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闇の羽根・桜書 T < 雨空 >
◆△◆
ポツポツと降る雨を見上げながら、桐生 暁はそっと溜息をついた。
「あー、雨・・・か。」
暗くなる気分をなんとか散らす。
けれどそれは決して表面には出ないようなもので、無表情な暁はまるで人形のようだった。
パシャンと水溜りを蹴りながら進む。
どんよりと低い空は、何故だか圧迫感をもたらす。
手が届かないほどに高い、澄んだ青空の方が暁は好きだった。
暫く道なりに進むと、ふっと・・・目の前に広大な敷地が横たわっているのが見えた。
何だろう・・・?
ふらふらと、興味の赴くままにそちらに近づく。
・・・それは寂れた遊園地だった。
随分と前にその役割を終えたらしく、元はきらびやかだったであろう“ようこそ”と書かれた看板は、今は当時の華やかさをほんの微かに窺わせるだけだった。
「あっれ、こんなトコに遊園地?」
暁は小さくそう呟くと、錆びた門を潜り抜けた。
中はガランとしており、賑わっていた頃の面影はほとんど知る事が出来ない。
ベンチは崩れ、花壇は荒れ果て・・・
何時の間にかあがっていた雨に、傘を畳むと手に持った。
ついこの間・・・片桐 もなと共に夢幻の魔物を現へと送り返したその後で、暁は現の司である夢宮 麗夜の元を訪れた。
どうしても彼に訊いておきたい事があったからだ。
相変わらず真意の見えない穏やかな笑みを浮かべながら、麗夜は仕草だけで目の前の椅子に座るように指示を出した。
「どうしましたか?そんな、怖い顔。」
「夢幻の魔物、もなちゃんの友達だったワケで・・・もしかして、コレ以降も親しい人?」
「さぁ、それはどうでしょう。俺には分かり得ない事ですね。」
全ては知っている。
けれど、どうしてソレを言う必要がある?
そう言っているかのような瞳は酷く冷たかった。
「あとさ、守護って何?」
「もな様の事ですよ。現を守護する者・・・。いわば、現のボディーガードとでも言いましょうか。」
「ボディーガード?」
「えぇ。その命が、現の下にある。そう言う事です。」
クスクスと、馬鹿にしているかのような不快な笑みを零す麗夜。
きっと彼自身も、その笑いが相手を酷く不快にしていると言う事を、分かっているのだろう。
・・・わかってやっているのだ・・・。
「1つ、暁様に忠告しておきたい事が御座います。」
「忠告?」
「あまり、ここの住人達に深入りしない方が身のためですよ。」
「何・・・?」
「夢幻館と言う場所がどんなものなのか、貴方は分かっていない。夢と現がどう言うものなのかも、それに縛られた住人達の未来も・・・」
「未来だって?」
「・・・いずれ分かります。分かってから、貴方は後悔します。関わらなければ良かったと・・・」
そう言うと、麗夜は妖しげな笑みを浮かべた。
「関わらなければ良かっただって・・・?冗談じゃない!俺は俺の意志でここに居る!後悔なんて・・・」
「全ては夢と現の導きだとしても?自分の意志だと?」
「俺は・・・!!」
「貴方は“時の証人”だ。“組織”が重要視する人物のリストに、貴方の名前が載ってしまえば、貴方はもう引き返せなくなる。その前に、夢幻館との関わりを切る事をオススメします。」
急に真面目な顔になると、麗夜は立ち上がった。
部屋の隅にある食器棚からティーカップを2つ取ると、ポットから熱い紅茶を注いだ。
「少し、昔話でもしましょうか?勿論、暁様には聞く権利も、また、聞かない権利も御座います。」
「聞くよ。」
「でしょうね。」
全てはお見通しなんですよ。
そう言っているかのような瞳。
グっと堪えると、暁は目の前に置かれたカップをゆっくりと持ち上げた。
「そうですね・・・どこから話したら良いのでしょうか・・・。」
どこまで話しても良いものか。
値踏みをしているかのように、麗夜が暁の顔を不躾にジロジロと見詰める。
「俺達は、ある“組織”に属しているんです。名前を持たない組織・・・。夢と現、全てを司る“トップ”がいる、強力な組織・・・。」
紅茶はアールグレイだった。
砂糖でも入っているのだろうか・・・。
随分と甘い味がした。
「俺達は子供の頃、組織の保有する“秘密の屋敷”と言う場所に連れて行かれたんです。そこで・・・俺達は出会った・・・。夢の司と現の司、夢の守護者と現の守護者、それにトップ・・・。更には教育係までいた。」
「教育係?」
「貴方の良く知る人物ですよ。」
よく知る人物?
誰だろうか・・・。
麗夜の口ぶりからして“トップ”と“教育係”はイコールで結ばれている・・・つまり、あまり良くない人物に聞こえるのだが・・・。
「ある雨の日、組織のやりかたに反発する数人が内部で反乱を起したんです。俺達はそのチャンスに秘密の屋敷を抜け出しました。走って走って・・・追っ手を撒きながら、走って・・・。」
遠い昔を思い出しているかのような、どこか淡い瞳を前に、暁はジっと麗夜の紡ぐ昔話に耳を傾けた。
「外からの攻撃に強い組織も、中からの攻撃には上手い対処が出来なかったんでしょうね。組織はいったん崩れた・・・でも、直ぐに元通り・・・です。」
組織の力はそれほど弱いものではないと、麗夜は付け加えた。
「あの時、多くの仲間が命を落としました。」
「そうなのか?」
「えぇ。俺達の世話をしてくれていた女性も、ボディーガードの男性も・・・」
そう言ってカップの縁をつぅっと指でなぞると、口元に微かな笑みを浮かべた。
「そして・・・もな様のお母様とお兄様も・・・」
「え・・・?」
「組織の人間に殺されてしまったんです。もっとも、もな様はご自分のせいにしておりますが・・・」
カタリと音を立てて立ち上がると、暁に背を向けた。
窓の外はどんよりと曇っており、今にも雨が降り出しそうな空模様だった。
「最初から、そう言う定めだったのです・・・。」
ニヤリ―――――
あれほどまでに冷たく残酷な笑みを、暁は今まで見た事があったであろうか・・・?
麗夜からは人間らしさはおろか、微塵の感情すらも感じる事は出来なかった・・・。
◇▲◇
「はれ?暁ちゃん??」
突然背後から声が聞こえて、暁は振り返った。
淡いピンク色の髪を頭の高い位置で結んだもなが、キョトンとした瞳を暁に向け、どうしてこんなところに居るの?と言って首を傾げる。
その瞬間、甘いシャンプーの香りがふわりと漂い・・・
「もなちゃんこそ、どうしてここに?」
「あたしは仕事。」
「夢幻の魔物?」
「そう。このどこかにいるはずなんだけど・・・。」
キョロキョロと辺りを見渡しながら走って行こうとするもなの腕を咄嗟に掴む。
「・・・どうしたの?」
「俺も一緒に行くよ。」
「暁ちゃんも??」
「だってもなちゃん、霊とか・・・視えないっしょ?」
「視えないけど、別に夢幻の魔物さえ倒せばいーし・・・。」
「でも・・・」
「・・・暁ちゃん・・・。もしかして、麗夜ちゃんから何か聞いた?」
すっと、瞳の色が冷たいものへと変わる。
どこか大人びた表情は、暁よりも全然年上にさえ思えるほどだった。
「何かって?」
「今回の夢幻の魔物の事とか・・・。そうだな、あたしの事とか。」
聞いていないと言ってしまおうか。
刹那、そんな思いに駆られる。けれど・・・きっと、もなは見抜いてしまうだろう。
嘘をついたところで、きっと―――
「うん。少しだけね・・・。組織の事とか、秘密の屋敷の事とか・・・」
「あたしのママとお兄ちゃんの事とか?」
クスっと、愛らしい笑顔を浮かべると、もなが目を伏せた。
「いつかね、話さなくちゃならない気がしてたの。でも・・・。話す勇気が無かった。」
暫く目を閉じていた後で、空を見上げる。
再び雨が振り出してきそうな空模様に、微かに顔を顰め・・・
「俺もさ、雨って苦手だったんだけど・・・でも、雨があがれば虹がスッゴク綺麗なんだ。」
低い雲以上に、今にも泣き出しそうなもなの瞳。
こんな事を言っても意味は無いのかも知れない。
・・・きっと、意味なんて無いだろう。
もなの心を分かる事は出来ても、完全に・・・“解って”あげる事は出来ない。
下手な同情をされても・・・塞がらない、過去の傷跡は・・・あまりにも、大きい・・・。
それでも、彼女が泣き出してしまわぬように。
その心が・・・崩れてしまわぬように・・・。
せめて、気を紛らせる事が出来たならば ―――――
「そう・・・だね。虹は、綺麗で・・・好き。」
遠くを見詰める。
空から目をそらし、物寂しい遊園地の中、どこか遠く・・・。
「虹が、かかれば良いと思うの。例え今は雨でも、いつか、虹が・・・かかれば・・・。」
「絶対かかるよ。」
暁の言葉に、そうなったら素敵だよねと小声で呟き、寂しそうな笑顔を浮かべた後で顔を上げた。
そして・・・
「・・・あっ・・・」
何かを思い出したかのように、小さい叫びを上げると突然もなが走り出した。
「もなちゃん!?」
「ミラーハウス!ミラーハウスにいるよ!」
「え・・・?」
「あたしが何度も迷って・・・その度に、ママが勇気付けてくれた場所・・・きっと、そこに居るよ・・・」
どうして夢幻の魔物ともなの母親が・・・?
そう思いつつも、暁はもなの後を追って行った―――――
◆△◆
前後左右を囲む、自分の幻・・・。
ミラーハウスとは、元来そう言う場所のはずだった。
どこか浮世離れした独特の世界観を醸し出す、艶なる恐怖を纏った場所。
しかし、この遊園地にあるミラーハウスは紙一重の美を帯びてはいなかった。
割れたガラス片が床に散らばり、歩く度にパキリと言う微かな音を立てる。
「もなちゃん・・・!?」
早歩きで進むもなの先、黒い影が見えた―――
長いクセ毛の髪を背に垂らしたその人物は、前回の夢幻の魔物よりも人の原形をとどめてはいるものの、その顔は人と言うよりは獣に近いものがあった。
「夢幻の魔物・・・」
「・・・ママ・・・」
「え?」
もながうわ言のように呟いた一言に、暁は目を見開いた。
柔らかい表情で、ジっと目の前の夢幻の魔物を見詰めるもな。
「ママなの・・・。あたしの、ママなの・・・。」
「どうしてもなちゃんのお母さんが!?」
「これが、あたしの“闇の羽根”だから。」
もながそう言って、おもむろに襟元をグイと開くと左肩を露にした。
肩甲骨の付近、丁度心臓の裏側に・・・その“烙印”はあった。
悪魔の羽をモチーフにした、黒いそれは―――
「これが・・・あたしの“闇の羽根”なの。」
「闇の羽根?」
「最初から分かってたの。どんどん、親しい人が来るんだって。次はママ。そして、最後が・・・」
「お兄さん?」
呟いた暁の言葉が無情に響く。
もなは肯定も否定もしないで、ただジっと口を閉ざしていた。
それは、どんな肯定の言葉よりも悲しい意味を持っていた・・・。
「最初から、分かってた事だから。だから、もう・・・心は決まってるから。」
もながスカートをたくし上げ、太ももをすっと撫ぜる。
両手に握られる、小さな拳銃。その銃口を、真っ直ぐに夢幻の魔物へとつきつけ・・・
「もなちゃん!」
暁は咄嗟にもなの手を掴んだ。銃口が下がり、それに抵抗するようにもなが鋭い視線を暁に向ける。
「邪魔しないで!」
「するよ!本当に、本当に・・・もなちゃんはそれで良いの!?」
「良いとか悪いとかじゃない!感情はイラナイの!あたしは・・・あたしは・・・!!!」
「感情はイラナイなんて事・・・ないよ。」
パタリ
もなの瞳から涙が溢れた。
頬を伝って足元に落ちる涙は、あまりにも透明な色だった。
「言ってもいいんじゃないかな。好きだって。・・・大好きだから、帰すんだって・・・」
「違う・・・夢幻の魔物は、この世界に害を与えるから・・・」
「もなちゃん・・・」
「好きだって言って、どうなるの?結局、やる事は変わらないのに・・・。あたしは、そんな正当化したくない!」
強い言葉でそう言って、再び銃口を向け・・・震える手は、指を引き金に掛けたまま固まっていた。
「今更、好きだって言ってどうなるの?ママもお兄ちゃんも、あたしさえいなければ生きてたのに・・・」
自分さえいなければ・・・
どこかリンクする心に、暁はそっと瞳を閉ざした。
じきに聞こえてくるだろう銃声を聞きたくないとさえ思いながら―――
けれど、暁の耳に聞こえたのは銃声ではなかった。
突風が吹き抜ける、あの独特の音が聞こえ、体中に絡みつく・・・強い風・・・
「もなちゃん!?」
目を開けた時には夢幻の魔物の姿はなく、血溜まりの中にもなが崩れ落ちていた。
慌てて駆け寄って、その身体を抱き起こし
「やっぱ、あたしって弱いな・・・。ママ、結局撃てなくって・・・。夢幻の魔物を弱らせないで現に送り返すなんて、すっごい危険な事・・・分かってたはずなのに・・・。」
苦笑しながらそう言って、深い溜息を洩らした。
「とりあえず、止血・・・」
「しなくても平気なの。大丈夫・・・。ちょっと休めば良くなるから・・・」
真っ青な顔のまま大丈夫だと言うもなは、健気な印象さえ受ける。
――― 寂しそうに暁を見上げる瞳に・・・何故だか、言わなくてはならない気がして・・・
「俺、もなちゃんの事大好きだよ?」
「どうしたの?いきなり・・・。」
「・・・もしよかったら、チョッピシでいいから・・・信じて・・・?」
「信じるよぉ。だって、あたしも・・・暁ちゃん、大好き・・・だもん。」
そう言ったきり、もなは深い眠りの世界へ誘われて行った。
◇▲◇
「ねぇ、冬弥ちゃん。・・・大好きよ。」
「何だよ急に。」
「なんとなく、言いたくなっただけ。」
「変なヤツ。」
「・・・ねぇ、冬弥ちゃんもあたしの事、好き?」
「当たり前だろ?どうしたんだ?」
「きいてみたくなっただけ。」
「そうか。・・・それより、もう寝ろよ。今夜は雨が降るって言ってたぞ?」
「うん。」
「ずっと、傍に居てやるから。」
「有難う。・・・冬弥ちゃん、大好き・・・。」
≪ END ≫
◇★◇★◇★ 登場人物 ★◇★◇★◇
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4782/桐生 暁 /男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員
NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー
◆☆◆☆◆☆ ライター通信 ☆◆☆◆☆◆
この度は『闇の羽根・桜書 T < 雨空 >』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
もなの過去と、次に来る夢幻の魔物の正体が分かりました。
次で最終話ですが・・・如何でしたでしょうか?
“組織”に“トップ”に“闇の羽根”に・・・“秘密の屋敷”に・・・新情報がてんこ盛りです(苦笑)
最後、もなと冬弥が仲良さ気ではありますが、恋愛感情では御座いません(笑)
もなの話には5つ年上の兄の事しか出てきませんが、もなは2人兄妹ではなかったり・・・します。
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
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