお願いしたいの」
 ゆりが細い声で、博に呟く。
「だけどなゆり。お父さんには幽霊なんて見えないぞ。見えないものを、どう信じろって言うんだ」
「幽霊は、皆が見えるわけではありませんよ。先程も言いましたが、思春期の子供が多く幽霊を見るの傾向があるのです。その年齢の子供達は、感受性が強いですから。ゆりさんも、ちょうどその年頃ですからね」
「幽霊がいたとして。なぜ、うちなんだ。幽霊は虫のように、そこいらを徘徊しているとでも言うのか?」
 博が、ゆりの部屋に視線を向けて問い掛けた。
「あ・・・それは・・・」
 あきらは、その部屋で自殺した女性がいた、という事を説明しようとしたが、言いかけてそのまま言うのを止めた。
 今、博がそれを知ったらどう思うだろうか。さすがの博でも、この家で自殺をした人間がいたと知ったら、不快な気持ちになるかもしれない。管理人の因幡・恵美も悪気があったわけではないだろうが、もしかしたら博が恵美に抗議しにいくかもしれない。
 そうなれば、幽霊ときちんと落ち着いて話が出来ない状況になってしまうだろう。あきらは、全ての説明は問題が解決してからにしようと思い、首を傾げて博を見つめた。
「ゆりがそれで満足するなら、調査してもいいが」
「ありがとう、お父さん!」
 ようやく、博が幽霊調査の許可を出したので、二人を居間に置き、あきらと陽介はゆりの部屋へ入り、幽霊が出るという0時まで待機する事にした。
「さて、0時までまだ数時間あるわけですが」
 陽介は部屋を何度も見回した。女の子の部屋らしく、可愛らしいぬいぐるみがあちこちに置かれ、勉強道具や本がきちんと棚に収められている。それだけ見ると、とてもここで女性が自殺をしたなど、考えられない事だ。
「もし幽霊を発見できた場合、僕は、会話で説得しようと思っていますが、あきらさんは?」
「俺は・・・そうだね、幽霊の女の人の・・・気がすむまで、話を聞いてあげようと思う」
「そうですか。では、僕と同じですね」
 そのまま、特に何事もなく、時間だけが過ぎていった。黙ったまま部屋の中にいると、隣の部屋でテレビを見ている音が聞こえてきた。待機している間、ゆりが軽食を持ってきたので、あきらと陽介はまわりの変化に用心しながらも、食事を腹に収めた。



 やがて、時計の針が0時を指し示した。
「そろそろ・・・かな?」
 あきらと陽介は、今までよりも気を引き締めて、幽霊が姿を現すのを待った。隣の部屋が静かになっているところからして、ゆりと博はすでに眠っているのかもしれない。
 だから、その泣き声が余計に大きく聞こえたのだ。その幽霊は白い姿をしていたが、何となく女性っぽく見える。長い髪の毛を垂らし、手で顔を覆っていた。
「矢谷・亜子さんですね?」
 最初に言葉を発したのは、陽介であった。さすがに調査員だけあり、幽霊の前でも平然としている。
 陽介が問い掛けても、幽霊は泣き続けて返事をしない。
「もう、泣くのはよして下さい。泣いていても、問題は解決しませんよ」
「でも、悲しいの。どうして、私だけがこんなに辛い思いをしなければいけないの?」
 亜子は手で顔を覆ったまま、すすり泣いていた。
 その泣き声から、あきらは亜子が命を絶つ直前まで、どんなに辛い思いをしてきたかを伺い知ろうと思ったが、いくら彼女を助けようと思っているあきらでも、他人の心の中を全て知る事は難しい。だから、彼女を元気付ける言葉しかかける事が出来ないのだ。
「じっとしてても、何も変わらない・・・前に、進まないと・・・考えていても、仕方がないもの・・・」
「でも、私は」
 亜子が指で涙をぬぐった。
「俺、何の力も無いから・・・話を聞いてあげる事しか・・・出来ないけど・・・元気を出してって言うのは簡単・・・でも、自分で元気を出さないと、元気にはなれない・・・当たり前だけど」
「貴方がここに留まっているのは、何か心残りがあるからではないでしょうか?」
 落ち着いた声で、陽介が亜子に問い掛ける。
「俺も、なにか手助けできそうな事があったら・・・助けてあげたいな・・・何か、俺に出来る事は・・・ある?」
 あきらが優しく亜子に言うと、初めて亜子が顔をあげた。体全体がぼんやりしているので、顔立ちは良くわからない。だが、その目はしっかりとあきらを見つめている。
「音楽が聞きたい。私、音楽がとても好きなの。クラシックもジャズもポップスも、全部」
「音楽・・・お安い御用だよ」
 あきらは、部屋を見回してステレオを見つけた。それを亜子のすぐそばに置くと、陽介がクラシック集のCDを入れた。
 部屋の中に、静かなピアノの曲が流れた。隣の部屋にまで聞こえないように、ボリュームはかなり下げていたが、静かなこの部屋の中ではそれで十分だろう。
「亜子さん、ここにいても貴方は何も変わらないのです。前を向いてください。そうすれば、また新しい命になって人生をやり直す事が出来る筈ですから」
「そうだよ・・・今度生まれ変わったら、楽しい一生を送れるはずだから・・・そう信じて欲しいな・・・」
 亜子は静かに音楽を聞いていた。たまに何かを思い出したような表情を見せるが、涙声はすっかりなくなっていた。
「親切にしてもらえたことが、一番嬉しい」
 亜子が静かに答えた。
「誰かの気遣いの心が、どんなプレゼントよりも一番嬉しいものなのね。どうも有り難う」
 その音楽の中に溶け込むようにして、亜子の体は見えなくなっていった。
「いってしまった・・・ね」
 ピアノの音楽だけが、部屋の中に響き渡っている。もう、この部屋で泣き声を聞く事もないだろう。

 翌日、あきらは陽介と一緒に、ゆりを学校まで送りながら家へと戻った。博は最後まで幽霊の事を疑っていたが、今回の事件で娘の言う事をもう少し聞くようにすると言った。
 今後、この親子があやかし荘で暮らすかどうかはわからないが、元気になったゆりを見て、あきらはとても安心した気分になるのであった。(終)



◇登場人物◆

【5201/九竜・啓/男性/17歳/高校生&陰陽師】
【6160/新田・陽介/男性/24歳/心霊調査員】

◇ライター通信◆

 九竜・啓様

 こんにちは。WRの朝霧です。今回はシナリオに参加下さり、ありがとうございます。
 今回のシナリオ、当初はコミカルなものになる予定だったのですが、シナリオを立てていくうちに、シリアスなものになってしまいました。最初は、幽霊を信じない男が、色々な幽霊が出てきてもちっとも驚かない、コメディーだったのですけどね(笑)
 啓さんは、セリフをプレイングにあったもの重視にしてみました。トロ子(笑)という事なので、セリフにかなり間合いがあるのですが、しつこくなっていなければ良いな、と思います。
 それでは、どうも有り難うございました!