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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


CHANGE MYSELF! LIVE SPECIAL Side:A


 『虚無の境界』がまた密かに動き出した。『死霊使い』としては名高き能力者である江崎 念道を東京に送り込んだのである。
 彼は十数年かけて完成させた悪霊や怨霊がいくつも交じり合うことで動き出す人形『クグツ』を新東京海上開発地域に惜しげもなくありったけ放った。整地がようやく終わったこの地でせっせと仕事をする関係者たちは命なき人形たちの毒牙にかかる。罪なき者たちの魂はすぐさま身体を抜け出し、まもなく憎しみの怨念へと変化する。これが人形の本来の力なのだ。そして地に伏した人間に憑き、クグツたちと同じように動き出す。そしてまた生きている者を手にかけ、仲間をどんどん増やしていった。無意味に繰り返される殺戮と増殖。人工島はまさに地獄絵図と化していた。
 この事態を深刻に受け止めた異能力育成ならびに教育機関『アカデミー』は日本支部の教頭であるレディ・ローズを派遣。彼女はすぐさまクグツの破壊に向かった。しかし上層部が手を打つのに膨大な時間が掛けすぎたのか、それともクグツの仕事っぷりが早かったのか……彼女が現場に到着する頃には、救われぬ死者たちが恐ろしい数にまで膨れ上がっていた。

 「こっ、こんなの冗談じゃないわ。下手するとこっちがやられるじゃない。」

 その身を真紅のドレスとオリハルコン製のヴァリアブルサークルで飾る彼女だが、なりふり構わず自らの魔力を解き放つ。無数のリングは彼女の手の動きに導かれるように操られ、目前に迫る敵にその身をぶつけた。敵を切り裂くのはもちろんのこと、命中しなくとも別のリングを弾くことでそれぞれが予測不能な軌道を描く。これが彼女の得意技『運命の輪舞』である。千年の時を経て生み出された技に隙はなかったが、いかんせん相手が悪かった。敵に深手を負わせるほどの勢いがなければ、傷口から怨霊が抜け出さない。しかも最初から自分の肉体に自分の魂が入り込んでいるわけではないので、いくつもの浮遊霊が抜け殻になった身体に入り込もうとする。だが、人間の許容できる魂の数はひとつだけ。それでも強大な力を持ったものが入り込めば、ただただ厄介な敵が増えていくばかり。仕方なしにローズはリングを小さいものから大きいものへと一列に並べた!

 「どうやら消し去るしかないようね! ファイナル・サバト!!」

 彼女の切り札である必殺技『連環の儀式』は手元を離れた光弾がヴァリアブルサークルが個々に持つ魔力を帯びながら巨大なものとなり、絶大な威力で複数の敵を消し飛ばしてしまう。相手はただのリビングデッドだから防御のしようもなく、ただ眩い光に飲み込まれて消滅するだけ……荒っぽいやり方かもしれないが、今はこれしかないとすぐさま横を向いた。
 自分の技の弱点を知らぬほど、彼女も愚かではない。そう、この奥義は直線的な動きしかできないのだ。ラインをいくつかに分けることもできるが、魔力を放出できるのは両の手からだけ。しかもこれをすると威力が半減してしまうので、相手が技に耐え切ると面倒なことになる。最初の一撃でどの程度の威力なら倒せるかを察知したが、『連環の儀式』は何回も連射できるほど容易ではない。ローズの魔力は尽きることはないが、リングに蓄積された魔力は別だ。いつもはファッションとして身に付けることで魔力をチャージしているが、長期戦を強いられると非常に厳しくなる。今、ヴァリアブルサークルは攻撃と防御を兼ねている。それを引っ込めればどうなるか……その妖艶な口元がわずかに上がった。
 それでもローズは必殺技を連発した。彼女はおどろおどろしい紫煙の中、次第に無心になっていく。彼女の脳裏にいつかの戦いの記憶が甦った。大人はともかくとして、子どもからも「魔女だ」と罵られ、王国から差し向けられた大軍勢と戦ったあの日のことを。「懐かしいわね……」と彼女は寂しそうに微笑んだ。死を覚悟したのだろうか。その笑みはなぜか悲哀に満ちている。

 ヴァリアブルサークルによる攻撃を『運命の輪舞』へスイッチする隙を作るまいと、ローズは珍しくシルバーサーベルを手に取った。その時、無数の死者の頭上に白き魔法陣が瞬時に描かれ、強力な浄化の力でその場にいる怨霊たちをすべて消し去る!

 「す、すさまじいエネルギー……いったいこれは?!」
 「詮索は後からでもいいでしょう。今は早くお逃げなさい。そして白き衣をまといし部下が待つところへと向かうのです。すでに彼女が手はずを整えています。結界もまもなく力を失いますから……お早く。」

 哀れな死体は力なくその場に倒れるが、魔法陣の上にいる怨霊たちはその身体を奪わんと蠢く。まさにいたちごっこである。ローズは柔らかな声を放つ白いロングコートの美青年に話しかけた。この結界を生み出したのは何を隠そう、彼だからである。

 「リィールが状況を察知したのね、わかったわ。お互いに畏敬されるっていうのは嫌なものねぇ。」
 「それはあなたが現世に属しているからではありませんか?」
 「その辺も含めて、洗いざらい話してもらうわよ。肩に乗ってる黒猫の名前と性別もね。」

 彼女はヴァリアブルサークルで魔法陣を作ると、さっさとその場を離れた。それを見送る形で美青年もその場から消える。ふたりとも自分の行き先はすでにわかっていた。


 ただ、レディ・ローズはその場所に着くと思いっきり面食らう。屋外なのに薄暗い場所にいたせいもあるだろうが、集合場所がこんな華やかなところだとは夢にも思わなかった。窓からは都会のくすんだ色ではない、碧色の美しい空を望むことができる。それを目の前にした位置で静かに座っているのが、ここの主人のようだ。シルクハットをかぶり、黒マントを羽織ったちょっと間の抜けたような男である。

 「…………………………」
 「あなたがご主人だと思うけど、なんでここがリィールの指定した集合場所なの?」
 「教頭、ここは東京某所にある道楽屋敷と呼ばれる場所です。」
 「リィール、なんでアカデミーの日本支部を使わないの。別にあそこでいいじゃない。」
 「教頭が見知らぬ紳士に助けられ逃げ帰ったとあらば、アカデミーの士気に影響するかと思いまして。」

 部下に事実を的確に指摘され、ローズはぐうの音も出ない。しかし事実は事実。彼女を助けた青年もいつの間にか少し離れたところで黒猫の毛並みを触りながら静かにたたずんでいた。ここはおとなしくリィールに従う。

 「私はここのメイドさんとは面識がありまして。屋敷の服をすべて統一したことがあります。」
 「メイドさんねぇ。でもいい数のメイドを囲ってるじゃない。まるであなたの屋敷のようじゃな」
 「本日は緊急事態ですので、私の屋敷から同じ服を持つメイドを手伝いに来させました。実際にここで働くメイドさんはおひとりです。幼さ残る端正なお顔で、背中まである黒髪のお嬢様がここのメイドさんです。」

 道楽屋敷の主人とメイド、そしてリィールの趣味。ようやく事情が納得できた。ひとまず部下の気遣いに礼を述べ、無言の主人にも最大級の礼を態度で示す。さすがの主人も右手を上げてそれに応えた。すると主人のボディーガードかと勘違いするようなほどの黒づくめの男がローズに近づく。

 「失礼します。私は宮内庁長官官房秘書課 第二調査企画室・調伏二係の八島 真と申します。今回の件、お疲れ様です。なおこのたびの本部はこちらに設けさせて頂くことになりました。そこで私が代表して『捜査本部』の筆を取りましたことを最初にお断りしておきます。」
 「ああ、あの張り紙のこと? そんなの誰が書いても文句言わないってば。じゃあその調子だと、あの女の子も白服の紳士もすでにこの件は知ってるの?」
 「あの首からロザリオを下げている少女は能力者としても活躍する相楽 まのみ、金髪の紳士はクラーク・マージナル。お二方とも事態の収拾にご協力頂けるとのことです。」
 「もしかしたらうちで引っ張ってくる能力者もいるかもしれないけど、今回はあなたに全権を委任するわ。」
 「ありがとうございます。非常に助かります。」

 そんな上役同士の話を黙って聞いていると、まのみはひとり「とんでもないことに巻き込まれたなー」と露骨に困った顔をした。またこういう時の勘が当たるから困る。誰から伝え聞いたのかはわからないが、彼女はすでに一振りの刀を手にしていた。おそらく剣道が得意なことを知った八島かリィールが押しつけたのだろう。まのみは「必要経費としてもらっておきます」とあっさり自分のものにするしたたかさを見せた。ただこれは生半可な刀ではない。ちゃんと銘が刻まれているところを見ると、退魔の力でも帯びているのだろう……彼女の溜め息はますます大きくなる一方だ。
 一方のクラークはひたすら目を閉じたまま、何かを見据えるかのようにその場に座っていた。しかし彼はすべてを理解している。あれだけの能力を繰り出さなければならないほど、すでに事態は混沌としていることを。そんなに安穏としてはいられない。状況は最悪だ。このままではクグツもろとも都内に死者の群れがなだれ込む。ローズが八島に状況を詳しく説明すると、準備を急がざるを得ないと慌てて携帯電話で連絡を取り始めた。リィールも彼と同様の行為を繰り返す。

 「教頭、我々はクグツを倒して地上の安全を確保することになりました。一方の紫苑とメビウスは地下に潜伏していると思われる念道を撃破する任務につきます。ご了解とご承諾を。」
 「最悪、『時間停止』を使ってとどめを刺すということね。わかったわ。八島さん、私たちは地上をなんとかしましょう。」
 「わかりました。」
 「ふふふ、均衡は崩れるかもしれない。獄が属はクグツを破壊し、さらなる侵食を広げるか。それとも私が直々に出て……いや、それはここに集いし者たちに任せるとするか。」

 ひとり静かに状況を把握するクラーク。さまざまな思惑がすれ違う中、クグツ討伐隊がここに集おうとしていた。


 一時間も経たないうちに協力者たちが顔を揃えた。あまりに手際がいいのでローズがリィールに向かって目配せをしたほどである。ところが彼女は首を横に振った。これが何を意味するのかは本人たちにしかわからない。
 まずは眼鏡をかけた長身の女性が八島の前まで歩み寄ると会釈をした。そして今度はまのみが立つ壁際を向いて微笑む。

 「汐耶さん……!」
 「綾和泉さん、ご足労をおかけして申し訳ありません。」
 「あら。だったら現地まではまのみさんと一緒にタクシーで送迎してもらえるのかしら?」

 冗談を飛ばす汐耶にはまだ余裕がある。それは自らが持つ能力がそうさせているのかもしれない。他のメンバーを見ても同じ印象、いやそれ以上のものを見せつけていた。リンスター財閥からやってきたというマリオン・バーガンディは、容姿端麗なメイドさんたちが大きなテーブルを埋め尽くさんとどんどん運んでくるデザートやサンドイッチに舌鼓を打っている。
 その隣に座る神聖都学園に通うアリス・ルシファールも桜が咲いたかのような満面の笑みで極上のスイーツを味わっていた。実は彼女、八島やリィールの連絡を受ける前からこの事態を察知している。本当はひとりで状況解決をしようとしたところに、リィールからの電話で連絡があった。さまざまな能力者が結集して不浄の魂と戦うとの報を聞き、彼女はあっさりと単独行動をやめる。そしてわざわざこの屋敷へやってきたのだ。理由は簡単。同じ目的で動く人たちをスタンドプレイで傷つけるのは意思に反するからである。このチームの詳しい作戦内容を知り、その上で自分にできることを実行しても遅くはないと判断した。その判断へのご褒美というわけではないが、この道楽屋敷には一流レストランのようなのスイーツが用意されているではないか。アリスは前払いと言わんばかりにパクパクと食べた。後にも先にも、彼女が油断したのはこれっきりである。クラークも彼女の力を見抜いたようで、しばし微笑みを見せた。しかし目は決して笑っていない。いや、笑えない。彼はその瞳でいったい何を見たのだろうか。
 そんなクラークの膝元にいる黒猫に夢中なのがサフェール・ローランである。どうやらその仕草に心奪われてしまったらしい。落ち着いた面持ちでティーカップを口に運んでいるが、猫がちょっと動いただけで動きが止まる。そしてしばしの間、彼の動きの虜になるのだ。そのたびにクラークが彼女の心を揺り動かしているペットをなだめるように何度か毛並みをさすって落ち着かせる。それでまた猫が気持ちよさそうな表情をするのだから、サフェールにすればたまらない。これが作戦会議などではなくひとときの安らぎならどれだけいいことか……クラークは思った。

 「じゃあ八島さん、殲滅作戦の概要をお聞きしたいわ。」
 「わかりました。それでは皆さんのご希望に沿った形での作戦をお伝えします。まず人工島を出るには細くて長い上り坂を行く必要があります。幸い、まだこの通路は発見されておりませんが、上空で憑依する身体を狙っている怨霊となると話は別です。空を飛ぶものに道など必要ありませんから。クラークさんの結界もまもなく効力を失うそうなので、まずは綾和泉さんに人工島の空間を封じていただきます。」
 「これは中にいるクグツや浮遊霊、それに死者を閉じ込めるものよ。だから外からの侵入は自由なの。ただ結界内に生存者がいる可能性があるから、生きている者だけは結界から出れるようにしてあるわ。そうなると生きたまま憑依してる場合のことを考えないといけないわね。」
 「汐耶さんの身辺警備は私がするわ。高価そうな刀も持たされちゃったし。」

 まずは作戦の第一段階が決定した。八島は汐耶に結界を張った後、上り坂の中腹で待機している調伏二課の職員を自由に使っても構わないと許可を出す。それと同時に携帯電話で連絡を始めた。残るは殲滅部隊である。先に戦っているレディ・ローズはヴァリアブル・サークルに魔力が伝達するを待ってから出撃することを表明。リィールは立て掛けていた愛用の大槍を持って戦うことをアピールした。サフェールも「騎士たるものは敵に後ろを見せない」と勇壮な言葉とともに腰のサーベルに手を添えた。そしてアリスもケーキの乗った皿を持ったまま立ち上がり、自分も戦闘に参加すると手を上げる。その姿を見て、誰もが息を飲んだ。明らかに「お前だけはやめとけ」という空気が漂う。

 「あ、あのねぇ、アリス。ピクニックじゃないんだから。この私でも目の前のケーキみたいに量が多くて困っ」
 「お任せください、私は皆さんのお役に立ってみせますっ!」
 「じゃあそのケーキ、さっさと食べちゃいなさいよ……困った娘ねぇ。」

 アリスはローズの言葉で我に返ると、さっとソファーに座りケーキを食べ始める。ちょうど八島が部下への連絡を終えたばかりで、携帯電話をポケットにしまい説明へと戻った。

 「緊急とはいえ、申し訳ありませんでした。それでは殲滅作戦についてですが、アリスさんは前線から一気に敵を撃破。他の皆さんは背水の陣となりますが敵の後方から攻めていただきます。」
 「なっ……い、今、あなたなんて言ったの?!」
 「非常に危険な任務ですが、アリスさん以外の皆さんは敵の背後から確実に数を減らしていただくと……」

 ローズは豪快にズッコけた。指揮官はあの娘以外のその他大勢は背後から迫れとおっしゃる。まさに後ろは東京湾、逃げることはおろか失敗することも許されない。しかしなぜあの娘が最前線で戦うのか……それが理解できなかった。だがローズが全権を委任した八島も無能ではないことを知っている。自分が後攻めであることも考慮し、ここは黙って指示に従った。

 「ではさっそく移動を開始したいのですが……マリオンさん、お願いできますか?」
 「便利なアイテムのように扱われてますね〜。う〜ん、とりあえず汐耶さんとまのみさんからですか?」
 「あなた、なんでそんなに不服そうなのよ。聞いたわよ、ここのメイドさんやリィールのメイドさんにデザートをリクエストしたのはあんただって。少しは働いたらどうなの。動いた後のお茶はおいしいわよ〜?」
 「だったら早急にやりますよ〜、ふふふ♪」
 「……教頭、彼の口説きは任せました。」

 一発でマリオンが面食いであることを見切ったリィールはさっさと面倒を押しつける。ローズも当面はやることがないので仕方なしに了承し、出撃する全員に向けて「気をつけて行ってきてちょうだい」と鼓舞した。そして戦いの扉は……ついに開かれる。


 クラークが残した魔法陣が今にも消えそうな人工島の空に、突如として地面から破邪の力を持つとされる紫の半球体が出現する。頂点はかなり高いところにあり、人工島の大部分を覆い尽くした。これが汐耶の作り出した結界である。結界に挟まれたり阻まれたりした死体や怨霊はことごとく消滅した。しかし結界の力が及ばない場所にいた怨霊はすぐさま人間の匂いをかぎつけて汐耶とまのみに襲いかかる!

 「じゃあ、私は後ろから進軍する皆さんを移動させます! お気をつけて!」
 「まのみさん、結構な数を残しちゃったけど大丈夫かしら?」
 「ちょっと数が多い……でも、武器も心も折ったりしないから。汐耶さん、安心して。」

 まのみは託された刀を抜く。刀身がわずかに白い波動で包まれている様が汐耶の目にも確認できた。彼女は怨霊を十分に引きつけてから刀を振る。するとあれだけ攻撃的だった怨霊があっという間に消滅してしまうではないか! まさにこの刀は業物と呼ぶにふさわしい。

 『グゲエェェェッ!』
 「か、軽い! 鞘が重かったのね。でもどんな鍛え方をすれば、こんな刀が……?」
 「考えてる余裕なんてないわ、次が来る!」

 汐耶は簡単に「次」と言ったが、今度はまのみを挟撃する形で襲ってくる。彼女は思わず後ろを向いた。確かに怨霊を倒すことは簡単だ。しかし誰かを守って戦うことまでは考慮していない。まだ汐耶の元には、調伏二課の職員が到着していなかった……今はできることをするしかない。まのみはダメージを負うことを覚悟して後ろに下がり、汐耶をすぐそばで戦う決心をした。後ろからも続々と死霊が大挙して襲ってくる!

 「ま、まのみさん!」
 「応援は絶対に来る! だから今は耐えてみせる!」
 「まのみさん、汐耶さん! ご安心下さいっ! 天使形駆動体、まずは上空に浮遊する死霊を殲滅せよ!」

 呼びかけられたふたり、そして慌てて上り坂を駆ける調伏二課の面々は我が目を疑った。上空に太陽の光を遮るほどの駆動体が姿を現したからである。これを制御するのは汐耶たちとともに移動してきたアリスである。しかし簡単に命令したものだ。この途方もない数のひとりで操ろうというのか。誰もが口を半開きにして呆然とした。

 「あ、あり得ないわ……あの天使のようなロボットが全部アリスさんの指示で動くの?」
 「八島さんが前線に置いた理由がよーくわかったわ。でも、その実力をはっきり目にしておく必要はあるわね。」
 「大丈夫ですよ。天使型駆動体・サーヴァントは半自律行動で、私が奏でる不死の存在を消滅させる浄化の謳を響かせます。それがあれば……」

 アリスの傍に一体だけ堕天使形のサーヴァント『アンジェラ』がやってきた。これが奏者を守る専用の駆動体なのだろう。そしてアリスはゆっくりと坂を下りながら謳を奏でる。するとサーヴァントたちはそれを共鳴し合い、接近する怨霊たちを一瞬のうちに煙のように消した!

 「と、とんでもない威力……八島さん、背水の陣どころか必勝の陣じゃない。」
 「これで二課の皆さんとも合流できそうね。アリスさん、前線での戦いはお任せよ。私は結界の精度を高めるために、まのみさんたちと行動をともにするわ。後はよろしくね。」
 「了解しました!」

 汐耶の心配は一瞬にして取り除かれた。怨霊がサーヴァントの攻撃範囲に近づくと、勝手に消滅してしまう。最大の懸念を拭い去れたことで、汐耶は自分のやりたいことができるようになった。まのみと二課の面々を引き連れ、今度は結界をより強固なものにするために行動を開始する。上空ではとても美しい旋律が響いている。


 先陣を切った3人と同じく、マリオンの能力で結界ギリギリの場所に出現したサフェールたちも一様に驚いた。結界の外にあふれた死霊たちを見たこともないような機械が追いかけまわして、最後には消滅させているのだから。マリオンはさっさと帰り支度をしようと思っていたが、さすがにこの光景を見せられてはそうもいかない。しばしその場に立ち尽くした。

 「そりゃ、最前線はアリスさんで十分ですよねぇ……」
 「どうせ道楽屋敷に帰るんだ。話のネタにあの機械を数えていったらどうだ?」
 「リィールさん、冗談はよしてくださいよ〜。こういうのは『無数』って言えばいいんです。」
 「中で活動している個体もいるようだな。リィール、我々もそろそろ行くか。」
 「負けてられない、か。行くぞ!」

 サフェールが先陣を切り、リィールがそれに続く。中に入るといきなり亡者の群れが襲いかかってくる。サフェールは竪琴型の魔導器を手にし、それを天高く掲げた! リィールもまた槍を地面に突き刺し、独特の祈りを捧げる!

 「魔導器・アルカンスィエルよ! 弦鎧となりて我が身を守れ!」
 「死霊の空蝉よ……我にその大いなる力を貸したまえ!」

 ふたりはそれぞれの鎧を身にまとい、武器を振りかざす。サフェールは軽装の鎧を、リィールはおなじみの有翼類の恐竜を降霊した。当然、相手が死霊であることはわかっていたので対策も万全である。サフェールは得意の光の剣を、リィールは鍛え抜かれた銀を使用した槍で敵に立ち向かう。結界が張られた以上、絶対に敵が増えることはない。一心不乱に武器を振るうふたりの戦士。目前の死者たちを退けたサフェールは隙を見て光の翼をその背に生み出し、結界ギリギリの範囲まで一気に舞い上がる! 輝く羽根が煌びやかに周囲を彩った。

 「古今東西の別なく悪霊は光を嫌うもの……受けよ、光の羽吹雪!」
 「リィールさん、いったん結界の外に出てください!」
 「こちらにも影響のある攻撃か。アドバイスに感謝する。」

 虚空をさ迷う悪霊たちに向けられて飛ばされた光の羽は不浄の魂を包み込んで消し去る。命中しなかったものは力を維持したまま地面へと降り注ぎ、今度は死者たちを浄化していく。結界内での戦闘領域を確保したサフェールは再び地に足をつけ、のそのそと迫る無数の死者たちを切り伏せながら前へと進む。リィールもその姿を見て猛ダッシュし、着実に敵の数を減らしていく。獅子奮迅の活躍を見せる女傑だが、やはり頭数が足らない……マリオンはそれを見届けると、道楽屋敷への空間を開いた。


 ひとときの休息を楽しむレディ・ローズは主人とメイド、そしてクラークとともにティータイムを過ごしていた。もちろんこの輪の中にマリオンも混じっていたが、八島が部下からの定時連絡を受けているタイミングをずらして斥候の役目を果たすべく何度か席を立つ。特に背水の陣で戦うふたりのことが気がかりだった。
 対策本部には十分すぎるほどの情報が逐一報告される。アリスが放ったサーヴァントたちはとんでもない早さで敵勢力を削減し、汐耶が自らの血を媒体として精度が増した結界を利用する作戦に出るという。結界の円にサーヴァントを等間隔に配置し、浄化の響きを共鳴させて死者や怨霊たちを一気に消し去る準備を開始した。しかし中には奇跡的に生き残った作業員などもおり、結界を通過するケースが数件あった。ところが汐耶の懸念どおり、必ずどこかに悪霊が憑いている。そこは二課の職員らが生存者から霊を引きずり出し、まのみがとどめを刺すというパターンで各個撃破した。霊傷や外傷を負った作業員たちは救急車が接近可能となったおかげでなんとか一命を取り留めることができた。
 それとは逆に思わぬ苦戦を強いられているのが、背水の陣で戦うサフェールとリィールだ。もちろん彼女たちはふたり分以上の働きをしている。リィールは仮面を脱ぎ捨て狂戦士に変貌した上で右翼で戦っていた。サフェールは敵味方の見境のないリィールに狙われぬよう左翼に陣取り、怨霊たちの各個撃破を行う。しかしすでに戦闘を開始してかなりの時間が経っていた。いくらアリスの策があるからとはいえ、このまま放っておけばどうなるかわからない。屋敷の主人も悪い報告を聞くたびに紅茶を飲む手が止まる。言葉にせずとも、彼は心の中では全員の無事を祈っているのだ。メイドさんも強く目をつぶり、「神様っ」とつぶやく。実際に状況を目の当たりにするマリオンの脳裏にも『犠牲者』という不吉な言葉がよぎった。
 しかしクラークとレディ・ローズはこの状況にも関わらず、うっすらと笑みさえ浮かべていた。そしてついに魔女が立ち上がる。ヴァリアブルサークルへの魔力の充填が完了したのだろう。ひとつのリングに魔法陣を刻み込むと、彼女はクラークにさらっと言ってのけた。

 「お話し相手になってもらってどうも。でも私があなたのお気に召すような女かどうかは結果次第ね。」
 「す、すっごーい。黙ってお話されてたんですかぁ?」

 思わず驚きを声にするここのメイドさん。さすがの主人もその行為を咎めはしなかった。ローズはお嬢さんに笑顔を見せる。

 「そういうことよ。久しぶりの精神会話で肩が凝ったわ。さてと、かわいい部下を助けに行きますか。」
 「時間遡行で自らの体力と魔力を戦う以前にまで戻す……あなたは本当に人間なのですか?」

 クラークがレディ・ローズの秘密の一端を明かすと、彼女は自虐的な笑みを浮かべながらうつむいた。誰に見せるわけでもない表情のまま、魔法陣の中へと消える。

 「人間じゃない。ましてや神でもない……私は魔女。今も昔も。」
 「だから、今の地位にいる。」
 「ええ、アカデミーの中でなら私は人間でいられるから。」

 戦いの場へと赴こうとするローズの姿は徐々に薄れていく。その時、彼女は振り向いた。その表情は今までにないすがすがしさがあった。戦いは佳境へと突入する。


 マリオンの報告で『サーヴァント結界作戦』を知ったサフェールとリィールは敵を中央へと追いやるため、ゆっくりと敵を中央へと集めようとした。しかし数が減ったはいいが、今度は真犯人とも言うべきクグツとの遭遇率が上がってしまう。いつもの体力があれば簡単に倒せる相手だが、周囲には必ず死者や怨霊がおまけについてくる。しかも連携を取るべき仲間がいないため、肉体的にも精神的にも疲労がピークに達していた。すでにリィールの狂戦士化も解けてしまい、口元に刺青が戻っている。絶体絶命のピンチ……長時間クグツを相手にするよりも、ザコにバラした方がマシと考えた彼女は懸命に攻撃を仕掛ける。しかし刺し貫くほどの力は残されていなかった。それでもリィールは弱音を吐かない。

 「チッ、この期に及んで力不足か……!」
 「お待たせ、私の出番ね。サフェール、リィール、ちょっと後ろに下がってくれないかしら?」
 「レディ……ローズ!」

 すでにふたりが相手していた霊団の目の前にはふたつのヴァリアブルサークルの列が並び、今か今かと『連環の儀式』の発射を待っている。サフェールはわざわざローズの元まで後退し、今度は地上で光の翼を具現化した。これが精一杯の援護だった。

 「あら、ご一緒する?」
 「サーヴァントがこの奥にいるはずだ。手早く済ませなくてはならない! この力、借りるぞ!」
 「あんまりリベンジって好きじゃないけど行くわよ……ファイナル・サバト!」
 「光の羽よ、すべての死霊に救いを差し延べよ!」

 あのいつもの強大なエネルギーに加え、今回は光の羽をもリングを潜り抜けていく。そのたびに光は増し、そして最後にはクグツや死者たちを一瞬にして消し去ってしまった……その増幅力にはサフェールも驚きの色を隠せない。

 「これが……連環の儀式か。」
 「あれがサーヴァント、そしてアリスに付き従う『アンジェラ』ね。いよいよ仕上げじゃない。ご一緒する?」

 ついに結界内の中央突破に成功。サーヴァントは等間隔に並び、さらに空にも展開している。アリスはこの円内で反響するような浄化の謳を奏でようと大きく息を吸う。そして美しい音色を響かせると、サーヴァント666体がそれを音叉のように増幅させる。安らぎの謳を聞いた死者たちは静かに朽ち果て、光の粉となって消えていく。もはや大勢は決まったが、それでも念道が作り上げたクグツが2体も残されたままだった。数人分の無念の魂を帯びた人形は謳に動きを阻害されながらも怪しげな動作を繰り返す。その時、サフェールが装備していた鎧を竪琴に戻し、アリスの謳にあわせて曲を奏でる!

 「古来より音楽とは悪霊を清めるもの……弦鳴波・ストリンガーセレナーデ!」
 「なるほど音楽ね。いいじゃない、三重奏にしてあげましょ。この『ラプラス・ロンド』でね!」
 「まのみ、敵の内部から曲を浸透させれば勝てる! その刀で敵を貫け! 私は奥をやる!」
 「まったくもう、無理するんだからリィールさんは……はあああぁぁぁーーーっ!!」

 汐耶の警護を終えたまのみは結界内に飛び込み、本来はリィールが相手すべきクグツに強力な突きを見舞う。そして彼女はすぐに後ろへ下がる。さらに傷口をローズの予測不能な動きをするサークルで広げられ、中にいる霊は剥き出しの状態になった。そこから光の粉が吹き出し、クグツは無残な姿で倒れこんだ……リィールが手前のクグツをまのみに任せたのは、『運命の輪舞』の真っ只中にいるクグツに行かせるのは難しいと判断したからだ。最後のクグツは可憐な謳を奏でるアリス、アルカンスィエルで弦鳴波を放ち続けるサフェール、そしていつもと違い小気味のいい反響でリズムを合わせる教頭のラプラス・ロンドを聞きながら最後の力を振り絞ってリィールが槍で醜き人形を刺し貫いた!

 『ブゲ、オバアアッァァァァアァ……!』
 「クグツは気色悪い声で泣くわね。」
 「これで……全部ですね。」

 道楽屋敷の主人たちの心配を解消すべく、最後の戦いを結界の外から見守っていた汐耶とマリオン。ふたりが見た事実は心から喜べるものとなった。三重奏の前に最後のクグツもすべて消え去り、アリスの謳も静かに終わりを告げる。奏者に合わせるかのように、サフェールもローズも技を止めた。

 「まのみさん、外でも結構な敵の数と戦ってるのにあんな無茶して……」
 「何をおっしゃってるんですか、汐耶さん。この堅固な結界がなかったらこの作戦はありませんでした。」
 「あら、キミは私があそこにいるみんなみたいに無茶したとでもいいたいの?」
 「自分の血を媒体に結界の精度を上げるなんて……立派な無茶ですよ。」

 マリオンがそう笑うと、自然と汐耶にも笑みがこぼれた。その輪の中に戦いを終えたアリスとサフェールたちも混ざる。はたして地下の戦いは終わったのだろうか。

 「この結界は地下の戦いが終わるまでは、私のサーヴァントが維持します。」
 「その方が安全ね。まぁ地下を行った連中が念道を倒さずに尻尾を巻いて逃げるような連中じゃないと思うけど。」
 「じゃあ我々は吉報を道楽屋敷で待ちましょうか。おいしいスイーツを食べながらね。」
 「今はマリオンの言う通り、信じて待つしかないわね。じゃ、行きましょうか。」

 まのみの言葉とともに開かれたゲートをくぐり、戦士たちは屋敷へと戻った。そのわずかな隙間からクラークが状況を見定める。そして想像通りの展開に思わず笑みをこぼした。だが、最後まで彼の真意に迫ることはできなかったのである。


 道楽屋敷に帰ればさっそく宮内庁やらアカデミーやらのお誘い合戦が始まる。特に666体のサーヴァントを駆るアリスに関しては八島とローズがどちらが先に交渉するかじゃんけんをしたほどだ。まったくもって大人気ないふたりである。しかし彼女は笑顔を絶やさぬまま両方のお誘いを丁重にお断りし、食べかけのスイーツを口に運ぶ。逆にサフェールは長生きしているローズに『アヴァロンの園』に関する質問を何度も何度もされる。これではスカウトどころではない。誰にでも見える魔法の耳栓で聞こえない振りをしながら、こちらもまた用意されたハーブティーを飲んでくつろいでいた。
 汐耶とリィールは栄養補給のために上等のステーキを別のテーブルで食べている。汐耶の隣ではちゃんとメイドさんに首からナプキンをつけてもらって大満足のマリオンが座っていた。こちらもお食事待ちらしい。
 主人は窓から遠く離れた人工島を見た。まだすべては終わってはいない。まのみも今はソファーに腰掛けているが、彼と同じ気持ちだった。クラークは賑やかな部屋の雰囲気を楽しみつつ、まだ終わらぬ未来をじっと見つめていた。しかし、しばらくすると目の前のカップに手をかける。レモンティーを一口煽り、柔らかな笑みを見せた。それはまもなくこの部屋に吉報が寄せられるであろうという確信なのだろうか……


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

1449/綾和泉・汐耶      /女性/ 23歳/都立図書館司書
6047/アリス・ルシファール  /女性/ 13歳/時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者
4164/マリオン・バーガンディ /男性/275歳/元キュレーター・研究者・研究所所長
3337/サフェール・ローラン  /女性/ 20歳/アヴァロンの園・グラストンベリの12騎士

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)


【クリエーター名/ NPC名 /性別/ 年齢 / 職業】

竜城英理 様  /クラーク・マージナル  /男性/ 27歳/天が属領域侵攻司令官・占術師
深海残月 様  /相楽・まのみ      /女性/ 17歳/高校生・民間吸血鬼バスター
リッキー2号 様/八島・真        /男性/ 28歳/宮内庁職員
三妃卯ひな 様 /道楽屋敷主人      /男性/ 25歳/道楽屋敷の主人
三妃卯ひな 様 /道楽屋敷のメイド    /女性/ 13歳/道楽屋敷のメイド

市川 智彦   /リィール・フレイソルト /女性/ 21歳/秘密組織『アカデミー』の教師
市川 智彦   /レディ・ローズ     /女性/999歳/秘密結社『アカデミー』の教頭


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■         ライター通信          ■
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こんばんわ、市川 智彦です。「CHANGE MYSELF! LIVE SPECIAL Side:A」いかがでしたか?
今回は豪華2本立てにして、豪華な出演陣。そして素敵なキャラクターさんが揃いました!
まさにスペシャルにふさわしい作品となりましたことをこの場で感謝いたします!

汐耶さんはお久しぶりです! 今回は戦わずとも本当に重要なお役目お疲れ様でした〜。
最終的には殲滅作戦を方向づけたご活躍は誰もが認めるところだと信じております!
本当に危険な戦いでしたが、まのみさんとナイスコンビネーションでしたね!(笑)

今回は本当にありがとうございました。同じ時間軸で動く『Side:B』もよろしくです!
また次回の『CHANGE MYSELF!』やご近所異界、通常依頼などでお会いしましょう!