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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


限界勝負INドリーム

 ああ、これは夢だ。
 唐突に理解する。
 ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
 それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
 にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
 景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
 目の前には人影。
 見たことがあるような、初めて会ったような。
 その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
 頭の中に直接響くような声。
 何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
 そして、人影はゆらりと動いた。
 このまま呆けていては死ぬ。
 直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。

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 迎え撃つのを決めたは良いが、姫川・皓(ひめかわ・こう)の迎え方は少々変わっていた。
「ストーップ! タンマ! ちょっと休憩!」
 声を張り上げ掌を見せて相手を制止させる。
 それを見て、律儀にも相手は突進していた足を止めた。
 よく見ると相手は小柄な老人。たっぷりと口髭を蓄え、手には自分の背丈よりも長く、自分の胴回りよりデカイ刀身を持った剣を持っていた。
「お、爺さん、話がわかるね」
「言ったはずじゃ。構えろ。さもなくば殺す、と」
 老人は皓を厳しく睨みつけて言う。
 その手に持たれた大剣は後ろ溜めに溜められており、それを振り抜かれれば皓の胴は真っ二つにされてしまう間合いだ。
 ここはとりあえず……
「ああ、判った判った。構えるから。これで良いかい?」
 皓は適当に腕を持ち上げ、顎と胸部を辛うじてガードできるようにする。
 見様見真似のボクシングの構えだ。
「それで良い。では勝負を続けようかの」
「ああ、待てって! 勝負をするのは構わないけど、ちょっと一服しようぜ」
 老人が腕に力を入れたところで再び制止を入れる。
 皓はパッと構えを解いて何も持っていない手を天に向けた。
「荒事ってあんまり好きじゃないんだよね。もちっと穏やかに行こうじゃないか」
「穏やか? ふん、この戦場に似つかわしくない言葉だな」
「戦場と言ってもここには俺とアンタの二人だけだ。だったら俺らの意向次第でどんな場所にも早変わりさ」
 そう言って皓が指をぱちんと鳴らすと、二人の後ろに椅子が。目の前にはティーカップを載せたテーブルが。
「な? 言ったとおりだろ?」
 所詮は皓の夢、だからだろうか。皓のイメージ通りの椅子とテーブルが瞬時に現れた。
 これには老人も驚いたようで、目を大きく見開いて隙を見せないように椅子やテーブルを触る。
 確かにこれはここにあるモノらしい。
 ティーカップの中からは湯気と一緒に紅茶の甘い香りが漂ってくる。
「こ、これは……一体どういうことじゃ?」
「俺の意向の現れって所かな。俺はちょっと一服したい。……じゃあアンタはどうだい?」
 眼鏡の奥から皓の視線が老人を貫く。
 老人はしばらく黙っていたが諦めた様にため息をついた。
「ふぅ、良かろう。しばらくは付き合ってやる。だが、その後はどうなっても知らんぞ?」
「ああ、勝負の話は忘れちゃいないさ。大丈夫、しっかりやるよ」
 そう言って皓は薄い笑みを浮かべた。

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 テーブルの上には圧倒的な力の差というモノが横たわっている。
 椅子に座った二人、皓と老人は静かに紅茶を啜っているのだが、老人にはほとんど隙がない。
 先程まで持っていた大剣は傍らの地面に刺さっており、簡単に抜き放ち、皓に攻撃することは出来なさそうだが、老人の武器はそれだけではない。
 両肩と腰のベルトにナイフ。計三本。
 更に腰に帯びていた小振りの剣も鞘に収まりながら椅子に立てかけてある。
 そして鉄製の手甲も外さぬままカップを持っている。アレで殴られると痛そうだ。
 これだけ武器を帯びているとこけおどしの様にも感じられるが、油断は出来ない。
 戦闘において、ただ重たいだけのように見える大剣を振り回すのだ。
 その不利を前提にしても勝つだけの自信があり、そして刃物の扱いも相当なものなのだろう。
 今の皓では逆立ちしたって敵いそうにない。
 ……まぁ、皓の理性が吹っ飛ぶとどうなるかわからないが。
 といっても、今は武力による戦闘は休止中。
 和やかなムードの内に色々とやっておきたいことがある。
「……っ痛! 痛ってぇ」
「お、どうした?」
 突然皓が痛がり始めたのを見て、老人は少し動揺する。
「ああ、心配しなくて良いよ。ちょっとカップが欠けてたみたいだ。唇を切っちまっただけだよ」
 見ると、本当に皓の唇が切れて、血が滲んでいる。
「だ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だって、こんぐらい。ってて……」
 皓は血を舐めとりながら、老人の様子を窺う。
 明らかに動揺している。
 きっと孫がちょっとした怪我でも負ったら救急車くらい呼んでしまうタイプなのだろう。
 皓はそれを見て小さく笑ってから口を開く。
「それより、爺さん。そのデッカイ剣ってどんくらいの重さがあるんだ?」
 不意に尋ねられて老人は少し驚いた。
 だが、その感情は表に出さず、平静を装って飲んでいた紅茶のカップを置く。
「これはヒト一人くらいの重さじゃろうか。正確に測ったことはないが、ヒトを持ち上げた時の重さに似ておる」
「へぇ、じゃあ爺さんはヒト一人を軽々振り回せるほどの腕力を持ってるわけだ?」
「まぁ……そうなるな」
「じゃあさ、俺も軽々持ち上げられるわけ?」
「お前さんのようなヒョロい男ぐらい、訳もありゃせん」
 そう言って老人は高らかに笑った。
 つられて皓も薄く笑う。
「はっはは、ヒョロいと来たか。……じゃあさ、ちょっと持ち上げてみてくんない?」
「……正気か? ワシは敵じゃぞ?」
「だって、今は休憩中だろ? それとも、アンタの剣は全く敵意のない人間を攻撃するほど軽いわけ?」
「まぁ、良かろう」
 掛かった。
 最初にこの老人が皓に戦闘体勢を構えることを要求した時点でこの展開は皓の中では予想済み。
 この老人は騎士道精神を重んじ、更に人柄が良い。
 全く無抵抗の人間を傷つけるような人間ではない。
 皓の『持ち上げてみろ』という提案に難色を示したところにもそれは現れている。
 これを勝機と見る相手ならば、難色は示さず、易々と皓を持ち上げ、そのまま地面に叩きつけるなりなんなりして隙を生み出した後、息の根を止めるだろう。
 まぁ、そうなりそうなら『ジョーダン、ジョーダン』とか言って適当に切り抜けるつもりだったが。
「ああ、アレだぜ? お姫様抱っことかおんぶとかは勘弁してくれよ? 二人しか居ないからって、流石に恥ずかしいからな」
「じゃあどうしろというのじゃ?」
「そうだな……あ! 掌に俺を乗っけてみるとか?」
「お前さんは、本当に無謀じゃな」
「冒険家なんだよ、俺は」
 そう言って皓は上着を脱いで老人の傍に立つ。
 老人は少し『どう持ち上げようか……?』と思案した後、皓の膝辺りを持ち上げる。
「よっと」
「うお!?」
 老人の軽い掛け声と共に、皓の目線がズイっと高くなる。
 更にその後、老人は片手だけで皓を支え、空いた方の片手で皓の靴の底を持つ。
 靴の底でバランスが安定したことを確認すると、老人は膝を支えていたもう片方の手も靴の底にやる。
 こうして、老人は両手で皓を持ち上げた。
「どうじゃ。これくらいは楽勝じゃわい」
「うは、すっげえな、これ! 結構見晴らしも良いぜ」
 高くなった目線で皓は老人を観察する。
 両手が塞がっても、まだ勝負に勝つ自信はあるらしい。
 というか今、不利なのは皓の方だ。
 他人の掌という不安定この上ない地面の上に、必死でバランスを取りながら立っているのだ。
 老人がちょっとその気になれば、皓を投げ捨てて、その後ナイフやら剣やらで止めを刺すことはできる。
 皓にとっては綱渡りな賭けだったが、これも皓の勝ちの様だ。
 老人は何も行動を起こそうとはせず、ただ皓がバランスを取りやすいように腕に力を入れているだけである。
 だが、靴を掴んでいるわけではなく、左手に皓の右足を、右手に皓の左腕を乗せているだけである。
 こうなると皓の思い描いていた『勝ち』は見えてくる。
 その『勝ち』が見えた途端、皓は老人の手の上でバランスを崩す。
「うお!?」
「い、いかん!」
 老人がすぐに皓を支えようとするが間に合わず、皓はそのまま地面に落ちてしまった。

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「いっててて……」
「お、おい、大丈夫なんか?」
 しきりに腕をさする皓を見て、老人は心配そうに覗き込む。
「ああ、何か右腕がやたら痺れるけど、大事に至ることもないんじゃないかな」
「痺れ……? 本当に大丈夫なんか? 骨が折れているのやも知れん」
「大丈夫だっつの。ホント、大した事無いって」
 そう言って皓が右腕を回そうとするが上手く行かず、かなりぎこちない感じで右腕が動いただけだった。
 それを見た老人は冷や汗も垂らしながら心配し始める。
「す、すぐに医者に診せた方が良いんじゃないか? その痺れってのが後々腕が動かない、なんて事になったら……」
「ああ、もう! 大した事無いって言ってるだろ? 唾つけときゃ治るって」
「そ、そうかのう……」
 本気で心配そうな老人はしばらく皓の右腕を眺めた後、何かを決意したように頷いた。
「うむ、お若いの。お前さんのその様子では此度の戦闘は無理そうじゃ」
「は? 大丈夫だって。ちょっと休めば……」
「いやいや、無理をするな。お前さんの腕が動かなくなってはワシが困るでな。ワシはこれで帰らせてもらうぞ」
 そう言って老人は帰り支度を始めた。
「お、おい爺さん。マジで帰るのか?」
「ああ、大マジじゃ。お大事にな、お若いの」
 老人は立てかけてあった剣をベルトに帯び、大剣を抜いて皓に背を向けた。
「本当にスマンかったな。紅茶、旨かったぞ」
 その台詞が消える前に、老人の輪郭はボケ始め、そして姿がぼやけ、後姿は霧散した。

 老人の姿が見えなくなって程なくして、皓はグルングルンと腕を回した。
「ああ、無理な芝居したから右腕が凝っちまったぜ」
 右腕をぶらぶらと運動させて立ち上がった。
「どうにも上手くいったみたいだなぁ」
 薄い笑みを浮かべながら辺りを見回して伸びを一つする。
 実を言うと、老人の手の上でバランスを崩したところから皓の『詰み』は始まっていたのだ。
 人柄の良い老人は自分の掌の上に居る皓を落とすつもりはなかった。
 かなり注意しながら皓を持ち上げていたにも拘らず、その皓が落ちてしまった。
 老人は完全に自分の所為だと思い込み、その後、怪我を負ってしまったとなったら自責の念で勝負どころの話ではないだろう。
 皓にとってはそれが狙いであった。
 ある程度相手の性格を読み、対応を見ながら話術だけで勝負を決する。
 カップで唇を切ったのも演技。少し痛かったがちょこっとだけ唇を噛んで血を出した。
 血を見せた時も老人の反応を観察する。どうやらあの老人は怪我や病気に敏感な性格な様だったのでこの作戦も上手く行ったのだろう。この時点で今回の作戦方針は大体決まった。
 皓を持ち上げさせたのも、『皓に怪我をさせた』と老人に思わせるための布石。
 バランスを崩したのは勿論ワザとだ。受身は完璧だった。
 腕の痺れなんてものも無く、何処までも健康体だ。
 そしてその結果、老人は武力の勝負はせずに帰っていった。
 皓の勝ちである。
 つまり、休憩中も皓にとっては勝負の本番だったのだ。
「いやぁ、爺さんが良いヤツで助かったぜ」
 今はもう居ない敵に対して一つ礼を言う。だがその表情は責任感の欠片も見えない薄い笑みだ。
 皓はそのままぼやける景色を眺め、頭をポリポリ掻きながら、朝の気配を迎えた。

 夢は終わりを告げた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6262 / 姫川・皓 (ひめかわ・こう) / 男性 / 18歳 / 自称国際弁護士】


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■         ライター通信          ■
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 姫川 皓様、シナリオにご参加くださりありがとうございます! 『予想外の出来事には大慌てを以って対応します』ピコかめです。(何
 ホント、手を出さない戦闘なんてのは予想外この上なかったですよ。(ぉ

 とりあえず戦闘行動一つも無しで戦闘終了させて見ましたが、どうだったでしょうか?
 唇切ったり、転んだりしてちょっと体をはりすぎた様な気もしないでもないですが、限界まで平和的な解決してみましたよ。
 やる前は狼狽MAXでしたが、書き終わってみるとこう言うのもアリかと思っちゃいますね。(何
 そんなこんなで、気が向いたらまた今度よろしくお願いしますね。