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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


過去からのSOS

【プロローグ】
 ある日のことだ。
 草間は、難しい顔でソファに座り込んでいた。
 目の前のテーブルの上には、四角い封筒と広げた便箋が一枚、写真が一枚、そして桜の花が一輪置かれている。便箋と写真と花は、その封筒の中に入れられて、数日前、郵便で届いたものだ。
 写真には、高校生らしいブレザー姿の男女が四人、写っていた。真ん中にいるのは、今より幾分幼い印象があるが、草間自身だった。右隣には、はにかんだように笑う長い髪の少女が立ち、左隣には、草間よりいくらか長身の精悍な顔つきの少年が立っている。残る一人は、その少年の隣に立って、笑いに顔をゆがませながらVサインを突き出していた。卒業式の後なのか、四人とも片手に黒い筒状のものを持っている。
 一方、便箋にはたった一言「助けて」の文字。細いそれは、女のものとも見える。封筒の宛名の文字とも、同じだった。ただし、便箋にも封筒にも、差出人の名前も住所も書かれていない。
(やっぱり、これは榊からのSOSだと考えるべきなのか?)
 草間は、腕を組んでそれらを見やりながら、胸に呟く。
 これが送られて来た時、写真に写っている自分以外の誰かが差出人だろうと、彼は思った。だからまず、男二人――田沼悟志と栗本真に連絡を取ってみた。
 だが、二人はそんな手紙など出した覚えがないという。その一方で彼らは、草間に新たな情報を与えてくれた。写真の少女、榊真由美が、高校卒業後、行方不明だというのだ。
 高卒後、短大への進学が決まっていた彼女は、入学までの休みの間に、高校で仲の良かった女友達らと旅行に行く計画を立てていたそうだ。ところが、その出発の当日、彼女は待ち合わせの場所に現れなかった。家族は、たしかに荷物を手に出て行く彼女を見送ったというのに、だ。そうして、警察や周囲の人々の必死の捜索も空しく、彼女の消息は現在まで途絶えたままなのだそうだ。
 草間は、便箋を取り上げると、それを睨むように見据える。
(もし榊が、どこかから助けを求めているなら、それに応えてやるべきだよな)
 胸に呟き、うなずくと、草間は調査を開始すべく、立ち上がった。

【1】
 翌日。
 草摩色は、応接用のテーブルの上に広げられた封筒と便箋、それに写真と桜の花を見下ろしていた。
「これが、問題の手紙なわけね」
 呟いて封筒を取り上げたのは、本業は翻訳家だが、普段は草間興信所の事務員をしているシュライン・エマだった。彼女は、しばし眉をしかめて、封筒をさまざまな角度から眺めていたが、とうとう諦めたようだ。
「だめだわね。消印からなら、投函された日付や場所が、わかるかと思ったんだけど」
「そんなに薄いんですか?」
 尋ねて、封筒を覗き込んだのは、同じようにテーブルの上のものを見下ろしていた、阿佐人悠輔だった。彼は、高校生だったが、日常を壊すような事件には進んで協力しているという。
 事務所には彼らの他に、小料理屋の主・一色千鳥もいた。
 悠輔は、シュラインから渡された封筒を受け取り、目を眇めてしばし眺めている。色の位置から見ても、消印はかなり薄く、かすれて読み取れないのではないかと思われた。
 ややあって、悠輔は肩をすくめる。
「たしかに、薄くて読み取れませんね」
「これらについては、後で私と色くんで見てみることにします。私たちの能力なら、何かわかるかもしれませんから」
 それへ言ったのは、千鳥だ。二十代半ばとおぼしい彼は、全ての事象を見通す力を持っている。一方、色もまた、自らの血を飲み、普段はカラーコンタクトで隠している銀色の目をさらけ出すことで、過去を見る能力を発揮することができるのだった。
「そうね。……それが一番、この手紙の差出人について知る近道かもしれないわね」
 シュラインが腕を組んで考え込むようにしながら、うなずく。そして、さっきからずっと黙ってソファに腰を降ろしたままの、草間をふり返った。
「ところで、武彦さん。私思ったんだけど……この手紙の差出人が、榊真由美さんって人だったとしたら、その人、武彦さんのこと、好きだったんじゃないかしら。他の二人には何も届いてなくて、武彦さんだけに届いたってことは、その人にとって武彦さんは何か特別な相手だったんじゃないかって気がするのだけど」
 彼女の言葉に、千鳥も横から口を挟む。
「私も一つ気になることが……。この写真に写っている友人二人が、榊さんの失踪を知っていたのに、どうして草間さんはそれを知らなかったんでしょう?」
「その時、俺は日本にいなかったからな」
 草間は、小さく肩をすくめると言って、色たち四人に座るよう促した。そこへタイミングよく零が人数分のコーヒーを運んで来る。
 草間は、彼女がそれを配り終わるのを待って、改めて口を開いた。
「俺と田沼、栗本、榊の四人は、高校時代、ずっと一緒につるんでたんだ」
 彼によれば、もともと彼と田沼は中学からの友人で、榊真由美と栗本がいとこ同士という関係だったのだそうだ。それが、高校に入って田沼と栗本が仲良くなり、そこから草間も栗本や真由美との友人関係が生まれたのだという。
 真由美は、シュラインが言ったとおり、草間が好きだったらしい。映画に誘われたり、誕生日のプレゼントを渡されたりしたことがあるという。
「へぇ。わりと積極的だったんだな、その子。けど、草間さんはつきあおうとか、思わなかったんだ?」
 色は、少し興味が湧いて来て、尋ねた。
「そうだなあ……。ちょっと大人しすぎて、俺のタイプじゃなかったからな」
 当時を思い返すように言う草間に、色は思わずシュラインを見やった。彼女が「大人しい」と言われるようなタイプではないことは、なんとなくわかる。
(たしかに、写真の女の子とシュラインさんじゃ、全然タイプが違うように見えるよな)
 胸に呟き、彼は納得してうなずいた。見れば、悠輔と千鳥も同じようにシュラインを見やった後、うなずいている。それに気づいてか、彼女は軽く眉根を寄せていた。色は、慌てて視線をそらす。こんなことで彼女の怒りを買うつもりはない。
 だが、彼女の様子に気づいていないらしい草間は、話を続けた。
「それに、田沼から一年の時に、彼女が好きだって聞かされてたからな。俺としては、どっちかというと、親友の恋がうまく行けばいいって気持ちだったのもあって、逆に誘われても避けてた部分があったな」
「え? じゃあ、映画とか誘われても断ったり、プレゼントも受け取らなかったりしたんだ」
 色は目を丸くして、思わず言う。彼から見れば、せっかくの誘いやプレゼントを断るなど、もったいない話だ。
「ああ。あんまり、期待を持たせるようなことは、してなかった。けど、バレイタインのチョコや、クリスマスのプレゼントは受け取ってたぜ。こっちは、田沼や栗本にも渡してたから……友人としてくれるんならいいや、と思ってな」
 うなずいて言う草間に、千鳥が笑う。
「草間さんて、妙なところで律儀なんですね」
「そうかな」
「そうですよ。……じゃあ、結局彼女とは、卒業まで友達づきあいしかしてなかったわけですね?」
 首をかしげる草間に言って、千鳥は念を押すように尋ねた。
「そういうことだ。……そして、俺は卒業式のすぐ後に、アメリカに渡った。叔父がそっちにいて、住む所を提供してくれるって言うから、大学はあっちのを受験してたからな。だから俺は、榊の失踪についても知らなかったんだ。日本へ戻って来てからも、結局今まで、あいつらとは連絡も取らなかったしな」
 草間はうなずき、そう言って話を締めくくった。
「なるほどね。……ところで、この手紙の筆跡は、本当に榊さんのものなの?」
 相槌を打った後、テーブルの上の手紙を示して尋ねたのは、シュラインだ。
「似てるような気はするが……はっきりそうとは、俺にも言いきれん」
「文集とかがあれば、榊さんの筆跡と照らし合わせることができるかもしれないわね。持ってないの?」
 首をひねる草間に、シュラインが再度尋ねた。
「十一年も前のものだぞ。置いてあるわけないだろ」
 即座に返って来た答えに、彼女は溜息をつく。
「あの……その桜はなんなんでしょう?」
 ふいに尋ねたのは、さっきからずっと黙っていた悠輔だった。
 一瞬、色たちは驚いて目をしばたたく。が、ややあってシュラインが口を開いた。
「私もあれ、気になっていたのよ。武彦さん、何か四人でか、それとも榊さんと二人でか共有した思い出に関わる桜とか、ないの?」
「桜については、ずっと俺も考えていたんだが、何も思い当たるものがないんだ」
 問われて草間は、困ったように返す。
 それを聞いて、シュラインが再び溜息をついた。
「つまり、今のところはほとんど手掛かりはなしってことね」
「ああ」
 うなずいて草間は、ようやく目の前のカップを取り上げた。
 それを見やって、シュラインが色と千鳥をふり返る。
「こうなったら、あんたたちの能力に望みを託すしかないわね」
「責任重大ですが、やってみますよ」
 うなずいて言ったのは、千鳥だった。
 色は彼と共に、それぞれ封筒と便箋、写真、そして桜の花を調べることになった。
 カラーコンタクトをはずすと色は、自分で自分の小指を少し噛み切って、流れ出た血を飲むと、封筒と便箋を手に取った。彼の意識はたちまち、それらを媒介として手紙が書かれた時間へと飛ばされる。その意識が捕えたのは、なんとも無惨な状況だった。
 薄暗い、コンクリートの打ちっぱなしの床や天井のある部屋で、その人は薄汚れた毛布にくるまって、震えていた。実際には、室温はさほど低くはないのだが、空腹と栄養失調から来る体温の低下で、寒くてしかたがないのだ。かろうじて水はまだある。だがそれも、どれだけ持つかはわからなかった。
(なんだ? これ。監禁……されてるのか?)
 色は、自分の意識が捕えているものに、驚く。
 草間から今回の話を聞かされた時、彼は手紙の差出人が、異界にいるとか監禁の可能性はないだろうと考えていた。
 差出人が榊真由美ならば、十一年も経って今更、草間に助けを求めるのも不思議な気がしたのだ。たぶん彼女は、草間が探偵をしていて、しかもそこそこ有名になっているのを知っているのだ。つまり、案外俗世にいて、過去の失踪も自分の意志でしたことではないか――彼はそう推測していた。
 だが、今彼の意識が捕えているものは、別のことを教えている。
 やがて彼は、意識を現在へと引き戻すと、今度は自分の手にしているものと、千鳥が見ていた写真と花を交換した。
 写真からは、草間たちの卒業式と、それ以前の彼ら四人の交流の様子が見えた。桜に残った過去が一番薄く、誰かにもらったとしかわからない。意識を集中してみたが、それをくれた相手の顔は、どうしても見えなかった。
 やがて四つとも見終わると、色と千鳥は、どちらからともなく、深い溜息を漏らした。
「この手紙の差出人って、えらくヘビーな状況に追い込まれてるぜ」
 ぐったりとしながら、色は自分の見たものを草間たちに告げる。
「私も、同じものを見ました」
 千鳥も隣でうなずいた。
「それと、この桜は誰かにもらったもののようですね。……封筒と便箋、花、写真、どれにも同じ人の記憶だとおぼしいものが、染み付いています。差出人は、榊真由美さんと考えて、ほぼ間違いないと思います」
「ああ。俺もそう思う」
 千鳥の言葉に、色も大きくうなずいた。写真の記憶の視点は、完全に真由美のものだったし、監禁されていた女の持ち物の中に、「榊真由美」名義のカードがあったのだ。
 それを聞いて、草間たちは顔を見合わせる。
「その状況が本当なら、この『助けて』ってのは、文字どおり救いを求めているっていうことじゃないのか?」
 呟くように言ったのは、悠輔だった。
「そういうことね」
 うなずいて、シュラインが再び色と千鳥を見やる。
「その、榊さんが閉じ込められている場所がどこかは、特定できないの?」
「それ、やってみたんだけど、なんかちょっと変なんだよな。……なんていうか、元からここにあった、みたいな?」
 色は、顔をしかめて首をかしげた。
「ええ、そうなんです。郵便物とか宅配の荷物って、記憶を探るとだいたいは断片的に運ばれた経路もわかるものなんですけど……これからは、まったくそれが感じられないんです。まるで、誰もここにこれを配達した人が、いなかったかのように」
 千鳥もうなずいて言う。
「つまり……この手紙からは、それを配達したり配送したりしたはずの、郵便局関係の人の気配が、まったく感じられないってこと?」
 シュラインが、眉をひそめて確認するように、問い返す。
「ええ、そういうことです」
 千鳥がうなずくのへ、色も黙って同意した。
 奇妙な話だが、もしかしたら手紙は、なんらかの超常的な現象によって、この事務所に運ばれたのかもしれない。
 封筒には、切手も貼られ、消印も押されている。それは、通常の方法でこれが配達された、たしかな証拠でもあった。
 それでも彼は、自分と千鳥の得た情報が間違っているとは、思えなかった。
「とにかくこれだけじゃ、何をするにも手掛かりが少なすぎるってことだな」
 全員を代表するように、草間が言った。
「そうね。榊さんが、色くんと千鳥さんの見たとおり、どこかに閉じ込められて飢餓状態で苦しんでいるのなら、早く見つけて、助け出してあげなきゃだし……まずは、手掛かりを集めることね」
 うなずいたのは、シュラインだ。そして彼らは、ともかく手分けして、榊真由美の家族や女友達、草間の友人でもある田沼と栗本にも話を聞いてみようということになったのだった。

【2】
 色は、悠輔と二人で、榊真由美の自宅を訪ね、家族に話を聞いた後、家や部屋を見せてもらうことになった。家族に話を聞くのはむろんだが、彼にとっては、部屋を見せてもらうのが、真由美の足取りを追うのに一番役立つだろうと考えたためだ。
 事前に電話すると、幾分警戒しつつも、彼女の家族は色たちの要望を受け入れてくれた。
 家族といっても、真由美は一人娘だったので、残っているのは両親だけだった。が、結局彼らは、十一年経っても娘の行方を求めることを、あきらめてはいなかったのかもしれない。
 真由美の自宅は、都心を離れた閑静な住宅街の中にあった。そこそこ古い建物のようだったが、手入れが行き届き、住み心地は良さそうだった。
 色と悠輔はまず、ゆったりとした居間に通され、そこで榊夫妻から真由美の失踪当時のことを聞いた。
 真由美と共に旅行に行くはずだったのは、森本優子、坂崎まどか、酒井恵美、松本京子の四人だったという。四人とも、同じ高校の同級生で、ずっと仲良くしていた女たちだったらしい。
 行き先は、長野県の有名なスキー場で、近くに温泉もあり、真由美は楽しみにしていたという。当日は、列車の時間の三十分前に改札口の前に集まる約束だったそうだ。ところが、真由美は現れなかった。
 ちなみに、彼女が自宅を出たのは、集合時間の一時間も前だったらしい。自宅から駅までは、タクシーを使えば二十分程度の距離だった。ただ、彼女は普段から渋滞などに遭遇することを考え、常に所要時間に二十分から三十分はプラスして動く習慣があったのだそうだ。つまり、この日の行動も普段のそれから考えると、どこもおかしなことはなく、それで家族もまったく奇妙に思うことなく、彼女を送り出したのだという。
 だが、彼女の足取りはその後、ぷっつりと途絶えた。
 共に行くはずだった友人たちからの電話で初めて、両親は娘が駅に姿を見せていないことを知る。が、最初はそれほど心配していなかったようだ。自宅から駅までは、タクシーの他にバスも走っているが、どちらを利用するにせよ、渋滞などで駅への到着が遅れることは当然あったからだ。
 だが、何度か携帯電話へ連絡してもつながらず、更に森本優子らからも「真由美は来ていない」と知らせをもらうに至って、ようやくただ事ではないと彼らも思い始めた。
 やがて捜索願いを出すことになるのだが、警察の調査では、彼女はたしかに自宅を出た後、タクシーで駅へ向かったというのだ。つまり、彼女が姿を消したとしたら、駅でということになる。
(駅で、誰かに誘拐されたとか……かな。でも、警察が捜査して手掛かり一つなかったっていうのも、なんか変じゃないか? かといって、自分から姿を消したっていうのは……)
 手紙を媒介にして見た過去の情景を思い出してみるに、それはあり得ないように、色は思う。話を聞きながら、彼は懸命に考えを巡らせた。
 榊夫妻の話では、彼女は卒業後の進路も決まっており、二人の知る限りでは特別悩み事もなかったようだという。友人たちとの旅行も、卒業前から計画して楽しみにしていたもので、それを当日になっていきなりふいにするような理由は、彼らには思い当たらないという。また、後に警察の事情聴取に答えた森本優子ら四人の女たちも、同意見だったそうだ。
(……やっぱ、自分の意志で姿を消したってのは、ないよな。どっちにしろ、この人たちはこれ以上、知らなさそうだ。もし、榊さんが悩みとか抱えていたなら、友人の方が詳しいだろうしなあ……)
 自分自身を省みても、悩みの相談相手は圧倒的に友人の方だ。
 さっきから、質問はほとんど彼がしており、悠輔は聞き役に徹している。ちらと隣を見やって、何も質問がなさそうだと察し、色はそろそろ話を切り上げにかかった。
 やがて二人は、ざっと家の中を見せてもらったあと、真由美の部屋を調べさせてもらうことになった。
 家はおそらく、家族三人でくらすなら、ちょうどいい広さだろう。一階に先程彼らが通された居間と台所、バス、トイレ、風呂といったものが配置され、二階は夫妻の寝室と客用だという四畳半ほどの和室、それに六畳ほどの一室があって、そこが真由美の部屋だった。
 真由美の部屋は、十一年前のままにしてあるという。
 色と悠輔は、頼んで二人だけにしてもらうと、なんとなくあたりを見回した。きれいに整頓された部屋は、華やかさはないものの、おちついた雰囲気だった。
「で、どうするんだ?」
 悠輔に問われて、色は言った。
「この部屋の、過去を見てみるから、ご両親が覗きに来たりしないように、見張っててほしい」
「わかった」
 うなずいて、悠輔は部屋の戸口に陣取る。
 それを見やって色は、コンタクトをはずすと、草間の事務所でと同じく、指を噛み切って自分の血を飲んだ。そして、部屋の中央に佇むと、この部屋の過去に意識を飛ばす。
 その意識に、過去の情景が次々に触れて来た。この十一年間のものは無視して、真由美が失踪する前日のものをその中から拾い上げる。
 真由美はその日、一通の手紙を受け取っていた。ワープロで打たれたそれの差出人は、「草間武彦」。明日――つまりは、彼女が失踪した日の朝、会って話したいことがあると、時間と場所を指定していた。時間は、旅行のための集合時間の二十分前だ。場所は、住所の下に「幽霊アパート」という注釈がついている。その注釈も謎だったが、色が首をかしげたのは、待ち合わせ場所の方だ。妙に見覚えがある気のする住所だった。
 他に何かないかと探ってみたが、それ以外に手掛かりになりそうなものはない。
 色は、意識を現在へと引き戻した。悠輔に歩み寄り、声をかける。
「榊さん、旅行の前日に、草間さんの名前で呼び出されてるぜ」
「草間さんの名前で?」
 悠輔が、驚いたように問い返して来た。それも当然だと色は思う。なにしろ草間は、真由美が消えた時には、日本にはいなかったと事務所で明言していたのだ。
「ああ。……たぶん、騙りだと思うけどな。呼び出しは手紙だったし、しかもワープロ打ちだぜ」
 色はうなずいて言うと、手紙の文面を口にした。悠輔が、慌ててそれをメモする。そして、軽く眉をひそめた。
「なあ、この住所、何か見覚えないか?」
「え? あんたもそう思う? 俺もそうなんだよ。見た途端、妙に聞いたことあるなあって……」
 問われて色は、軽く目をしばたたいて答える。そのまま二人とも、しばし考え込んだ。やがて。
「草間興信所の住所だ!」
「草間さんの事務所の住所!」
 ほぼ同時にそう叫んで、二人は思わず顔を見合わせる。そう、それは見覚えがあるのも道理、草間興信所の住所と同じだったのだ。
 色はしかし、訳がわからなくなって、首をひねる。
「けど、どういうことだ? 草間興信所が待ち合わせ場所なんて……」
「いや。これは十一年前の話なんだから、興信所ってわけじゃなくて、正確にはあのビルの前を待ち合わせ場所に指定したってことだろう」
 言って悠輔は、手元のメモを見やって、何事か考え込んでいた。が、顔を上げて尋ねる。
「ここは、もういいか? もしいいなら、俺、どっかでネットカフェに入って、調べてみたいことがあるんだけどな」
「え? ああ、いいぜ」
 うなずいて色は問い返す。
「でも、調べるって何を?」
「草間興信所が入っているビルのことさ。十一年前、あそこがどんなふうだったのか。ちょっと気になるんだ」
「ふうん。……俺の能力で見ることも、できなくはないけど、ちょっと疲れたし。そうだな。ネットで調べられるなら、そっちの方が早いか」
 悠輔の言葉に、色も少し考え、うなずいた。
 もとどおりにコンタクトをはめると、色は悠輔と共にその部屋を後にする。榊夫妻に礼を言って、真由美の自宅を出ると、彼らはそのまま、近くのネットカフェへと足を向けた。

【3】
 そして、しばらく後。
 色と悠輔は、草間興信所が入っているビルの玄関前にいた。
 真由美の女友達に話を聞いて回っていた、草間とシュライン、千鳥の三人が、こちらへやって来るのが見える。先程、色が携帯電話で彼らをここへ呼んだのだ。
「何がわかったんだ?」
 二人を見つけて、真っ先に歩み寄って来た草間が尋ねる。それへ色は、自分たちが榊家で得た情報――旅行当日のことと、真由美が草間の名前で呼び出され、その相手と旅行当日に集合時間の二十分前、このビルの前で会う約束だったことを話した。
「このビルの前で、俺が榊と待ち合わせ? あり得ないぞ。彼女が消えた日、俺はもう日本にいなかったんだ」
 聞くなり草間は、目を見張って言った。
「それ聞いてたから、俺もおかしいって思ったんだ。おまけに、手紙はワープロ打ちだぜ。誰かが、草間さんの名を騙って、彼女を呼び出したのさ」
 色もうなずいて返す。
「ちなみに、十一年前、このビルは廃屋だったそうです」
 それを補足するように、悠輔が口を開いた。
「榊さんの家を出た後、ネットで調べてみましたが、当時ここには老朽化して解体寸前の、誰も住まない三階建てのアパートが建っていたようです。幽霊が出るとの噂もあって、心霊スポットとして、近隣では有名だったようですね。地下にも部屋があって、アパートが人で賑わっていたころは、画家がアトリエがわりに使っていたこともあったそうです。アパートが取り壊されて、今のビルが建てられたのは、榊さんの失踪から、約一年後のことです」
「地下室……だと?」
 彼の言葉に、草間が弾かれたように顔を上げる。
「誰かを監禁するには、うってつけの場所ね」
 呟いたのは、シュラインだ。彼女は悠輔に尋ねる。
「その地下室は、今はどうなっているの?」
「俺がネットで調べた限りでは、今も残っているようです。たぶん、ビルの管理会社もその存在を忘れているかもしれませんけど」
「行ってみよう」
 悠輔の答えに、草間が即座に言った。
 色たちもうなずき、ビルの中へと向かう。
 悠輔が、ネットでかつてのアパートの見取り図を調べて印刷してあった。おかげで、地下への降り口は、意外と簡単に見つかった。しかも、本当に管理会社にも忘れられているのか、そこも地下室も、扉はさび付いてはいたが、施錠されてはいなかった。
 そのことに今は感謝しつつ、彼らは階段を駆け下り、地下室の扉を半ば壊すようにして開けて、そこへと駆け込んだ。
 だが、そこはがらんとして何もない、かび臭いだけの一室だった。奥には、トイレと洗面所の設備がある。
 彼らは草間の持っていたライターの明かりを頼りに、あたりをくまなく調べたが、人の姿どころか、そこに誰かがいたという痕跡すら、見つけることができなかった。
(あの手紙から見えた過去の情景にあったのは、たしかにここだ。でも、ならなんで榊さんは、ここにいないんだ?)
 色は胸に呟き、それからふと気づく。榊真由美が失踪したのは、十一年前で、この建物はその一年後に今のこのビルに建て変えられているのだ。もしも彼女がここに監禁されていたのだとしたら、そのおりにでも発見されているはずではないのか。いくら当時のまま残されたとはいえ、地上の建物を破壊したり、新たなビルを建てる際には、当然ここにも人が入っているはずだ。いくらなんでも、ずっと発見されないのはおかしい。
(つまり、榊さんはここにはいないってことか? でもじゃあ、俺が見たのはいったい……)
 色が、幾分呆然とした時だ。
「危ない!」
 ふいにシュラインの声が響いた。驚いてふり返った彼の目に、草間を突き飛ばすシュラインと、その彼女めがけて棒のようなものをふり降ろす男の姿が、飛び込んで来た。
「シュライン!」
「シュラインさん!」
 草間の叫びと、色、そして悠輔と千鳥の声が交錯する。あたりが暗いのでよくわからないが、男は棒を手にしたまま、左右を見回しているようだ。
(狙いは、草間さん?)
 一瞬目を丸くして色は胸に叫んだものの、すぐに拳を握りしめると、男に突進する。ほぼ同時に、悠輔と千鳥、そして草間がそちらへ殺到するのがわかった。あたりにしばし、彼らの入り乱れる足音と、罵声だけが響いていた。

【4】
 男はほどなく取り押さえられた。
 こちらは大の男が四人もいて、相手は一人なのだ。どだい抵抗したり逃げようとする方が無理な話である。念のためと、悠輔が男の腕をバンダナで後ろ手に縛り上げ、更にその能力で鉄のように硬くした。いわば男は、手錠をかけられているようなものだ。
 シュラインを助け起こして戻って来た草間が、色たちが作る輪の中に引き据えられた男に、歩み寄った。顔をたしかめるかのように、ライターの明かりをそちらへ近づける。が、その顔を見た途端に、声を上げた。
「田沼!」
 明かりに照らし出されたのは、彼の友人の一人、田沼悟志だったのだ。幾分老け込んではいたが、たしかに男の顔には、あの写真の中で草間の左隣にいた少年の面影がある。
「なんでおまえが……」
 草間は呆然として呟いた。これには、色たちも驚く。誰もが目を見張ったまま、声もなかった。
 そんな中、ふと思い当たったように口を開いたのは、悠輔だ。
「草間さんは、この人が榊真由美さんを好きだったと言いましたよね?」
「あ、ああ……」
 まだ半信半疑の体で草間がうなずく。
「もしかしたら、草間さんを騙って榊さんを呼び出した手紙の主は、この人なんじゃないんですか?」
 続けた悠輔の言葉に反応したのは、当の田沼だった。
「おまえたち、なんであの手紙のことを……!」
 言いかけて、ハッと口をつぐむ。だが、もう遅かった。全員の視線がそちらへ集中し、彼はがくりと肩を落とした。
「……そうだ。あの手紙は、俺が出したんだよ」
 ややあって田沼はぼそりと言うと、十一年前のことを語り出した。
 草間が卒業後アメリカへ行くことを唯一知っていた田沼は、それをいいことに、真由美に草間の名前を騙って手紙を出した。とはいえ、最初はただ、自分の想いを告げると共に、草間が日本にいないことを教えて、交際を申し込むつもりだったのだ。
 ところが、約束の時間にここへ現われた彼女は、田沼の姿を見てあからさまに落胆し、嘘をついて自分を呼び出したことをなじった。それは、日ごろ大人しい彼女にしては、めずらしく強い口調で、田沼はそのことにカッとなって、思わず殴りつけてしまったのだという。
 殴られて、たわいなく気絶した彼女を見ているうちに、田沼は彼女をここへ閉じ込めることを思いついた。廃屋の上に、幽霊の噂のあるここなら、めったに人は近づいて来ない。また、もしも彼女が意識を取り戻して騒いだとしても、全て幽霊の仕業になってしまうだろう。
 彼は、扉に自分で鍵を取り付け、食糧や毛布などを運び込み、そこで一日のうちの何時間かを、彼女と過ごすようになった。
 さっきも見たように、ここにはトレイと洗面所がある。水は錆びだらけで、飲料には使えないが、トイレには充分だった。顔や体を拭くのには、外から水を持ち込めばいい。
 また、旅行へ行くはずだった真由美は、何日分かの着替えを持っていた。なので、衣類を買ったりする必要もなかった。汚れたものは、何日かに一度、田沼がコインランドリーで洗濯して来ていた。
 彼女の携帯電話は、万が一、場所を特定されては困ると、バラバラに解体して他のゴミに混ぜ、別々の場所から収集されるようにまで気を配った。
 そうして、田沼にとっては幸せな日々が、一月ほど続いた。しかし。
「――彼女をここへ監禁して一ヶ月後、俺は交通事故に遭った。一時は意識不明の重体で、生死の境をさまよったらしい。それで、俺が退院して次にここへ来られたのは、半年後のことだった」
「じゃあ、まさか、彼女は……」
 草間が、小さく息を飲んで問うた。
「……死んでたよ。水も食糧も尽きて。水道も、俺が来た時にはもう、止められてた。それで……彼女は、ひからびたミイラみたいになって、死んでた」
 呟くように言う田沼の口から、すすり泣きが漏れる。
 彼は、真由美の死体をここで燃やし、灰は集めて川に捨てたのだという。彼女の荷物もその時一緒に燃やし、やはり灰は川へ捨てたそうだ。
 その後ここは、悠輔が調べたとおり、一度解体されて、今あるビルに建て直された。そしてそのまま、真由美の行方不明も闇に葬られたのである。
「おまえから電話があって、榊かららしい手紙が来たと教えられた時、俺は心底びっくりしたよ。まさかと思うが、俺のしたことを、知っていた奴がいるのかもしれないとも思った」
 田沼は、そう言って、ようやく草間の方を見やった。
「だから、あれからずっとおまえを見張っていたんだ。そうしたら、いったい誰がおまえに手紙を寄越したのか、わかると思った。だのにおまえは……おまえたちは、ここを見つけてしまったんだ。だから……」
「だから、俺を襲った、か」
 草間は、苦い顔で彼が途切れさせた言葉の後を続ける。そして、肩をすくめた。
「よっぽど切羽詰っていたんだな。五人もの人間を、一人で襲うなんてのはな。それとも、やさ男ばかりと女の集まりだから、どうにかできると思ったのか?」
「……すまん」
 言われて田沼は、ただうめくように、頭を下げた。
 それを見やって吐息をつき、呟いたのはシュラインだ。
「結局、榊さんは亡くなっていたってわけね……。でもそうなると、あの手紙はいったい誰が出したものだったのかしら」
「ぐるっと回って、振り出しに戻ってしまった感じですね」
 千鳥が、同じように吐息をついて呟く。
 その時だ。
「榊……!」
 草間が、低い声と共に目を見張った。その視線を追って、色も瞠目する。
 地下室の一画が、まるでスポットライトが当たっているかのように明るくなり、そこにあの写真の少女が立っていたのだ。身に着けているのは、制服ではなく細かい花柄のワンピースで、長い髪は白いヘアバンドで押さえられていた。手には、手紙に入っていたのと同じ、桜の花を持っている。
『草間くん、私を見つけてくれて、ありがとう。……あなたにならきっと、私の声が届くと、信じていたわ。だから、あなたがこの建物に住むようになって、私、ずっとあなたを呼び続けていたの。それが、やっと届いたのよ。……うれしい』
 彼女は、どこかはかなげに微笑むと、言った。
「榊……。じゃあ、おまえはずっと、ここにいたのか?」
 思わず尋ねる草間に、彼女はこくりとうなずいた。
『そうよ。体は外に出ても、私の魂はずっとここにいたわ。だって、田沼くんが心の中で、ずっと私をここに縛りつけていたから』
「じゃあ、この手紙は……」
 草間は、ポケットからあの封筒を取り出した。そこには、便箋と写真、それに桜の花ももとどおりに収められている。花は幾分しおれかけていたものの、まだ枯れてはいない。
 それを見やって、彼女はうなずいた。
『そう。それは私の声。……私が、過去からあなたに向かって出した手紙よ』
 言って、彼女は話した。
 旅先から、できれば彼宛に、自分の心を伝える手紙を書こうと思って、荷物の中にレターセットを入れてあったこと。草間の名前の手紙で呼び出されてここへ来て、田沼に騙されたことよりも、草間がすでに日本にいないことの方がショックだったことを。
『私、それがわざとだと思ったの。私を避けるために、草間くんがそこまでしたんだって。……馬鹿よね』
 自嘲するように笑って、真由美は肩をすくめる。
 田沼が来なくなった後、彼女はわずかな食糧と水で何日かを凌いだが、とうとうそれもなくなってしまうと、錆のせいで赤茶色に濁った水を少しづつ舐めるようにして、更に何日かを過ごした。だが、給水は半月ほどで止まり、その後彼女は次第に衰弱して結局死に至ったのだという。手紙は、まだわずかな水があったころに書いたものだった。
『……四人で写した写真は、私の宝物だったから、卒業した後、いつも持ち歩いていたの。この時にはもう、署名する力もなかったから、かわりに写真を封筒に入れたわ。それから、桜の花と』
 言って真由美は、初めて田沼を見やった。彼もまた、呆然として彼女の方を見詰めている。真由美は、それへ小さく微笑みかけた。
『あの桜、田沼くんがくれたものよ。……ここから出してって泣く私を慰めるために、持って来てくれた花。あんな濁った水だったのに、そこに生けられて花はずっと枯れなかったのよ。田沼くんが来なくなった後も、ずっと咲き続けて、私を慰めてくれたの。だからかしら。手紙と一緒に、外へ出してやりたかった。それで、写真と便箋と一緒に、封筒に入れたわ』
 言葉を切って、彼女は再び草間をふり返る。
『そして、一生懸命願ったの。……これが、草間くんに届きますようにって。私、馬鹿だから、他の誰でもない、草間くんに助けてほしかったの。だから、本当にそれが届いてよかった。そして、私を見つけてくれて、ありがとう。これで私、やっと自由になれる――』
 ふいに彼女の声が遠くなり、その姿がゆっくりと透けて行き始めた。同時に、彼女の手の中の桜が、ゆるやかに散り始める。やがて彼女は、その花びらに包まれるようにして、静かに消えて行った。

【エピローグ】
 数日後の夕方。
 学校帰りの色は、あやかし町商店街の中を、ぶらぶらと歩いていた。昼にシュラインから携帯に電話があって、学校が終わったら興信所へ寄ってほしいと言われている。だが、なんとなく気が進まなくて、用もないのにこんな所をうろついているのだ。
 あの後、田沼は警察へ自首し、しばし世間を騒がせた。
 草間の話では、その後に真由美の両親が事務所を訪れ、感謝の言葉と共に、もしできるなら詳しい事情を文書にしてほしいと頼まれたそうだ。シュラインが興信所へ寄ってほしいと言って来たのも、そのレポート作成のためだろう。彼女が作業を少しでも迅速に行えるようにするためには、さっさと事務所へ顔を出し、訊かれたことに答えるのが一番いいのだということは、彼自身、よくわかっている。だが。
(草間さん、ちょっと冷たすぎるよな)
 事件の全貌をふり返ってみれば、そう思わずにはいられない自分がいた。
(だいたい、なんでアメリカ行きのこと、田沼さんだけにしか教えなかったんだろ。なんかそれって、ほんとに榊さんの霊が言ってたとおり、黙って彼女の前から逃げるみたいじゃないか。いくら好みじゃないからって、そこまでする必要あんのか?)
 考えていると、ますます嫌な気持ちになって来る。
 たしかに、なんのリアクションも起こしていない真由美に、「友人としか思っていない」と口に出して伝えるのは、難しかったかもしれない。だが、気持ちを知っていたなら、やはり正面から返してやるべきだったと、色には思えるのだ。
(そしたら、すっぱり草間さんのことをあきらめて、新しい恋に踏み出せたかもしれないのに。……田沼さんだって、あんなことするほど煮詰まらなかったかもしんないし)
 胸の中で呟き、そしてとうとう彼は足を止める。
(だめだ。こんな気持ちで、興信所へ顔出せないや。きっと草間さんだけじゃなく、シュラインさんにも八つ当たりしちまう。今日は、行くのやめとこう)
 そう決めて、行けない旨だけメールしておこうと、携帯電話を取り出す。その彼に、声をかけた者があった。
「色くん」
「千鳥さん」
 そこにいたのは、一色千鳥だ。買い物の途中なのか、手には食材の入ったビニール袋を抱えている。
「眉間にしわ寄せて、どうしたんですか?」
「え……。あの……」
 問われて色は、返事に詰まった。それへ千鳥は、笑って袋の中から板チョコを一枚取り出した。
「煮詰まった時は、甘いものを食べるといいですよ。頭も心も、疲れが取れますからね」
「え……。でも、これ……」
 板チョコを差し出されて、色は慌てた。そんなに煮詰まっているように見えたのだろうか。が、相手は彼が遠慮していると思ったようだ。
「気にしないで下さい。さっき、籤で当たったものですから」
 言って千鳥は、彼の手を取ってそこに板チョコを握らせると、そのまま小さく手を振って立ち去ってしまう。
 あっけに取られてその背を見送り、色は改めて手の中の板チョコを見やった。なんとなく気がそがれてしまい、携帯をポケットに戻すと、せっかくだからと箱を開けて、中身をひとかけら口に入れる。
 わずかに苦味を帯びた甘さが口に広がり、彼は小さく吐息をついた。
(……俺が草間さんだったら、うまくやれたって保証はないんだし、俺に今できることは、自分の見たものを残された家族に教えてやることだけなんだよな。そのためには、興信所に行って、ちゃんとシュラインさんに話さないと、だめだよな)
 彼はそう胸に呟くと、チョコのかけらを噛み砕き、強い足取りで歩き出した。むろん、目指す先は、草間興信所だった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2675 /草摩色(そうま・しき) /男性 /15歳 /中学生】
【4471 /一色千鳥(いっしき・ちどり) /男性 /26歳 /小料理屋主人】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5973 /阿佐人悠輔(あざと・ゆうすけ) /男性 /17歳 /高校生】

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■         ライター通信          ■
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●草摩色さま
二度目の参加、ありがとうございます。
ライターの織人文です。
能力を使って過去を見る――ということで、こんな感じにしてみましたが、
いかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。