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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間即席無料相談会 その後

「俺は久し振りに暇だ。よって、何でも相談を聞いてやろうと思う」

 久しく訪れた平穏な日、或いは仕事がなく手持ち無沙汰な日、或いは気紛れ。そう遜色しても全く違わない日。草間武彦の言葉に零は手にしていた年代物のルービックキューブを弄るのを止め、
「特に相談したいこともないです」
 再び手元の遊戯に夢中になる。
 これも一種の暇潰しなんだろうな、と思ってはいるものの、武彦の気紛れによって腹の内を曝すのも笑顔一つの拒否で済むなら安いものだ。悩みはある。だからと言って、暇潰しの材料にされるのも困り者だ。
 最近の不可解且つ厄介な依頼と事件に比べれば、それは大したことでもないのは事実。でも暇過ぎる、というのも問題だ。
「なら折角ですし、今日は無料相談会にしたらどうです? そうすれば、少しは人も来ますし、暇も潰せると思いますし」
「名案だ。よし、零。宣伝してこい」
 ……前言撤回。暇に越したことはない。
 零は渋々と初期状態になりかけの遊具をソファの端に置き、近くにあったチラシの裏にマジックで<本日無料相談会〜お気軽にどうぞ〜>と書く。興信所の入り口にテープで貼り、良しと小さく頷く。
 この程度なら暇さ加減が変わることも然してないだろう。
 知り合いでも構わないが、このノリに付き合ってくれるオトナが来ればいいな、と。零は自分のお人好しさを少しだけ呪って、部屋の中に戻っていった。

 『草間興信所無料相談会』と勝手に命名された思い付きの暇潰しに付き合ってくれた幾人かの、的確に言うと片手で数えられるだけの知人に別れを告げたのは、時刻が夕刻を回った頃合だった。夏に近付いている時期なために、まだ空は明るい。それでも各々に生活があるらしく、暗くなるまで酒を飲み明かすという暴挙に付き合ってくれる輩はいなかった。それも相成ったのか、全員がいなくなるとすぐに慌てて零は布製のトートバッグを手に支度を始めた。どこへ行くのかという怠惰な武彦の質問に、夕飯の買い物がまだだったのだと言い残して、近くのスーパーへと出掛けて行ってしまった。
 残された人間がすべきことはと言えば、いわゆる閉店準備だろうか。これ以上仕事をする気もさらさらなかったので、立ち上がって興信所の外へと出た。
 ふいに視界に入った人影に対して即座に残業の言葉が浮かぶも、元より拒否すればいいだけの話。昔のハングリー精神はどこに行ったのかね、と悪態をつきながら、彼――いや、髪が短いというだけで判断してしまったのが間違いで実際は彼女、と、それもよくよく見れば見知った一人だということに気付く。依頼かと否定の答えを期待して問うと、案の定にも否定の答えが返ってきた。それならば、と他の選択肢を思案するも、思い付くことも何もなかったので基本に立ち返って聞き手に回ることにしよう。
「で、何の用だ?」
 草間家では近年は古典的手法にはまったのか、興信所の入り口に掛けられた『開店中』のアンティークの木彫りの札を彼女は触っていた。余程気に入ってくれたらしい。
「用がなきゃ行動しちゃいけないのか?」
「何となくってのも理由として成り立ってると思うけどな、俺は。でも一応聞くことは聞いておく」
「じゃ、何となく」
 聞き手に回ったのも、選択肢としては間違いだったらしい。
 かはっと笑ったレイザーズ・エッジにどうしたものかと思いながら、武彦はドアに寄り掛かった状態で煙草を取り出した。雑誌やら中吊り広告やらで散々騒がれている副流煙に注意すべく、風向きにそれとなく配慮してみる。気にするような女性だとは思ってもいないのだが、だからといって堂々煙を吸わせるというのも、何となしに躊躇われる。
 深く吸い込んで煙を吐きこみ、一つだけ間を置いた後に武彦は問う。
「それで、話があるなら聞くが?」
「話、か。そう呼ばれるものは特には思い付かないけれど……。うん、ないな、話は。ここに来るに至ったという理由もないし。差し当たって深い理由は」
「なら浅い理由はあるのか?」
「まあね。ボクとキミとの関係よりも、遥かに浅い理由で良ければ幾らでも」
 両の腕を広げてみせ、大仰な仕草を取ってみる。武彦は顔を幾分もしかめつつ、小さな息を吐いた。
 理由が、アポがなければ会う訳にはいかないと言うつもりもないのだが、正面切ってこうも言われると言葉に詰まる。今日の幾つかの事項でも話そうかと思って、
「…………」
 直ぐに思い留まった。
 その行為自体にもやはり理由はない。思い付いた理由も、止めた理由も。
「……そういうもん、だよな」
 適当に自分で決着を付け、武彦は沈黙を選択した。レイザーズも同じ選択肢に至っているのだろうか、壁に寄り掛かって何事かを鼻歌で奏でていた。
 夏の陽は高い。夕方を過ぎた頃合になっても、未だに太陽を眺めることが出来る。当然であるとも言えるのだろうがビル群の多い東京にも例外ではないらしく、昼間に見える白い太陽とは違って赤い太陽が沈みかけているのが良く見える。それも地平線に沈むという意味ではなく、ビルの間に沈むというのだから、厳密な意味では異なるのだろうが。
「そういや」
 言葉に、レイザーズの視線が向けられる。武彦は続ける。
「夕飯でも食べていくか? 折角ここまで来てもらったことだし、な。それとも何か他に予定でもあるんだったら、無理にでも引き止めることはしないが」
「夕飯って?」
「エビフライ」
 別に献立を聞いた訳ではないのにと思いながら、草間家のあまりにもハードボイルドから掛け離れている献立に笑ってしまった。恐らくは調理担当の零の好物なのだろうが、武彦自身の好物ではないとも言えなくはない。言及することなく、レイザーズは口元に手をやる行為で答えた。
「不満か?」
「いや、不満という訳じゃなくて……」
「それともアレか? 現代っ子に多いという海老嫌いか? 海老を殻ごと食ってキチン質を得ようとは思わないのか!?」
「そういう意味でもなくて……だな。いいのか? 家族の団欒に邪魔をして、という話だ。ここに来るのに予告も警告もしていなかったんだし、それで迷惑を掛けたら申し訳が立たないな、と」
「海老嫌いじゃなきゃ、構わない」
 でも零が帰ってくるまでにはまだ時間があるからと、武彦は興信所の中からレイザーズを呼び寄せるように手招きした。
 断る理由はない。
 たまには人の家に上がりこんでの食事も悪くないと思いながら、少しだけ開け放されたドアに手を伸ばした。
 直後に電話に手を伸ばした武彦が、何やら受話器越しに零に向かって詫びているのを見たときには少し申し訳ないようにも思えたが、
「そういうのは早く言ってください、って怒られた」
 と苦笑いする様子に、まあいいかと安直にもそう思ってしまった。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4955/レイザーズ・エッジ/女性/22歳/流民(るみん)】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

今回は指定がありませんでしたので、現在公開中の「草間即席無料相談会」の終了後の話、という形で書かせていただきました。
一任させていただくというのは自由な反面、難しく、とは言え逆に愉しく書かせていただきました。
エビフライをお召し上がり下さいませ。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝