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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


双頭の守護者


 あの痛みを忘れない
 あの無念を忘れない
 私は甦る

 この場所を守る為に
 約束を果たす為に

 私は兄弟の力を借りて 地獄の門を抜ける

***** ***** *****

 「……遺跡の発掘調査を手伝ってほしい……と?」
「はい、正確には…再発掘、ですが…」
 また何ともややこしい話が舞い込んできたものだ、と、草間は大きな溜息をついた。
 考古学など専門外だ。
 ましてやそれにオカルトが絡むとなれば、自分の知識だけで補える問題ではない。
「ここに頼むしかなかったのです。早くしなければ彼女の命も危ない!」
「ちょっと待て、どういうことだ?」
 依頼人の涼風と名乗る男は、自分の恋人であり、考古学研究の助手を勤める常磐鈴音と共に、古文書を頼りにこの親王の墓の発掘調査をしていたという。
 古文書にその名も残っておらぬ一人の親王の墓。古文書が記された時代といい、これは歴史的な発見になるかもしれないと胸を躍らせ、調査を進めていた矢先に地鳴りがして慌てて脱出しようとした。
「――きちんと、この手に彼女の手を握っていたんです…ところが、地上に出て一息ついて振り返った時には、彼女はいませんでした。それだけではなく、発掘を進めていた遺跡の入口も、跡形もなく…」
「…遺跡の呪いというか、神隠しというか……遺跡そのものが何かの罠だったとか…」
「入口が跡形もなく消えるなんて事はあり得ない。恐らく…遺跡に何らかの呪術が施されていたのでしょう。侵入者に対してそれが発動した…遺跡は今誰の目からも隠されている…古文書に書かれた墓守によって…」
「墓守?」
「古文書にこういう記述があったんです。『門番と血を分けし双頭の守護者 広大なる迷宮の主として君臨し 新たな主を守護せし』…双頭の化け物が、あの遺跡を守っているのだと」
「双頭の守護者…か、それでその遺跡に女が閉じ込められていると…」
 あり大抵の想像を並べ立てたが、それで何が解決するわけでもない。
「お願いします、草間さん。力を貸して下さい!」
 深々と頭を下げ、懇願する涼風。
「……分野が違いすぎる…が、話を聞いちまった以上、仕方ないな…」
 役に立たない可能性だってある。
 だが見つけ出せなくても何かヒントは得られるかもしれない。
 一縷の希望を見出せるかもしれない。
「宜しくお願いします」
「とりあえず一時間ほど時間をくれ。あらかた声をかけてみる」
「では御邪魔でしょうから、前の通りの喫茶店で待っています」
 そう言って涼風はいったん興信所を出た。

 喫茶店に着く寸前、ぐらりと視界が揺れ、涼風は街路樹に手をついた。
「―――…いつまでこの姿を維持していられるかな……」
 額に添えられた手の下で、彼の瞳が怪しく金色に光る。

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■草間興信所

  草間自身、遺跡の調査は専門外なので如何説明してよいものやら考えあぐねていた。
 しかしこんな時こそ人脈とは実に有難いものだと、痛感する草間。
「面白そうな“流れ”に誘われて参りましたら…そのような事態に陥っているのですね」
 美しく長い黒髪をたおやかに靡かせ、興信所の戸口に立つ海原・みその(うなばら・みその)はそうのたまった。
「ふんふん、大変そうな話だけど――割と俺の専門分野だね!」
 後でその古文書とやらを見せてもらわなくちゃ、と、自らの活躍の場にやる気十分の草摩・色(そうま・しき)。
「――力を貸してくれるのは嬉しいが…お前さんの体じゃ今回の事件は難しいんじゃないのか?」
 ソファーに腰掛けるセレスティ・カーニンガムの傍には、愛用の杖が置いてある。
 あまり丈夫な体ではない彼が、謎解きよりも捜索という、体力勝負の依頼によく参加してきたものだと、驚く草間だったが、当然セレスティは捜索には参加する気は無い。
「そうですね、体力的に足手まといになるので外での調査を御手伝いします。あと、遺跡周辺で何かあってはいけませんので、できるだけ立ち入らないように規制を掛けたいと思います」
「なるほど」
 遺跡内部の調査とはいえ、古文書からすると確実に、化け物か何かが遺跡の奥で門番をしている。
 涼風の恋人を取り戻すには、如何考えてもその門番と対峙しなくてはならない。
 その際、遺跡に如何いう影響が出るか解らない。
 できることなら周辺地域の数時間だけでも立ち入り禁止に出来ればと、思っていたが、自分にそんな権力は無い為に、如何に迅速に事を進めるか、と、考え直していた矢先だった。
 この場にいる者では、そういう事は彼以外に出来そうなものはいない。
 適材適所とはまさにこのことか。
「入口…不思議な力とかで隠されてる、のかな?」
 持参した一口チョコを食べながら、気まぐれ人形作製者、比嘉耶・棗(ひがや・なつめ)はポツリと呟く。
「入口が見えないだけなら、風や空気の流れを見て入口を見つける。…完全に『閉じている』なら俺には無理だな。この件に関しちゃ、俺は退魔専門だからな」
 巨大な筒状のバッグを背負ったまま、壁際にも垂れている倉塚・将之(くらつか・まさゆき)は、溜息混じりにそう言った。
 普段でこそ快活な物言いをする、楽天家で若干天然な彼だが、こと仕事や戦闘となると、別人のようにクールな性格に切り替える。今がまさにそうだ。
「とりあえず、依頼人を呼びに行ってくる。細かい話や古文書のこととかは直接、依頼人に聞いてくれ」


■依頼人

  依頼人を連れて戻り、五人に彼を紹介する。
「依頼人の涼風と申します。集まってくださった方々には本当に感謝しています」
 恭しく頭を下げる涼風。しかしそんな彼に色は僅かに違和感を感じていた。
「(…何か違和感あるなぁ…あの人、何…?)」
 こっそり草間に問いかけるも、そうか?と返される。
 何かがおかしい。
 そのことを伝えたいのだが、如何言っていいかわからず、もどかしさを感じる。
「(絶対変だよ、あの人…)」
 とは思いつつも、仕事なのだから仕方が無い。これ以上口に出すのは場を乱す事になる。
 今はそう割り切り、何も言わずただ話を聞く事にした。
「――この古文書を手に入れて、誰の血を引くのかもわからない、名も残っていない親王の墓に興味を持った俺たちは、これを頼りに墓を探しました…考古学的発見になると思ったから」
 如何言おうが結局は墓荒らしなのだが、この際そういう指摘は置いておく。考古学に関してどうこう口を出しても始まらない。
「古文書の一文に、『門番と血を分けし双頭の守護者 広大なる迷宮の主として君臨し 新たな主を守護せし』とあり、鈴音はこの守護者に捕まっているのではないかと…」
 墓を荒らした怒りを買った為なのかもしれない、涼風はそう呟き視線を落す。
「お話を伺う限りでは、守護者様の正体も、門番様の正体もわたくしではまったく解りません。ただ、現在『門番』様と『守護者』様と鈴音様が『迷宮』にいらっしゃるようですね…前におられた『主』がなくなった為でしょうか」
「…前の、『主』というと?」
「たとえば――…お墓に眠っている親王が主なのではなく、その墓に呪いなどの術を施した人物…もしくはその核となるものとか」
「可能性としては後者かもしれません。墓を暴いたが為に核となるものがなくなって、その代わりに鈴音が…」
 平静を装っている涼風だが、やはり不安で仕方が無いのだろう。拳がカタカタ震えている。
 しかし、色はそれにすら違和感を抱いていた。
 まるで演技しているかのように、色の目には映っているのだ。
 一度気にしだしたらそれはもう止まらない。
「――その古文書とやら、見せてくれる?」
 コンタクトをはずし、その銀の目がいっそう澄んだ輝きをみせる。
「あ、はい…」
 色の瞳に涼風も一瞬、驚いたような顔を見せる。
 古文書をバラリと広げると芯の部分が床にコンッとぶつかる。
 もう少し丁寧に、と言うべきだろうが、今の色にはそんな言葉は聞こえない。
「―――いくたま まかるがえしのたま たるたま ちがえしのたま とくさのかんだから……これらは――」
 古文書の解読できる部分と、古文書に残る過去の情景を読み取っていた矢先の事だった。
「!?うわっ!」
 慌てて古文書から手を放し、ソファーにしがみつく様にそれから飛びのく色に、一同は驚き慌てた。
「どうした!?」
 草間の問いに、色は今見たものを伝えようとするが、心臓がまだバクンバクンと激しく動き、落ち着くことが出来ず荒い呼吸をしている。
「…何が見えた?」
「…目が…」
「目?」
「解読できる所は解読して…古文書の過去を探ろうとしたら、急に、金色の目が飛び出してきて……」
 意識が過去から追い出された。
 あれは、警告だ。
 これ以上踏み込むなと言う警告。
 けれど古文書に書かれている門番や守護者ではない、と思う。
 もっと別の何かだ、そう色は告げた。
「…門番と守護者以外にも何かいるってわけか…?」
 更にややこしい事になってきたな、と眉を寄せる草間。
「…とくさのかんだから…十種神宝…それほど日本神話に詳しくはありませんが…旧事本紀にのみある記述でしたかね」
 イントネーションの違いから、理解するまでに少し間が空いたが、おそらく十種神宝についての記述でその中でも死者蘇生や生者活性関連の神宝ばかりを示しているのだろうと、セレスティは言う。
「神宝ですのに、何故分けられているのでしょう?とくさ…と言うからには十種類在ると言うことなのでしょう?」
 みそのの言葉に、色はただ首を横に振るだけ。
 そこしか読み取れなかった。それ以上読み取る事は出来ないと苦々しい顔をする。
「――そのご神宝とやらが何故全部揃っていないのかはこの際どうでもいいだろう。墓の中にそれがあるというなら、墓の主の為に誰かが持ち込んだか、それとも…それを盗んだ罪で殺されて、名前を取り上げられたか…じゃないのか?」
 横から将之が口を出す。
 この手の小難しい話に関しては門外漢なのだが、名を残さない親王ということは、謀反を起こしたか出自を明かしては拙いか。
 後ろ暗い話を持つ、皇族の血を引く者と見て間違いない。
「…とにかく、お墓のほうに行ってみよう。早くしないと涼風さんの大切な人が危ないかも」
 棗の言葉に同意した一同は、涼風の案内にで墓へ向かった。
 皆を案内している間、度々涼風は目を伏せ瞳の輝きを隠した。
「(……もう少し…もう少し、だから…)」


■隠された扉

 「…確かに小高い丘にはなってるか…」
 古墳という印象はない。
 むしろ只の公園の原っぱように見える。
「…入口が消えたと、おっしゃっていましたが、遺跡は方位等計算されて作られている場合が多いので、消えたとしても大体の位置は予想はつくのでは?」
 セレスティの言葉に、涼風は丘の一部に触れ、ここが入口だったんです、と一同に告げた。
 触れる感触は極自然のもの。
 掘り返された形跡も、扉があるようにも思えない。
 その事実すら嘘のように、そこには青々とした草が茂っている。
「…空間が閉じているのですか…」
「これじゃあ、空気や風の流れで読めるわけも無い、か…」
 溜息混じりに呟く将之。
「ですが、それでも“力”の流れは感じますわ。強い“力”…二つの強い、共鳴しあう“力”が」
「俺も見えるよ、そこから禍々しい気配が流れてくる…確かに、入口はそこにあるよ」
 色の銀目が遺跡を見通し、隠された入口を見出す。
 しかし、その入口を開く術がない。
 見えるが、入れない。
 そんな状況に、将之は担いでいたバッグを下ろし、入口と思しき場所に立ち尽くす。
「――行けるかどうかわかんねぇけど、ちょっと試させてくれな。危ないから皆下がっといてくれ」
 将之がそういった途端、今まで凪いでいたその場にさぁさぁと風がそよぎ始める。
 それは次第にざぁざぁと強さを増し、将之の周りを強い風が渦巻きだした。
 腕を振り上げ、上段に構え、それを一気に振り下ろす。
「―――よしッ」
 風の刃が地面をえぐり、その瞬間、ぐにゃりと空間が歪んだかと思うと工具が散乱した、涼風たちが発掘を進めていた入口が現れた。
 かび臭く湿度の高い冷たい空気が中から流れ出てくる。
 深い―――
「…躊躇ってる時間はない、行くぞ。後は頼んだぜ、総帥」
 苦笑交じりにセレスティを振り返り、そう告げると、セレスティはにこやかに、お任せ下さいと言った。
「古文書には迷宮って記されてるから、神話みたいに私のもってる糸で通った道わかるようにしておこう!」
 最後尾についた棗は、そろりそろりとかの大迷宮を攻略した最も古典的な方法で導を残しながら進んでいった。
「…皆さん、お気をつけて…」


 「――罠とかは、この辺りにはないね」
 色の銀の目が迷宮を見通し、罠の有無を確かめる。しかしそう頻繁には使えない。
 そこでみそのの出番だ。
「涼風様の鈴音様への想いの繋がりの“流れ”を辿っていきます。このまま――まっすぐ、次の道を左へ――」
 涼風と鈴音の思いの強さがみそのの感覚をより確かなものにする。
 愛しい恋人を思い、深く相手を想う。
「…もうすぐ、もうすぐだ鈴音…ッ」
 ランタンの灯りが薄っすらと涼風の顔を照らす。
 その瞳はランタンの光を受け、時折金色に光っていることに、色以外の誰も気づいていない。
 オレンジ色の光のせいだろう、そう言われるのが落ちだ。
 しかし、ランタンの光の色のせいじゃない。
 明らかに金色の目をしている。銀色の目をしている自分がそんな事を気にするのも如何かと思うが、あれは違う。
 能力持ちだからではない。
 あれは、獣の目だ。
「――…思い過ごしであればどんなにいいか…」
 色の不安は募るばかりであった。



 ぴちょん

 ぴちょん


「―――…くっ……」
 身をよじるも上に圧し掛かるモノはびくともしない。
 徐々に抵抗するのも疲れてきた。
「…番人を相手にするには力不足だったようね…」
 グルグルと獣の発する威嚇音。
 石室の中全体にそれは響き、より強く押さえつけられる。
「――彼は大丈夫かねぇ……まだそう長く実体化していられないのに…ッ」
 すぐ傍に、すぐ目の前にあるのに手が出せないもどかしさ。
 あれさえ手に入れば、謀反を起こした親王が持ち出した十種神宝のうち四つの玉さえ手に入れば、完全な体が手に入る。
 その為に古文書を入手し、墓を暴いたのに。
 まさかこんな化け物が石室を守っているとは。
「――涼風……ッ」
 日ノ本の神ならば何とかしようものを、こんな奴がいるなんて時の流れが狂っているとしか思えない。
「双頭の守護者……地獄の門番の兄弟……まさかこんなちっぽけな墓に封じられていたとはね…」
 草間に手助けを求めると言って、かろうじて抜け出たのはいいが、彼の存在はあやふやだ。
 勘のいい奴には気づかれかねない。
 ましてや草間は一度騙されている。
 涼風の演技が通じるかどうかわからないが、すぐにつれて来れて『コイツ』を何とかできそうな連中は、悔しいが奴ら以外に思い当たらない。
「……まぁ、草間がここに来れば一発でばれちまうがねぇ…」
 鈴音は苦笑混じりにそう呟き、自らを縛る存在を地べたに這いつくばったまま睨めあげた。


■セレスティの懸念

 「――では、私の役目を果たしましょうか」
 屋敷に連絡を取り、遺跡周辺の封鎖をする為の手続きをするよう指示を出し、封鎖する為の道具も用意させた。
 勿論、通常この手の遺跡調査…名目上ではあるが、それ相応の手続きが生じる上に、すぐに取れるようなものでもない。
 考古学的地層、地質学的地層と、地面を掘り起こす調査にはそれぞれの学会をまず通す必要がある。
 それだけではなく自治体やその遺跡の土地を管理する市の許可など、大掛かりに地面を掘り返して調査をする場合、実に手間のかかる工程があるのだが、今回はそんな時間などない。
 あまり好ましい方法ではないが、合法的ではない方法をとらせてもらうことにした。
「あまりこの手のやり方はスマートではないのですがね…」
 事情が事情だけにやむをえない、と苦笑するセレスティは、部下と資材の到着まで暫し入口前で待つ。
 その間にも、古文書の内容を思い出し、守護者とはどんなものか、門番との違いはなんなのか考えていた。
「――死者蘇生となると…日本神話的にはイザナミ神ですが…」
 あまり日本神話に肝要ではないゆえ、遺跡の入口を探すまでは知識で補えるものだったが…
 新たな主は女性に回ってくるようなものなのか気になる。
 親王の遺跡だという事ですが、守護者が守るのは親王ではなく、新たなる主という犠牲者で監視の意味もありそうで。
「――待つ身というのはなんとも歯がゆいものですね」
 共についていけたなら、一人で推理するだけというもどかしい状況にもならないのだが、こんな時ばかりはこの不自由な体が恨めしいと、俄かに感じてしまう。
「皆さん、無事で戻られますよう…」


■双頭の守護者

 「こっちですわ」
 丘の大きさからしてもこれほど広大な迷路があるとは考えにくいが、かれこれ一時間以上歩き詰めの六人。
 みそのの案内が間違っているのかと思えるほどに、その迷路は深かった。
「糸、なくなりそう…」
 棗が入口からずっと引いてきている糸が、もう残り僅かとなっていた。
「別に地下へを広がっている感じはしないが…あの丘の大きさから見てもこの迷宮の広さはおかしい…」
 空間をゆがめているのか。
 それほどの門番と守護者なのか。
「!この先ですわ」
 道が急に広がる。
 今まで通るのがやっとだった高さだった空間が、道なりに角を曲がった瞬間、急に大きく彫り広げられた場所へ出た。
「ここが石室か?」
「いえ、石室はこの奥のようですわ…」
「外見からなる、中身の広さに違和感持ったが…これだけ視界が開ければ何とか戦えるな」
 担いでいたバッグから大剣を取り出し、片手でブンッと振り回す将之。
「…結局迷宮自体が最大のトラップで…それ以上何の仕掛けもなかったわけだ…力使いすぎたな…」
 目をこすり、俄かに眠そうな顔をしている色は、思った以上の迷宮の深さに予想外だと一人ごちる。
「…あれが石室の入口か」
「そうです…あれが…」
 草間の言葉に、返事をする涼風は、周囲に何もいない事を確認して石室の扉に近づく。
「鈴音…鈴音!?戻ってきたよ」
『涼風…?戻ってきてくれたのね…』
 閉じられた扉の隙間から洩れる声。
 生きていると確認した時点で一同は僅かにホッとした。
 しかし。
 涼風が扉を開けようと手をかけた瞬間、石室内からとてつもない唸り声が響いてきたのだ。
「なんだ!?」
 獣の唸り声。
 守護者とは獣なのか!?
 両面スクナのような化け物を想像していた中で、守護者が獣であるとわかり、説得するという選択肢がなくなったように思えた草間。
「――主に命じられたままに石室を守護する双頭の獣か……こりゃあこっちの話なんざ聞く耳もたねぇよな」
 戦闘態勢に入る将之。
「寂しくて恋人さんを新しい主にしちゃってたり…する訳じゃないんだね…?でも涼風さんの大切な人だから、返してほしいの。そんなに怒らないで」
 扉に駆け寄り、中にいるであろう守護者に声をかける棗。
 石室から響く二重の声に、二面性の喩えで双頭といっているのではないと気づく。
 しかしできることなら戦いたくない。
 守護者は石室を守っているだけなのだから。
 こちらが侵入者なのだから。
「恋人さんを放してあげて」
「危ないから下がってろ!」
 扉に縋る棗を後方にやり、剣を構える将之。
 ずるずると引き摺りながら、石戸が勝手に開いていく。
「鈴音!」
「涼風!!」
 地べたに押さえつけられたままの鈴音に、駆け寄ろうとしたが、彼女を押さえつけている巨大な足に涼風は咄嗟に身を引いた。
「これが…」
「双頭の“守護者”様ですのね…」
 グルグルと威嚇音を発しながら、鈴音を踏みつけて押さえ込んでいるそれは、牙をむき出しにしてこちらを睨みつける。
 黒い巨大な、双頭の獣。
「――…双頭の守護者…まるでオルトロスだな…」
「それでは門番は何処に?」
 鈴音が“招かれ”た為に、守護者に拘束されているのではないかと推理していたみその。
 “招かれ”た血の“流れ”と、『主』様の“流れ”の残滓を“合流”させれば、“守護者“も“門番”も鈴音も解放されるのではないかと思っていたのだが、現状から察するに守護者は侵入者に対して牽制しているのだろう。
 鈴音を捉えているのは十種神宝に手をかけようとした為か。
「ここが作られた時代に、コイツが迷い込んできたのか…術を施す上で地獄の閂を緩めたらこいつが出てきたのか…理由はわからないが何にせよコイツを何とかしない事には帰れそうもないな」
 地面の下である以上、ここで広範囲に及ぶ業は使えない。
 風の刃と大剣を使って倒すしか道はなさそうだ。
「俺が弱点を探すから!」
「頼む!」
 それとほぼ同時に守護者は武器を掲げる将之に向かって身を乗りだしてくる。
「――チッ、やっぱりその場からは動かないか…ッ」
 こちらに気を逸らせれば、足蹴にしている女から足をどかすのではないかと思ったが、そう甘くも無いらしい。
 色が銀の目で守護者の弱点を探す。
 倒すわけには行かない。一時的に行動不能に出来ればそれでいい。
「―――額!二つの頭の額だ!」
「了解!」
 二つの頭が将之目掛けて牙をむく。
 まずは女を足蹴にしている側の頭を何とかしなければ。
 風の刃が二つの頭の目をそれぞれかすめる。
 一瞬目をつぶり怯んだ隙に、目標の頭目掛けて剣を振り下ろした。
 ギャインッ、と、犬にも似た悲鳴が石室に響く。
「殺しゃしないさ!ただちょっくら眠っててくれ、よッ!」
 片方の頭が気絶し、うなだれると体がバランスを崩して傾いた。
 すかさずもう片方の頭にも打撃を加える。
 砂埃が舞い上がり、視界が半分霞む。
「倉塚!?」
「大丈夫、殺しちゃいないよ。ちょいと気絶してもらっただけだ」
「鈴音!」
 守護者の足の下にいる鈴音に駆け寄る涼風。
 それを見て一同ホッとしたのも束の間、立ち上がった二人は石室の奥へ進んでいく。
「オイ、何してる。コイツが目を覚まさないうちに早く戻らないと…」
「――目的のものを手に入れなければ、ここに来た意味がないですよ」
 涼風が草間にむかって微笑む。
「助けてくれてありがとう…これで二度目だねぇ、探偵殿?」
「お前は…!」
「何だアイツ…」
「やっぱり裏があったんだな!」
 キッと涼風を見据える色。そんな彼に微笑し、囁く涼風。
「君が俺に疑問をもった時は流石にちょっと驚きましたよ…鈴音から分離している身なので存在が不安定でね。本性もでやすかった」
 こんな風に、と茶色だった瞳が金色に輝き、猫の目のように瞳孔が縦に細くなる。
「こないだの化け猫ッ…そいうことはその男はあの心臓の!?」
「お察しの通り…この人はあの時の心臓の持ち主さ。心臓と共に取り込んだ残留思念を一時的に具現化させているんだ」
 少し前に、温泉宿を経営する化け猫から女の幽霊を退治してほしいと頼まれ、疑いつつも依頼を受けたが、結果的にいいように利用され、その温泉地に封印されていたつがいの猫しょうの心臓をまんまと盗られてしまったという経緯があったのだ。
 そして、今回もまんまと利用されてしまったのである。
「…ということは…十種神宝の、死者蘇生に関わる神宝を用いてその方の肉体を復活させようと…試みたのですね?」
 すぅっと細められたみそのの目が二人に差し向けられる。
 その場に守護者とは別の威圧感が満ちる。
「――愛しい人を取り戻そうとして何が悪い?確かに、ドジ踏んでこの化け物にとッ捕まったがね……」
 石室の奥に安置されていた四つの玉を手に取り、鈴音がそれを涼風に向ける。
「これで甦る…体も、力も、魂さえも」
「鈴……ッ!?ぐ…ッ」
 それぞれの玉が反魂の力を発揮したかと思うと、急に涼風の顔色が変わった。
 それもよくないほうへ。
「何故だ!どうして…!?」
 化け猫共の異変をよそに、石室の異変にみそのが気づいた。
「何か“力”の流れが――」
「!?何だあれは」
 石室の奥の壁に黒い靄が広がっていく。
「…なんて禍々しい空気だ…ッ」
 血生臭い邪悪な空気の流れに、将之は思わず口を押さえる。
「あれは――まさか…」
「…門番さん…?」
 靄の奥で六つの光が見える。
 次の瞬間、涼風の体が靄の中に引き込まれた。
「!?涼風―――ッ!…あ…ああっ!!!」
 靄は鈴音の体にも絡みつき、徐々にその体はポッカリ開いた靄の奥の穴へ引き込まれていく。
「…十種神宝を使ったからか…」
 条件が揃わなさ過ぎたのだろう。
 または、四つ全てを同時に使おうとしたためか。
 涼風の為に開いた筈の扉は地獄へ繋がった。
 むしろ、守護者の為の報復なのかもしれない。
 兄弟ゆえの。
「いやああああああああああああああああああああああッ」
 鈴音の体が完全に靄に飲み込まれ、もがく腕が一本、ぶつりと切れてその場に落ちた。
 棗や色は目を逸らし、口元を押さえる。
「――…」
 草間は黙ったまま、遺跡に入る前にセレスティから渡された聖水を石室内にまいた。
「…まさかこんなことでこれを使うとはな…」
 切り落とされた腕は聖水を掛けられたことでブスブスと音をたてて炭化していく。
「――依頼は――これで終わったということですね…あまり納得のいく形ではありませんが…」
 みそのの言葉に、草間は苦笑し、涼風が落した古文書を拾い上げ、丁寧に巻き戻し、石室の主の上にそれを置いた。
「…同じ事が起こらないように、な」
 後は守護者が目覚めた時、また同じようにこの石室を守ることだろう。
 今度は誰にも邪魔されることなく。
 誰にも見つかることなく。
「――大好きな人を、取り戻したかったのはわかるけど…騙すのはよくないよ」
 寂しげにポツリと、棗は呟いた。


■終幕

 「――なるほど…それは…」
 遺跡から出てきたときの全員の表情から、最悪の事態を迎えたのかと内心焦りもしたが、話を聞けば此れ全て因果応報と言う事で得心行くセレスティであった。
「…でもさー…草間さん騙されたのに二度目なんだよね?それも同じ相手に」
 眠そうな顔をしながらも、ソファーに座る草間の後ろから肩に手をかけ、にやにや笑っている。
「騙されやすいのかな?」
 一口チョコを食べつつ、首をかしげる棗。
 何気ない一言でも当人にはぐさりと突き刺さる。
「探偵が詐欺にあいやすいのも考え物だなぁ」
 だらりと足を広げて疲れた様子で向かいのソファーに座る将之は、苦笑交じりに草間を見やる。
 零が入れたお茶を飲みながら、それまで黙っていたみそのが一言呟いた。
「――それもまた“流れ”なのでしょうね」


―了―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1388 / 海原・みその / 女性 / 13歳 / 深淵の巫女】
【1555 / 倉塚・将之 / 男性 / 17歳 / 高校生兼怪奇専門の何でも屋】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2675 / 草摩・色 / 男性 / 15歳 / 中学生】
【6001 / 比嘉耶・棗 / 女性 / 18歳 / 気まぐれ人形作製者】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
【双頭の守護者】に参加下さいまして有難う御座います。
すみません、ちょっと内容が小難しかったようです。
皆さんの予想は外れてしまいましたが、それぞれの推理は展開の中に織り交ぜられました。
みそのさん、将之さん、棗さん初めまして。
のっけからこのようなノリですみません(汗
棗さんに関しては、持参しているチョコは商品名であるので一口チョコ、とさせていただきました。
それぞれの特色が出せたかどうか、些か不安な所もありますが、お気に召しましたなら幸いです。

ともあれ、このノベルに際し何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せ下さいませ。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。