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<東京怪談・PCゲームノベル>


ココロを変えるクスリ【 まだ見ぬ誰か 】



◇■◇


 流れる人波の中、ツンと服の裾を捕まれて振り返ればそこには可愛らしい少女が立っていた。
 ピンク色の長い髪に、どこか妖しく光る紫色の瞳。
 無邪気な笑顔には悪意も敵意もないが、どこか残酷なまでに純粋な企みが潜んでいるような気がする。
「なにか、用か?」
 工藤 光太郎はそう言うと、自分よりもかなり小さい少女の事を見下ろした。
 少女は何も言わずにニコニコと笑っており、変な子だと、工藤は心底思った。
「用がないなら俺は・・・」
「私、ある実験をしてるんです」
「?」
 街灯インタビューならば、少々物言いがおかしい。
 ドッキリか?とも思うが、見渡すところテレビカメラの類は確認できない。
 だんだんと少女の事が恐ろしく感じられるようになってくる・・・それは、無邪気な笑顔と妖しい紫の瞳がそう思わせるのかもしれない。
 真意が計り知れないからこそ、恐怖を伴うのかもしれない。
 理屈で説明できないことほど不思議だと感じ、恐怖だと感じるのは普段理屈の中で生活をしている人に多い。
 工藤は探偵だ。
 全ての謎は推理で解けると思っている分、こうした不可思議な体験には滅法弱い。
 不思議だで完結するのではなく、その先の・・・どうして不思議なのかを暴こうとする分、答えのない事柄は一種の恐れを纏っている。
「あなたは、あなたのココロで動いています。あなたはあなた以外の誰でもない」
「それが?」
 自分は自分。そんな当たり前の事を言われてもどうしようもない。
「けれど、そのココロが変わってしまうとしたら?」
「は?」
「あなたと言う、一人の人物を表すココロが簡単に変えられてしまうものだとしたならば?あなたは本当にあなたなんですか?自分はここにいると、ココロは自分だけのものだと、そう断言できますか?」
 ―――にっこり・・・
 少女の笑顔はどこか挑戦的だった。
 しかし、勿論それは工藤の感じ方と言うだけであって、少女は相変わらず不思議に無邪気な笑顔を浮かべている。
「ココロは変えられないものだ。俺は、俺だ」
「それなら、試してみてください。あなたの身をもって、自分が自分であると言う証明をしてください」
 少女はそう言うと、ポケットの中から小さなカプセルを1つ取り出した。
 半透明のカプセルの中、もやもやとした淡いピンク色の液体とも気体ともつかぬものが入っている。
「これは?」
「ココロを変えるクスリ・・・」
「こんな怪し気なものを飲めると思うのか?」
「保証はしますよ。怪しいものではないと。ただ、ソレを理由にココロを変えることから逃れるのはあなたの自由です」
 クスクスと、小さな笑い声をあげる少女。
 怪しいから飲めないを理由に、遠まわしではあるがココロを変えることを恐れ、逃れている・・・少女はそう受け取ったようだ。
 なんだか酷く侮辱されたような気がする・・・。
 パっと見、少女には悪意はなにもない。恐らく、このクスリも工藤の命を奪うためのものではないのだろう。
 そう思うと、思い切ってソレを口の中に放り込みゴクリと飲み込んだ。
 異物が喉を通る感触に眉を顰め、味のないソレはズルズルと胃の中へと吸い込まれていく。
「・・・なんだ、何も・・・」
 暫く経った後で、そう言葉をかけようとして・・・工藤の動きが止まった。
 心臓が鷲掴みされたように痛み出し、呼吸がままならないほどになる。
 耳元で心臓が音を立てているかのような錯覚・・・グラリと揺れる映像を最後に、工藤の視界はプツリと音を立てて消えた。
 そして―――遠くから、微かにあの少女の声が響いた・・・
「ココロなんて、簡単に変えられるんです。ただの一時の夢だけならば・・・」
 クスクスと、木葉が擦れるような笑い声を上げる少女の顔は・・・きっと、無邪気な笑顔なのだろう―――


◆□◆


「あの、大丈夫ですか!?あの・・・!!」
 耳元で甲高い少女の声が響き、工藤は呻きながら顔を上げた。
 ベンチに寝かされていた工藤の目の前に、可愛らしい少女の顔がある。
 ・・・どこかで見たことがある気がするが・・・ズキリと頭が痛んだきり、それ以上は何も思い出せなかった。
「俺は・・・」
「急に道端で倒れられて、驚きました。私と・・・通りかかった男性でここまで運んだんですけれど・・・」
 心底心配そうな顔をする少女に、大丈夫だからと告げる。
 人の良い子なのだろう。
 眉根を寄せてハラハラと言った様子で工藤の動向に注目している。
「貧血か何かですか??」
「いや、疲れが出たんだろう・・・」
「そうですか・・・あ、これ・・・ずっと額に乗せてたんで、ぬるくなっちゃってますけど」
 少女はそう言うと、お茶のペットボトルを手渡した。
 そこには真っ白な薄いハンカチが巻かれており、確かに額は冷たくなっていた。
「悪いな・・・」
 そう言って財布を取り出そうとした工藤の手を止めると、少女が「困った時はお互い様ですから」と言って微笑む。
 今時の子なのに、随分と珍しいと思いつつも工藤はありがたくお茶を飲んだ。
 何かが喉に詰まっているような感覚がするが・・・気を失った時に喉をおかしくしてしまったのだろうか?
「っと・・・悪いな、俺これから用事が・・・」
「わわっ!!お時間大丈夫ですか!?」
 少女が持っていた携帯を取り出し、画面に浮かぶ時刻を読み上げる。
 ・・・なんとか間に合いそうな時間だ・・・。
「俺は工藤 光太郎と言う。おまえは?」
「紅咲 閏(こうさき・うるう)と申します」
 ペコリと頭を下げる少女に、工藤は一応自宅の住所と電話番号を聞きだし、今度お礼もかねて伺うと言葉を添える。
「えぇっ・・・そんな、大した事してないですし・・・」
 恐縮する閏に微笑を向けると、工藤は立ち上がった。
「それじゃぁ、また今度・・・」
「はい」
 手を振る閏に手を振り返し、約束の場所へと走る。
 ・・・まだ彼は来ていないと思うけれども・・・
「なかなか良いデータが取れそうですね。お礼なんて、データで十分ですよ、工藤さん」
 閏のそんな呟きは、吹いた風に掻き消された・・・。


◇■◇


 待ち合わせ場所にはまだ彼は来ていなく、工藤は盛大な溜息と共に時計を見上げた。
 数分待った後で、目の前の道から走ってくる影が見え・・・
「遅い」
「ちょっとぶっ倒れてたんだって!」
 黒羽 陽月はそう言うと、肩で数度息をした。
 相当走ってきたのだろう・・・。
「・・・倒れてた?」
「そー!知り合いの女の子に看病してもらって・・・」
「奇遇だな。俺も倒れて、知らない女の子に看病してもらった」
 女の子のフレーズに少し嫉妬の色を出す工藤。
 自分だって女の子に・・・しかも、知らない女の子に看病してもらったのは棚に上げ、黒羽の腕を強く掴む。
「ちょ・・・痛いっつの!」
 黒羽の抗議の声を無視するかのようにずんずんと腕を掴みながら先に進む工藤。
 進んではいるのだが、明確な目的地はどこにもないために、ふらふらと当てずっぽうな道を選択していく。
「ねー、疲れたし、暑いし・・・どっか入んない?」
「どっかって?」
「喫茶店とかさ、ほら・・・すぐそこにあるじゃん。あそこでいーよ」
 黒羽の言葉に、工藤が手を放すと無言で赤信号を待つ。
 ここの信号は赤が長いために、酷く無駄な時間を過ごしている気がする・・・。
 信号待ちほど退屈でイライラとする時間はない。
 信号が赤から青へと変わり、白黒の横断歩道を渡る。
 洒落た外観の喫茶店へと入り、一番奥まったところの席に腰を下ろす。
 店内は冷房が効いており、空気は寒いくらいにヒンヤリとしていた。
「こちらがメニューになります」
 若いウェイトレスがそう言って、真っ白な紙にピンク色の繊細な文字で書かれたメニューを手渡す。
「可愛い子だったね〜」
 黒羽のそんな言葉が耳に響き、工藤はメニューから顔を上げた。
「は?」
「今の子、可愛い子だったねって・・・俺の話、聞いてる?」
「や、見てないし」
「うそ、じゃぁ今度来たら見てみ?すげー可愛いから」
「別に見る必要はないだろう?」
「なんで?」
「お前がいるだろ?」
 サラリとそう言ってのけるが、工藤に他意はない。
 そう思ったからそう言っているだけであり、相手の感じ方なんてさっぱり気にもしていない。
 さっさとメニューを選ぶと、グズグズとメニューを眺めて悩んでいる黒羽に早く決めろよと言う視線を送る。
「んじゃ俺、ケーキ。季節のフルーツの乗ったケーキ」
「あ、そ」
 工藤が片手を上げてウェイトレスを呼び、コーヒーとケーキの注文をする。
 確かに、ウェイトレスは可愛らしい顔をしていた。
 膝上の黒いタイトなスカートに、フリルのついた真っ白なエプロン。
 パリっとした白いシャツは清潔感が漂っている。
 長い髪を後ろで1本に束ね、どこかのお嬢様のような雰囲気すらも漂わせていた。
 けれど、それだから何だと言うのだろうか。
 この場において、彼女と自分の関係は客と店員以上でも以下でもない。
 また、それ以上でも以下でも・・・あってはならないと、工藤は思っていた・・・。


◆□◆


 デパートに公園にアクセサリーショップに・・・
 工藤は黒羽にあちこち連れまわされた。
 夜の迫る町並みを歩きながら、手にはシルバーネックレスの入った袋を持っている黒羽。
 夕陽が沈む瞬間を見た後で、2人は夜景が展望できるレストランへと足を向けた。
「すっげー!本当に誰もいないじゃん!」
「貸し切りなのに他の客が居たら意味無いだろ?」
 はしゃぐ黒羽の背中を、苦笑しながら見詰める工藤。
 ビルの最上階にあるそのレストランは、入り口から入って正面がガラス張りになっていた。
 眼下に広がるネオンの光と、空に輝く星と月。
 真っ白な下弦の月は美しく、どこか艶かしい色香を漂わせていた。
「すっごいな!」
「俺もここの景色は好きなんだ」
「流石工藤の親!カードがあれば夜景を独り占めじゃん」
 流石、工藤の親・・・親・・・!!!
 ずーんと、思わず落ち込む。
 勿論黒羽の言った事に嘘はないが、それにしたってあまりにも直球過ぎやしないだろうか・・・??
「あれ?」
 工藤の変化に気がついた黒羽が首を傾げ、何かを考え込み・・・慌ててフォローを入れる。
「あ、でも・・・!ここに連れて来てくれたのは工藤の親じゃなく工藤だし、だからこれは工藤のおかげで・・・」
 しどろもどろになりながらよくわけの分からない慰めの言葉をかける黒羽。
 根本的な問題はなにも解決していないかのような言葉にも拘らず、工藤はそれでもなんとか気力を回復した。
「別に、俺に与えられたものなんだから俺の物じゃねーか」
「それはそーだろーケド・・・」
「親のものは俺のもの」
 俺に与えられたものならば全てが自分のもの。
 与えられた時点でソレを使う権限は全て工藤に移行していると言う事なのだから・・・
「前菜をお持ちいたしました」
 凛と良く響く低いバスの声に顔を上げれば、初老の紳士が銀のトレーに真っ白なお皿を乗せて立っていた。
 キチっとした服装は、外国の由緒正しい伯爵家の当主のような風格を醸し出していた。
 銀のナイフとフォークが置かれ、真っ白なお皿がコトリと目の前に置かれる。
 背後に控えていた、清潔感漂う女性がグラスを置き・・・・・・・・
 乾杯と、どちらも声を出さないながらも2人は同時にグラスを持ち上げてカチリと乾いた音を立てた―――


◇■◇


 フルコースもそろそろ終盤と言う時、ふっと・・・工藤の心の中で確かな違和感が頭をもたげた。
 それは、言うなれば最初から心のどこか奥の方、引っかかっていたものではあるが・・・
 何か強い力によって抑え込まれていた、そんな違和感だった。
 何だろう・・・?
 考え込む工藤の耳音で、パチリと・・・何かが弾ける音が響いた。
 ―――それは、まるで夢から醒めたかのようだった。
 今までココロをキツク縛っていた何かが弾け飛び、甘いベールに包まれていた現実を引きずり出す。
 そう・・・目の前にいるのは、大切で大好きな“黒羽陽月”なんかではない。
 不思議でどこか頼りない印象の・・・“黒羽陽月”だった・・・。
 2人は、恋人でもなんでもない。ただの知り合い以上友達以下―――
「今のはなんだ・・・?」
 驚いたようにそう呟き、工藤の目の前に記憶が蘇る。
 閏が飲ませたあのクスリ・・・アレを飲んでから、工藤のココロは変えられてしまったのだ。
 完敗だと、心底思う。
 人のココロはこうも簡単に変えられてしまうものなのだろうか・・・それならば、いったい自分は何を持ってして自分を証明したら良いのか、だんだん分からなくなってくる。
「あのクスリか・・・」
 そう呟き、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。
 何かを考えているらしい黒羽も、きっと同じクスリを飲まされたのだろう・・・
「はっ・・・やっと正気に戻った?メータンテー?」
「は?」
 顔を上げればいつもの顔をした“黒羽陽月”が座っていた。
 ―――――けれど、それはどこか無理のある表情だった・・・
「俺はアンタのコトからかってたダケ」
「・・・お前もクスリを飲まされたんじゃないのか?」
「クスリ?なんのこと?」
 あくまでもとぼける黒羽。先ほどまで見せていた自分は全て演技だったと、主張する。
 全ては何事もなかったかのように、初老の紳士が持ってきたデザートをぱくつく。
「でもさぁ、メータンテーってば恋人にはあんな風に接するんだ〜?」
「るっせー!」
「優しいっつーか俺様っつーか、俺様っつーか・・・」
 ニヤニヤと、からかうような視線を受ける。
「まぁ、女の子なら結構嬉しいかもね、あーゆーのも。なんつーの?束縛されてるっつーか・・・まぁ、あーゆーのも良いと思うけどね」
 どこか甘い雰囲気を纏った言葉に、途端に陽月の顔が赤く染まる。
「いや、別に俺が付き合うなら工藤みたいなのも良いなーって言ってるつもりじゃなく・・・」
 ワタワタしながらの言い訳は、余計な言葉を口走っており、尚更に挙動不審になる。
 何をやっているのかよくわからない黒羽―――――
 その様子を横目で見ながら、それにしても・・・と思う。
 今回の事を通して、やはり自分には推理しかないと言う事がまざまざと眼前に突きつけられたような気がする。
 本当は、好きになった相手には色々してあげたいと思うのだが・・・
 どうにもこうにも、上手く行かない。
 例えそれが誰であっても・・・



   ――――― 例えソレが、まだ見ぬ誰かであっても・・・・・・



               ≪ E N D ≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  6198 / 工藤 光太郎 / 男性 / 17歳 / 高校生・探偵


  6178 / 黒羽 陽月  / 男性 / 17歳 / 高校生(怪盗Feathery / 紫紺の影


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『ココロを変えるクスリ』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 俺様で天然タラシで面倒臭がりで・・・それでも相手を甘やかし、ものぐさヘタレ。
 挙句独占欲が強く、不器用な工藤様。
 どれほど表現できたかは不明ではありますが、全てのイメージをひっくるめて執筆させていただきました。
 私が描くと、ひたすら俺様で・・・俺様な人物になってしまった気が(苦笑
 最後、黒羽様を傍に置くか置かないかは工藤様のお心次第です。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。