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三下君バイト物語 〈 晴彦編 〉
◇■◇
「と、言うわけで・・・頼めるか？」
全ての事情を話し終えた大善寺 晴彦の顔を見詰めながら、碇 麗香が数度頷いた。
「頼む・・・って言っても、拒否権はこちらにはないのよね？」
「や、拒否しても大丈夫だけど、親父がなんて言うかは・・・」
「拒否権無しに変わりないじゃない。」
麗香はそう言うと、デスクと数度強く叩き、まるで犬でも呼ぶかのように三下 忠雄の名を呼んだ。
「さんしたくん！早く早く早く！！！」
「は・・・はひ・・・」
脱兎の如く走ってきた三下の顔をチラリと見やると、麗香は盛大な溜息をつき、目の前に座る晴彦に先ほどの話をもう１度してくれるように目で合図を送った。
「まぁ、前回の事を帳消しにするために、親父がな・・・ＣＭを１本作って欲しいって頼んで来たんだ。」
「あ・・・あの・・・こちらは・・・」
オドオドと晴彦を見詰める三下。前回の事と言われても、三下には身に覚えが・・・
「こちらは大善寺グループの御子息。大善寺 晴彦君よ。」
名の知れた超一流グループの名前に、思わず三下が怯み「な・・・ななななな・・・なにかしましたでしょうか？」と言いながら冷や汗を拭いまくる。
「前回、誘拐騒ぎを起してくれただろ？」
その言葉に、三下はピシリと止まった。
事の発端は、世界的超有名デザイナーの刈谷崎 明美のショーを三下がぶち壊した事から始まる。
観客の目の前でコケルと言う、最低最悪のミスをしでかした。そしてそれから程なくして、今度は公共の電波でとんでもない失態を犯した。
それに怒った上が、つい先日三下にとある“仕事”を押し付けて来たのだ。
取引先との会合に先立ち、その子供達をこちらで預かると言う“接待”を言い渡されたのだが・・・。
その子供達を無人島に引っ張って行き、誘拐騒ぎを起したのだ。
警察が出動し、親御さん達は失神寸前・・・なんとか子供達が説得して三下のクビは免れたのだが・・・。
「あ・・・あの時は風邪で・・・」
「それでも、元々接待を頼まれてたのに、パスったさんしたくんが悪いんでしょ〜！？」
そう言われてしまっては、言い返す事が出来ない。
「口紅のＣＭなんだけど・・・セットとか、衣装とかはこっちで用意する。三下さんに頼みたいのは、役者と企画なんだ。」
「衣装ってもしかして・・・」
「刈谷崎 明美の春の新作。勿論、企画が出来てからの作業になるけど・・・」
「ま・・・待ってください！企画って・・・役者って・・・！！」
「これが出来なかったら、クビよ！クビっ！！」
麗香の怒鳴り声に、ビクリと肩を震わせると、泣く泣く三下が部屋を後にした。
どうやら外に出て、協力してくれそうな人をつかまえてくるらしいが・・・あれだけグチャグチャな顔をした男に呼び止められても、ちょっと足を止めたいとは思えない・・・。
「あぁ、大丈夫かしら・・・」
「一応、協力してくれるって言う人を数人見つけてきたんだけど・・・まぁ、企画次第・・・かな？」
「それにしても、大善寺グループは化粧品にまで手を伸ばしてきたの？」
「ウチだけじゃないさ。」
晴彦はそう言うと、肩を竦めて小さく溜息をついた。
◆□◆
春と言うにはまだ肌寒いある日。
陽は高く昇り、光は暖かく地上を照らし出しているにも拘らず、吹く風はまるで切り裂くようだった。
風が通り過ぎるたび、道行く人々は寒さに顔を顰める。
そんな光景を見詰めながら、陽夏 快斗は大通りを歩いていた。
トラックが通るたびに道が重たい音を響かせて微かに振動し、道の脇にひっそりと建っていた骨董店のショーウィンドーを震えさせた。
はたと足を止める。
ガラス越しに見える、木の可愛らしい宝石箱に思わず目を留め―――
「ズミ゛マ゛ゼェェェェ〜〜〜ンっ！！」
そんな声が背後から聞こえ、快斗は振り返った。
聞きなれない言葉に首を傾げ、背後に立つ男性の顔は日本人特有のもので・・・そこまで来てやっと“すみません”と、彼は発したのだろうと予想がついた。
総濁点の“すみません”なんて初めて聞いた・・・。
「どうしました？」
苦笑しつつ、人の良さそうな笑顔を浮かべる快斗。
その腕をガシっと掴む男性の顔は、涙やら鼻水やらで大変な事になっている。
・・・そう言えば、さっきティッシュを貰ったなと思い出し、いそいそとポケットを探り
「はい、良かったらティッシュ・・・」
「あ・・・ありがどうございまずぅぅぅ〜〜〜。」
先ほどよりは濁点の少ない言葉でそう言うと、男性が快斗の手からティッシュを受け取り、涙を拭いて鼻をかみ、再びガシっ！と快斗の腕を掴んだ。
「た・・・助けてくださいっ！」
「助けてください・・・ですか？」
「こ・・・このままだと、首が落ちるんですぅぅぅぅぅっ！！！」
誤解を受けそうな言い方をしながら、彼は自分の事を三下 忠雄だと名乗った。
そして、いまいち状況を理解できていない快斗の腕を引きながら、アトラス編集部へと戻って行ったのだった・・・。
「と、言うわけなのよ。」
麗香がそう言って、何の説明もしないでこんなところまで引っ張って来て、また誘拐？拉致？と言っているかのような冷たい瞳を三下へと向け、盛大な溜息をついて髪を掻きあげる。
なんだか見ているこちらが不憫になってきてしまうほどの威圧感・・・。
聞かなくても、麗香の地位の高さが窺える。
「まぁ、あんたにやって貰いたいのは、ＣＭの企画と出演なんだけど・・・」
晴彦がそう言って、首を傾げる。
別にイヤなら止めても良いんだぜ？と言っているかのような瞳に軽く頭を振り、困ってるみたいだからとだけ言って頷く。
「あんた、すげーお人よしじゃねぇ？」
肩を竦めて言う晴彦に、麗香が困ったように瞳を伏せ、ごめんなさいねと快斗に謝る。
「お人よしってわけじゃないんだけど、ほら・・・困った時はお互い様ってわけでさ。それに、ＣＭ出演なんて面白そうだし。」
「そうね・・・。どうせなら、晴彦君も一緒に出演したらどうかしら？大善寺グループの良い宣伝にもなるわよ？」
「や、俺は・・・」
「あなたがやらないんだったら、さんしたクンを出演させるわよ？それでもいーの？」
にっこり・・・。
脅しと言っても過言ではないその笑顔に、晴彦が渋々頷く。
何せ三下だ。
あの、何度も失敗している三下だ。彼に大事なＣＭを任せるわけには行かない。
「・・・んじゃ、衣装とかは俺が刈谷崎さんに伝えとくから、あんたは企画を頼むな。快斗。」
「分かった。」
コクリと頭を上下させると、快斗は早速ＣＭの企画内容を考え始めた。
◇■◇
「つーか、これだけカジュアルな刈谷崎 明美の衣装も珍しいな。」
半袖のＴシャツを身に纏った晴彦がそう言って、まだ少し肌寒い風に、思わず肩を抱く。
「刈谷崎さんの服って、普通どんな感じなの？」
晴彦と同じく半袖のＴシャツを着て、ダメージジーンズをはいた快斗が、靡くオレンジ色の髪を押さえる。
折角ワックスで整えたのに、風でぐしゃぐしゃになってしまったら勿体無い。
「なんつーの？ゴシック？」
そう言って、ジーンズの裾についた髑髏マークを指差す。
晴彦は髑髏、快斗は十字架があしらわれたジーンズは、ところどころにダメージが入っており、全体的にシルバーのラメが散らされていた。
足を動かすたびに、キラキラとラメが輝く・・・。
「普段はもっと、ごてごてした・・・。そんな服ばっかだな。」
「これも十分ごてごてしてるように思うけど。」
Ｔシャツの脇腹部分には、悪魔の羽根のマーク。
一見するとカジュアルな装いだが、よくよく見れば結構ゴシックがきいている。
控え目に入れられたものではあるが、存在感は結構ある。
「今度刈谷崎さんの新作着てみるか？」
晴彦がからかうように言って、快斗の腕を取る。
中指にはめられたシルバーリングのヘッドにも、髑髏・・・。
「いや・・・。止めとくよ。」
苦笑しながら軽く断ると、快斗は目の前に広がる海を見詰めた。
キラキラと波間に反射する光の粒が、目に痛いほどに輝いており―――
◆□◆
『泡のように、弾け飛んで・・・』
煌く太陽の下、輝く砂浜。
その上で、少年２人がじゃれている。
力いっぱい遊ぶ、その姿はどことなく遊び盛りの子犬を思い出させる・・・。
砂浜の上を裸足で走り、海水に濡れればＴシャツはしっとりと色を変え、ジーンズも重たい色へと変化する。
「つっかれた・・・」
そう言って少年の１人が砂浜に突っ伏し、大の字になって空を仰ぐ。
「もう歳なんじゃん？」
「お前がソレ言うか？」
苦笑混じりにそう言って、肩で呼吸をした後にそっと目を瞑る。
それを見詰めた後で、オレンジ色の髪をした少年が砂浜を走り出す。
砂浜に建つ、１軒の平屋。
開け放たれた扉から入ると、炭酸飲料を手に取る。
氷とかかれた薄汚れた布が、入ってきた風に揺れる。
そろそろ訪れる時期を見越してか、まだ表には出さないものの、押入れから出してきたばかりの布が細い棒に引っかかって壁に立てかけられている。
「もうすぐで夏・・・か。」
「なぁに柄にもなくンな事言ってんだよ。」
背後から聞こえた声に振り返る。
「あれ？来てたの？」
「喉乾いた・・・」
「はい、これ。」
差し出すビンには水滴が沢山ついている。
ビンの中では割れる、細かい泡。
それを受け取り―――
『弾けるオレンジが、貴方の唇を夏色にに彩る』
砕けたガラスの破片がつなぎ合わさる。
そこには口紅で書いたらしいオレンジ色の文字。
『 Ｓｕｍｍｅｒ Ｂｕｂｂｌｅ 』
『過ぎ行く季節に乗り遅れないように』
『夏の泡を貴方の唇にも』
『新登場』
◇■◇
Ｓｕｍｍｅｒ Ｂｕｂｂｌｅの売れ行きは好調だった。
各社が伝える予想では、これから夏にかけて、まだまだ売り上げは伸び続けると報じられた。
新ドラマの主役の唇を彩るその色は、爽やかな中にも甘い輝きがあり、ドラマの雰囲気に合っていると好評だ。
ＣＭ内で流れる曲も、ミリオンを達成しており、ＣＭの雰囲気を壊さない明るく伸びやかなメロディーは、幅広い年齢層に愛された。
これから夏にかけて、様々な場所で聞く機会が増えるだろう。
「ま、大成功だな。」
晴彦はそう言うと、快斗に向かってふわりと柔らかな笑顔を浮かべた。
「秋くらいまで流すっつってたけど・・・」
「別に俺は構わないよ？」
快斗の言葉に、それなら良かったとだけ呟くと、晴彦が１枚の紙を差し出した。
中央に光る、金色の文字で書かれた『招待券』の文字。
「今度、大善寺グループ主催でパーティーやるらしいんだ。」
「凄いね・・・」
「んで、良かったらお前も来ないか？堅苦しいスーツとか着させられるけど・・・」
「着させられる？」
「あぁ。俺の親父がな、刈谷崎さんに頼んで作ってもらったらしいんだ。その・・・オーダーメイドの、スーツ・・・」
そこまで言って小さく、俺とお揃いのヤツなんだけどなと呟き、肩をすくめる。
「双子かっつーの。」
「ま、良いんじゃない？」
クスクスと小さく笑うと、快斗は晴彦の手から招待券を受け取った。
「堅苦しいし、メンデーかもだけど・・・。料理の味だけは保証するぜ？」
「楽しみだな。」
招待券をそっと財布の中に入れる。
窓の外を見れば、今日も晴天で・・・
近づく夏に、染まる町。
明るい色の薄いワンピースが並ぶショーウィンドウを眼下に見下ろしながら、ストローを回す。
目の前に置かれたグラスの中、小さな氷同士がぶつかり、カチリ・・・透明な音を響かせた。
≪ END ≫
◇★◇★◇★ 登場人物 ★◇★◇★◇
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
6197/陽夏 快斗/男性/17歳/高校生
◆☆◆☆◆☆ ライター通信 ☆◆☆◆☆◆
この度は『三下君バイト物語 〈 晴彦編 〉』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
そして、初めましてのご参加まことに有難う御座いました。（ペコリ）
口調が一番心配ですが、大丈夫でしたでしょうか・・・？
今回はオレンジと言う事で、思いっきり夏の雰囲気を描いてみました。
太陽と夏・・・と来れば、海かなぁと思いまして、ＣＭに海を取り入れてみました。
明るく爽やかな雰囲気を描けていればと思います。
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
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