コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


記憶の迷宮 1

 ある日のこと。仕事の帰り道、草間武彦は、こちらも取材の帰りらしい碇麗香と偶然出会った。挨拶だけで素通りしなければならないほど、忙しくもなかったので、なんとなく立ち話をして、その別れ際のことだ。
「そうだ。これ」
 麗香は、バッグの中から何かのチケットのようなものを差し出した。
「なんだ? これ」
 草間はそれを見やって、尋ねる。
「今、東京湾の沖合いに、人工島を造ってテーマパークが建設されているでしょう? それの開幕前夜のイベント用の入場チケットよ」
「ああ……。そういえば、あれって、白王社が経営に加わってるんだっけ」
 麗香の答えに、草間は新聞やテレビで見た大掛かりなCMを思い出し、うなずいた。
「開幕前夜のイベントって、何やるんだ?」
「ミステリーツアーみたいなものらしいわよ。……テーマパーク全体を使って、与えられたヒントを頼りに宝探しとか、推理ドラマ仕立てで犯人探しとか、そういう感じね」
 問われて麗香は言うと、実は自分もよく知らないのだと、笑って付け加えた。ただ、会社の方から、イベントチケットを配るように言われているらしい。
 麗香は、彼にチケットを二枚押し付けると言った。
「一枚で三人まで入れるから、他にも人を誘って来てちょうだい。……もし、もっと必要だったら、言ってくれればまた渡すわ」
「へいへい」
 草間は適当に答えて、とりあえず、押し付けられたチケットを手に、事務所への道をたどった。

+ + +

 数日後。
 草間武彦は、零と友人たちを連れて、東京湾の沖に浮ぶ人工島へと向かった。
 そして――。
「ここは……どこだ? 俺は……俺の名前……タケヒコ……それが、俺の名前? だが……」
 草間は、思わず呆然として呟く。その地で気づいた時、彼は名前以外の全ての記憶を失っていたのだ。その脳裏を貫くように、一つの声が木霊する。
『キングを倒せ』
「キング? キングって誰だ?」
 草間は思わず顔をしかめ、尋ねた。だが、それへの答えは返らない。ただ、同じ言葉が繰り返されるだけだ。彼は思わず、顔をゆがめて、頭を押さえた。
 ほどなく声は止み、彼は静寂の中に取り残される。ようやくおちついてあたりを見回すと、そこは森の中のようだった。昼間なのか、明るい。彼はとりあえず、人の姿を求めて、歩き出した。





【1】
 草間興信所に、何か仕事がないかと訪ねた法条風槻(のりなが ふつき)は、草間の誘いを受けて、イベントに参加することにした。実際にテーマパークが開幕したら、調査やリサーチの依頼が来て、行ったとしてもなかなか楽しめないだろうことが、今から予想されたためだ。
 遊びに行くなら行くで、思いきり楽しもう。彼女は、そういうつもりだった。
 なのに。目覚めた時、彼女は自分の名前以外、全ての記憶を失っていた。
 なぜここにいるのか、自分がどこに住んでいて何をして生きている人間なのか、さっぱりわからない。
 倒れていたのは、どこかの森の中だった。あたりはうっそうと木々が生い茂り、その根方は苔におおわれている。彼女は、それらの木々の幹の根元に、寄りかかるようにして倒れていたのだった。
『キングを倒せ!』
 突然頭に響き渡った声が去ると、彼女は小さく吐息をついて呟いた。
「キングを倒せ……か」
 そして、動き出す前にまず、持ち物のチェックをするべきだろうと、自分自身を見回す。着ているものは、ジャンパースカートと半袖のTシャツに、ジーンズとスニーカー。腰には、ウエストポーチを巻いていた。彼女はそれをはずして、中身を調べる。入っていたのはサイフと二種類の携帯電話、免許証と時計だった。
 サイフの中身は、いくばくかの金と数種類の名刺、それにチケットの半券のようなものが入っていた。名刺は、全て違う名前のものばかりだ。半券は、「キングアイランド・特別入場券」と印刷されており、スタンプが押されていたが、日付は薄くて読み取れなかった。
 携帯電話は一つはW−ZERO3型のもので、もう一つはありふれたコンパクト型のものだった。
 免許証は自動車のもので、サイフの中に入っていた。当然そこには、本籍地が記載されているが、それを見ても、彼女は一向にピンと来ない。
 時計は至ってシンプルなアナログ形式のもので、女物ではあるが、飾り気はまったくなかった。
 それらを仔細に検分した後、彼女は自分自身の情報を求めて、二つの携帯電話の履歴と登録されている電話番号を調べた。
 どうやら、サイフに入っていた名刺の相手の番号はほとんど、携帯にも記録されているようだ。むろん、履歴に名前が残っているものもある。中でも履歴に頻繁に名前が出て来るのは、「草間」「碇」「蓮」といったものだ。もっとも、相手が男なのか女なのかは、さっぱりわからない。履歴はあるが、伝言そのものは残っていないせいだ。
 それらをひとしきり調べた後、風槻は小さく溜息をついた。
「我ながら、情報量が少ないわね。……さて、キングね。倒せって言われても、何者なんだかどこにいるんだかもわからないんじゃ、動きようがないわよね。いきなり行って、こっちが怪我するのも割に合わないし」
 一人呟き、彼女はあたりを見回す。うっそうとした森の中には、道らしい道も見当たらない。
「無事にそのキングの所へたどり着ける保証もないし……まずは、周辺の探索かな」
 携帯電話は圏外で、どこにも連絡のつけようがないことは、さっき確認してあった。今はまず、方向を確認して、この森を出る方策を立てるべきだろうと、彼女は考える。
 とりあえず、サイフの中にあった名刺を一枚、現在地の目印がわりに、自分が寄りかかっていた木の根元に差し込む。それから、太陽が見えないかと頭上をふり仰いだ。しかし、木々の枝が厚くおおっているせいで、空は見えなかった。昼間なのは光の色合いでわかるが、これでは方角を知るすべがない。
(木の切り株とかあると、方向がわかるんだけど……。そううまくは行かないかな)
 しばし考え込んだ末、結局彼女は、木々の切れる位置を探して歩くことにした。移動しながら、名刺を目印がわりに、途中の木の根方や枝に挟んで行けば、ある程度行って空が見えなければ、また戻って来ることもできる。
 そう決めて、広げたものを再びウエストポーチに収め、それを腰に巻いて、歩き出した。
 しばらく行くと、人の声らしいものが聞こえて来るのに気づいた。彼女は、少し迷って、木の陰に身を潜める。
 ややあって近づいて来たのは、男一人に女二人の三人組だった。
 男は、四十前後だろうか。ゆるいウェーブのある黒髪を長く伸ばして後ろで一つに束ね、顎にも髭をたくわえている。ジーンズといやに派手な半袖シャツを身に着け、背中にはリュックを背負っていた。
 二人の女のうち、一人は二十代半ば――風槻自身とかわらないぐらいの年齢だろう。ほっそりと長身の体にワインレッドのパンツスーツをまとい、ショルダーバッグを提げていた。長く伸ばした黒髪は、これも後ろで一つに束ねており、切れ長の青い目と白い肌の美女だった。
 もう一人は、中学生か高校生ぐらいだろう。これもまた黒髪を長く伸ばし、小柄な体にはデニムの七分丈のパンツと半袖のブラウスをまとっていた。この少女も背中に小さなリュックを背負っている。
(親子連れ……にしては、あの女性が若すぎる気がするし……どういう集団なのかしら)
 風槻は、かすかに眉をひそめつつ、三人の会話に耳を澄ませた。
 どうやらこの三人組も、この森で迷ったか何かして、出口を探しているようだ。通り過ぎて行くのを見送って、風槻はどうしようかと考える。どういう集団かは今一つわかり辛いが、武器などを持っているふうでもなく、危険な集団という印象は薄い。それに、自分が向かっている方向から来たということは、そっちには森の出口はないということだとも考えられる。それなら、声をかけて同行するのも一つの手だ。
 しばし考えた後、彼女は三人に声をかけてみることにした。
 木陰から出ると、大声を張り上げる。
「あの、すみません!」
 途端、三人が足を止め、こちらをふり返った。風槻は、それへ駆け寄る。
「すみません。森の出口を探しているなら、ご一緒していいですか? あたしも、どうも道に迷ってしまったみたいで」
 こちらは、どこからどう見ても無害そうな女が一人なのだし、簡単に同行させてもらえると思ったのだが、三人は困惑げに顔を見合わせた。やがて、切れ長の目の女性が、代表するように口を開く。
「申し訳ないんだけど、私たち迷子とは少し違うから……ご一緒できないわ」
「え? でも、森の出口を探しているんでしょう?」
 軽く目をしばたたいて、風槻は問い返した。
「それは、そうなんだけど……」
 女性は、困ったように言って、他の二人を見やった。
「私たちは、この森で目が覚めた時には、名前以外の記憶を全部失っていまして……それで、ともかく森を出ようと、こうして出口を探しているところなんです」
 一人だけいる男が、女性に変わって口を開く。
「え? ち、ちょっと待って。じゃ、もしかして、『キングを倒せ』って声も聞いたの?」
 風槻は、驚いて思わず尋ねた。
「え?」
 男がきょとんとしたように風槻を見やり、女性と少女は大きく目を見張った。
 そうして。互いに話してみると、彼ら三人も、風槻とまったく同じ状態だということが判明した。実際には、目覚めた場所もそれぞれ別々で、歩き回っているうちに、出会って同じ状況だと知り、出口を探して一緒に行くことにしたのだという。
 そこで、風槻も仲間に入れてもらうことにした。
 互いに、自己紹介をする。といっても、名前だけだったが。
 三人は、男がシオン・レ・ハイ、女がシュライン・エマ、そして少女が草間零と名乗った。
(草間? ……携帯の履歴にあったのと、同じ名前ね)
 風槻は零の名前に引っかかったものの、同じ姓などいくらもあるだろうと考え、今はそれについて考えるのを棚上げにする。
 ともあれ彼女は、この三人と共に、森の出口を探すことになった。

【2】
 出口を探して森を進む途中で、風槻たちはササキビ・クミノとタケヒコと名乗る男女と出会った。
 クミノは、中学生ぐらいだろう。小柄で背が低く、長い黒髪は二つに分けてそれぞれ束ねており、妙に制服めいたスカートと半袖のブラウスという姿だった。体に斜めに、小さなポシェットを提げている。
 一方、タケヒコは三十前後というところか。短い黒髪に黒い目の、長身の男だった。夏物らしいブルーグレーのズボンとそろいのジャケットに、柄物の半袖シャツという恰好は、あまり堅気の人間には見えなかった。
 もっとも、この二人も風槻たち同様、名前以外の記憶を失っていて、自分がどんなことをして生きて来た人間なのかを、まったく覚えていないという。また、この森の中で意識を取り戻したおりに、「キングを倒せ」という声が頭の中に響いたというところも同じだ。
 それで結局、彼女たちはこの二人も加えて、六人で森を行くことになった。とはいっても、今は少し休憩を取ろうと、それぞれが木の根方に腰を降ろしたところだ。
 シオンが、忘れると困るからと、表紙に「落書き帳」と書かれたB5大のレポート用紙のようなものをリュックから出して、鉛筆で風槻らの似顔絵を描き始めた。
 風槻はそれへ、見たいような見たくないような気持ちで、思わずちらちらと視線を向けてしまう。というのも、来る途中で見せてもらった零とシュラインの似顔絵は、なかなか微妙なものだったからだ。特徴は捉えていると思うが、似ているかと言われれば、首を傾げてしまう。
(描いたのが、幼稚園児とかなら、笑って終わりにできるんだけどね。……あたしの特徴っていったら、やっぱりこの目? それとも、髪型とか?)
 思わず眉間にしわを刻み、風槻は胸に呟いた。
 その時、クミノが彼女たちを見回して、口を開いた。
「私たちは、実際には顔見知りか、同じグループだったのかもしれないという気が、私にはするのだがな」
 そして彼女は、スカートのポケットから、チケットの半券を取り出して見せる。
「持ち物と共に、自分の体を調べたら、これが出て来た。……それに、携帯に登録されている名前と履歴に、『零』『シュライン』という名が登場している」
「私たちの名前が?」
 声を上げたのはシュラインだ。彼女は零と顔を見合わせた後、慌ててバッグから携帯電話を取り出した。どうやら、まだその中身を調べてはいなかったようだ。
 零も同じように、リュックから携帯電話を取り出して、調べている。
 二人とも、愕然とした顔をしているところを見れば、履歴か登録された電話番号のどれかに、ここにいる人間の名前があったのだろう。
 風槻は、彼女たちの前にサイフにあった半券を差し出しながら、尋ねた。
「半券の方はどう? ちなみに、あたしの携帯にはここにいる人間の名前は、ないようよ」
「あ……。半券は、ここに」
 シュラインが慌ててサイフの中から、それを取り出す。零も同じものを、リュックのポケットから取り出した。それを見やって、タケヒコも同じものを差し出す。
 似顔絵を描き終えて、落書き帳をリュックにかたずけたシオンは、そんな一同を見やってきょとんとした顔になった。が、すぐにその手にあるものに気づいたのか、ジーンズのポケットから、慌てて半券をつまみ出す。
「なんていうか、嫌な感じだな。……たぶん俺たちは、何かの催しだとかなんとか言って騙されてチケットを渡され、ここで記憶を抜かれて放り出されたんだ」
 言ったのは、タケヒコだ。
「そういうことみたいね。そして、記憶を取り戻す鍵は、声が言っていた『キング』なんじゃない?」
 風槻は、肩をすくめて言った。
「でも、キングってなんなの? 人? それとも、もの?」
 シュラインが、疑問を口にする。
「さあね。……なんにしろ、今は情報が少なすぎるわ。とにかく、この森を出て、そのキングに関する情報を手に入れる必要はあるわね」
 風槻はもう一度肩をすくめて、それへ返した。
 食糧と水の確保も考えておいた方がいいだろうとは思ったが、彼女はそれは口にしなかった。食糧は、ここへ来る間にも、木の実や食べられそうな野草を採って、ウエストポーチのポケットに蓄えていたし、群生地をうまく見つけたら皆で採取すればいい。水も、これだけよく茂った森なのだから、出口を求めて歩く間に川か泉に行き当たる可能性はありそうだった。
「えーっと、周辺の地図とかあったら、便利じゃないですか?」
 軽く挙手をして提案したのは、シオンだ。
「そうだな。地図があれば、動くのもずいぶん楽になる。……ただ、そう都合良く行くかどうかだな」
 うなずきつつも、難しい顔でタケヒコが言った。
 なんにしろ、森を出なければ始まらない。風槻たちは立ち上がり、再び森の出口を求めて、歩き出した。

【3】
 どうにか森を出た風槻たちは、とりあえず小さな川に沿って作られたアスファルトの道をたどることにした。本当は、高い所に登ってあたりを一望すれば、様子がわかるだろうと誰もが考えたのだが、遠くの方に小高い丘が二つ並んでいるのが見えるばかりで、あとはさほど高い場所も建物も、この付近にはないようなのだ。
「いっそ、森の中で木に登ってみればよかったかもね」
 風槻はふと思いついて言った。が、太陽はかなり西に傾いており、誰も再び森に戻りたいとは思わなかったのだろう。聞き流された。風槻にしてもそれは同じだったので、それ以上のことは口にしなかった。
 ただ、川が流れているということは、その周辺に人家がある可能性も高い。
 そんなわけで、彼女たちはその道を歩き出した。
 途中で休息を取りながら、それでも二時間近く歩き続けただろうか。川の向こうに、木々に隠れるようにして、白い館が建っているのが見え始めた。
「家があるなら、人もいるわね」
 ホッとしたように言ったのは、シュラインだ。そのころには、あたりはすっかり夕暮れに包まれ始めており、たしかにうまくいけば、その館に泊めてもらえる可能性もあった。
 館の数メートル手前に橋があったので、それを使って彼女たちは向こう岸へ渡る。近づいて行くと、館の周囲は木々に囲まれ、うっそうとして不気味な様相を呈していた。風槻たちは、なんとなく顔を見合わせる。
 館の入り口には鉄の門があり、その向こうには庭が広がっていた。そしてその先に、小さなポーチのある玄関が見える。しかし、門はすっかり錆びてしまっており、庭も草が伸び放題で、一見して人が住んでいる気配はない。
「空き家……かしら」
 眉をひそめて呟くシュラインに、風槻はうなずく。
「そうみたいね。……それにしても、なんだかホラー映画の舞台みたいね」
「庭の手入れが面倒で、放置してあるだけかもしれませんよ?」
 軽く目をしばたたいて言ったのは、シオンだ。
「どうだろうな。まあいい。行ってみようぜ」
 タケヒコが苦笑して言うと、鉄の門に手をかけた。門は、錆びてはいるが、鍵などはかかっていなかったようだ。きしみながらも、大きく開く。タケヒコは、その中へと先に立って入って行った。風槻たちも、その後に続く。
 荒れ放題の庭を横切って、彼女たちは玄関ポーチへ足を踏み入れた。再びタケヒコが扉に手をかける。ここも、鍵はかかっていなかった。
「ごめんください。誰かいませんか?」
 中を覗き込むようにして、タケヒコが声をかける。しかし、しばらく待ってもなんの応答もなかった。
「やっぱり、空き家だな」
 タケヒコが、小さく肩をすくめて結論する。
「何か情報が得られるかと思ったけど、がっかりね。でもまあ、今夜の宿はこれで確保できたんじゃない?」
 風槻は、外人めいた仕草で両手を広げて見せた。
「そうね。……それに、空き家でも、中を調べてみれば何か手掛かりになるものがあるかも」
 シュラインもうなずいて言う。
「とりあえず、中へ入ってみない?」
「そうだな」
 タケヒコがうなずき、先頭に立って中へと踏み込んだ。
 中に入ってみると、玄関は吹き抜けの天井のある広いエントランスホールになっていた。夕暮れ時のせいか、そこはずいぶんと薄暗い。タケヒコが、ポケットからライターを取り出して明かりがわりにしようとした時だ。クミノが、どこから取り出したのか、大型の懐中電灯をつけた。
「クミノ……。おまえ、そんなものどこに持ってたんだ?」
 驚いて問うタケヒコに、彼女は手元を見下ろして、呟くように答える。
「最初に目覚めた時、空中からいろいろ妙なものが湧いて出て来たのでな。明かりが欲しいと願えば、何か出て来るかもしれんと考えたのだが……これが出て来た」
「出て来たって……」
 絶句するタケヒコを尻目に、シオンが感嘆の声を上げた。
「すごいですね。もしかして、超能力とかそういうのですか?」
「さあな。自分にもわからない。……なにしろ、記憶がないからな」
 ぼそりと返すクミノに、「あ、そうでしたね」とシオンは一人納得したようにうなずく。
 ともかく、これで館の中を探索するのも、かなり楽になった。
 エントランスホールはずいぶん広く、部屋の隅には壺が飾られたり、ソファが置かれたりしている。壁には何枚か風景画が掛かっていた。右手奥に上へと続く階段があり、その下に扉があった。階段の横に、電灯のスイッチらしいものがある。タケヒコが、それを捻った。だが、電気が来ていないのか、それとも配線に故障でもあるのか、四方の壁に取り付けられた照明器具はまったく反応しない。
 どうやら、クミノがどこからか出した懐中電灯でがまんするしかないようだ。
 そこで彼女たちは、その奥の扉の向こうをまず見てみることにした。
 扉の向こうは、広い廊下が続いており、突き当たりで左に折れ曲がる形のそれに沿って、左右に三つずつ、合計六つの部屋が並んでいた。右手――つまり北側の三つの部屋は、どうやら寝室のようで、セミダブルのベッドが一つと、小さなテーブルに椅子が二脚、あとはクローゼットがあるだけの、同じ作りのものだった。なんとなく、ホテルのシングルルームを思わせる。
 反対側は、一番手前が居間で、真ん中が遊戯室、一番奥は食堂で、その奥には厨房もついていた。どの部屋も、長らく使われた形跡がなく、床や照明器具などには、薄く埃が積もっていた。
 二階は全体が大きな広間になっており、その周りを囲むように廊下が走っている。広い厨房が別になっている他は、がらんとして何もない部屋だ。
 だが、そこの厨房で未使用の蝋燭と燭台を見つけたので、改めて、手分けして屋敷の中をもう少し詳しく調べてみることになった。風槻がシュラインと共に割り当てられたのは、一階の南側に並ぶ部屋だ。
 最初に足を踏み入れたのは、居間だった。ずいぶんと広い部屋で、ソファやテーブルなどの家具類はそのまま残されている。風槻は、それらの家具の下やカーペットの隅、ソファの裏側などを手にした燭台の明かりで覗き込み、何か手掛かりはないかと調べ始めた。
 一方、シュラインは隅の書棚の前に立って、中に残されている書物を見やっていた。大半は英語のもので、ざっと見て神話や民俗学関連の研究書と、催眠術や超能力について書かれたものが多いようだ。
「長く使われた形跡がないのに、家具やこんな書物まで残っているなんて、なんだか変な感じね」
 シュラインが呟くのが聞こえた。
「ええ。ひどく作為的なものを感じるわ」
 風槻は、相変わらず周囲を調べながらうなずく。だが、あるのは埃ばかりで、何も手掛かりらしいものはなかった。あきらめて、彼女はシュラインの傍へと歩み寄る。
「何も手掛かりになりそうなものはないわ。そっちは?」
「ん……」
 生返事をしてシュラインは、じっと書棚を見やっていた。が、ふいに彼女はその中の一冊に手を伸ばすと、抜き取った。その本の間に、何かが挟まっている。それは、四つに折りたたまれた地図だった。
「これって……!」
 風槻は、思わず声を上げる。
「どうやら、私たちがいる場所の地図みたいよ」
 シュラインもうなずいて言った。
 地図といっても、至って大雑把なものだ。まるで子供の落書きのようにいびつな線で描かれた島の中に、森や川、丘と共に集落や道らしいものが書き込まれている。だが、森の位置やそこから伸びる道と川、そして島の中心にある二つの丘の配置が、彼女たちがこれまでたどって来た道のりや見たものと、まったく同じだ。
 風槻は、それを燭台の明かりで照らしてしげしげと見やって、小さく顔をしかめた。
「地図があったのはありがたいけど、なんだかほんと、作為的ね。やっぱりあたしたち、誰かに踊らされているってことかしらね」
「かもしれないけど、記憶を取り戻すためには、それに乗るしかないんじゃない?」
 言ってシュラインは、地図をもとどおりに折りたたむと、自分のバッグにしまった。それを見やって、風槻は小さく肩をすくめる。たしかにそれは、そのとおりかもしれなかった。

【4】
 やがて、遊戯室と食堂、厨房の調査を終えて、風槻とシュラインは集合場所であるエントランスホールへと向かった。結局、収穫は居間で見つけた地図だけだ。
 ホールには、すでに他の四人も顔をそろえていた。
「キングっていうのは、どうやら人間らしいな」
 全員がそろったのを見て、口を開いたのはタケヒコだ。彼が言うには、他の四人はそれぞれ、キングについて書かれたものを見つけたという。
 ちなみに、タケヒコとクミノは二階を、シオンと零は一階の北側の部屋を、それぞれ分担した。
 タケヒコとクミノは、大広間の壁に飾られた絵の裏に、キングについて書かれた文章を見つけたのだ。それによれば、キングはこの地の王であり、全ての時間と記憶を操る存在だそうだ。
 一方、シオンと零は北側の一番奥の部屋にあった冊子に、キングの名前をみつけた。そこには、この地に外からやって来た人間は、キングに記憶を奪われ、いつしかこの地の者となるのだと書かれていたという。記憶を取り戻す方法はただ一つ。キングを倒すことだけだと。
 それを聞いてシュラインが、バッグから居間で見つけた地図を取り出して、彼らに見せた。それへ補足するように風槻は、居間で口にしていた自分の考えを述べる。
「たしかに、何かゲームでもやらされているみたいですよね。……でも、こうなったらこの地図を頼りに、そのキングの消息を求めて行ってみるしかないんじゃないでしょうか」
 言ったのはシオンだ。
「ああ。私もそう思う。……それよりも、私が気になるのは、キングについての情報が全体的に妙に抽象的なところだ」
 うなずいて、クミノが口を開く。
「キングが人間なのはわかったが、男なのか女なのか、若いのか年寄りかは、まったくわからないままだし、どこにいるのかも不明だ」
「それは……この先へ進めば、情報が得られるんじゃないでしょうか」
 シオンが、小さく首をかしげて返した。
「だって、ロールプレイングゲームとかだと、だいたいそうですし……。この地図が本物なら、先へ進めば集落もあるみたいですし、きっとそこで情報が得られるようになっているんですよ」
 そして彼は、おずおずと続ける。
「ところでみなさん、お腹空きませんか?」
「あ……」
 言われて風槻たちは、思わず顔を見合わせた。たしかに、ひどい空腹を覚えていたし、喉も乾いている。
「言われてみればそうね。ずっと歩いていたし……お腹がぺこぺこだわ」
「私も、喉が乾きました」
 半ば苦笑しつつ言うシュラインに、零がうなずいた。
 風槻も心の中で賛同の声を上げながら、そろそろ食事にしてもいいだろうと胸にうなずく。そして、ウエストポーチから集めた木の実を出そうとした。それに、ここの厨房に缶詰があるのを、彼女は確認していた。缶切りもあったから、誰かにそれを取りに行ってもらえばいいだろう。そう思って、彼女が口を開きかけた時だ。シオンが言った。
「じゃあ、ちょっとここで休憩して、食事にしませんか? 私、バナナとかお菓子とか持ってますし」
「私も、お菓子を持ってます。それに、水筒の中にコーヒーが」
 零もそれへ、慌てたように告げる。
(あらら。……食糧があったのね。ま、それならそれでいいか。木の実は非常食ってことで。缶詰の方は、明日ここを出発する時に、みんなに言って、少し持って出るようにすればいいわね)
 いささか驚いたものの、風槻はそう決めて、ありがたくバナナとお菓子とコーヒーをもらうことにした。
 彼女たちは、それぞれホールの床に腰を下ろす。床は埃だらけだったが、風槻は何も敷物になりそうなものは持っていないので、しかたなくそのまま座った。
(ま、いいわよね。ジーンズだし)
 彼女は、あっさりと自分に言い聞かせる。
 シオンの持っていたバナナは、ちょうど一人一本ずつあったし、菓子はクッキーや一口大のパウンドケーキなどの類だったので、食事がわりにはちょうど良かった。零が持参していたのも、小さな紙のカップに入ったマドレーヌとチョコレート菓子だった。
 ところが、風槻はどういうわけか、そのどれもが食べられなかった。口元に持って行っただけで、なぜか嫌悪感が湧いてしまい、結局何一つ口に入れられなかったのだ。
(どうしてよ? お腹だって、こんなに空いてるのに!)
 思わず胸の中で、一人空しく喚いてみるが、どうやっても無理なものは無理だ。かといって、食べていないと他の者たちに知られるのも、なんとなく気まずい。殊にバナナはちょうど人数分ある。しかたないので彼女は、それをこっそりウエストポーチの中にねじ込んだ。そして、これは大丈夫だったコーヒーを、悔し紛れに一気飲みする。
 その後、彼女たちは二人ずつ別れて、一階北側の部屋を一つずつ使うことにした。風槻は、今度はクミノと共に真ん中の部屋を使うことになった。セミダブルとはいえ、一つのベッドを二人で使うなら、小柄な者とそうでない者の組み合わせの方が、いいだろうということになったのだ。もっとも、そういう選択ができたのは、女性たちだけで、シオンとタケヒコは、体格に関係なく一緒の部屋ということになってしまったが。
 ともあれ風槻は、割り当てられた部屋へ行くと、埃まみれの掛け布団とシーツを剥ぎ取った。その下は、それほど汚れていないようなので、ホッとしてベッドに横たわる。寒い季節でないのは、幸いだ。
 だが、クミノは黙ってベッドの傍に立ち尽くしているばかりで、隣へ入って来ようとしない。
「寝ないの? こんな際だし、女同士なんだから、別に遠慮しなくていいわよ」
 風槻は言ったが、クミノはなおも黙って彼女を見下ろしていた。やがてふいに踵を返すと、部屋の隅に行って、壁を背にして床に腰を下ろす。
「ちょっと、なんのつもりよ?」
 なんだか自分と一緒のベッドは嫌だと言われた気がして、思わず顔をしかめて風槻は尋ねた。空腹で気が立っているせいもあり、声には、わずかに棘があったかもしれない。しかしクミノは、それには気づかなかったかのような、冷静な声音で返して来た。
「気にするな。よくはわからないが、私はあまり、他人に密着した空間にいない方がいいらしい。……これでもまだ不充分な気はするが、今夜はここで寝る」
 言いたいことだけ言うと彼女は、抱えた膝の上に顔を伏せた。
 風槻は、しばらくそんな彼女を険しい目で見据えていたが、動く気配がないのを見て、小さく溜息をついた。
「勝手にしなさい」
 言って、彼女に背を向けると目を閉じる。その胸に去来するのは、早く記憶を取り戻して、自分が本来いるべき場所に戻りたいという、切実な思いだった――。



■ ■ ■

 風槻は、ハッと身を起こして、あたりを見回した。
 そこは仕事場兼用の自宅の一室、彼女自身の部屋だった。
(私……今まで何を……?)
 一瞬記憶がつながらず、彼女は目をしばたたいた。
 彼女は自分の机の前に座していて、その上にはノートや本などが乱雑に積み上げてある。更に、目の前にはメモやら、パソコンから打ち出した印刷物の山があった。どうやら、集めた情報の整理をしようと机に広げていて、いつの間にかうたた寝してしまっていたようだ。
 それに気づいて彼女は、苦笑した。
(よっぽど疲れてたのかな、あたし)
 大きく伸びをして、コーヒーでも飲んで気分転換しようと、椅子から立ち上がる。キッチンへ向かおうと部屋を出て行きかけて、ふと彼女は立ち止まった。
(そういえば……さっきまで、何かおかしな夢を見ていたような……? 夢……? 本当に……?)
 ふっとその眉間にしわが寄せられ、彼女の緑の瞳が揺らぐ。何か、足元が砂のように崩れて沈んで行ってしまいそうな、奇妙な心もとなさがあった。
 今、自分がいる場所は、本当に現実なのだろうか。こちらが夢で、夢だと思っていたものの方が、現実なのではないか。
 ふいにそんな思いが胸に立ち昇って来て、彼女は寒気を覚え、思わず自分で自分の肩を抱く。そのまま彼女は、動けなくなったかのように、ただそこに立ち尽くしていた。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6235 /法条風槻(のりなが・ふつき) /女性 /25歳 /情報請負人】
【1166 /ササキビ・クミノ /女性 /13歳 /殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3356 /シオン・レ・ハイ /男性 /42歳 /紳士きどりの内職人+高校生?+α】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

参加いただき、ありがとうございます。
ライターの織人文です。
さて、『記憶の迷宮』第1回目はいかがだったでしょうか。
何分、OMCで続きものをやらせていただくのは初めてのことで、
最後をそのまま終わらせていいのかどうか、少し悩みました。
それで、こんなふうに、作品自体が夢だったとも、ラストの部分の方が夢とも
取れる形にしてみました。
少しでも、楽しんでいただければ、幸いです。

●法条風槻さま
はじめまして。参加いただき、ありがとうございました。
さて、こんな感じになりましたが、いかがだったでしょうか。
引き続き、最後まで参加していただければ、うれしいです。
それでは、今後とも、よろしくお願いいたします。