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<東京怪談・PCゲームノベル>


日々徒然 〜刹那の赤子〜



 日々変わらない?
 日々変わっていく?
 突然に、唐突に。
 ぱぁぱは―――




 ふと気が付くとそこにその子はいた。
 引き戸の開く音などは、何も無かった。
 人の気配がすればわかるはずなのに。
「ええと……」
 奈津ノ介はどういうことだろう、と困る。
 今目の前にいる子は、まだ赤ん坊だ。
 すぅすぅと、気持ちよさそうに寝ているようだ。
 とりあえず、近づいて傍らに座りそっとその子の顔を見てみる。
 穏やかに、微笑を浮かべて眠る様子に奈津ノ介もいつの間にか、微笑んでいた。
「僕もこんな時期があったんだよなぁ……」
 ふわ、と頭を優しく撫でる。
 と、ぱちっとその子は瞳を開いた。
 そしてじーっと奈津ノ介を見上げてくる。
「あ、おはよう」
 にこりと笑い、声をかけるとその子は、にこっと嬉しそうに笑った。
 そしてずるずると身体を引きずりつつ、奈津ノ介の膝にしがみつく。
「ぱぁぱ」
「え」
 にぱっと笑って言われた言葉に奈津ノ介の笑顔も引き攣る。
 もちろん子供をもった覚えは無い。
「ぱぁぱ、だー」
「だー? ……抱っこかな」
 膝にしがみ付くその子を腕の中に収めて抱き上げる。すると嬉しそうにしがみついてくるので、どうやら抱っこで良かったらしい。
「あ、名前書いてある……月見里煌……ちゃん? あ、煌君だね」
 よしよし、と背中を軽く叩く。
 と、店の戸がからりと開く音がして奈津ノ介はそちらを向いた。
「いらっしゃい……なんだ、親父殿か……」
「なんだとはなんだ! って汝、その子は……?」
「見ての通りですけど」
 見ての通り、赤ん坊ですけど。
 奈津ノ介が言った意味はこうなのだが、奈津ノ介の父親である藍ノ介にとっては違ったらしい。
 見ての通り、僕の子供ですけど。
「ななななな、いつの間に、いつの間に……! だ、誰だ、母親は誰なのだ! まさか遥貴……や、それはない、ないとは思うがいやしかし……!」
「……何百面相してるんですか……違いますよ、この子は月見里煌君、いつの間にかお店にいたんです」
「違うのか? 汝の子ではないのだな?」
 はい、と奈津ノ介は頷く。
 それに藍ノ介は心底安心したように溜息をついた。
「なんだ、人を脅かしおって……」
「勘違いしたのはあなたですからね」
「む……まぁいい。その子は……煌というのか」
「はい」
 藍ノ介は奈津ノ介の腕の中、煌を覗き込む。
 煌はぱちくり、と目を瞬かせ藍ノ介を見上げた。
「かわいいな、小さくて……壊れそうだ」
「親父殿が馬鹿力で抱かなければ大丈夫ですよ」
「ぱぁぱ!」
 手を伸ばして、一房、落ちる藍ノ介の髪を煌は掴む。そして力の限りぐいーっと引っ張っていく。
「痛い、おい、痛いから痛いから痛いから」
「ぱぁぱー」
「……親父殿もどうやらぱぁぱみたいですね」
 きゃっきゃと煌は喜ぶ。その小さな手から髪を放させ、藍ノ介は困ったように笑う。
「育児は奈津だけでもういい」
「なんですかその言い方」
 きっと奈津ノ介は藍ノ介を睨む。
 まるで自分の世話で痛い目を見たと言っているようですね。
 そんな視線を投げつけながら。
「子供は……可愛いが怖いものだ」
「えー、こんなにかわいいのに……」
「ぱぁぱ、ぱぁぱ」
 人差し指を煌の掌に握らせ、遊ばせながら奈津ノ介は言う。
「わしは面倒みたりなどしないからな!」
「そう言っても世話しますよ、あなたは」
 と、うるっと煌の瞳が潤む。
 そしてあ、と思ったときにはもうすでに。
「うあっ、うあぁああああんっ!!!」
「え、何、どうしたの?」
 ぐずぐずと泣き出した煌に奈津ノ介は戸惑う。
 泣くなとあやすもののそれで泣き止むわけは無い。
「え……あ……っと、泣かないで、ね?」
「……腹が減っておるのだろ」
「あ、なるほど……じゃあ親父殿、ちょっと抱いててくださいね」
「な!?」
 奈津ノ介は煌を藍ノ介の腕に預ける。
 困ったような顔をしたが、しょうがないかと溜息をつく。
 台所に向かう奈津ノ介を見送りながら、藍ノ介は腕の中の子を抱く。
 ぎゅっと髪を握られたが幼子に文句を言ってもしょうがない。
「ほらほら、泣くな、すぐに腹いっぱいになれるから、な?」
 ぽんぽん、と軽く背を叩きながらあやす。
 昔の感覚を取り戻しているのか、その手付きは慣れている。
 そして煌もそれに安心したのかだんだんと落ち着いてくる。
「うりゅ……あー……ぱぁぱー、ぐすん」
「ん、大丈夫だぞ、眠いなら寝てしまえ、な?」
「ぱぁぱー、ぱぁぱー」
 穏やかな笑みを浮かべている藍ノ介に、煌も笑顔をむける。
 まだいつ泣いてもおかしくないのだけれども、それでも煌はどことなく嬉しそうだ。
「にしても遅いな奈津……しょうがない」
 どうしたらいいのかわかってないんだろうな、と藍ノ介は思い立ち上がる。
 台所に煌を抱いたまま向かうと案の定、何か探しているようだ。
「奈津、遅いぞ」
「だって哺乳瓶どこにあるのか……あ、あった」
 台所の棚、その一番高いところにあったものを奈津ノ介は取り出す。
「ちゃんと中も洗うのだぞ」
「わかってますよ」
「温かさは人肌だぞ」
「……面倒みないんじゃなかったんですか?」
 にやりと奈津ノ介は笑う。藍ノ介はしぶしぶなんだ、と苦い表情を作る。
 けれども腕の中にいる子に、煌に愛着を持ち始めているのは事実だ。
「もうちょっと待て、な?」
「うー」
 煌は藍ノ介が何を言ったのか理解したようで、にぱっと笑った。
「奈津、早くな」
「はいはい、和室で待っててください」
「うむ」
 台所からでて和室に。
 と、ふと煌の手にはいつの間にか黄色いゴムのアヒルが握られている。
 それを弄って喜んでいるようだ。
「そんなもの持っておったか……?」
 藍ノ介は不思議そうな表情を浮かべ、そして首を捻る。
「……まぁ汝が喜んでいるからいいか」
 ふわりと一撫で、きょとんと、ぱちくりと瞳を煌は瞬く。
 撫でられたことを煌は理解して、また笑顔を浮かべる。
 かわいいな、と思ってしまうのは親でなくても当然だ。
「お、やっぱり子供は可愛いものだなぁ……」
 和室の畳の上に煌を降ろしちょこんと座らせる。
 対面に向き合って、アヒルをはむはむとかじったりする煌を藍ノ介は眺めていた。
 と、何か他のものに気をとられたのかてくてくとはいはいで歩き始める。
 とりあえず危険なものはないな、と藍ノ介はあたりを見回すのだがそれはあった。
 和室の隅に置かれていた大きなツボだ。最近奈津ノ介が仕入れてきてどこに置こうか迷って放置されていたもの。
 どうやらそれに興味を示したらしく煌はよちよちと近づいていく。
 そしてツボをぺたぺたと触っていたのだけれどもやがて、掴まり立ちをはじめ大きく開いたツボの中をのぞいていた。
 少しぐらぐらとしているものの大丈夫な範疇だ。
「その中は何もないぞ。何か気になるのか?」
「できましたよ、ミルク」
 と、後ろから奈津ノ介の声が響き、おう、と藍ノ介は顔をそちらに向ける。
 視線を煌から放したのはほんの一瞬だ。
 ツボに掴まり立ちしていたはずの煌の姿が、ない。
「え……煌!?」
 藍ノ介は急いでツボによるのだけれども、その中にも煌はいない。
 あたりを見回しても、いない。
「ななな、奈津! 煌が、煌がおらぬのだ!」
「はい? え……どこ、どこに行ったんですか!?」
「わからぬのだ、さっきはここにおったのにおらぬのだ!」
 ばたばたどたどた、藍ノ介は店の中を埃を立てながら探し回る。
 奈津ノ介も探すのだけれどもその姿はどこにもない。
「……どこにいったのだ……」
「突然いた子ですからね……幻……」
「そんなのはない、ちゃんとこの手に抱いた」
「そうですね、なんだか僕よりも親父殿の方が煌君のこと思ってるみたいです」
 その言葉に藍ノ介は照れて、情が移ったのだと言う。
 懐かしくなったのかもしれないけれど、それは言わない。
「……わしもまだ父親を忘れていないのだなぁ……」
「は? 何言ってるんですか?」
「なんでもない」
 奈津ノ介は不思議そうな顔をする。藍ノ介は気にするなと言う。
 煌の訪れは、懐かしくもあり新鮮でもあり。
 わずかなこの時間を忘れない。
 きっときっと忘れない。




 突然に、唐突に。
 ぱぁぱは―――
 ぱぁぱは忘れない。



<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【4528/月見里・煌/男性/1歳/赤ん坊】

【NPC/藍ノ介/男性/897歳/雑貨屋居候】
【NPC/奈津ノ介/男性/332歳/雑貨屋店主】

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■         ライター通信          ■
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 月見里・煌さま

 初めまして、此度はありがとうございました!ライターの志摩です。
 赤ちゃんということで胸キュンしつつ書かせていただきましたー!しゃべる言葉がないので藍ノ介と奈津ノ介との交流が無いようですが…でも見守るのは二人にとっても色々と思いを抱くに十分だったようです。
 煌さまが少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 ではまたどこかでお会いできれば嬉しく思います!