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限界勝負INドリーム
ああ、これは夢だ。
唐突に理解する。
ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
目の前には人影。
見たことがあるような、初めて会ったような。
その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
頭の中に直接響くような声。
何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
そして、人影はゆらりと動いた。
このまま呆けていては死ぬ。
直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。
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ロルフィーネ・ヒルデブラントはこちらに向かってくる人影を見据え、レイピアを構える。
注意深く挙動を観察し、隙を見て飛び出すつもりだった。
だが、ロルフィーネが瞬きを一つするうちに、状況は大きく変わる。
「あ、あれ?」
ロルフィーネはキョトンとした顔で辺りを見回した。
そこは先程まで居たアリーナではなく、洋館の一室になっていた。
目の前には人影も居らず、ごくごく普通の部屋にロルフィーネただ一人。
いつの間にか移動しているらしい事は何となく理解したが、先程から殺気は消えない。
あの人影もまだこの近くに居る。
理屈ではなく、感覚で理解する。
あの人影を倒さなくては。
そう思って部屋から出ようとしたのだが、ふとカーテンの閉まった窓を見る。
窓の下辺りにチラチラ揺れる白い光。
「……ああ、今は昼なのかぁ」
危険な陽光の匂い。
ロルフィーネにとって何よりも避けなければいけない物だったのだが、その程度の障害で
「でもおなか空いたんだよね」
彼女の空腹感は止まらなかった。
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感覚を研ぎ澄ますと解る。
相手は最早一人ではない。
「助っ人ってヤツかな? ……うん、四人居るね」
足音や呼吸音、殺気などから適当な敵の人数を計る。
ロルフィーネとの距離はかなり開いている。
どうやらこの洋館の中に居るのは間違いないようだが、やたら広い屋敷の中でほぼ対面に位置しているらしい。
ロルフィーネは部屋のドアをチラリと開け、外の様子を窺う。
長い廊下があり、その壁には窓が。
だが、そこからは日の光が入らないらしい。完全に日陰になっている。
「こっちが北側か。じゃあご飯達が南側だね」
敵をご飯と称した少女は頭を捻る。
「う〜ん、そうなるとこっちから出向くのは不味いよねぇ」
相手が居る位置が南側で今は昼、となれば自ら出向いていくと窓から陽光が降り注ぎ、ロルフィーネの身体を蝕むのは目に見えている。
仕方が無いので、ロルフィーネは屋敷の中を動ける範囲で見学して回り、相手がこちらに近付くまで待つことにした。
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廊下の窓から下を覗き込む。
「へぇ、4階建てかぁ」
そこから見える地面は遠く、窓が縦に3つ並んでいる。
ロルフィーネが居るこの階を含めて、この洋館は4階建てになっているらしい。
そして、形としては中庭を囲むように四角形になっているらしい。
南側の棟は背が低く、中庭には陽光が差し込むようになっている。
中の作りは把握しきれないが外観だけは大体掴めた。
「こうなると外にも出られないなぁ。夜まで待つにもおなかが減りすぎちゃうよぅ」
ロルフィーネは眉をハの字にして自分のへそ辺りを押さえる。
今にもグゥとなりそうな腹具合。
どうにか食事にありつけないかとロルフィーネは思考を巡らす。
と、一つ目に留まる広大なモノ。
「あ、これなら下に行っても大丈夫かも」
眼下に広がるのは広大な森。
どうやらこの屋敷は森の中に建てられているらしい。
となると、木々の陰になって1階は日陰になっているかもしれない。
「よぅし、待ってるだけなのもヒマだし、いってみよう!」
そう言ってロルフィーネは北側の廊下にあった階段をコツコツと降りていった。
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案の定、1階はほとんど日陰になっており、ロルフィーネが行動するのに全く問題は無い。
そうしてたどり着いたのは西側の廊下。
廊下の角には二人の人間。どうやら、二手に分かれて行動しているらしい。他の二人の姿は全く見えない。
ロルフィーネは笑顔でその二人を見た。
どちらも大して変わらぬ服装をしている。
ヘルメット、ガスマスク、対魔法ベスト、そして肩からかかった大きな銃。
それらほとんどが暗い色で固められており、薄暗いところに静かにたたずまれると、気にせず素通りしてしまうぐらいだ。
そして二人の服装の相違点といえば、肩についている数字。
片方が2、もう片方が4。
でも、まぁ、服装なんてどうでも良い。とりあえず空腹を凌げそうな人間であれば。
「こんにちわ」
二人は今まで行っていた行動を止め、ロルフィーネを注視する。
「女の子!?」
「ここには凶悪な吸血鬼が居るって……」
「ボクがそうだよ。凶悪っていうのは多分ウソだけど」
驚く二人に対して飄々として応えるロルフィーネ。
「ボクが女の子だからって油断しちゃだめだよ。世界は広くて自分の理解を超えることなんていっぱい、ってよく言うじゃない?」
ロルフィーネがコツリと一歩踏み出す。
それに反応して二人はジリと一歩引いた。
「ねぇ、それ。何やってたの?」
ロルフィーネは二人の傍らにある棒を指して尋ねる。
二人はどうやらその棒になにやら術をかけていたように見えた。
「……準備は終わってる。作戦通りに」
「ラジャ」
二人はロルフィーネの問いに答えるでもなく、銃を構えて引き金を引く。
「む、ボクに銃なんて通用しないよ」
その銃から発射された弾は円柱型で、煙を引きながらロルフィーネの足元に転がる。
「……何これ?」
興味深げに眺めたロルフィーネだが、そこから吐き出される煙にむせ始めた。
どうやら煙幕弾らしい。
まともに煙を吸ってしまったロルフィーネはその場にうずくまって咳き込み、涙を零した。
煙が晴れる頃にはもう二人の姿は無かった。
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「むぅ! ご飯のクセに許せない!!」
ご飯に対して社交的になりすぎた、と反省をして、ロルフィーネは涙をぬぐって立ち上がる。
そして先程まで二人が立っていたところにある棒を調べてみた。
触れようと手を伸ばしてみると、バチっと電撃が走る。
「結界かな……何か大事なものみたいだね」
棒切れの落とす小さな影ではロルフィーネの魔法で影爆破しても大して損傷を与えられそうに無い。
多分、結界に完全に防がれて終わりだろう。
レイピアで斬りつけようとしても結界が阻む。
「……まぁ、これだけじゃ何も出来ないみたいだし、まずはご飯を探さなくちゃ」
足音を聞くに、4人は合流し、東側の廊下を慎重に歩いているらしい。
「もう容赦しないよ」
妖しい笑みと共に零した言葉。
ロルフィーネの殺気は一気に色を増す。
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ゾクリ、と寒気を感じた時にはもう遅かった。
4人固まっていた敵は一斉に辺りを見回すが、少女は予想から外れて足元から出現する。
「うあ!?」
一人、ロルフィーネに捕縛され、ロルフィーネはその人間の首筋に刃の如き歯を立てる。
だが、その歯が肉に到達する前に、呪符がロルフィーネの目の前に飛んできた。
呪符はロルフィーネの目の前で爆ぜ、ロルフィーネは人間から引き剥がされてしまった。
「術式3、4、5発動」
別の人間の声が聞こえ、次の瞬間に人間達が持っていた銃から弾が発射される。
その弾から魔力が発され、ロルフィーネの行動を縛る。結界の類だろう。
そして次にロルフィーネを中心とした爆発が起こる。
更に天井から光の剣が現れ、ロルフィーネの両肩を貫く。
ロルフィーネの痛みの声も聞かないうちに、人間達はその場を去った。
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「ああ、もぅ、痛いなぁ」
爆発の煙が晴れた後にロルフィーネは立ち上がる。
ロルフィーネの雪のように白い肌は、多少血で汚れていた。
しかし大したダメージは無く、行動には何の問題も無い。
貫かれたと思った両肩もほとんどダメージは無い。
というのも、術の行使者がただの人間であるためだ。
とりあえず魔法の修行は積んだようだが、人を超える存在であるロルフィーネにそんな付け焼刃は通用しない。
「それにしても驚いたな。銃から魔法が飛び出すなんて」
魔法と銃の融合とはずいぶん前から発想はあった。
それを行使する人間が居るというのは驚きであったが、ありえない話ではない。
「でも、あんまり逃げられると、ちょっとイライラするなぁ」
ロルフィーネは口をへの字に曲げて立腹を表す。
耳を澄ますと、四人は階段を用いて上階へ逃げているようだ。
「上の階は日の光が入ってくるからヤなんだけどなぁ……」
ふぅ、とため息をついたすぐ後に、先程の妖しい笑みが戻る。
「でも、階段は北側にあるんだよねぇ」
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階段を行く四人の先頭を走る人間の影が、何の前触れも無く爆ぜる。
爆炎は人間の体を焼き、身を食い破るかのごとくに衝撃を与える。
轟音が洋館内に響き渡り、残った三人は辺りに警戒を散らしつつ、廊下の方へ飛んでいった人間に近寄った。
「お、おい、大丈夫か?」
「……っぐ、対魔法のベストが役に立った。まだ動ける」
「待ってろ、すぐに回復符を。二人は作戦続行しろ。先程の爆発は吸血鬼によるモノだ。早くしなければ……」
「だ〜いせ〜いか〜い」
緊迫した四人の後ろから気の抜けた無邪気な声が聞こえてくる。
「さぁ、ご飯の時間だよ」
「っひ……」
ロルフィーネの言葉に軽く息を呑む人間達。
「さっきはちょっと油断しちゃったけど、今度はそうはいかないよ。ボク、おなか減っちゃって我慢できないからさ」
「っく! 二人はさっさと行け! ここは私達が食い止め……」
肩に1の文字をつけた人間が台詞を全て言い終わる前に、その首にロルフィーネの小さな手が襲い掛かった。
その手は外見が子供であるにも拘らず、人知を超えた力で人間の首を締め上げる。
「が……っは!」
「まずはキミからいただきます♪」
ロルフィーネの鋭い歯が人間に届く前に、体の自由が利く二人は上階へ。
寝転がった人間は銃を構えているが、撃ってこようとはしない。きっと仲間に当たるのを恐れているのだろう。
そして、プツっと皮を裂く音がして、鋭い犬歯が肉を裂いた。
「う……ああぁ」
血を吸われている人間は声を上げて、自分が自分で無くなる感覚を覚えた。
「そうだ。キミの顔見てなかったね。ヘンなお面付けてるし」
そう言ってロルフィーネは首筋から顔を離し、マスクを取った。
「へぇ、キミ、女の子だったんだ。綺麗な顔してるね☆」
人間の蒼い瞳は虚ろで、床を泳ぐように眺めていた。
「さて、次はキミかな」
ロルフィーネは振り返って倒れている人間を見る。
歩み寄って目の前にしゃがみ込み、その人間のマスクも取る。
「キミも女の子か。もしかして、みんな女の子で来たのかな」
「……っく! 吸血鬼に殺されるぐらいなら……っ!!」
そう言って倒れている人間は自分に銃を構えるが、引き金を引く前に取り押さえられた。
しかし、ロルフィーネは一歩も動いていないし、手は膝の上にチョコンと乗っている。
「ま、まさか……」
「この娘もボクのお友達だよ。仲良くしようね」
肩に1の文字をつけた女性が、倒れた人間の自由を奪っていた。
その瞳は誰もを酷く怯えさせるような紅だった。
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4階。最早この洋館の中で人間と呼べるのは二人。
その二人は4階の廊下を駆け回り、全ての廊下の角に奇妙な棒を設置していた。
残る角は1つ。
二人は階段を上ってきてすぐに逆時計回りに棒を設置し始めた。
だが、一つ間違いを犯していた。
残ったのは北東の角。
日は西に傾き始め、陽は入ってこない。
二人は最後の一つの角を前に、絶望を見る。
「こんにちわ」
また、二人の前に現れた吸血鬼の少女。
迎えたのは方に2と4の数字を入れた二人の人間。
戦慄を覚える無邪気な昼の挨拶を聞いたのは、これで二度目だ。
「降参するか訊きたいところだけど、さっきご飯に社交的になりすぎるのはよくないって学んだばっかりなんだよね」
そう言ってロルフィーネは笑う。
その天使のような笑顔が消えぬ内に、悪魔は人間二人に飛び掛る。
肩に2を入れた人間が咄嗟に銃を構えて弾丸を撃ち放つ。
銃弾は瞬間的にロルフィーネの動きを制限する。
先程の魔法弾だ。
その一瞬の隙に二人は角に近付き、ロルフィーネを通り過ぎ、一方は角に向かって全速力、もう一方は振り返ってロルフィーネの足止めに移る。
だが、その二人の行動も新たに現れた吸血鬼によって阻害される。
肩に1と3をつけた元人間が二人を取り押さえた。
角に駆け寄った方が持っていた棒が、コロコロと虚しく床を転がった。
「さぁ、これでゲームは終わりだよね」
体の自由が戻ったロルフィーネは取り押さえられている二人の真ん中に立って言った。
「そろそろボクはおなかイッパイだし、その娘達に血の吸い方も教えてあげなきゃね」
「……っふ、そうだな。確かにゲームオーバーだ」
人間の片方が笑ってそう呟く。
その笑い方が諦めた様でもなく、自棄になった様でもなく、妙な笑い方だったから、
「何がおかしいの?」
と、ロルフィーネは尋ねる。
「おかしいんじゃないさ。嬉しいんだ。勝利が見えてね」
そういった人間は目を瞑り、なにやら呪文を唱え始める。
そうすると、床に転がっていた棒がひとりでに立ち上がり、その場で結界を帯びた。
「な、なにをするの?」
「ゲームにはエンディングが必要でしょう? 今からそれを始めるのさ」
呪文は続き、棒はその体に光を帯びていく。
「これが私達人間の切り札、良く見ておきなさい」
良く見ると、棒は北東の角に転がっていた。
「立方陽縛封!!」
人間の叫びと共に、棒は光を強くし、洋館を包み込む。
1階の四方と4階の四方に置かれた全ての棒は互いに共鳴し、光の立方体を作り出した。
その光はまるで、大地を照らす陽の光の様――――
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パチっと目を覚ます。
ロルフィーネは自分の寝床で上半身だけ起こし、眠い目を擦った。
「……なんだかヘンな夢を見た気がする……」
覚醒しきらぬ頭で記憶を辿ろうとするが、どうにも思い出せないので、ロルフィーネは二度寝を決め込むことにした。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【4936 / ロルフィーネ・ヒルデブラント (ろるふぃーね・ひるでぶらんと) / 女性 / 183歳 / 吸血魔導士/ヒルデブラント第十二夫人】
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■ ライター通信 ■
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ロルフィーネ・ヒルデブラント様、シナリオにご参加くださり本当にありがとうございます! 『怖い夢って自分が死ぬ直前に目が覚めるよね』ピコかめです。(何
ちょっと多人数戦は予想外でしたが、案外楽しんでかけましたよ。
なんだかホラー映画の追っかける側な感じになってしまいましたが、どんなモンだったでしょうか。(汗
圧倒的な優位に驕って最後に散っていく役は俺的に大好きなんですが。(ぉ
勝敗は予想外の敗北って感じです。
意外な切り札を使われて形成が逆転してしまうみたいな。(何
レイピアが唸ったり、爆炎が咆哮を上げたりするのが希薄だったのですが、女の子の首元に牙を立てられたらそれはそれで良し、ってな感じになりました。(ぉ
あと、軍とか銃器に対する知識が乏しかったので、もう少し勉強せねばいかんと思いました。(ぉ
では、また気が向いたら是非よろしくお願いします!
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