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<東京怪談・PCゲームノベル>


駅前マンション〜それぞれの日常・夕暮れの帰り道


 ここ数日ほど、風太の家の飼い猫が帰ってこない。
 大福と名付けた白い猫は、風太が住むマンションの大家から譲られた子だ。
 普通の猫ではない彼は、普通の猫よりずっと頭が良くて、風太は猫を飼いながら、猫の世話などしたことがない。
 人の言葉も解する猫は黙って何日も外泊することなど、これまで一度たりともしなかった。
 けれど風太は、それほど、飼い猫――大福を心配しているわけでもなかった。何故って、大福はある意味では風太よりもずっとしっかりしているのだ。
 どうしたんだろう? と思う気持ちがあるのも確かだけれど、猫は本来気ままな動物だという。ふらりと数日姿を消すことなど珍しくないと、猫好きの友達もそう言っていた。
 学校帰りの道すがら、いつものようにあんまんやクリームパンを買い食いして、それから、スーパーでちょっとしたスパイスを物色する。
 風太は最近、究極のカレー様研究中なのだ。これまではカレーと言ったらレトルトかレストランだったのだけど、こうやってスパイスをひとつひとつ選んで作っていくのもなかなか楽しい。材料・分量がちょっとした差でも、完成品の味はけっこう多岐に変わっていく。
 風太が学校帰りによく寄るこのスーパーは、規模こそそう大きくはないのだけれど、意外に品揃えがよくて、眺めているだけでも飽きがこない。
「あ、大福にもお土産買って行こう〜っと」
 今日は帰ってくるかもしれない。なんとなくそんな気がして、風太はペットコーナーへと足を向けた。もし今日は帰ってこなくても、猫缶だったら長持ちするから問題ない。
 大福は基本的には好き嫌いはないようで、風太が出したご飯をいつも、嬉しそうに全部平らげてくれる。けれど良く見ていれば、その中でも特に好きなものは知れる。
 猫といえば魚、というイメージがあったのだが、大福については魚が好物というわけではないのだ。というか大福の場合、お魚そのものよりも、猫缶の方が好きらしい。それも、魚味ではなくてベジタブル風味。
 ぐるっとペットコーナーを回って風太は、大福の好物の缶を見つけて、それと一緒にちょっとしたおもちゃも買ってみた。
 ご飯のおかずと、スパイスと、大福へのお土産と。欲しいものを一通り手にした風太は、自宅のあるマンションに向かって歩き出す。
 が。
 ふと、やわらかい風に吹かれて足を止めた。
「……こんなに気持ちいいんだもん、日向ぼっこもしていこうかなあ」
 太陽はそろそろ傾き始めていたけれど、その涼しい風が気持ちよく。斜めにさす赤い陽が目に美しい。
 公園のベンチで、まだ食べていなかったクリームパンを取り出して、のんびりゆっくり口にする。
「大福、今日は帰ってくるかなあ」
 心配は、あんまりしていない。
 だけど正直、大福と一緒にいる毎日に慣れた今となっては、大福がいないことがちょっと寂しい。
 ぱく、と。クリームパンの最後のヒトカケを口にした。
 夕闇が迫る。
 暗くなったからどうというわけでもないけれど、そろそろ帰ったほうがいいかもしれない。明日も学校はあるのだから。
 スーパーの袋を手にベンチから立ち上がり、マンションの方へと歩き出す。
 二十階の高いビルが見えてきて、その入り口も見えてきた頃。マンションへに入る自動扉の前に、ちょこん、と白い何かが鎮座しているのを見つけた。
 くるりと、ふたつの碧が風太を見つめる。
 そして。
「にゃーーーーーーっ!!」
 元気かつ盛大な鳴き声とともに、白い塊が突進してきた。
「だいふく?」
「にゃっにゃーーーんっ!」
 ぴゅおーんっ、と勢いこんで風太の胸に飛び込んできた大福は、そのままぽろぽろ涙を零した。
「どうしたの? 大丈夫?」
「にゃ、にゃ、にゃーん」
 大福は必死になにかを訴えているけれど、あいにくと風太は動物の言葉はわからない。
 でも。
 ……でも。
 見れば、わかる。
「がんばったんだねえ、大福」
 よしよし、と大福の頭を撫でてやる。
 何があったのかは知らないけれど、大福が何かをすごくすごく頑張ってきたのは、それは、大福を見ればすぐにもわかる。
 碧色のビー玉のような丸い瞳をますます大きく丸くして。大福は風太を見上げて、また、ぎゅーっと風太にしがみついてきた。
 爪をしまうのも忘れているらしい大福の抱擁は服にちょっとした傷を残してしまいそうだったけど、気にしない。服よりも大福の方がずっと大事なのだから。
「大福にお土産、買ってきたんだよ」
 白い猫を片手の中に抱えて、もう片方の手にはスーパーの袋。
「にゃあ?」
 じー、と期待の瞳で見えるはずのない袋の中身を見ようとする。
「開けるのは、家についてからだよ」
「にゃんっ!」
 言えば大福は元気な鳴き声を返して前足を上げる。大福はもう、泣いてはいなかった。
 家に帰ったらまず、大福にご飯をあげて。
 それから、またあのお茶を出してこよう。そうしたら大福とおしゃべりをしよう。
 ここ数日の別行動の間にどんなことがあったのか。他愛もないおしゃべりを楽しみに、一人と一匹は一緒に家の扉をくぐった。

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

2164|三春風太    |男|17|高校生