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<東京怪談・PCゲームノベル>


『呉家の夕食〜お母さんの好きなもの〜』

 何から聞けばいいだろう。
 その場所は自分の家のキッチンよりずっと広い。
 材料も器具も倍以上ある。
 ちょっとしたパーティの準備もできそうだ。
「お母さんの好きな食べ物は何ですか?」
 呉家の台所で、広瀬・ファイリアは少女に訊ねた。
 先ほど、道を歩いていたファイリアは、突如水菜という少女に声をかけられたのだ。
「食べ物の作り方を教えてください」と。
 家政婦が突如お休みをとってしまい、お母さんである呉・水香の他、家には自分しかいない。
 お母さんは研究室にこもりきりである。
 水菜は“お母さん”に作られたゴーレムであり、料理の知識はまだなく、困っているという。
「お母さんは、プリンが好きだといっていました」
「んー、プリンは美味しいですけれど、デザートです。他には?」
「カレーをよく美味しいと言っています」
「カレーですね」
 ファイリアは材料を確認してみる。
 人参、玉葱、ジャガイモ。
 野菜は全部揃っている。
 肉は……。
 豚肉と牛肉があるが、両方カレー用ではない。
 迷った末、豚肉を使うことにした。
「では、ポークカレーにしましょ〜」
「はい、よろしくお願いいたします」
 ぺこりと水菜が頭を下げる。
 ファイリアはなんだか可愛い妹ができたみたいで、嬉しかった。
 水菜は常識を知らない。
 野菜を切ってと指示すれば、手で切ろうとするし、火をつけてと指示を出せば、コンロに鍋を置かずに火だけつけたり。
 その様は少し、自分に似ているとファイリアは思うのだった。
 トラブルメーカーといわれる自分も、周囲の人から見れば、こんな風に見えるのかな、と。
「水菜ちゃんも、きちんと覚えれば料理できるはずですー」
 ファイリアは一つ一つ丁寧に教えることにした。
 料理は作り手により、味が変わる。特にカレーは料理人の個性が現れる料理だ。
 戸棚の中には、カレー粉とルーの両方があったが、今回は簡単に仕上げるため、ルーを使うことにした。
 玉葱は剥いたことがあるらしく、手際よく水菜は剥いた。
「野菜は普段食べてる大きさに切ってくださいねー」
 包丁を持たせて、切り方を教える。
 水菜は教えたことを着実にこなす。
 ファイリアは鍋を用意し、油を入れた。
「カレーの時は、鍋に油を入れてから、火をつけるんです」
 火をつけて、水菜が切って洗った野菜を入れて炒める。
 途中で水菜と交代し、ファイリアは後ろから指示を出すことにする。
 いつもは、自分がこうして色々と習っているのにと、ファイリアは新鮮な気持ちだった。
 肉を入れて、水を入れ、灰汁の取り方も教えた。
「とっておきの隠し味を教えます」
「とっておきですか?」
「はい、美味しくするための秘密ですー」
 ファイリアはチョコレートを取り出して、ルーと共に鍋に入れ煮込む。
「コーヒーなんかでも、味が引き立つんですよ〜。あ、でも何でも入れればいいってことじゃなくてっ。馴れるまでは、隠し味はナシで作った方がいいかもです。今日だけ特別です」
「はい。今日だけ特別ですね」
 水菜はこくりと頷き、ファイリアに習って、カレーをかき混ぜる。
 じきに、美味しいカレーのにおいが調理場中に充満し、自然と水菜の顔に笑みが浮かんだ。
「凄いです。お母さんの好きなもの、できました」
「うんっ。でも、カレーはじっくり煮込んだ方が美味しいんです〜」
「煮込むって何ですか?」
 単純なことを聞かれても、苛立ちはしない。水菜の不思議そうな仕草が、可愛かった。
 ファイリアはお姉さんになった気分で、水菜に説明をしていく。
 カレーを煮込みながら、二人で、炊飯と皿の準備を始める。
 なんだか本当に、姉妹のようだった。
 ご飯が出来上がるまでの間、ファイリアは今日のカレーのレシピを書いてあげることにする。
 水菜が一人でもちゃんと読めるように、平仮名で、絵も入れて。慣れていないので、あまり綺麗ではなかったけれど、それでも、一生懸命書いた。自分を慕う可愛い妹の為に。
 手書きのレシピを渡すと、水菜は嬉しそうに微笑んで、大切そうにエプロンのポケットにしまった。
「ありがとうございます。ファイリアさん」
「ファイでいいよー」
「はい。ファイさん」
 カレーだけでは寂しいので、ほうれん草のおひたしを添える。
 福神漬けを用意して、今晩の夕食が完成した。
「そうだ、もう少し時間がありますよね!」
 ファイリアは冷蔵庫を開けてみる。

 夕食を研究室に運ぼうとしたのだが、匂いに釣られて、水香の方からキッチンを訪れた。
 水香は自分と外見年齢がそう変わらない少女だった。水菜がお母さんといっていたので、40代くらいの女性をイメージしていたファイリアにはちょっと意外だった。
 事情を知った水香に礼を言われ、ファイリアも一緒に、食卓につくことになる。
 水菜が用意をしようとするが、良く分からないらしい。すぐに、ファイリアは水菜の側に寄り、カレーの盛り方を教える。
「なんか、苑香よりずっと水菜の教育係にあってそうよ、あなた」
 スプーンを持ちながら水香が言った。
「ファイはまだ、人に教えられるほどの知識はないです。皆から教わってばかりです」
 そんな自分でも、教えてあげられることもある。そんなことを知った一日であった。
 三人で食卓について、食事を始める。
「美味しい!」
 最初に言葉を漏らしたのは、水香であった。
 その言葉を聞いた途端、水菜は驚いたように、ファイリアを見て……笑った。その顔は嬉しいという気持ちを強く表していた。
「次は、水菜ちゃんが一人で作ってくれます。毎日でも食べれますよっ」
「ホント〜?」
 疑わし気に水菜を見る水香。
「頑張ります」
 そういった水菜は、ポケットに手を入れていた。ファイリアの渡したレシピに触れているのだろう。
 冷蔵庫には、とっておきのデザートが用意してあった。
 手作りプリンである。
 最初に水菜がお母さんの好きなものとしてあげたプリンを、急いで作ったのだ。
 まだちょっと温かいから、今晩は食べれないけれど、明日水香は喜んで食べてくれるだろう。
 プリンを水香に渡す水菜と、美味しそうに食べる水香を想像して、ファイリアは一人微笑んだ。

 少女が三人。
 見かけは普通の女の子。
 だけれど、それぞれ違う特技を持ち、違う生態の少女。
 その日は三人で、笑い合いながら。
 美味しく楽しい時間を過ごしたのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【6029/広瀬・ファイリア/女性/17歳/家事手伝い(トラブルメーカー)】

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■         ライター通信          ■
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 呉家の夕食にご参加ありがとうございました!
 ファイリアさんのお陰で、水菜はカレーライスを覚えることができたようです。
 あまり、常識を知らないところは、水菜とファイリアさんは似ていますね。
 水菜もファイリアさんのように、家事がこなせるようになるのでしょうか。
 またお目に留まった際には是非よろしくお願いいたします。