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『【あの世興信所】人間達を追い出せ!』
○オープニング
あの世の住人、すなわち死者達の手助けをする機関『あの世興信所』。安らかな死後を過ごしたい為に、各地から今日も悩める死者達がやってくる。
本日の相談者は、死後200年以上住んでいた家を人間に乗っ取られてしまった幽霊の夫婦である。
さてさて、幽霊夫婦の快適な死後の生活を守る為、人間ども+キツネを追い払う事が出来るのだろうか?
「あの、アオメさん。興信所の外に変なのが倒れていたのですが?」
まるで、天使を見ている気分であった。クラウレス・フィアート(くらうれす・ふぃあーと)が目を開けた時、まわりには真っ白な世界が広がっている。
「これが、てんちなんでちゅね。はじめてみまちちゃ…」
柔らかな笑みを称えた女性が、自分の方を見つめていると思ったのだ。
「天使なモンかい!あんたが見ている看護婦は、人間達の世界で言う18世紀の時代に起きたフランス革命で、戦いに巻き込まれて死んでしまった女だよ!」
「そうなんです。私の遺体はなかなか発見されませんで、大地に分解されてゾンビになってしまったのですが、生きている時の知識を生かして、ここの専属の看護婦に」
真っ白な髪の毛の女性と、ゾンビの看護婦に立て続けに揺さぶられて、クラウレスはようやく意識がはっきりしてきた。
確かに、目の前にいるのが天使ではなくゾンビだ。女性と言っていたが、体が腐りかけている為、正直男なのか女なのかわからないのだが、それは口にはしない事にした。
「あー、やっとめがみえてきまちた。ここはどこでちゅか?」
「ここは『あの世興信所』。悩める死人達の相談場所さ。あんたは本物の死人ではないみたいだね。生きている人間が魂の状態となって迷い込む事がたまにあるんだが、名前は何て言うんだ?」
「クラウレス・フィアートでちゅよ」
女性に、クラウレスは頷きながら答えた。
「そうか。あたしはアオメって言うんだ。よろしく頼むよ。なあ、クラウレス。ここへ迷い込んだって事は、あんたの体は今仮死にあるはずだよ。魂のあんたは外で倒れていたみたいだが、そういう状態になるような、心当たりはないかい?」
「かしじょーたいになる、こころあたりでちゅか?」
クラウレスは、ここに来る前の記憶をたどり、やがて頭の中に1つのケーキが蘇った。
「あのケーキでちゅよ!あまさひかえめだってかいてあったのに、たべたらさとうのかたまりがはいっていたでちゅよ!あのさとうのかんしょくで、きぜつしそうになったんでちゅ」
「なるほど。気絶しそうになったんじゃなくて、気絶したんだな、本当に。それで倒れてここに迷い込んだってわけか」
「よくおぼえていないでちゅが、きっとそうでちゅね」
クラウレスの話を聞き、今度はアオメが頷いた。
「わたち、どうしたらもとにもどれるでちゅか?」
「難しい事じゃないよ。魂が体に戻れば済む事だ。だけど、それがいつになるかはわからない。それはあたしにどうにか出来るものではないからね。あたしは、あくまで死人達にアドバイスをするだけだよ」
「そうでちゅか。こまったでちゅね」
眉を寄せて首を捻るクラウレスに、アオメはにこやかに言葉を続けた。
「最近世の中が乱れてきたせいか、悩める幽霊達がとても増えているんだ。困った事に、死人達の悩みの解決をするエージェントが足りなくてね。そこで、あんたにお願いがあるんだ」
「うん、なんでちゅかね?」
「たった今、幽霊の老夫婦から相談があってね、住んでいた家に引っ越してきた人間達を追い出してほしいって事なんだ。人手不足なのもあるが、あんたは生きている人間だ。人間の感覚は良くわかるだろう?ぜひ、協力してやってもらいたいんだ。何、ちょっと驚かせてそいつらを家から追い出せばいいんだ。簡単な事さ」
アオメがその名の通りの青い瞳で、クラウレスを見つめている。
何だかよくわからないうちにこの場所へ来てしまったが、幽霊の手助けというのも悪くはないだろう。
生きている人間からの依頼ではなく、幽霊からの依頼と言うのも、少し不思議な話ではあるが。
「わかったでちゅ。いってくるでちゅよ」
「そうか。それは助かるよ。その扉を抜けた先で、依頼人が待っている。首を長くして待っているよ。さあ、行っておいで。けど、くれぐれも無茶はするんじゃないよ?まだ死ぬ予定のない人間の命を奪う事は、よっぽどの事がない限り禁止だからね」
「わかったでちゅ」
アオメの言葉を受けて、クラウレスは指示された扉の方へと歩いていった。
死後の世界とは、このような事務的な場所だったのかと、クラウレスは自分があの世にいるとはまったく実感がわかなかった。
依頼人の浅山夫妻は、顔色は悪く足もないが、話をしていると以外にも親しみの感じられる幽霊であった。
生前は60年も共に過ごし、死後も幽霊となって丘の上の家でひっそりと暮らしていたが、最近になって人間の一家が越してきた。
最初は人間達との共存を考えたが、この一家があまりにも騒々しく、浅山夫妻の静かな暮らしは、一度に奪われてしまった。
「見て下され、クラウレス殿。ここはわしの書斎だったのに、今ではこのありさま」
3人はドアを開けずに部屋の中へと入った。クラウレスも一応は幽霊であるから、物質を通り抜ける事が出来るのである。
部屋の中には誰もいないが、浅山・四郎が言うには、ここには沢山の本が納められていたのに、今ではサラリーマンの事務的な部屋へと変えられてしまった。本棚は撤去され、パソコンの置かれたテーブルと、この部屋の主、澤田・雅夫の趣味であろう、ゴルフクラブが壁に立てかけられている。
「したしみのあるへやがなくなったら、かなしいでちゅね」
クラウレスがそう答えると、隣の部屋からけたたましい音楽が鳴り響いてきた。
「この騒音のせいで、夜も眠れません!」
今度は泣き出しそうな顔で、浅山・たえが叫ぶ。
幽霊が夜も静かに寝ているものなのか、という疑問はさておいて、壁を通り抜けて隣の部屋へ行くと、高校生の少女、澤田・理佐がベットに寝転んで、携帯電話をいじくっていた。
壁際にある大きなステレオでビートの激しい音楽を大音量でかけており、そばにある棚にはCDがぎっしりと詰まっている。
「すごいおとでちゅね。ふきとばされそうでちゅ!」
思わずクラウレスが、ステレオの電源をオフにする。
「あれ?何で止まったわけ?」
理佐は首を傾げながらベットから起き上がり、ステレオの電源を押した。
「何、勝手に電源切れてるわけ、これ」
再びステレオのスイッチが入り、音楽が鳴り響いた。
「静かに!」
たえが叫んだが、理佐にはまったく聞こえていない。
「これは、だまってみているだけじゃだめでちゅね」
クラウレスがそう言うと、たえは黙って頷いた。
3人は下の階へと降り、今度は居間を見つめた。居間には20歳ぐらいの若い女性と、そのそばで洗濯物をたたんでいる中年の女性がいる。彼女達はおそらく、この家の主婦、澤田・真由と、その娘の利奈であろう。
利奈のそばには、キツネが気持ち良さそうに眠っていた。クラウレス達がそばに立っていても、彼女達はこちらには気がつかない。
「この家はいいわねえ。駅からちょっと遠いけど、庭は広いし」
母の真由が、のんびりとした口調で言った。
「そう?この家に引っ越してきてから、たまにツネキチの動きがせわしない事があるの。キツネは霊感が強いって言うでしょ?何かいるんじゃない、この家」
「そんなわけないでしょう、映画じゃあるまいし。きっと、ツネキチは新しい家に慣れていないだけよ」
母の言葉に、利奈が肩をすくめる。
「ほんとうにいるんでちゅがね」
キツネを見ながらクラウレスが呟くと、突然キツネが起き上がって、こちらの方をじっと見つめだした。
「どうしたの?!」
利奈が叫ぶと、キツネはクラウレス達3人が立っているあたりまでやってきて、嗅ぎ回るようにし、3人のまわりをぐるぐると回り始めたのだ。
「お母さん、ツネキチが変だわ!」
「そう?虫でもいるんじゃないの、そこに」
利奈もクラウレス達のそばまで来るが、こちらの存在に気づくはずもない。ただ、キツネだけがまわりをまわっており、しまいにはうなり声を上げ始めた。
「このキツネが、いつもわしらを付きまとうんじゃよ!わしは、もう、恐ろしくて!」
四郎が弱りきったような声をあげる。
確かに、このような家でのんびりと暮らすのは無理であろう。幽霊夫妻と、人間の一家を交互に見ながらクラウレスは、1つの作戦が頭の中に思い浮かんでいるのであった。
「わかったでちゅ。わたちにまかせるでちゅよ。あした、さくせんじっこうにはいるでちゅ。このにんげんたちに、ゆうれいのおそろしさをみせつけるでちゅよ!」
今にも自分へ飛びついてきそうなキツネを見下ろし、クラウレスはにやりと笑ってみせた。
翌日、この澤田一家はある意味甘い悪夢を見る事となった。その悪夢は、朝食の時間から始まったのだ。
「お母さん、何この味噌汁!それに卵焼きの砂糖、多すぎだよ!」
澤田一家の朝食は、全て砂糖漬けにされていたのだ。
現在、この食堂にいるのは真由と理佐だけであるが、すでに大騒ぎになっている。しかも、ただの砂糖漬けではない。これでもか!という程に砂糖が入っているのである。
「おかしわねえ、こんなに砂糖を入れた覚えはないのに」
「魚の中にまで砂糖が!だって、誰がこんな事するって言うのよ!どうせ寝ぼけてるんでしょ!」
首を傾げている母に、理佐がヘッドホンをつけたままの顔で叫んだ。
「もう、いいわ、あたしパンにする!」
ところが、理佐が手を伸ばしたその食パンにも、大量の砂糖が仕込んであったのである。それは菓子パンというレベルではない。パンに砂糖がついている、というよりも、砂糖にパンがくっついていると言った方が正しいだろう。
「ちょっと、誰がこんな事したのよ!」
今度は階段を下りて、利奈が走ってきた。パジャマ姿であるが、髪の毛や手足に、白い砂糖がこびりついている。
「お姉ちゃん、何、それ!」
目を丸くする理佐に、利奈が殴りかかりそうになった。
「あんたでしょ!こんなイタズラして!」
「違うわよ。何でそんな事しなきゃいけないのよ!」
朝から姉妹喧嘩勃発の様子だが、さらに悲鳴が起きた。
「誰か風呂に来てくれー!」
この家の主である、澤田・雅夫の声であった。
「ふふふ、あさからあまさにくるしむでちゅよ」
澤田一家の様子を浅田夫妻と見つめながら、クラウレスはこの一家の慌てぶりをのんびりと眺めていた。
自分は砂糖のせいでこうなってしまったのだ。それならば、この恨みも砂糖で晴らそうと、半ば憂さ晴らしのような部分はあったものの、効果はバツグンのようである。
雅夫が入ろうとしていた風呂に大量の砂糖を入れたので、水は砂糖と混じり、ドロドロになっていた。雅夫は青ざめたような顔をして、風呂のそばに立っている。
「お母さん、こっちへ来てみてー!」
利奈の声であった。
「玄関にも砂糖がいっぱいで、まるで海のようよ。清めの塩じゃあるまいし!」
「どうして、こんなことに。一体誰がこんなことを」
真由が呟くと、そばにキツネが寄ってきて、咥えていたいなり寿司を床に置いた。そのいなり寿司の中からは、やっぱり砂糖がはみ出してくるのであった。
「甘い甘いと思っていたら、あたしのCDまで全部甘い音楽にすり返られているわ」
理佐がヘッドホンを外しながら、おろおろとしている母親に苦笑を浮かべていた。
「ここまで家を砂糖漬けにするとは、大したものじゃよ」
四郎がクラウレスに言う。
「おそうじはあとでちゅることにして。とどめをさすでちゅよ。おどろおどろしさで、このいっかをおいだすでちゅ!」
クラウレスは、家族4人とキツネが居間に集まって来たところで、心の奥底から恨めしそうな声を出し、部屋の中央で叫んだ。
「みなのしゅう、あまいもののおちょろちちゃをしるがいいでちー!?」
「何、今の声!?」
恐怖に敏感になった人間には、幽霊であるクラウレスの声が届くようであった。
「これいじょうひどいめにあいたくなければ、ここからでていくでちゅ。さもないと…!」
「この家、何かいるよ!」
利奈がキツネを抱きしめながら叫んだ。
「お父さん、だから駄目なのよ、こんな安い家に住んじゃ!あたしは都会の方がいいって、言ったでしょ!」
「いや、しかしなあ。ここは広いし、いい場所だと思ったのだが」
利奈に睨まれた雅夫が、困ったような表情を見せていた。
「こんな場所じゃ気持ち悪くて住めないでしょ!」
理佐も雅夫に大声を上げていた。
「そういうことなら、仕方がないかしらねえ。でも、もったいないわあ。幽霊がいる家なんて、少し素敵なのに」
真由の言葉を聞き、二人の娘は苦笑をしていた。キツネは相変わらず、クラウレス達の方を見て唸り声を上げている。
せっかく引っ越してきた一家には悪いが、この一家と浅田夫妻との共存は少々無理そうに見えた。幽霊にだって、家に住む権利はあるはずである。
それにこの家はこの老夫婦の家であるのだから、夫婦にしてみれば、人間があとから入ってきたに過ぎない。
「有難うございます、クラウレスさん。まずはこれで十分でしょう。それでも問題が解決しなかったら、また興信所にお願いをします」
たえがクラウレスに頭を下げた。
「いいんでちゅよ。わたちはちょっと、おてつだいをしただけでちゅから。はやく、しずかにくらちぇるといいでちゅね」
人間の一家を見る限り、引越しを考えているようにも見えた。まずはクラウレスの役目はこれで一段落である。
この幽霊の夫婦に静かな生活がやってくるのも、それほど時間はかからいだろう。(終)
◆登場人物◇
【4984/クラウレス・フィアート/男性/102歳/「生業」奇術師 「本業」暗黒騎士】
◆ライター通信◇
クラウレス・フィアート様
お久しぶりです!発注ありがとうございました、WRの朝霧です。
今回は本当に楽しんで書かせて頂きました。自分が幽霊となって人間達にイタズラを仕掛けると、いつもやっている事の逆パターンのシナリオを出してみました。幽霊になって人間を好き放題にやっつけてくださいと、かなりコミカルなシナリオにしてみました(笑)
砂糖漬けの撃退方法は、ある意味クラウレスさんらしいですよね(笑)砂糖の塊で力尽きたところなども、かなりコミカルでかわいらしさまで感じてしまいました。
それでは、今回はどうもありがとうございました!
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