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<ホワイトデー・恋人達の物語2006>


夕日に誓う銀時計
 ホワイトデー。
 それは、バレンタインで告られた殿方が、意を決して返礼を行う日である。
 結果どうなるかは、人それぞれだが、いわゆる『本命』の場合、それなりにムードのある、ロマンチックな演出を心がけるのが、世の常と言うものだ。むろん、雑誌の特集や広告も、来るべき日に備え、それなりの場所を用意している。
 だが、ここにそんな世間の風潮に、真っ向から逆らおうと言う御仁がいた。
「えぇい。どいつもこいつも、キラキラした場所ばっかり並べやがって! カップルなんざ、相方がいれば、どこだって幸せだろう!」
 ばり、と雑誌を引きちぎるその男。今朝、通勤電車に乗る際、いちゃついてたカップルに邪魔されたとかで、さらに機嫌が悪い。
「よし。この俺様が、カップルに場所なんざ関係ないって事を、証明してやる!」
 男は、雑誌に記事を投稿するライターだった。そして、数日後、ある場所に、数組の男女が派遣されたのだった。

 さて、呼び出された者達は、何も人の子ばかりではない。都会に潜む九十九神、そして人ならざる力を持った者達も、その1人だった。
「何々‥‥。雑居ビルに、夢の島‥‥って、よくこんな場所見つけてこれたなぁ‥‥」
 行き先リストと書かれた紙っぺらを、宙に放り投げつつ、そう呟く月弥。彼らがいるのは、そのリストに提示された1つ、老朽化して再開発を待つ旧式のビルだった。
「まぁ、老朽化しているとは言え、一応建物の形は保っているし、大した事は無いと思うよ。それに‥‥ここが一番使えそうでしたからねぇ」
 壁面をこんこんと叩きながら、答えたのは、彼の義理の父親‥‥一応月弥が養子と言う形を取っている為、そうなる‥‥である御風音ツムギ。
「使えそう‥‥って、何するつもりだよ」
「秘密。プレゼントは、開けるまで楽しみが続いた方がいいだろう?」
 いつもと同じ、柔和で穏やかな表情。けれど今回は、なにやら企んでいる様子。もっとも、その性格上、負の感情を露わにする事は、滅多にないと知っている月弥は、まぁ悪い事ではないんだろうな‥‥と判断したのだが。
「そりゃ‥‥そうだけど‥‥」
 けれど、何故か落ち着かない様子の月弥。それは、ツムギが隠し事をしているせいばかりではない。周囲の‥‥どんよりと曇った雰囲気を持つ建物のせいだった。
「建物自体は‥‥まだ生きてる‥‥みたい」
 青いムーンストーンの化身である月弥には、鉱物に属する者達の声が聞ける。そして、ビルの主成分はと言えば砂とコンクリ。そして鉄骨。いずれも、それに類するものだ。それによると、建物自体は強い衝撃がない限りは、まだ立っていられるらしい。
「ふむ。月弥がそう言うなら、それほど、酷い事にはならないか。もっとも‥‥ここに居るのは、少なくとも俺達ばかりではない‥‥と言った所かな」
「さっき悲鳴が聞こえたしね」
 納得した表情のツムギに、月弥はそう言った。そう言えばさっき、黒の皮繋ぎ風衣装を着た男性と、白衣に眼鏡の男性が、連れ立って得体の知れないモノに追いかけられていた様な気がする。
「どうも、ここに放り込まれているのは、人工的に作り出されたもののけ‥‥いわゆるバイオモンスターですか‥‥。ちょっとしたアトラクションですねぇ」
 しかもそれは、彼らばかりではなく、ツムギと月弥の周辺にも現れていた。とは言え、襲う気配は全くなく、ただぬめぬめと、辺りを彷徨っている。半透明のスライムもどきには、その中核にチップのようなものが埋め込まれており、どうやら誰かに遠隔操作されているように、ツムギには見えた。
「それって、大丈夫なのか?」
「ええ。それに、彼らの目的は、私達ではなく、もう一組の方々のようですから」
 月弥が尋ねると、彼は安心させるようにそう言ってくれた。攻撃的ではないそのバイオモンスター達は、少し避けて歩けば、悪さはしない。狙いが自分達ではない以上、攻撃的人格である斬に交代するまでもないようだった。
「そっか‥‥」
 それでもなお、不安げな月弥。ほうっとため息を漏らす仕草は、どこか緊張しているように、ツムギには見えた。
(いくら襲わないとは言え‥‥。あまり気持ちの良い物ではないですしね‥‥)
 さもあらん、と思う彼。鉱石を副属性に持つ月弥にとって、その身を溶かすスライムが、恐怖の対象だと言うのは、当然の話だ。
「そんなに怯えないで。いざとなったら、私が守りますから‥‥」
 表情の強張っている月弥を、ツムギはそっと引き寄せた。身長さを埋めるように膝を付き、その温もりで包み込むように。
「先生‥‥」
 本来は冷たい石である筈の彼、その温もりが心地良いのか、ぎゅっと抱き付いて来る。
(本当は、その他にも色んなモノが見えてるんですが、この際無視しましょう。せっかくのホワイトデーですしっ)
 そんな‥‥喉を鳴らす獣の子めいた仕草がいとおしくて、ツムギは彼の背中に見えている、妖怪変化魑魅魍魎を、とりあえず視界外へと追い出す。
「今日は、素敵なプレゼントを用意しているんです。付き合って‥‥もらえますか?」
「も、勿論だよっ」
 顔を上げて、耳元で囁くと、月弥はこくこくと頷いてみせる。その表情からは、(雰囲気は怖いけどっ、でも先生がいるならっ)と、我慢しているらしい事が、ありありと読み取れた。
「ふふ、可愛い人ですねぇ」
 おまけ‥‥と言わんばかりに、耳朶をぺろんと舌先でつつくツムギ。思わず声を上ずらせてしまった月弥の両頬が、朱に染まった。
「それじゃ、行きましょうか」
「うん‥‥。って、先生アレ‥‥!」
 もう一度、力強く抱きしめてから、ツムギは身を離す。と、振り返った矢先、下半分が半透明になった銀髪の外人さん幽霊と鉢合わせ。
(つぅか、襲われないんじゃなかったのかよ)
(いいから黙っててください。今日はデートなんですから)
 その‥‥どう見ても軍人仕様な幽霊に、一瞬闇人格が顔を覗かせるものの、ツムギは手を握ったまま離さない月弥に、我へと返る。
「だ、大丈夫ですよ。ほら、向こうの方も驚いているだけですし」
 襲ってくる気配はない。じろり、とこちらを一瞥したものの、目的の方とは違ったらしく、明らかに無視されていた。
「そ、それなら良いけど‥‥」
 それでも、怖い物は怖いのだろう。絡ませた腕が、小刻みに震えている。
(ああ、どきどきしてる。なんてかわうい‥‥)
 その、逃げたいのを耐えている仕草に、ツムギの保護欲がばりばりと刺激された。身悶えせんばかりのその欲求を堪え、彼は紳士的な態度を装いながら、こう言う。
「でも、万が一の事があると行けませんし、離れないで下さいね」
「わ、わかってるよっ」
 促されるままに、一歩足を踏み出そうとする月弥。だが、足がすくんでしまっているのか、まったく動かない。ツムギにしがみついたままだ。
「それじゃあ歩きにくいでしょう。ほら、こっちへ」
「わ‥‥」
 そんな月弥を、彼は仕方なしと言った風情で、横向きに抱え上げる。いわゆる御姫様抱っこと言う奴だ。
「ふふ。月弥は可愛い上に、とても軽いですねぇ」
「恥ずかしいだろーー」
 細身の彼、体重は小学生のそれよりも、やや上と言った所。照れくさいのか、逃れようとする月弥の耳元で、ツムギはこう囁いていた。
「暴れないで。落ちちゃいますよ?」
「それは‥‥やだ」
 痛いのは、例え九十九神でも嫌だ。
「じゃあ大人しくしててください。運んであげますから。ね?」
 急に大人しくなった月弥を、ツムギはすぐ近くのエレベーターへと運び込む。ゆっくりとした動作で、閉じられていく扉。狭い部屋は、2人が座れば、ほぼ満席だ。そして‥‥おあつらえ向きに、他には誰も乗っていない。
「あ‥‥」
 膝の上に乗る格好となった月弥、顎を持ち上げられる。
「こんな旧式のビルじゃ、防犯カメラなんかついてないですからね‥‥」
「でも‥‥」
 何をするかなんて、だいたい分かる。キスの作法が分からないほど、月弥も子供ではない。
「逃げないで」
「うん‥‥」
 ツムギに囁かれ、こくんと頷く彼。目を閉じて、その唇が降りてくるのを、じっと待つ。
 ところが。
 恋の邪神様は意地悪なので、こう言うタイミングで、到着を知らせるチャイムを鳴らしちゃったりするのだ。
「あっ。ついたみたいだぜ?」
「残念ですね‥‥。もう少しだったのに」
 早く外へ出よう。と、膝から飛び降りる月弥に、ち‥‥と舌打ちするツムギ。もう少しで堪能出来たのに‥‥と言うのは、彼だけが知る煩悩。
「え? 何か言った?」
「何でもなりませんよ。さ、行きましょうか」
 それでも、月弥の前では、紳士的な大人を崩さない。その手を引いて、ツムギは屋上へと足を踏み入れていた。
「わぁ‥‥。綺麗‥‥」
 歓声を上げる月弥。それも当然で、屋上から見える夕焼けは、周囲の開発中のビルや、高層マンションを、黒一色のシルエットへと染め上げ、暁色とのコントラストを見せていた。
「こんな‥‥崩れかけた場所を、棲家とする者達は確実にいる。この世界は、そんな幾つもの偶然が重なり合って、出来上がっている。それを、見せたくてね‥‥」
 ビルの周囲に飛び交うカラス。そして‥‥もののけ達。けれど、その小さな姿は、夕日に照らされる中、まるで一枚の絵画のように、自然に溶け合っている。それを、ツムギは月弥に見せたかった。

 2人の生きている世界は、決して閉じられていないから。

「俺と‥‥会ったのも?」
 そう聞きかえす月弥に、ツムギは持っていた小さな箱を差し出す。
「ええ、そう思っています。だから、これを」
 開けて御覧なさい? と、促され、彼がその包みを開くと、中から出てきたのは、小さな銀色の懐中時計。
「これ‥‥」
 以前、どこかで見かけて、ずっと彼が気にしていたものだ。
「いつも‥‥傍にいてくれてありがとう月弥。君と出会えた幸運は、これまでの人生の、何にも変え難いものだよ‥‥」
 壊れないようにそっと指先で触れていた懐中時計を、ツムギはその指先に取り、月弥の掌へと乗せてやる。そして、その掌ごと、自分の掌で包み込み‥‥甲に触れるようなキスをする。
「えへ、先生ありがとー!」
 満面の笑顔で抱き付いて来る月弥。そんな彼を、抱きとめながら、ツムギは今度こそ‥‥と言った表情で、告げた。
「俺の可愛い月弥。これからも、ずっと一緒に‥‥」
 続きは、彼の耳元で呟かれる。月弥の頬が、ほんのりと桜色になり、こくんと縦に揺れる。言葉にならない返事を載せる唇に、ツムギの唇が今度こそ重なった。
「ん‥‥。うん‥‥っ‥‥」
 深く‥‥しっとりとした大人のキス。夕暮れの中で、2人の影が1つに重なる。それは、伴侶だと誓った証。
「愛していますよ。君が誰であってもね」
「俺も‥‥。大好き‥‥」
 その姿に、ここが化け物屋敷めいた老朽ビルだと言う事は、欠片も意識されていなかった。
「向こうは大変みたいだな」
 帰り道、寄り添う二人の耳に届いたのは、先ほどの2人が、悲鳴を上げて地下水路に飲み込まれていく音。
「そうですね。まぁ‥‥場所も雰囲気も使い様、という奴ですよ」
 月弥の気の毒そうな台詞に、そう答えるツムギ。
 やっぱり、2人の間に愛さえあれば、何も問題はないのは、確かなようだった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【2287/ 御風音・ツムギ/男性/27/医師】
【2269/石神・月弥/男の子/13くらい?/宝石の化身】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 意地悪なので、1回目はフェイント。2回目でめでたくラブラブ。っていうかあまあま。
 どこかのラブソングで、君と出会えた奇跡を感謝しようみたいな内容の歌があったような気がしますが、まぁ幸せそうなので、それで良いのではないかと。
 お気に召していただければ嬉しいです。