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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


俺も娘も17歳?!〜薄っぺらいパパのプライド〜


 巨大な学校群と敷地面積を有する神聖都学園の高等部も卒業式や学期末試験を終え、教師たちは師走よりも忙しく動き回る時期を迎えた。桜のつぼみはほころび始め、新しい季節の訪れを知らせようと今まさに準備をしている。もう冷たく白い雪の粒を見ることもない……そう思うだけでも人の気持ちは和らいでくるものだ。
 同い年なのに自分の娘である謎の少女・美菜の到着を高等部の正門前で待つ父・勝矢は、現実逃避気味に周囲の景色を見ながらぼーっとしていた。なんであいつは俺と同じ17歳なのにあんなお気楽極楽でいられるのか。そんな娘を持った時の俺ってどんな気持ちを抱くのだろう。それ以前に俺はいつ結婚するんだろう。そんなことを漠然と考えるが、結論など出るはずもない。未来は美菜の存在ですでに決定づけられている。今さら勝矢がどうあがこうと何も変わりはしない。彼の悩ましげな姿を心配しているかのように、桜の枝がそよ風で揺れながら覗き込む。それを見た勝矢がしばらくしてしみじみとつぶやく。

 「そうか、もうすぐ春なんだな。」
 「そうだな。」
 「うわっ! お、脅かすな……って、知久さんじゃないか! こんなところで何してるの?」

 勝矢の視界を下から上へと一気に埋めたのは、隣人である河合 知久の顔だった。どうやら彼の姿をキャッチした時から「しめた」とばかりにしゃがんで歩いていたらしい。そして接近に成功すると、不意を突けると判断したところでさっと立ち上がったのだ。いつもの登場パターンにさすがの勝矢も呆れる。

 「知久さん……最近さ、登場の仕方がワンパターンじゃない?」
 「うるさい、体育会系隣人。私は学園に春休みの宿題に出される問題とその答えの提出に来ただけだ。」
 「あっ! そういえば担任が『今年は休日が多かったから宿題多い』って言ってたなぁ。今年って多いの?」
 「それはともかくだ。今年度の冬休みは自分の両親はおろか娘まで謀り、夜な夜な我が家に押し入っては宿題をこなすという、まるでインドの修行僧のような生活を私にまで強いた身体だけは丈夫な君だが、今回はそうはいかんぞ。なんといっても君に出される宿題の答えは私がすべて知ってるのだからな。出題者が生徒に答えを教えたことが世間に知れれば、君も私も教育委員会で問題になるだろう。」
 「なっ、なんだって! 知久さん! 今度は俺のこと助けてくれないのかよ!」

 勝矢は思いがけない言葉に動揺を隠せない。今回も頼りにしてたのに……無念の表情を見せる少年と勝ち誇る青年。知久に至っては『大人気ない』の一言に尽きる。勝矢はまだ外に小雪が舞い散る頃、知久を巻き込んである騒動を起こした。
 話は冬休みまで遡る。勝矢は娘の美菜や両親に「楽しい年末年始を過ごそう!」と提案され、昼間どころか夜もマトモに宿題をする暇がなかった。それで仕方なしに彼が取った手段が、科学者の知久を家庭教師に仕立てた『速攻宿題終了術』。ところが、勝矢よりも体力の劣る知久にとっては大迷惑以外の何でもない。しかも相手は毎日のように現れるのだからたまらない。いくら「今日は疲れてるから勘弁してほしい」と言おうとも、相手が頑として聞き入れず机から離れようとしないのだ。勝矢も必死だった。毎日のように遊んで宿題がひとつも終わっていないことが露見すれば、たちまち美菜の耳に情報が入ってしまう。そうなると未来の自分が困る。結局、勝矢は無理やり知久を使役する形でなんとか宿題を完成させたのであった。

 ところが今回は勝矢が出し抜かれる番だ。確かに前から『神聖都学園にも友達はいる』と彼から聞かされていたが、まさか高等部の教師をしているとは夢にも思わなかった。しかもアルバイトで問題作成までしていたなんて……今日の今日まで勝矢は知久とはしょっちゅう会っていたが、そんなことは一度も口にしていない。そう、知久は最初から彼を騙す気でいたのだ。冬休みの宿題で懲りたらしく、知久の顔には若干焦りの色も見え隠れする。

 「まーまー、友達と一緒に勉強するというのも一興だ。いい思い出作りになるんじゃないか?」
 「簡単に言ってくれるけどさ……あいつはなんかあるとすぐに俺を連れ出すんだ。そんな暇ないって!」
 「それとも何かな、娘に自分がバカなのがバレるのがそんなに怖いかね?」
 「ギク。い、いや、あいつの方が勉強できても構わないけど、ただ宿題が期限に出せないってのはマズいから……」
 「親の沽券に関わる、か。ま、今回はがんばりたまえ。体育会系隣人の努力に期待するぞ。」
 「くっそー、覚えてろよ!」

 知久は笑顔で学園の敷地へと入っていく。一方の勝矢は威勢よく捨て台詞を吐いたが、その後はただ呆然と立ち尽くすのみ。もう美菜を待つなんてどーでもいい。そんな気分だった。宿題をなんとかしなければ……今の彼のはそれでいっぱいいっぱいである。
 隣人を出し抜いて満足げな知久の行く手には、なぜか美菜が待ち受けていた。彼女は大切なパパよりも先に、知久と会うことを目的にしているらしい。

 「知久さ〜ん、うまくいった?」
 「うまく行かないわけがない。で、君は父とともに宿題に励むというわけだな。」
 「そーなの。あたしもパパに関してのレポート書かないといけないし。」
 「しかし前のようなことをされると、ろくに観察もできないというわけか。」
 「そそそ、そーゆーこと。もう学園の講義室は押えてあるから大丈夫!」
 「勝矢君の慌てるところをじっくり見たいから、たまにここにも遊びに来るよ。ふふふ。」
 「まー、パパには悪いけど、今回は知久さんに騙されたということで♪」

 なんと知久が言ったことはすべてウソ! 彼は美菜と共謀して勝矢を罠にかけたのだ! ふたりの思惑が一致しているのはもはや言うまでもない。そんな中、勝矢は一緒に勉強してくれる同志を学園の掲示板か何かで募集しようと必死に考えていた。こうして春休み宿題処理計画は着々と進んでいくのである。


 高等部の掲示板には勝矢と同じ思考パターンの人間が『宿題消化セミナー』と銘打った手書きのプリントを作り、それを神聖都学園の事務員が丁寧に並べて貼り出している。普通なら誰もこんな内容の掲示には目もくれないが、それをじっくりと見て柔らかな笑みを浮かべる少女がいた。月夢 優名である。掲示されたものは、どれも筆者の必死さや不安を感じさせるものばかり。きっと自分の知らない先生の中でも宿題を出さないと成績を大幅に下げる人もいるのだろう。それを考えるとみんなの気持ちがわからないでもない。学園内が生活圏のゆ〜なはこれを見るたびに『学園がお休みになるんだな〜』と改めて実感する。そしてその場を去ろうとしたその時だった。自分の視界に見知った名前が飛び込んでくる。彼女は思わず指差し確認と音読で確認した。

 「あきやま……かつや、さん? 勝矢さんも、そうだったんですか……ま、知らない人じゃないから、一緒に宿題するのもいいかも。」

 まさかこの掲示板を勝矢が活用しているとは……さすがのゆ〜なも溜め息を大きな漏らす。彼女は今日の日付を確認すると、すぐさま図書館へと向かう。「ちょっと遅かったかな?」と独り言をつぶやきながらも、彼女はけっして急ごうとはしない。いつものんびりマイペース。それがゆ〜なだ。はたして当日に彼女以外の参加者は現れるのだろうか。


 数日後、春休みの宿題消化セミナーは美菜が勝手に抑えた講義室で始まろうとしていた。目の前には参考書や辞書、そして手の汚れないクッキーなどのお菓子やお茶に紙コップが用意されている。これらはすべてゆ〜なが学園内で用意したもので、今日のセミナーには最適なものばかりだ。それを見た勝矢は自分の目の前に置いたポテトチップの袋をそーっと隠そうとする。そう、彼は安直すぎた。この手のお菓子はプリントや参考書を汚してしまうので、普通なら避けるべきものなのである。しかし時すでに遅し。本人は気づいていなかったが、その様子をしっかり美菜がチェックしていた。
 集まった顔はいつものメンバー。勝矢はそれぞれに視線を飛ばす。銀野 らせんに施祇 刹利……ともうひとり、眼鏡とそばかすが印象的な少女が座っていた。初めて見る顔だが、外見からはあまり際立った個性が感じられない。

 「あのさ、俺はこっちの連中は知ってるんだけど……お前も宿題しにきたの?」
 「じゃなかったらここにいないわよ。あたしは佐藤 絵里子。まぁ、今日は集中して1日で片付けるわよ!」
 「そっかー、ボクは宿題ってもっと時間のかかるものだと思ってた。知らなかったや。」
 「刹利、お前が正解だ。お前は間違ってない。普通は1日で済ませられるような分量じゃないんだ。」

 自分の身を危うくし、さらに世間からズレた知識を吸収しようとする刹利をじっくり諭す勝矢。その間、美菜はゆ〜ながずっと首を傾げていることが気になった。何をそんなに悩んでいるのか。まだ宿題を始めてもいないのに……彼女は率直に聞いた。

 「ゆ〜なぁ、どうしたの?」
 「あの……絵里子さんって、いつも試験の成績優秀者にお名前が出てる、あの?」
 「ウソっ、お前そんなに賢いの?!」
 「あんた、いくらなんでもその反応は失礼でしょ。まぁいいわ。学年末試験27位のこの佐藤 絵里子様が丁寧に指導してあげようじゃないの。」

 さりげなく自慢を交えながらも自分を猛アピールする絵里子。ゆ〜なと刹利は顔を向き合わせて安心した表情を見せ、らせんと勝矢は同時に指で何かを数え始めた。おそらく『自分の順位の何倍あるか』の計算だろう。もちろんその様子もすべて美菜のチェックが入っている。

 「じゃあみんなで始めましょ……って、よくここまでちゃんとした参考書を用意できたわね。間違っても秋山が集めたわけではないでしょうけど、いったい誰が?」
 「ああ、それはあたしがちょっと前に集めました。その時、偶然にも学園にいらしてた刹利さんとお会いしたので一緒に本を運んでもらっていただきました。うちの図書館の本って、時期を見誤るとすっからかんになっちゃうことがありますから。」
 「何冊も運んでスゴく重かったんだから。勝矢くん、ちゃんと勉強してよね。でもホントに広い図書館だったなぁ〜、ゆ〜なさんがいなかったら絶対に迷子になってた。」
 「あたしはここが生活空間だから。宿題のチェックリストも作ったので、もしよかったら使って下さい。」
 「……完っ全にお客様状態ね、あたしたち。」
 「ああ、らせんの言う通りだ。正直、居心地が悪い。刹利がうらやましく見える。」

 常に学年トップの成績を残す絵里子に、今日という日のためのさまざまな準備をすべてひとりで整えてくれたゆ〜な。ここまで至れり尽せりでは、らせんや勝矢の『宿題救済セミナー』に見えてしまう。ところが、らせんは別に勉強ができないわけではない。むしろ人並み以上の成績を残している。ちなみにゆ〜なもらせんと同じくらいのレベルで、勝矢だけが人並み。誰もそんな事実をおおっぴらにしないが、この中で足を引っ張る可能性が高いのは勝矢である。そこに無情にも娘の美菜が追い討ちをかけた。

 「ひとりでも宿題がこなせるくらいまでがんばってね、パパ!」
 「ううっ、プレッシャー……!」

 まずはゆ〜なの提案で、数学の問題集から始めることになった。これができなければ、必然的に理科の問題が解けない。化学式や物理計算などがその典型的な例だ。だからこそ『理数系』という言葉が存在する。そんなことなど知る由もなく、勝矢はさっそくトップランカーに教えを乞う。

 「あー、絵里子。これこれ。この図形問題の面積っていくつ?」
 「あのねぇ、そんな素直に答えは教えないわよ。あっさり教えちゃったら勉強にならないでしょ、勉強に!」
 「うぐ!」
 「それにこの手の問題は過程が書いてなかったら、答えが合ってても点数はまったくつかないの!」
 「ぐはっ!」
 「すべてを他力本願で解決しようなんて甘い甘い銘菓『白草まんじゅう』より甘いわよ。今日はそのつもりでいなさいよ、秋山!」

 いつもの勝矢なら自分が間違っていたとしても必ずどこかで反論するのだが、今回ばかりは絵里子の台詞があまりにも正論過ぎて何も言えない。しかも口が達者な彼女に何を言っても勝てる気がしない。思わずとても扱いやすい娘に目を向けてしまう父。しぶしぶ問題文を読み始めるが、いったいどこから手をつけていいものやらさっぱりわからない。すると、らせんが横から指を出してきた。

 「勝矢くん、ここの円から計算しないと始まらないよ?」
 「ああ、これが最初か。その後で小さな円とその中にある四角形を計算して、全体から引けばいいんだ。」
 「そうね。だいたいこの手の問題には解き方に順番があるから、そこから探していけばいいのよ。」

 どんな運動もこなす勝矢だが、それを可能にさせているのがいわゆる『飲み込みの早さ』だ。彼の場合、実は運動だけでなく勉強でもそれが発揮される。ところが当の本人がそれに気づいていないのだ。絵里子もゆ〜なも「なんだ、やればできるんだ」と感心しきり。しかしそれと同時に「じゃあなんで毎日やらないんだろう」と首を傾げる。

 「パパ、やればできるじゃない!」
 「ま、まぁな。この調子で数学は慣れていくとするか。」

 このやり取りを見て、ふたりはすぐに結論を導き出した。「そうか、どこにいても美菜ちゃんがいるから勉強に身が入らないんだ」と。高校はただ授業を受けているだけでは、試験で点を取ることはできない。そこからもう少し努力しないと点数は上がらないのだ。その時間を娘と過ごしたり、趣味に割いている勝矢には難しい話であろう。こんな機会でなければ、学習方法が身につかないのだ。絵里子は自分の宿題をすらすら解く合間を縫って、勝矢が理解したであろう頃に席を立ち、その内容を確認することにした。
 ところが絵里子がいざ席を立つと、ゆ〜なも控え目な声で「すみません〜」と手を上げる。図書館で借りた本を片手に、応用問題の解き方を聞くのだ。彼女の場合は勝矢とは違ってラスト1問での質問で、ほとんど考え方も途中までできあがっている。絵里子も答えを出す流れを十分に把握してから説明を始める。それを横で聞いていたその他大勢は不思議そうな顔をしながらその様子を見ていた。

 「ずいぶん先、いや、最後の問題ですね。もうそこまで行ってるんだ。早いよ、ゆ〜なちゃん!」
 「ボク、あのふたりが何を言ってるのか全然わかんない。」
 「刹利くんは仕方ないし、宿題もないんだからいいんじゃない?」
 「でもね、美菜ちゃん。ボクも勝矢くんのために勉強方法をちゃ〜んと用意してきたから!」
 「パパ、刹利くんが勉強を手伝ってくれるって〜。」
 「正直……素直に喜べばいいのかどうか、今のところはなんとも言えん。」

 結局、数学と理科は先を行く絵里子とゆ〜なが、そしてらせんと勝矢がコンビになって宿題を進めていくことになった。その間、刹利はみんなの様子を眺める振りをして、美菜からの密命を淡々とこなす。実は彼もまた知久同様、美菜のパパレポートを手伝う人間のひとりだったのだ。事前に彼女から連絡を受けていたらしい。
 さすがに理科となると問題そのものが難しくなってくる。特に勝矢は化学が苦手で、何度もらせんに解き方を聞く。公式の仕組みさえわかればすらすらと解けるのだろうが、彼はここでつまづいてしまった。らせんも自分のわかる範囲で説明を繰り返し教える。真剣に話を聞いたり、宿題に取り組む勝矢を見ているうちに彼女の中にある意識が芽生えた。

 (あ……よく見ると勝矢くんってイイ線いってるかも……)
 「……お〜い、もしも〜し。ここはこれでいいのか?」
 「えっ、あ、なになに? こっ、ここは公式を2倍にしてあるから答えも……ってあっ!」

 本人に見つめられていたことに気づかず、ただただボーっとしていたらせん。慌てて説明を始めようとしたが、シャーペンを取ろうとした弾みで消しゴムを床に落としてしまった。するとそれを拾うタイミングが重なり、らせんと勝矢の手がバッチリ触れ合う。

 「あっ……ど、どうも。」
 「教えてもらってるんだから、これくらいは当たり前だ。さ、早く教えてくれ。なんかの拍子で忘れそうなんだよ。」

 人の気も知らないで勉強のことばっかり口走る勝矢を見ながら、らせんは胸のドキドキを抑えて冷静を装うことで講師役を演じ続ける。これを境に彼女はあらゆる場面でケアレスミスを連発。これを遠目で見ていたゆ〜なが休憩を挟もうと提案する。そのタイミングで理数系の宿題を終えることにした。


 気づけばもうとっくの昔にお昼は過ぎていた。ささやかなティータイムの最中、絵里子から「社会は記憶力勝負だから、残りの時間は国語と英語に的を絞る」との指示が飛ぶ。これは誰もが納得した。社会は時間さえかければ必ず答えが出てくる。だから時間のない今回はそれを避けるというのだ。そこで刹利が社会はおろか、国語や英語にも活用できる『最先端未来型勉強法』を勝矢に試してもらうことにした。さっき言っていたお手伝いとは、このことだったらしい。さっそく彼は6枚切りの食パンを取り出し、社会の教科書を適当に広げて勝矢の前に差し出した。

 「さ、読んで。」
 「はいはい。えーっと……」
 「あれが未来型?」
 「みたい、ですねぇ。」

 周囲が不思議がっている間、勝矢は黙々と文章を読み続ける。もちろん1ページなどあっという間だ。そこで刹利は食パンをそのページに押しつけると、今度は無造作にそれを差し出す。

 「さ、食べて。」
 「……お前、マンガの見過ぎじゃないか?」
 「お腹も膨らんで勉強もできてお得だよ。これはボクが考えた未来の勉強法。もう未来には存在するんじゃないかなぁ。美菜さんならさらに詳しい方法を知ってるはずだよ〜。」
 「あいつが知ってるかどうかは別としてさ、とりあえずこれは食うよ。なんか覚えられそうな気がするからよ。それに腹も減ってるし……もぐもぐ。」

 どこからどう見てもマヌケな状況に、あの美菜でさえもツッコめない。らせんも少しお熱が冷めたようだ。ゆ〜なも『それで覚えられるならそれでいいのかも』と温かい目で見守り、絵里子は男ふたりが勉強法を教えあってるのを見て優秀な頭脳が腐女子モードへと瞬間チェンジ。妄想が脳内をあふれ出て耳の穴から出そうになっていた。
 さらに刹利は講義室の端に勝矢を立たせると、野球のボールを回転をかけながら投げた。部屋の中だから早い球は投げれないが、それでも天井すれすれを弓なりに飛んでいる。それにはある漢字が書いてあった。

 「それ、なんて書いてあるか読める〜?」
 「えっと……瞬間の『瞬』に送り仮名が『く』。あ、『またたく』か! おっとっと、なんとかキャッチ。」
 「正解〜。人間って高速で動くものに書いてあるものとか、ねこじゃらしみたいに揺れてるものの方が覚えやすいんだって。」
 「へぇ〜、なんかこの野球のボール特訓は俺向きかもな〜。」
 「だからボールは壁打ちでもオッケーだし、メトロノームに教科書をくっつけたりするのもいいんじゃないかな。実はゆ〜なさんと一緒に図書館へ行った時に覚えたんだけど、ホントにスゴいよね!」

 女性陣は誰もが『その実例に至るまでのキミの発想の方がスゴい』と言いたかったが、さすがにそれを声にするものはいなかった。唯一、ゆ〜なが「手段はともかく、その手の本を読んでいたのは確かです」とフォローを入れる。しかしそれよりも驚きなのは、勝矢が素直にこの方法で勉強している点だ。刹利は満足げに「これからも活用してね」と嬉しそうに勝矢を見る。それを見ていた絵里子の脳みそは沸騰寸前。このまま腐女子パワーが暴走してトリップするわけにはいかないと、自分に言い聞かすように後半戦の開始を宣言した。
 ところが国語で漢字の読み書きが出てくると、勝矢はどうしても趣味と特技が合体した『ボール特訓』がやりたくなる。刹利も笑顔で机の下からたくさんのボールが入ったカバンを取り出すが、さすがにそれはらせんと美菜が止めた。それでも特訓をやりたがる、というかボールを握りたくなる勝矢に絵里子が禁断の台詞を口にする。

 「そんなので遊んでてもいいのかなぁ〜。これで間に合わなかったら他人の答えを丸写しするの? だとすると親の面子が立たないわねぇ〜。」
 「うっ! そっ、それは言わないで……!」
 「今はボールは見えないところに置いておきましょう。勝矢さん、国語や英語の文章問題はじっくり読まないと解けないですから、今は集中してがんばりましょうね。」
 「わ、わかった。刹利、その気持ちはもらっておく。」

 勝矢はボール満載のカバンを指差して感謝を述べる。刹利も嬉しそうな表情を見せた。こういったやり取りの間にも美菜のパパリポートは着々と進んでいる。再び数学と理科をやっていた時と同じ構図になり、らせんはさっきの熱がまた戻ってくる形になった。今度は国語の読解力の問題を解いているので、質問の回数そのものが減る。逆にらせんが彼の表情を伺う回数が圧倒的に増えた。やはり彼女にとって勝矢は気になる存在なのだろうか。完全にこのふたりのペースは一緒になっていた。
 そしてまたしても同じようなペースでぐんぐん進んでいくのが絵里子とゆ〜な。このふたりは図書館で借りてきた参考書や辞書をうまく活用すれば、宿題のほとんどはできてしまう。タイムリミットまでにある程度のメドをつけたふたりは、英語の宿題に取りかかったらせんと勝矢についた。らせんにはゆ〜なが、勝矢には絵里子がつく。これがまた絶妙のマッチングでうまく機能を果たした。飴と鞭を使い分ける絵里子にうまく操られている勝矢に、ゆ〜なの丁寧な説明で知識の吸収が早いらせん。結果的に勝矢でさえ半分以上の宿題を終えることに成功した。もちろんこの功績の中には刹利の特訓も含まれていることは言うまでもない。

 「さ、ここまで来たら大丈夫でしょ。美菜ちゃん、あんまりパパの宿題の邪魔しちゃダメよ。」
 「うん、大丈夫! あたしも宿題のパパリポート書くから!」
 「なっ……お、お前、そんな宿題あったのか?!」
 「今度も冬休みみたいに逃げられたら、あたしが先生に怒られるんだも〜ん。」
 「ということは、知久さんのあの話も全部ウソだったのか? ちくしょう、やられたっ!」

 すべてが終わってから種明かしされた勝矢は椅子の上でぼーぜんとしていた。

 「まーまー。でもみんなで勉強するのも楽しいじゃない。」
 「そうですよ。あたし、絵里子さんがいらっしゃって本当に助かりました。」
 「ゆ〜なは今度の試験、あたしと勝負する?」
 「そ、そんなぁ……絵里子さんにはかないませんよ。」

 努力家のふたりが微笑むと、らせんもつられて笑う。

 「あたしもなんとか期限までに提出できそう……あーあ、よかった。」
 「これで間に合わなかったら何のための集まりかわからないもんね。じゃみ〜んな、期日までに出そうね!」
 「美菜ちゃんの言う通り。早く済ませて春休みを満喫しましょ。あたしはほとんど終わってるし〜。」
 「宿題リストをコピーして欲しい人はまた言ってくださいね。」

 テーブルに散らかした宿題をカバンに片付け、図書館で借りた本を手分けして持った。今から全員でそれを返しに行くのだ。この講義室もまもなく明かりが落ち、外の夕闇に染まるだろう。長くて短い宿題処理はこうして幕を閉じた。はたして今回、勝矢のプライドは守られたのだろうか。それは美菜のレポートを見るしかない。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

2803/月夢・優名  /女性/17歳/神聖都学園高等部2年生
2066/銀野・らせん /女性/16歳/高校生(/ドリルガール)
5307/施祇・刹利  /男性/18歳/過剰付与師
2395/佐藤・絵里子 /女性/16歳/腐女子高生

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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大変お待たせしました、市川 智彦です。ご近所近未来バラエティーの第3回でした。
今回は「高校生ならこれ!」というネタをご用意させていただきました。
実際に私はみんなで勉強したことないです。いつもひとりでやってましたね(笑)。

絵里子さん、こちらでは初めまして! 最強頭脳で現場指揮! がんばってますね〜。
実は彼女の見せ場はいっぱいですが、その中でも腐女子ネタがしっかり入れました!
はたしてどんなドラマが構築されたのか……それはお楽しみですよねぇ?(笑)

今回は本当にありがとうございました。物語はどんどんリリースしていく予定です。
なお今回明らかにならなかった謎などは次回以降に引っ張ります。ご了承下さい。
また勝矢や美菜たちの巻き起こす珍騒動や別の依頼でお会いできる日を待ってます!