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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


紙上の漂流者

 以前「バーチャル・ボンボヤージュ」という雑誌を創刊するという話があった。人間の感覚を雑誌の中へ送り込み、海上生活を疑似体験できるというものだった。モニターを募り、彼らの感想も上々であったのだが一向に日の目を見ない。
「あれってどうなりました?」
「ああ、あの雑誌ね。実は雑誌の中で遭難者が出たものだから発刊中止になったのよ」
編集長の碇麗香女史はまったく惜しい企画をという口調だった。
「誰が遭難したんです」
「桂くん」
そういえば最近、編集部内で桂の姿を見ない。
「雑誌へ飛びこんだとき時計を忘れていって、表紙に穴が開いたままなのよ。ひょっとしたらあの子、それこそ宝島に漂着していたりしてね」
「救助にいかなくていいんですか」
「それならあなたが行けば?」
うまくすれば宝も手に入るかもね、と碇女史は眼鏡越しに不敵な笑みを投げてきた。

 小さな島に、船の上陸できそうな浜辺は一つしかなかった。どこからか流れ着いたヤシの実は沖に四隻の海賊船を見た。一隻はシュライン・エマが言語学者として乗り込んでいた船。斎藤智恵子は水夫に挟まれるようにして小舟へ乗り移る。残る二隻の片方からは鈴森鎮が降りてきて、小舟の上であんまりはしゃぐものだから船長に小突かれている。羽角悠宇と初瀬日和は犬を連れて砂浜を歩いていた。
「私は桂くんを探すつもりだけどあなたたちはどうするの?」
「えっと、私もご一緒したいと思います。だけど悠宇くんは宝探しをしたいって・・・」
シュラインの問いに日和が答え、日和の愛犬も同意と吠え、悠宇はやれやれと肩をすくめる。
「せっかく宝島に来たんだから、ここでしかできないことをしたほうがいいだろ」
「俺も賛成。俺が絶対に宝を見つけてやるぜ」
はしゃぐ鎮の隣で智恵子はどうしようかと迷っていた。本当なら桂を探すのに協力したいところだったが、仲間の水夫たちは宝探しのためにこの島へ上陸している。散々世話をかけておいて、ここで自分を優先させて動いていいはずがない。
「あ・・・えっと、私も、あの・・・宝探しをお手伝いします・・・」
智恵子に誘われるように、他の面々も目で自分の船の乗組員たちを追った。宝探しといえば男の夢の一つであり、ほとんどの連中はそちらに傾いていた、そもそも彼らと桂はなんの関わりもなく、捜索に付き合うというほうが物好きなのであった。が、中には物好きというより女性二人を未開の島に放り出すのが忍びなく、同行を申し出るお人よしもあった。
「おい、俺も向こうへ行くぞ」
鎮の船の水夫も一人、別行動を選んだ。なんでだよ、一緒に行こうぜと鎮がごねると水夫はバンダナを巻いた頭の上に大きな手をぽんと乗せて
「大丈夫だ、お前なら殺しても死なないから」
と、無責任な一言を残していった。失礼な話だと鎮はハムスターのように頬を膨らませる。
 宝探し班と桂捜索班とはなんとなく同じ道を歩き難く、片方が右の山を選んだのでもう片方は森を目指した。蟻が砂糖の山へ向かっていくように、水夫たちの列は続いた。

 山の中腹で振り返ってみると、砂浜は随分小さくなっていた。代わりに四方を囲う海が視界に広がってきて、自分のいる場所が孤島であると思い知らされる。
「なあ、本当にこの島で合ってるのかな?」
古びた地図を傾けたりひっくり返したりと先頭の鎮はせわしない。地図はほぼ正方形の形をしていたから、そんなにぐるぐる回しているとどちらが北かわからなくなってしまう。
「案外フェイクだったりしてな、その地図」
こうすりゃ本物が見えるかもしれないぜ、と悠宇は鎮の手から地図を取り上げ太陽の光に透かし見る。が、当然羊皮紙に透かしなど施されてはいない。それどころか取り上げるときに強く引っ張りすぎて地図が少し裂けてしまった。しまった、と思う間もなく鎮が腹を立てて飛びついてくる。
「あ!破いたな、返せ!」
返せ返せ返せとの連呼。終いには長身の悠宇の体をよじ登って、人間の姿でである、太陽へいっぱいに伸ばされた手から地図を奪い返そうとまでするのだった。
「わかった、わかったから止めろ!登るな!」
重いというよりはくすぐったい悠宇は思わず地図を手放した、慌てて受け止めたのは大人しく後ろをついてきていた智恵子。
「え、えっと・・・」
受け取ったものを、智恵子は咄嗟に隣の水夫へ渡してしまう。どうすればいいかわからなかったのも事実だったが、地図を見てこの島と違っていたらと思うと怖くなったのだ。
「これが地図か」
これまで桂の存在を頼りに、それだけの理由で島へ連れてこられた水夫たちは初めてまともに宝の存在を確認しようと地図を覗きこんだ。地図を目の当たりにして、初めて宝島へ到着したのかと知る者もあった。
「この三角で示されているところが宝のありかってことか」
「あっちが入江だから、北がこっちで・・・」
「随分昔の地図みたいだな、地形が変わっているぞ」
天然の勘で進む鎮や運任せの悠宇、彼らについていくばかりの智恵子とは違い水夫たちはさすがに玄人である。専門的な道具を取り出し、地図の描かれた時代を推定しながら地形を探る。
 一人の水夫が言い出した。
「おい、矢印の角度が違ってる。これは山じゃなくて森を指しているんだ」
「え?」
男の背中から、爪先立って鎮も地図を確認した。と、確かにそう見えてくる。地図の中の山と森とは隣り合っていて、矢印はその狭間に穿たれていた。
「こりゃ、一度山を降りて森に入りなおすしかないな」
山は一度登り始めると途中で脇へ逸れることのできない、頂上までの一本道しかなかった。枯れ草のわずかに茂る細道を、ぐるりと回れ右する形となる。
「今からじゃ、この場所に着くのは昼を過ぎちまうな」
島についたのは朝日が昇って間もなくだったが、今はもう大分高い。空を遮るもののない山は、かなり気温が上がっていた。
「宝を見つけるためだ、仕方ない」
陸地の日差しに慣れていない水夫たちは頷きあいながら、山を下り始める。先を歩いていたはずが今度は最後尾を守ることになった三人、顔を見合わせる。
「そうだ」
智恵子が突然。
「せっかく降りるのなら船に寄って、お弁当作っていきましょう」
宝探しはいつの間にか、ピクニック気分であった。

 島の半分を覆う森はどこまでも深く、山とは一変して昇りきったはずの太陽の光さえ届かない。うっそうとして、それでもなぜか草木は伸びる。
「こんなに暗くて、方角がわかるんですか?危なくないですか?」
臆病な智恵子はいつどこから獣が飛び出してくるかと前を行く水夫の服の裾を掴んだまま、きょろきょろと周囲を見回している。
「大丈夫だって、無人島なんだから動物もいないだろ」
鎮の言葉は理屈に合っていない。
「危ない森だったら誰が入るかよ。ていうか、あいつらを行かせるもんか」
先に入ったシュラインと、そして日和のことが悠宇は気にかかった。まさか南国風の森に熊は出ないだろうが毒虫でもいたら、棘のある植物で日和が指を傷つけでもしたら。
「やっぱり行かせるんじゃ・・・」
なかったと続けようとしたそのとき、脇から突然黒い固まりが飛び出してきて、悠宇にとびかかってきた。
「きゃあっ!」
思わず智恵子が悲鳴を上げ、悲鳴につられた鎮は近くの木に飛びつく。固まりの衝突で地面に倒れこんだ悠宇であったが転がりざま腰からナイフを引き出し臨戦態勢をとった。
「わふっ!」
しかし固まりは刃物に怯むことなく、喜んで吠えた。その声は日和の愛犬にそっくりだった。
「・・・バド?」
思わず名前を呼ぶと、愛犬はさらに喜んでじゃれかかる。ナイフを持ったままでは危ないと抜いたそれを鞘に収めようとした悠宇であったが手元が滑って指先を一寸切り裂いてしまった。
「いってえ!」
上げた声を聞きつけ、捜索隊が現れた。日和は目を丸くして、顔いっぱいにどうしてこんなところにいるのと尋ねていた。

 捜索隊は桂の時計をつかって匂いを辿ろうとしていたのだが、嗅覚の鋭い犬は今しがた嗅いだ匂いよりも少し離れた場所を歩いていた、いつも散歩に行ってくれる大好きな人の匂いのほうへつられてしまったらしい。
「宝の場所はもうすぐなんだぜ。なんなら一緒に行くか?」
宝を見つけてから捜索を続行すればいいと鎮は地図の示す方角を指さした。小さなひとさし指に向かって犬が尻尾を振る。宝という言葉に犬の血も騒ぐのだろう。
「それなら、桂くんに呼びかけながら歩いてもらえるかしら?あの子もこの辺にいるはずなのよ」
だがしたたかさではシュラインも負けていない。自分が声を張り上げるよりは海で鍛えた水夫の喉を利用するつもりだった。
 かくして一向が進むたびに森中を桂の名を呼ぶ野太い声がこだました。鳥は驚いて飛び立ち、木々はざわめく。よほどに遁世を決め込んでいないかぎり、この声を無視することはできない。間もなく大木の陰から見覚えのある黒髪の小柄な姿が現れた。
「みなさん、こんなところまでどうしたんですか」
「どうしたじゃないわよ、桂くん」
「行方不明になったと聞いて、心配していたんですよ」
それはすいませんでしたと桂は、犬の頭を撫でながら笑う。桂はいつどんなときでも悪びれるということがないのだが、それでいてなぜか腹が立たないのだった。
「なあ、この森にいる間どこか宝が隠れてそうな場所は見なかったか?」
犬のリードを日和に代わって握っていた悠宇は空いたほうの手を四方にぐるりと回す。少し遅れて同じように首をぐるりと回した桂はやがて、自分が来たほうを振り返った。
「そうですね・・・宝、というとあれかもしれませんね」
「見つけたのか?」
背負った大きなリュックを弾ませるように鎮は跳びはねた。が、重みに負けて着地した瞬間ぺたりとしりもちをついてしまい、再会した自船の水夫に呆れられながら引き起こされる。
「俺たちは宝探しに来たんだ。もしあんたが宝に興味がないのなら、案内してもらえないだろうか」
宝探し連中の中にいた水夫の声は低かった。そのとき、智恵子はぞくりとした。もし桂が宝に興味があると答えれば海賊たちは間違いなく武器で脅し無理矢理宝の場所を白状させただろう。桂の意思を尋ねながら、実は強制的な問いだった。
「別に構いませんよ」
幸い桂が富だの権力に興味のない人間で助かった。一向は桂を案内役に宝を目指す。それは湖のほとりにあった。

「・・・これが、宝?」
桂が見せてくれたものには、みんながみんなそのように呟いた。だが呆れている者もあれば感動している者もある、同じ言葉でも反応は様々だった。
「これで元の世界へ帰れないかやってみたんですけどね。やっぱりいつものじゃないと無理でしたよ」
と言う桂の脇には大木。枯れた幹には大きく鑿が入れられ、美しい花模様が刻まれていた。裏側からは歯車が組み込まれており、ねじを巻くと仕掛けが作動して音楽が奏でられるようになっていた。つまり、根を張った巨大なオルゴールである。おまけに時計の周りには鉱石が埋め込まれており、日時計にもなるのだった。
「この木はともかく石くらいなら、少しはお金になるんじゃないですか?」
水夫たちは無言だった。鉱石に大した価値がないからでもあったが、そんな安いものにあえて手を伸ばして小銭を稼ごうなどと企てて海賊の誇りを汚す気にはなれなかったのだ。
「私が聞いたのはこのオルゴールの音だったのね」
シュラインが大きなねじを巻き、鳴り出した音楽に耳を澄ませる。
「なんかこの曲聞いてると、腹減ってくるなあ」
「そうだな」
一方芸術というものはどちらかといえば苦手の二人、鎮と悠宇は自分たちの背負った弁当のことを思い出した。音楽に心が安らぎ、宝探しの興奮が静まったせいだとは気づいていなかった。
「お昼にしましょうか」
弁当を作った智恵子の案に賛成、と手を挙げて湖のほとりでサンドイッチの包みを広げる。形は少し崩れていたが、おいしそうだった。
「あっちのほうに野いちごが生ってたな。少し摘んでこよう」
太陽の下の昼食はなによりのごちそうだった。湖から汲んだ水は澄んでいておいしかった。水夫の摘んできた野いちごは甘かった。桂が言った。
「食べたら帰りましょうね」
そう、これは本の中の幻。夢の世界。だから自分たちにとってこれこそが宝なのだと皆の胸には思い出が刻まれた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
4567/ 斎藤智恵子/女性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
本作は「バーチャル・ボンボヤージュ」の続きのつもりですが
独立した捜索もののノベルとして受け取っていただければと思います。
今回、話の中で何度か鼬にしたくてたまらないシーンがあったのですが
(木に飛びつくところなど特に)
海賊さんたちが驚くといけないからと必死で人間を通してみました。
鎮さまも必死だったら嬉しいです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。