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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


仮想東京RPG!〜1勇者を探せ!〜


------<オープニング>--------------------------------------

空から落ちて来た、傷付いた男。
彼を追い回していたのは、魔王の召喚したモンスターだった!?

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何かキラキラ光る物が、上空からふわりと落ちて来た。

「?」
瀬川・蓮(せがわ・れん)は背伸びして手を伸ばし、それを掴み取った。
「何だろ、コレ?」
一見するだけなら、大きな鳥の羽根、であろう。
深紅の深みある輝きを持ち、角度によって金色や紫の色彩が炎のように立ち昇る。

キレイだな、と、蓮はその羽根を手の中で玩んだ。
『前の前の…前だったっけ。あのお家で見た、孔雀の羽根にちょっとだけ似てるかな』
もしや、この公園て孔雀が住んでいるのだろうか? 東京には、ペットが逃げ出して野生化した生き物が結構いるので、有り得なくもない…ような気がするが。

周囲に集まった人の群れは、そんな事には気付かぬ様子で、露店に並べられた茶碗だの花瓶だのを物色している。
たまたま立ち寄った、オフィス街の谷間にぽっかりと存在する小さな公園では、ささやかな古物の市が催されていた。
蓮にとっては、大して興味のある物では無いが、今「守って」やっている「パパ」と「ママ」は骨董好きだ。土産でも買って行こうか、とふと考えたのだが。

「何だ? こりゃ?」
すぐ側にいた女が、また降って来た羽根を手に取って首を傾げていた。金色の、蛇みたいな目だ。
「ねーねー、お姉さん。これって何の羽根ー?」
女の上着の裾をくいくいと引っ張って尋ねた。
「ん〜? 何だろうな? 見た事無ぇ羽根…」

その言葉が終わらない内に、蓮は凄い勢いで引っ張られた。

直前まで蓮がいた場所に、樹木の枝葉を巻き込みながら落下してきたそれは…

「うっわ、人間!?」

正確に表現するなら「人間に似た生き物」だろうか。
骨を模った飾りで装飾された、和風の大鎧に、両手には刀を握り締めている。
だが、皮膚は青みがかった灰色で、背中には、深紅を基調にした極彩色の、爪の付いた大きな翼。
顔立ちからすれば、若い男のようだ。

「お兄さん? ねぇ、大丈夫?」
流石の蓮も、いささか口調に驚愕が混じっていた。
翼や手足が、おかしな具合に曲がり、鎧の下の衣服はべったりと血に染まっている。呼吸は速く浅く、相当にマズい状況だと素人目にも分かる。
「何だァ? どういうこった、こりゃ?」
今しがた蓮を引っ張った女も、唖然としている。
傷を治せるような“友達”を呼ぼうか、と蓮が思案し始めた、その時。

つんざくような不快な絶叫が、空気をビリビリ震わせた。

はっと振り仰いだ空から降りて来たのは、異世界の生き物を見慣れているはずの蓮でも、いささかぎょっとするような生き物。
「…うえ、カワイクないなぁ…」
敢えて表現するなら、膜のような翼で空を飛ぶ、巨大な両生類、といったところか。
青黒い表面は、べたっとした粘液で覆われ、蓮くらいなら呑み込めそうな馬鹿でかい口に、目は不釣合いに小さい。
まるで腐肉の臭いを嗅ぎ付けたハゲタカよろしく、一匹が現れると、次々に空から似たような生き物が降りてくる。

「ちぃっ! ワラワラ来やがって。この大霊・輝也(おおち・かぐや)さんをどうこう出来ると思うなよ!!」
女の姿が揺らぎ、次の瞬間、鱗に包まれた巨大な胴体が蓮の視界を覆った。
そこにいたのは、十一の頭を持つ、虹色の巨大な龍だった。シャアッと呼気が鳴る。

「おい、坊や、アタシが防いでいる間に逃げな!」
鋭い警告の声に、だが蓮は余裕の笑みを返した。
「僕みたいなコドモは、戦えないとでも思ってる? 認識甘いよ?」

言葉が終わらない内に、蓮の背後の空間が輝いた。

闇の中の火にも似た、赤黒い表皮を持つ小悪魔が、濁流のような勢いで飛び出した。
人間の子供程の大きさではあるが、降りて来たモンスターたちの三倍程の数もいる。

突然、殺人蜂の群れのような子悪魔に襲い掛かられ、モンスターたちは軋むような悲鳴を上げた。
黒いナイフのような爪を振り立て追い払おうとするが、同時に複数の小悪魔にたかられ、炎を吹き掛けられて、身を守るのに精一杯だ。
何匹かの小悪魔が負傷し、魔界に還されたが、モンスターも喉を裂かれ火達磨にされて、次々地に伏した。

「なっ…お前、召喚師ぃ!? その歳でかよ!?」
小悪魔を振り払って突進してきたモンスターを頭の一つで引き裂きながら、龍が別の頭をぐるっと回してまじまじと蓮を見た。この状態では表情は分かり辛いが、仰天している気配が伝わって来る。
「ま、そういう事。ほら、お姉さん前!」
「うおっと」
首の付け根に小悪魔をぶら下げたままのモンスターが、口から火弾を吐き出した。
頭の一つを盾に使って火弾を防ぐ。別の頭が熱線を吐き出し、モンスターを灰の塊にした。

小悪魔が討ち漏らしたモンスターを、龍の首が引き裂き、焼却処分する。
わずか数分足らずで、相手は全滅した。

「うん、こんなモンだね」
生命を失った途端、本当にTVゲームのモンスターのようにボロボロ崩れ去る生き物を見ながら、蓮は頷いた。
「なぁ、ボウズ。お前、歳幾つ? 見た目通りじゃねぇよな?」
龍が舌をチロチロさせながら問う。
恐らく、幼い頃に歳を取るのを止めた魔術師か、姿だけ子供の人外を思い起こしたのだろう。東京には結構な数、その種の存在が住んでいる。

「人間だよ。ごくフツーの。ただ、こういう“お友達”を呼べるだけだって」
にこっと、一見全く邪気の無いような笑顔で、蓮は答えた。
「いや…それ、フツーとは言わねぇって…」
「お姉さんだってフツーじゃ、ないよねー」
手を伸ばして龍の鼻面をぺちぺち叩く。『こーゆーのを何時でも呼び出せれば便利なんだけどな〜』などという本音は、全く覗かせない。

「んじゃー、次はこっちのお兄さんだね…っと」
用心のため、小悪魔を周囲に待機させ、次いで呼び出したのは、緑色の羽毛に包まれた、鳥に似た姿の魔物だった。
「ねぇ、このお兄さん治してやって」
蓮の言葉にこくりと頷き、魔物は翼を羽ばたかせた。柔らかな光が舞い、傷付いた男に吸い込まれて行く。

妙な角度に捻じ曲がっていた手足と翼が通常の形を取り戻し、呼吸が正常なリズムを取り戻した。
「ありがと。戻って」
回復術を使った魔物が、こくりと頷いて姿を消す。
やがて、男が身じろぎし、はっと目を開ける。血のような深紅の瞳だった。
「!? 私は…? 貴殿らは何者だ?」
状況が把握出来ず、男は周囲を見回す。その目に、今しも消滅しようとするモンスターの残骸が映った。

「!! 貴殿らが、あのモンスターどもを!?」
信じられない様子も露わに、男が蓮と輝也の両方を交互に見た。あちこちに控えている、赤黒い皮膚の小悪魔たちに気付き、はっとする。
「アタシもやったけどな。大体はこの坊やが呼んだ、この小悪魔軍団のお陰だな」
輝也が頭の一つで、周囲にいた小悪魔たちを指し示す。
「坊やじゃないよ。瀬川蓮って、ちゃんとした名前があるんだからね!」
ふん、と鼻を鳴らし、肩をそびやかす。

男の目が、ますます見開かれた。
「その若さで、これだけの魔物を、召喚!? 一体貴殿は…まさか!?」

男にいきなり肩を掴まれ、さしもの蓮もびくっとした。
「な、何…」

「まさか、伝説の勇者!?」

「「はぁあー!?」」
珍妙な声が思わず重なる。

「…お兄さん。見かけによらず…ゲーマー?」
「…イマドキ珍しいくらいの、オーソドックスなゲームだなソレ…」
もしや、アタマを打って現実とゲームを混同したのでは。
蓮と輝也は、同時にそんな考えを抱いた。

「その魔力。魔王の手の者かと思ったが、波長が違い過ぎる。魔王にも対抗し得る者となれば…伝説の勇者しか考えられん…!」
男の顔つきは真剣極まりなく、到底冗談を言っているとは思えなかった。
が。
言われた蓮本人は、まるで破裂するように笑い出した。
「やめてよね。ボクが勇者ぁ? そう見えるの?」
「ま…確かに、どっちかつーと…魔王だよな、こういう能力は…」
思わず、輝也が呟く。

「でもさ。魔王とか勇者とか、面白そうだね。詳しく教えてくれない? 何が起こってるの?」
相変わらず口元は笑っていたが。
蓮の目は、まるで笑っていなかった。

男は、助けてもらった礼を述べ、説明を始めた。
彼の名は、ジグ・サ。
この世界とは異なる、とある伝説の魔人が支配する異世界に属する者だと言う。
種族はその魔神の血を引く「魔人」、職業は「サムライ」。魔王と呼ばれる存在に脅かされた故郷を救う為、冒険者に身を投じたのだと言う。

ジグの世界に伝わる伝説では、魔王を倒せるのは「勇者の剣」を帯びる事が出来る「勇者」だけであり、それ以外の者では魔王に打撃を与える事は不可能だと言う。
かくして、ジグと仲間たちは、「勇者の剣」並びに「勇者」を探す旅に出た、のだが。
「世界中を回ったが、『勇者の剣』は見付からず、『勇者』も探し出す事は出来なかった。しかし、我々の一行は、その旅のお陰で力を付けていた。そこで、我々の力だけで、魔王を打ち破ろう、という事になったのだが…」

しかし、その認識は甘かったのだ。
魔王は、伝説にある通り、通常の存在では全く傷付ける事は出来なかったのだ。

「我々が使える最高の技や魔法を繰り出しても、魔王に傷を負わせる事は全く出来なかった…我々は追い詰められた。このままでは全滅すると思った私は、仕方なく、魔王を異世界に弾き飛ばす禁断の魔術を使ったのだ…」

「オイ。それって他の世界に迷惑だぞ、思いっきり…」
輝也が文句を垂れた。
「それ、おかしくない? だって、こっちの世界に弾き飛ばされたのって魔王なんでしょ? 何で術を使ったお兄さんまでコッチにいるの?」
蓮の最もな疑問に、ジグは思わず俯いた。
「それが…ダメージを受けた状態で無理したせいか、魔法が暴走してしまったのだ。魔王と共に、私まで次元の渦に巻き込まれ、同じ世界に落ちた…」
恥ずかしそうに、目が泳いでいる。
ちょっと突っ込んでやろうと思った蓮だが、流石に可哀想になって止めておいた。

「魔王は、いかなる世界でも、次元を超えて配下のモンスターを召喚する力を持つ。恐らく、奴はこの世界も己の支配化に置こうとするだろう…」
「?」
蓮の整った顔が、微かに顰められた。

「間も無く…街に魔物が溢れる…!!」

子供の甲高い絶叫が響いたのは、その時だった。



「…しまった!!」
ジグが己が翼で舞い上がる。
無言で、龍の巨体がその後を追った。
「ボクを運んで!!」
小悪魔に掴まり、蓮は宙を駆けた。

血塗れの子供が、恐怖の絶叫と共に駆けてくる。
その後を、棍棒のようなものを持って追いかけて来るのは、子供と同じくらいの体格の、だが人間とは思えない醜悪な生き物だった。

「ゴブリンか!!」
ジグが呻き、
「ごっ、ごぶりんだぁ!?」
そのお約束な名称に、輝也は唖然とし。
「やめろーーーーーーッ!!!」
蓮が絶叫し、小悪魔たちをけしかけた。
赤い小悪魔たちに引き裂かれ炎を吐きかけられたゴブリンたちは、あっという間に壊滅した。

「おい、しっかりしろって!!」
蓮は真っ青な顔色で、血塗れの子供を抱き起こした。
知っている顔だ。この先の繁華街を根城にしている、ストリートキッドの一人。先程の治癒術を使える魔物を呼び出し、即座に治癒してやる。

公園に連れて行き、落ち着かせて話を聞きだすのにしばらくかかった。
顔見知りの蓮がいたから良いものの、そうでなければ到底話せる状態にはならなかっただろう。

「あそこの…廃ビルに行ったんだ。変な声が聞こえて、そこからお化けみたいなのが出てきて…」
子供はしゃくりあげた。
「廃ビル?」
「この前、蓮と行ったとこだよ。そしたら、さっきのみたいなのに追いかけられて、みんなとはぐれて…怖くなって、どこか建物に入ろうとしたら、さっきのが…」

蓮の顔が青褪めた。
「もしかして、魔王ってヤツ、そこでモンスターを…?」
あの辺りは繁華街に近く、蓮のようなストリートキッドたちが比較的多い場所だ。
「魔王は、恐らくそこにモンスターの召喚装置を置いているのだろう。今はゴブリン程度だが、召喚し続ける内に、次第に強力な存在を呼び出せるようになって行く。一刻も早く壊さねば…!」
「ゴブリンだろーと、普通の人間にゃヤバイんだよッ! そのビルなら知ってる。空飛んでとっとと行くぞ!」
輝也の言葉に、蓮は無言で頷いた。
子供を近くの雑居ビルの中に避難させる。決して外へ出ないよう念押しして、三人は再び街へと戻った。

『やってくれるね』
相変わらず口元に不敵な笑みを浮かべたまま、だが蓮の目はにこりともしていない。脳裏には先程の泣き叫ぶ仲間の子供の姿がちらついている。
『魔王サマとやら。ボク、結構この街が好きなんでね。どうこうしたいんなら、ボクをどうにかした方がいいよ?』
呼び出した小悪魔たちを輝也の首にそれぞれし乗せ、蓮もひょいと首の付け根にまたがる。

「んじゃ! 正式名称『ストリートキッドとそのお供たちによる魔王ちゃん討伐隊』! はっしーん!! ホラ行った行った!!」
馬に拍車をかけるように、龍の背をバシバシ叩く。
「って、それが正式名称かよ!」
全く、とぼやきながら龍が空に浮く。
「…この際、魔王を倒せれば何でも良いな…」
異世界のサムライも、背中の翼を広げる。

人気の無くなった町並みを飛び越え、一気に最短距離で廃ビルに向かう。
モンスターに追われて、上から見下ろす街は妙に静まり返っていえる。テレビやラジオでは外出禁止令が繰り返し流され、事実上戒厳令が敷かれたような状態になっている。
一部異能を持つ人間や、或いは人外の有志が、自主的に(或いは成り行きで仕方なく)モンスターと戦い始めている。
だが、大部分の人間になす術は無い。まして、後ろ盾も無い子供たちは言うまでもない。

『ま、待ってなよ。ボクがもうすぐ終わらせるからさぁ』
恐らくどこかの建物に退避して息を潜めているであろう、見知った子供たちの顔が通り過ぎた。
『コイツは究極のゲームだよ。ボクだけで楽しんで悪いけど、ま、ちゃんとお土産話はするからサ』
上空から、繁華街に程近い、だが妙に煤けた感じの一角に下り立つ。そこにうっそりと建つ、汚れて灰色になった白い外壁のビル。
ここは蓮と仲間たちの絶好の遊び場だ。恐らく蓮が生まれた時点で廃ビルだったのであろう。不動産屋の張り紙は色褪せて判読不能、半ば開いたシャッターは埃で真っ白だ。

元より、あまり地相の良い場所ではないのだが、今は側に寄るだけで、冷たい不潔な水のような嫌な気配が漂って来た。身に着けたダブルコートを通り抜けて、ひたひたと何かが肌に触れるような。
しかも。

「っ! 何だよコレ!!」

さしもの蓮が思わず飛び退いた。
ビル内の床も壁も天井も、まるで巨大な生物の内部組織のような有機物にべったり覆われている。血管のようなものがピクピクと脈打っていた。
「これは、魔王の負の魔力が実体化したものだ」
ジグが説明する。
「ここに魔王本人がいる訳ではあるまいが…召喚装置が駆動している証拠であろう。恐らく強力な番人も置かれているに違いない」
「その召喚装置とやらを壊せば、モンスターどもは取り敢えず湧いて来なくなるんだな?」
輝也の言葉に、彼は頷きを返した。
「一時はな。魔王を倒さねば、根本的な解決にはならんが…」

蓮は靴に付いた汚らしい粘液を振り払い、『気持ち悪ィ〜!』とのたくる輝也の背に、再びよじ登った。
「ま、兎に角、こわしちゃえばいいんでしょ? 魔力の方角は…と」
呼び出したままだった小悪魔が、尖った指で下を指した。
「…そうだね。地下、か」
蓮は頷く。
ここの地下になら、入ったことがある。パイプ類と配電盤その他が剥き出しの、寒々とした空間。何かを召喚する装置――召喚用の魔方陣と、それに魔力を注ぎ続ける何らかの機関のセットであるはずだが――が設置されているなら、そこしか考えられない。

「んん? 地下ってどっから入るんだ? こうなっちゃ、階段とか分っかンねぇよな…」
龍が複数の頭を巡らす。
「えっとね…」
蓮が場所を指示しようとした、その時。

濡れて重たい何かを引き摺るような音と共に、灰色の巨大な何かが、怪物の消化管にも似た形状の通路から吐き出された。
無数の目と触手を持った、奇形の蛸のようなモンスターだ。
小悪魔たちが上から火の吐息を放ったが、次々触手に捕らえられてブン投げられた。何体かが魔界に消える。
「ちっ!」
龍が熱線を吐きかけ、蛸を焼却する。見た目は蛸だが、焼けたそれは美味そうな匂いはせず、汚れた泥みたいな臭気を放って消えた。

「…段々、強そうな魔物を呼び始めたみたいだねぇ」
生まれながらの召喚師、という性質上、蓮には召喚装置の性質が何となく分かる。
小物から呼び出し、魔力で周囲を覆って行き、次第に強大な魔物へ。
召喚装置そのものを破壊する以外、これを止める方法は、無い。

よっぽど強い「お友達」を呼ばないと、対処し切れないかも知れない。
蓮は、静かに覚悟を決めた。

しかし。
そうなると、魔力の殆どを召喚とその維持に充ててしまい、蓮の身は極端に無防備な状態となる。ある意味、諸刃の刃だ。
「お姉さん。危なくなりそだから、ボクのガードをキッチリお願いね」
「あん? 何言ってんだ。当たり前ダロ? それより、呼んだ小悪魔、大分少なくなったみてぇだが、大丈夫か?」
自分の頭の上や首に、聖堂を守るガーゴイルよろしく乗っかっている小悪魔たちを、輝也は見回す。
「…足りないようなら、“追加”するから」
妙に無邪気な笑みを浮かべる蓮に、輝也は何となく奇妙な何かを感じたようだが、何も言わなかった。

地下室への階段を、三人揃って滑り降りる。

「…あれか!!」
ジグが刀を構えた。
元は資材か何かを置いてあったのであろう。
コンクリート打ちっ放し、パイプが縦横に走る広い地下スペースの真ん中にスチールの事務机がぽつんと置かれており、その上には今や見かける事もなくなった、古い型の大きなパソコンが乗っていた。
そのモニターの中で、新手のスクリーンセイバーのように明滅し、揺らぎまた映し出されているのは、明らかに召喚魔法用の魔方陣。

『これはこれは、サムライ殿。生きておられましたかな』
笑いを含んだ声と共に空中に現れたのは、痩せた体にローブを纏う、奇妙な人影だった。

「貴様、魔王の…!!」
ジグが刀を構える。
「コイツがここの番人?」
蓮はすっと目を細めた。
痩せこけた人間の上半身だけのような、奇妙な姿をした「番人」は、強い魔力を帯びてはいるが、倒せなくも無いような気がする。
『今度のお供は…多頭龍と…む? その子供は…召喚師? まさか、その若さでとは…一体!?』
その魔物にとっても、蓮のような存在はいささか常識はずれなのか、フードに覆われた顔の辺りから鋭い視線が投げかけられた。

「そういう事だ。貴様にもう勝ち目は無い!! 主の元へ帰るが良い!!」
ジグの威圧に対して返って来たのは、呻くような呪文の詠唱だった。
マズイ、と蓮はピンと来る。

『我が命と引き換えに、出でよ魔王の下僕、地獄に咲く獄炎花よ!!』

赤黒く輝く奔流が、モニターから津波の如く吹き上がった。
一瞬でローブ姿を飲み込み、まるでぶちまけられた血の如く、巨大なその全身を現世に現す。

敢えて表現するなら、それは部屋そのものを覆う程巨大な食虫花と言えるだろう。
植物好きなら、「ラフレシア」という名が思い浮かぶかも知れない。

だが、そのうねうね蠢く巨大な花弁の縁には、鋭く尖った突起が、牙のようにぞろりと並んでいる。
中央の、普通の花ならば雌しべや雄しべが密集している部分には、獣の口のようなものが突き出し、巨大な牙と舌が蠢いていた。その周囲を取り囲むのは、人間のそれと酷似した無数の目だ。
「やっつけて!!」
蓮は小悪魔たちに命じた。
モンスター花は、まだ魔方陣の向こうの世界に張ったままの根を庇うように、がくに当たる部分と花弁を伸ばし、背後のパソコンを包み込んだ。
小悪魔たちが殺到し、うねくる花弁を掻い潜って炎を吐きかけたが、恐ろしく強靭な鞭の如き花弁に切り裂かれ、次々に魔界へと消えていった。

龍が十一の顎で引き裂き、熱線を吐きかけ、サムライが刃で連続して斬り付けたが、モンスター花はいくらでも花弁を再生させた。
魔界に張ったままの根が再生能力をもたらすのか、肝心のパソコンにダメージを通せない。

空気を震わせて、花弁の触手が龍の首を叩き付け、剥がれた鱗が金属のような音と共に飛び散った。
サムライが弾き飛ばされて床に叩き付けられる。

「あ…あ…」
背中に冷たいものが走る。
少しずつ、龍の動きが鈍くなり。
サムライの太刀筋にキレがなくなる。

恐怖。
どうしたら良い? 頼りの悪魔たちは、最早打ち止め…

「うわぁああぁああああーーーーーーーー!!!」

絶叫と共に、蓮の小柄な体から、凄まじい魔力が迸った。
それは、一瞬モンスターの放つ「負」の魔力が押し返される程。

蓮の周囲が雷の如くに輝き、何かの形を取った。

恐るべき神威とも言うべきものが、空間を圧した。
そこに姿を現したのは。
両の肩からうねる龍の首を生やし、巨大な戦斧を構えた魔神の姿だった。
黒い炎の如き長髪を、タテガミのようになびかせている。

「なっ…なぁあっ!??」
あまりの事に、輝也が十一の首がぽかんと口を開ける。
胴体の陰で、蓮がふらりと倒れる気配を感じて、慌てて尻尾を伸ばして支える。

「…ま、まさか…!?」
血塗れのジグが唖然とする前で、その魔神は地面を揺るがす唸りと共に、戦斧を振り上げた。

「魔王の下っ端めがぁ!! 未だ我が民を害するかぁ!!!」

怒号と共に、戦斧が振り下ろされ。
あれ程蓮たちを苦しめたモンスター花は、パソコンごと真っ二つになっていた。



「…おっ、気が付いたか?」
そろそろと目を開ける。
人間に戻った輝也とジグが、自分を覗き込んでいた。

「ん? ボク…?」
薄暗い、埃っぽい建物の内部。
見覚えがある。あの廃ビルの本来の内装だ。外は穏やかな陽が照っており、埃じみた窓を通じて差し込んでいる。

「いやー。さっき、お前が呼び出した、ごついオッチャンが、一瞬でカタ付けてくれてよ…」
何となく乾いた、輝也の笑い。あまり役立たなかったことをゴマかしているのかも知れない。
「…しかし、貴殿は一体何時の間に、『あの方』と契約を結んでいたのだ?」
ジグが畏怖すら含んで自分を見るのを、蓮はきょとんと見返した。

「…ほえ?」
「…まさか、知らずに呼び出したのか!? あの方は、我が世界の主たる魔神。竜王ザッハークだ」
蓮は、記憶を辿る。
ザッハークの名に引っ掛かったのは。
「イランの伝説に出てくる、両肩から龍の頭を生やした龍の王様だよな。正体は、頭が三つある龍」
まるで知り合いの紹介をするように、輝也は解説する。

「…ボク、そんなの呼んだの…?」
パチパチと目を瞬かせて、蓮は問い返した。

「遠い昔の事だが、魔王は以前にも我が世界を襲ったのだ。その際、あの方は魔王を封印した上で追放するのと引き換えに、深い眠りに落ちたのだ。それ以来、誰もその姿を見たことが無かったのだが」
「…起こした? もしかして…マズイ事だった?」
以前にも、蓮は魔力の暴走によって、手に負えない高位悪魔や魔神クラスを呼び出してしまい、周囲に甚大な被害を与えた事がある。

師なくして召喚魔術を習得する程の才能の、言わば副作用なのか。
長所と張り合わせの、彼の最大の欠点なのだ。

「いや。本来、自力で目覚められないところを、貴殿の召喚魔法で無理矢理呼び起こされたお陰で、再び現世に現れることが出来た。大層喜んでおられたが」
ジグの表情が、心なしか柔らかい。
「私の血筋を遡れば、あの方に行き着くのだ。私を身内と認め、あの方は怒りを静めて下さった」

…どうやら、ジグのお祖父ちゃんだかひいお祖父ちゃんだか、という理由で、被害を免れたらしい。幸運だった、と言うべきか。

「兎に角…これで終わったなぁ〜。ヤレヤレ」
輝也が、はぅっと溜息をついた拍子に、蓮は思い出した。
「…他のモンスターは? みんな大丈夫だったのかな…」
仲間である子供たちの顔が頭を過ぎる。
「他の雑魚モンスターなら、召喚装置の破壊と同時に姿を消した。安心して良い」
ジグの言葉に頷きながらも、蓮は安心しきれない。
「…うん。でも、一応怪我した子がいないかどうか、確かめて来るよ」
ひょい、と一挙動で立ち上がる。

「あ、待ちな!」
ぽんと放られたものを、蓮は両手で受け止めた。
美しい青い光を帯びた、おおきなコインのようなもの。

「?」
「あのモンスターが枯れた後に落ちてた。RPGと言えば、お約束。勇者の取り分な」
「お友達の方々によろしく。魔王のような勇者殿」

蓮はふふっと笑った。
「うん。ありがと。面白かったよ、お兄さんとお姉さん。じゃあね!!」
パタパタと手を振り、軽やかに駆けて行く。


取り敢えずは…魔王クン。
このボクがいる東京を、どうこうしようだなんて、百年早かったって、よーく分かっただろ?


蓮の華奢な手の中で、冒険の証がキラキラ煌いた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC
【1790/瀬川・蓮(せがわ・れん)/男性/13歳/ストリートキッド(デビルサモナー)】

NPC
【NPC3819/大霊・輝也(おおち・かぐや)/女性/17歳/東京の守護者】
【NPC3827/ジグ・サ(じぐ・さ)/男性/19歳/異世界のサムライ】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターの愛宕山ゆかりです。「仮想東京RPG!〜1勇者を探せ!〜」にご参加いただき、誠にありがとうございました。
RPG的なアイテムということで、「異界のコイン(ミスリル)」を進呈いたします。

さて、今回お預かりした瀬川蓮くんは、「まるで魔王のような勇者様」という面白い存在で、捻りの在る存在感が出せたかなと思っております。
特に最後、召喚対象として出て来た「竜王ザッハーク」は、このシナリオを設定した時点では、名前だけ出る「隠しキャラ」的存在でした。
が、しかし。
呼び出してくれそうな方がッ!? チャーンス!
…という事で、思いっきり出演してもらいました(出番は一瞬でしたが…笑)。
特にジグ・サは、憧れのご先祖に会えて喜んでいたようです(『弱い! 修行が足りん!』と怒られたのは、ナイショです;)

この「仮想東京RPG」シリーズは三部構成で、魔王を倒せる武器を探す「最強武器クエスト!」は6月上旬ごろお目見えする予定でおります。
もしよろしければ、ご参加下さい。

では、またどこかでお会いできる日を楽しみにしております。