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<東京怪談ノベル(シングル)>


山に来た、里に来た、野にも来た!


 桜前線は順調に北上し、鈴森家の居間から見える近所の桜並木でも蕾がほころんだ。
 日差しはうららか、空は青く、薄雲がたなびいている。風は暖かく、本日の陽気は最高。お弁当を持って、外に出かけるのには正にピッタリ。
 朝からしていた留守番にそろそろ飽きてきた三男坊、鈴森・鎮(すずもり・しず)は、窓の外を見ながら腕組みでウムムと熟考する。
 お昼は外だ。それは決まりだ。しかし。
「おにぎりにするべきか、サンドイッチにするべきか……それが問題だ」
 眉間に皺まで寄せたシリアス顔だが、悩んでいるのは要するにお弁当をご飯にするかパンにするか、であった。
「くーちゃんはどっちがいい?」
 肩の上にちょこりと乗っている小さな霊獣――ふわふわした掌サイズのぬいぐるみのような姿をした、イヅナのくーちゃんに訊ねてみるも、返事は「きゅう!」という愛らしい鳴き声のみ。食べられればどちらでも、とでも言っているようだ。
「おかかに梅干……でもタマゴも捨てがたい……ツナマヨはどっちでもアリとして……うう、迷うぞ」
 ひとしきり悩んだ鎮だが、ややあって吹っ切れた顔でキッチンに向かった。
「よし決めた! ゴハンが余ってたらおにぎり、食パンの残りが多かったらサンドイッチだ!!」
 キュ!と、同意を示すように肩の上でくーちゃんが鳴く。
 鎮が保温になっている炊飯器の中身を確認しようとした、その時だった。
「うん?」
 玄関のチャイムが鳴った。来客の予定は無かった筈。訝りつつ、鎮はしゃもじをスタンドに戻して、ぱたぱたと玄関に駆けて行った。
「こんにちはー、カモシカ便でーす」
 ドアスコープを覗くと、外に立っているのは宅配便のお兄ちゃんだった。その足元には、一抱えほどもある大きな箱。
 兄のどちらかが、通販でもしたのだろうか。
 そういえば先日、クッションカバーを春物に新調したいとか言っていたような気がする。
 そんなことがあったものだから、鎮は伝票をよく確かめもせずにハンコを捺して、その荷物を受け取ってしまった。
「お世話様でーす」
 と行儀良く宅配のお兄ちゃんを見送ってから、鎮は箱を玄関から居間に運び入れた。
「ふーっ。……なんか、意外と重いな、これ……」
 リビングテーブルの脇に箱を下ろすと、鎮は首を傾げた。
 持ち上げると、ずしり、という感じ。布製品にしては、いささか重すぎはしないだろうか。本当にクッションカバーなのか?
 そこに至り、鎮はやっと箱についた配達伝票を確認した。
「えー、何々? ○○町△番地、鈴森家ご一同様……」
 宛名はもちろん、受け取り先であるこの家の電話番号まできちんと合っている。
 問題は、差出人と中身の品名が空欄であることだった。段ボールの表面には店名などの印字はなく、のっぺらぼう。
 こうなると、急に段ボール箱が得体の知れないものに見えてくるから不思議である。
「あ……怪しい……っ」
 鎮は思わず二三歩引いた。
 中身は一体何なのか。さりとて、いきなり開けるのも何やら恐ろしい。
「キュウ〜」
 くーちゃんは興味を引かれたのか、箱に近付いて小さな鼻をクンクン動かしている。
「あっ、くーちゃん危ないぞっ」
 鎮は慌てて止めようとしたが、くーちゃんは平気な顔をしているので、とりあえず刺激臭とかおかしな匂いはしていないようだ。
「よし、こうなったら徹底的にチェックだ!」
 くるり、と身を翻すと、鎮は小学四年生ほどの男の子の姿から、茶色い毛並みの小さな鼬へと姿を変えた。五感をフル活用するなら、鎌鼬の姿のほうが都合が良い。
「うーん、確かにヘンな匂いはしないなあ」
 くーちゃんの隣で一緒にクンクン鼻を動かして、鎮は唸った。
 段ボール箱から微かに漂ってくるのは、柑橘系の甘い香りと、喉飴みたいに涼しげなハーブ系の香り、それからお菓子みたいなシナモンの匂い……とにかく、様々な種類の芳香だった。調合されて調和の取れた香りではなさそうで、それぞれの香りがそれぞれ勝手に自己主張している感じがする。
「危ない感じの匂いじゃないんだけど、なんか色んな匂いがごっちゃになって、結果あんまり良い匂いじゃなくなってる感じ?」
「キュ!」
 眉を寄せた鎮に同意するように、くーちゃんが小さく鳴き声を上げる。
「箱は、フツーの段ボール……だよな?」
 今度は、箱の表面を爪で引っかいてみる。傷をつけて見てみても、別段何の変哲もない段ボールの箱のようだ。
「まっさかー、時限爆弾とかってことはないよな?」
 ふと、先日テレビで見た刑事ドラマの内容など思い出して、鎮は箱に耳をつけた。ドラマの中では、警察署に届いた謎の箱にこんな風にして耳を当てた新人刑事がチクタクという時計の音を聞くのだが、幸いというか(やはりというか)流石にそれはなかった。
 箱の中は無音だ。かさりとも言わない。
「それか、何者かが潜(ひそ)んでるとか!?」
 次に鎮が思い出したのは今子供たちの間で流行中の忍者アニメである。その中に出てくる敵が、主人公の守る城に忍び込む際に、運び込まれる食料などの荷物の中に紛れ込んで……というシーンが確かあった。鈴森家に一体どこの誰がどういった目的で忍んでくるのか?とかそもそも人が入れるようなサイズの箱か?とか細かいことは気にしてはいけない。
「てぇい、正体を現せー! スーパーイタチキーック!!」
 掛け声も勇ましく、鎮は跳んだ。
 尻尾が美しく背後に弧を描き、見事な姿勢で伸びた片脚が、箱の狙ったとおりの場所にヒットする。
 スーパーイタチキック……要するに、飛び蹴りである。
 箱は、蹴られて僅かに震えたが、それ以上の反応はない。
「うぬぬ、これならどうだ!? ハイパーイタチキィーッック!!!」
「キューキュキュキュー!!!」
 今度はくーちゃんも鎮に習って跳んだ。
 二匹の小動物たちの織り成す、美しいシンクロ。
 見事な勢いで繰り出されたハイパーイタチキック――要するにやっぱり跳び蹴り――はヒットのタイミングを同じくすることで二倍以上の威力を発揮した。
 箱は僅かに跳ねて後退した。もしも中に何者かが入っていれば、悲鳴くらいは上げるに違いなかった。
 しかし、無反応。
「よー……っし。と、とりあえず、怪しいもんじゃ、ないみたい、だなっ」
 鎮は息を切らしながら、一仕事終えたような爽やかな汗を額から拭った。
 それから、先ほどよりいくらかボロリとしたたたずまいになった段ボールの上に、ひょいと飛び乗る。
 相変わらず中身はわからないが、一通り調べた(?)ことにより、最初に感じた得体の知れない怖さは薄れてきたようだ。
 呼吸が落ち着いたところで、鎮は拳を握った。
「開けてみなくちゃわかんないってことだな」
 宛名は「鈴森家ご一同様」となっているので、鎮が開けても兄たちに叱られることはないはずだ。
「キュウ〜」
 箱の口を閉じているのはガムテープだ。興味津々でまとわりついてくるくーちゃんが粘着面にくっついてしまわないように注意するあまり、自分が絡まってしまいながらも、鎮はそれを引っ剥がした。
 そして、おそるおそる開いた箱の中には――。
「なんだあ、これ?」
 小さな壷の形をした容器が、みっちりと詰まっていた。見覚えがある。鎮たち鎌鼬が、作った薬を入れておく壷の形にそっくりだ。ただし大きさは、カフェで飲み物についてくるガムシロップのポーションほどのもので、材質はプラスチックらしく安っぽい。色は赤だのピンクだの黄色だの、とりどりだ。
 箱の隅に、何やらチラシらしき紙の束、それからパンフレットらしき冊子が一冊、入っている。
 鎮は冊子の上に飛び降りると、その表紙に視線を走らせた。太陽と山と茅葺屋根のイラストの上に、クレヨンで書いたような柔らかい文字が躍っている。その文字に曰く。
「『りめんばー妖怪きゃんぺーんの手引き』ぃいー!?」
 明るいんだか怪しいんだかよくわからないキャンペーン名の下には、「イタチ谷村役場」の署名があった。
 即ち、この荷物は鎮たちの故郷の村の役場から届いた、ということになる。
 えっちらおっちら、鎮は冊子を開いた。くーちゃんはその隣で、小さな壷の中から漏れる香りに鼻を鳴らしている。
「えー、なになに……『前略イタチ谷村出身者の皆様。頬を撫でる風にも春の香りがする季節ですね。イタチ谷村にも一年で最も美しい時期が巡ってこようとしています。さて、今回お届けさせていただきましたものは、りめんばー妖怪きゃんぺーんの一環として製作しました、村特産の塗り薬の試供品です』」
 鎮は足元に広がる壷の山に視線を落とした。確かに、芳香の中に嗅ぎ慣れた膏薬の匂いが混じっているのがわかる。
「『現代のニーズに応じるべく、村で栽培されている蜜柑やハーブのエッセンシャルオイルを配合した新作です』……いや、時代の流れに気を配るのは大切だけどさ……」
 だったら配達伝票書きにも気を配って、差出人名とか品名とかをきちんと書いてくれれば……。
 呟きながら、鎮は更に冊子のページを捲った。
「『りめんばー妖怪きゃんぺーんとは、古き良き山里とそこに住む我々妖怪との暮らしを、現代人たちに見直していただくきっかけになるべく考案された運動です。わが村の美しさと生産性を訴えることによる、観光客と移住者の増加を見込んでの一大キャンペーンです』ふーん。いわゆる、あいたーん、ってやつ? そういや、人口が減る一方だって話だもんな」
 現に、鎮たち兄弟も村を出て都会に出てきているわけだから、村役場の言い分には少々申し訳ない気分になったりもした。昨今、脱サラして田舎暮らしをするのが流行しているらしい。その波に乗れれば、イタチ谷村の人口増加も望めるだろう。
 しかし、それで何故、この箱がうちに届いたのか?
 鎮は首を傾げたが、その疑問は次の一文で解けた。 
「『つきましては、わが村出身者の皆様には、箱の中に入っております試供品の配布をお願いします』ぅ!?」
「キュッ!?」
 鎮の素っ頓狂な声に驚いたのか、くーちゃんがぴくりと背中の毛を逆立てた。
「えー!? これ全部!? しかも一コずつチラシとセットにしてー!?」
 山のような試供品の数を足元に見下ろして、鎮は目を丸くする。きつい。正直きつい。
 せかせか歩く都会の人々に、何か物を受け取ってもらうのは、簡単そうに見えてとても難しいのだ。きっと、村役場の連中はそれをわかっていないから、気軽に送りつけてきたのだ!
 一気に、鎮の肩から力が抜けた。
「…………」
 脱力することしばし。ぐぅう、とお腹が鳴った。
 そうだ、そういえばお昼がまだだった。鎮は肩を上げ、パンフレットは元の場所に放り出した。
 箱の中から飛び降りると、人間の姿になる。
 そして、箱の蓋を閉じ、ガムテープを元通り(かなり粘着力は失われていたが無理矢理)に貼りなおした。
「これでよし、と。ご家族様宛てだし。俺宛に名指しで届いたってわけじゃないしー」
 兄たちが帰ってきたら、どうにかしてくれるだろう。そう考えることにして、鎮は再びキッチンへと向かった。
「おにぎり作って外行こうぜ、くーちゃん!」
「キュキュ!」
 炊飯器をあけ、立ち昇った湯気の甘い匂いに、鎮は届いた荷物のことなどすぐに忘れてしまった。
 一人と一匹の作った、ちょっと不恰好なおにぎりは青空の下では最高のご馳走になり、春の思い出の一ページを飾ることとなる。

 その夜、試供品配りの仕事は兄弟たちの間で押し付け合いになり、かなりの修羅場を見ることとなるのだが……この時の幸せな彼らは、そのような事態は想像だにしなかったのであった……。



                                                 END









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 いつもお世話になっております、担当させていただきました階アトリです。
 本当に、春が来ましたね。日本の多くの地域ではもう桜は散ってしまって、八重桜の花期になってしまいましたが、桜の季節の設定でお届けすることにしました。
 脱サラ、定年後は田舎生活……というライフスタイルは今流行しているようなので、イタチ谷村役場の目論見はヒットするのではないかと思います。鎮くんには、ちょっぴり迷惑なことになっているようですが(笑)。
 今回も楽しく書かせていただきました。ありがとうございました!