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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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失腕
●序
碧摩はそっと、指で緩やかなエッジを辿る。
「どうして、こういうものが流れ込んでくるのかねぇ」
くつくつと笑いながら見つめる先にあるのは、人形だった。日本人形に近いかもしれない。真っ黒な髪は肩のところで切りそろえられており、さらさらとしている。先ほど碧摩が辿った緩やかなエッジの頬は、ほんのりと紅が差されている。愛くるしい目元に、小さく開いた赤い口元。着せられている服は赤地に夏椿の柄だ。
そのような完璧とも思われる人形だが、一つ不完全な場所がある。その人形には、片腕が無いのだ。左腕が根元から、すっぽりと無くなってしまっている。
売り主は人形を碧摩に見せながら、暗い表情で言った。
「この人形の腕が無くなった時から、近所で左腕に怪我をする人が増えて」
新聞にも載っているその事件は、通り魔の仕業だとされていた。夜中12時ごろ、いきなり左腕を傷つけられる。小さく「違う」と呟き、姿を消す。犯人の姿は暗闇の為に良く見えないのだという。
それに恐怖を覚えた売り主は、アンティークショップ・レンを訪れたのだ。無くなった腕の所在を聞いたところ、売り主は「それが」と言いながら重苦しく口を開く。
「孫が壊したのですが、怖くなって川に投げ捨ててしまったそうです。元々流れの早い川ですし、最近の雨で増水してとっくの昔に流れてしまったと思います」
碧摩は人形を受け取り、じっと見つめる。人形用の腕を取り付けてみようかと、腕のついていた場所を確認しようとした。腕をつければ、簡単に物事が終わってしまうかもしれない。
だが、それはできなかった。
どうしても着物が脱がせられないのだ。ならば触って確認しようとしても、碧摩の指に静電気のようなものが走ってどうしても触る事ができない。
「さて、どうしたもんかね」
碧摩はため息をつき、人形を見つめる。頬や髪などを触るのには問題ないのに、腕がついていた場所に触ろうとすると静電気が起こる。これでは、どうなっているかを探る事すらできない。
ひとまず、誰かに解決策を求めてみようかと立ち上がったその瞬間だった。人形が一瞬のうちに消えてしまったのだった。
「あちゃー」
碧摩は呟き、ふと時計を見る。夜中12時だった。
●一日目、夜
静かな夜に足音だけを響かせながら、男は歩いていた。
かつ、かつ、かつ。
昼間ならば響くことなく、雑踏の中に消える音だ。それが響くという事は、如何に夜が静かなのかと言うことを暗に示している。
残業で帰宅が遅くなった男は、歩きながらふと思い出す。最近勃発している、腕を切られる事件のことを。未だに犯人が捕まっていないという事も、また同時に思い出していた。
気味が悪い。
男はそう判断し、足を速めた。かつかつかつ、と小走りにもなっている足音は、否応無く男の緊張を高めた。
家まであと少し、という場所まで来ると、男の緊張がふっと抜けた。大丈夫だ、考えすぎだと思いながら。
ざんっ。
突如した音に、男ははっとする。見れば、ゆらゆらと動く小さな影があるのだ。男は影の正体を確認しようとしたが、見つける事ができなかった。
男はぞくりと背筋を振るわせる。最近増えている切り裂き事件が、否応無しに頭を巡ったのだ。
男は走り出した。後ろから再び、ざん、と音がする。刃物が振り下ろされるような音だ。男は振り返ることすらせず、ただひたすらに走った。
カッ!
突如、先ほどまで聞こえていた音とは違う音が響き渡った。刃物を刃物で受け止めるような音だ。
「大丈夫か?」
かけられた声のほうを確認すると、少年が油断無く構えながら立っていた。
「俺らが何とかするから、逃げろよ」
また別の少年に声をかけられ、男はこっくりと頷く。
「こっちから逃げてください。絶対に、大丈夫ですから」
今度は少女の声が男を誘導した。男はぐっと奥歯を噛み締め、一目散に走っていった。彼らがどういう存在なのかも知らぬままに。
「……無事、行ったようだ」
少女、ササキビ・クミノ(ささきび くみの)は、小さな影と対峙している守崎・啓斗(もりさき けいと)と守崎・北斗(もりさき ほくと)にそう告げた。クミノの言葉に、二人はこっくりと頷く。
「俺は、破壊をするつもりは無い」
きっぱりと啓斗が言い放つ。小刀を構えてはいるが、対峙する相手を傷つけるつもりは全くないようだ。
「それについては、私も賛成だ。撃退のみを目的とする」
クミノも啓斗に同意する。左に防刃衣を纏っているものの、武器は手にしていない。
「俺も。話が通じないから壊すってのは、短絡的すぎるし」
北斗もそう言い、にっと笑う。
レンから緊急に呼び出しのあった三人は、まっすぐにこの場所に向かってきた。啓斗と北斗はバイクにタンデムをして。クミノは障気で20mの腕と足を形成し、自らを持ち上げて走って駆けつけた。勿論、その道中は光学明細と霊波隠蔽によって姿は消しておいたが。
「人間の腕と人形の腕じゃ、サイズがあわねーっていう説得は無理か?」
北斗が不意にそう言い、小さな影を見つめる。それに対し、影ではなくクミノが「無理だろう」と答える。
「人語を喋るとは聞いたが、無差別短絡的行為から見て、対話可能性は低いだろう」
「つまり、今はともかく去ってもらうか一緒に帰ってもらうかをしてもらうしかないという事か」
啓斗はそう言い、ため息をつく。
三人はぐっと構えを取り、再びやってくるかもしれぬ攻撃に備える。攻撃するつもりは無い。ただ、今この場を収める事ができればそれでいいのだから。
影が動いた。三人は三方向に散り、影の意識を分散させる。案の定、影は一瞬ターゲットを迷い、動きが止まった。
そうして、三人は影の正体を知る。陰は、レンから聞いていた通りの人形であった。日本人形と言ってもいいだろう。
「やはり、人形だったか」
クミノは呟き、構える。こちらから攻撃しない代わりに、人形が攻撃を仕掛けてきたら応戦しなければならない。啓斗と北斗も同じ気持ちのようだ。
三人とも、事態を見守ったまま、動かない。
人形はぐるりと三人を見、上に飛び上がる。そして、一瞬のうちに姿を消してしまった。
「追いかけるか?」
北斗が空を見上げながら尋ねる。
「いや、いいだろう。明日、あの人形について詳しく聞いてから動いても構わない」
啓斗がそう言うと、クミノもこっくりと頷く。
「まずはレンに報告し、今晩は撃退できただけでよしとしよう」
三人は互いに頷きあい、その場を後にする。そして、アンティークショップ・レンへとまっすぐに向かうのだった。
碧摩に人形を撃退した事を伝えた三人に、碧摩はそれぞれに資料を渡す。
「それが、今回人形を売りにきた人だよ。詳しい話は、明日改めて聞きに行けばいいさ」
「今日はもう出ないのか?」
啓斗の問いに、碧摩は「どうだろうね」と呟く。
「今までの報道では、二度以上出没したという事は無かったようだね」
「じゃあ、今日は一度帰って休んだ方がいいな」
クミノが言うと、碧摩は「そうだね」と言って頷く。
「明日になれば、今晩来られなかった人も来るだろうよ。何だったら、手分けして調査してもいいよ」
「午前中にあんたが説明して、午後から合流、とか?」
北斗はそう言いながらあくびをする。体が疲れたといっている証拠だ。
「それがいいかもしれないね。ま、ともかくしっかり休みな」
碧摩はそう言って小さく笑う。
「きっと、明日も出るだろうからさ」
碧摩のつけたした言葉に三人は頷き、各々の家に帰っていった。
再び見える時までに、力を蓄えておく為に。
●二日目、朝
啓斗は布団の中でうつらうつらとしながら、思い出す。
(俺は自分のこの体、好きじゃない)
仕方ない事だというのが分かっているから、仕方なく受け入れている。完全に割り切ってはいないけれども。
(だけど、腕……腕だけで満足できるなら、幸せな事じゃないか)
腕だけでいいのなら、なんとも羨ましい事だと啓斗は思う。腕だけなんて、自分は満足できるだろうか?腕だけではなく、他にも。もっと、他にも……!
「足りないって、思った事なんか……ない」
(本当に?)
答えは出ない。語尾が弱々しいのが、更に気持ちをもやもやとさせた。
啓斗は小さくため息をつき、起き上がる。
もうすぐ、正午になろうとしていた。
●二日目、昼
午前中に碧摩から事情を説明されていた、シュライン・エマ(しゅらいん えま)、セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ かーにんがむ)、櫻・紫桜(さくら しおう)の三人に加え、午後からは昨晩人形と対峙した、クミノ、啓斗、北斗の三人が合流した。
「売り主とその孫が来るから、質問をぶつけてみるといいよ。どうせ、人形は夜にならなければ出てこないんだし」
碧摩はそう言って6人を見回し、にやりと笑った。
そう言い終わるとほぼ同時に、アンティークショップ・レンの扉が開いた。現れたのは、初老の男性と小学生くらいの少年だ。彼らが売り主と孫なのだろう。
「遅くなりまして」
皆が揃っているのを見、売り主が頭を下げた。
「そんな事は無いよ。ええと、こっちにどうぞ」
碧摩はそう言って、売り主と孫を手招きする。丁度6人の目の前に座るような形で、二人は椅子に腰掛けた。まるで記者会見の場のようだ。
「人形についてですが、何か妙な曰くなどがあるのでしょうか?」
早速、紫桜が尋ねた。売り主は「はて」と言い、首を傾げる。
「曰く、というのは聞いた事が無いのですが……あえて言うならば、あの人形は守り子だと書いてありました」
「それは、家を守る子どもっていう意味なのか?」
啓斗が尋ねると、売り主は「恐らく」と言って頷いた。詳しくは知らないが、そういうものではあるらしい、というところだろうか。
「なら、あれは守り刀か何かかもしれないな。……昨日、小刀で受けた時に左腕から刀のようなものが出ていた」
「刀、ですか」
売り主の言葉に、啓斗はこっくりと頷く。「目に見えなかったが」と付け加えながら。
「人形はどのように保管されてましたか?」
セレスティの言葉に、売り主は「そうですねぇ」と言って記憶をたどる。
「普通に飾ってましたよ。床の間に」
セレスティは「なるほど」と頷く。特に変わった様子は無いようだ。
「人形の作者さんとかは分かりますか?購入先とかでもいいんですけど」
シュラインはそう言って、真剣な眼差しを売り主に向ける。素材や作りといった事に関しては、製作者又は購入先の人間が一番詳しい。人形にとっての医者的存在となりうるはずだ。
「あれは、適当に旅先で購入したものなんです。いつ、何処で購入したかよくは覚えておりません。お恥ずかしい限りで、申し訳ないですが……」
売り主はそう言ってうなだれた。買ってきたもの全てを、いつ、何処で購入したかを覚えている人はそう多くない。彼もその内の一人なのだろう。
「曰くや作者について分かれば、また違ったんだが」
ぽつり、とクミノが呟く。同時に「仕方ないか」とも。
「昨日人形に会ったけどさ、人形が出てくる場所ってあんたらの家の近くなのか?」
北斗はそう言い、昨晩人形に出会った場所を伝える。売り主は「ええ」と言って頷く。
「そこならば、家の近くになります。今まで起こっている事件も、うちから近い場所ばかりで起こってますし」
売り主はそう言って言葉を濁す。
「では、次にお孫さんに聞いていいでしょうか。何故、人形の腕を川に捨てたのですか?悪戯でしたら、そこまでしないでしょう?」
セレスティは孫の方を見て尋ねる。孫は身体をびくりと震わせ、小さな声で「だって」と言う。
「僕が持っていたら、僕がやったってばれるから」
孫はそう言い、俯いたまま言葉を続ける。
「壊すつもりなんて無かったんだ。ただ、人形の上に蝿が止まってて、それを叩こうとしたんだ。そしたら落ちて、腕が壊れて」
孫はそれを見て、慌てた。正直に言えば別にたいしたことではないのに、それが大罪のように感じたのだ。折れた腕をボンドでくっつけようとしたが、上手くくっつかなかった。そこで、自分が壊した証拠となる腕を川に捨ててしまったのだという。
「最初は私も気づきませんでしたが、ある日ふと見ると腕が無い。巷では左腕を傷つけられる事件が起こっていて、その符号に何となく気持ち悪さを感じました」
売り主は左腕を直せばいいのかもしれない、と思って腕を捜した。ふとした弾みで落ちて壊れたのなら、どこかに引っ掛かっているのかもしれないと。だが、無い。そこで家族中に尋ねたところ、孫の様子がおかしかった。孫一人を呼んで尋ねたところ、泣きながら何が起こったのかを教えてくれたのだ。
「僕、凄く怖くなったんだ。腕を壊して、証拠隠滅のために川に捨てて。そうしたら変な事件が始まって。僕の所為で、変な事になった気がして」
孫はそう言い、涙を目にためる。
「その腕は、川のどこら辺りに捨てたのですか?」
紫桜が尋ねると、孫は橋の名を告げた。橋の上から、思い切り投げ捨てたのだと。
「探すのか?」
クミノが尋ねる。紫桜はこっくりと頷いた。「駄目で元々ですし」と付け加える。それを見、啓斗も「俺も」と口を開く。
「俺も、探す。増水してどこまでも流れていっても、辿り着くその先は海と決まっているからな。海に向かって伸びている水路をたどって探していけば、粉砕されていなければ見つかる確率はゼロじゃない」
「最悪、同じ川に放り込み、本人と大自然に任せるという、不精で非常な方法もあるが」
クミノの言葉に、皆が一斉にクミノに視線を集中させる。クミノはにっと笑い、「勿論、冗談だ」と続ける。「私も捜索に加わる」とも付け加えた。
「そうね、皆で探せば見つかるかもしれないし」
シュラインもそう言って微笑む。
「あんまり刺激しない方がいいもんな、人形に対して。下手に刺激して、大暴れしたらいけないしさ」
北斗はそう言って笑う。小さく「北風と太陽、みたいにさ」と呟く。
「新しい腕を調達し、見つからなかった時に備えましょうか。その時は、本人に謝っていただけますか?」
セレスティが孫に言う。孫はしばらく考えた後、ぐっと唇を噛み締めながらこっくりと頷いた。
「では、すぐにでも探しに行きましょう。暗くなってしまっては、更に探しにくくなりますから」
紫桜はそう言って立ち上がる。それに他の皆も続いた。
「私は捜索では足手まといになるでしょうから、新しい腕を調達できるようにしてみます」
セレスティは自らの足を見、皆にそう告げた。そして売り主と孫、それに蓮に向かって「協力をお願いします」と伝えるのだった。
●二日目、夜
川の捜索から5時間。とっぷりと暗くなった頃、海の近くまで行った所で人形の腕らしきものを発見する事ができた。ただ、見つかったのは腕のみ。掌の部分はどう頑張っても見つからなかった。
「腕だけでも見つかったんだもの。少しは変わるはずよ」
シュラインはそう言って微笑む。
「腕があれば、右手を見て左手を作る事も出来るだろう」
クミノもそう言って笑った。
「あとは人形に渡すだけですね。勿論、人形がこの腕を捜しているという前提での話ですけど」
紫桜はそう言って皆を見た。腕ではなく、孫を狙っているのだとすればまた話は違ってくる。
「ま、腕がある方が違うと思うぜ?怒りも多少変わるだろ」
北斗はそう言ってにっと笑う。
「皆さん、お疲れ様でした。……その腕ならば、新しく作った左手も上手くくっつけられそうですし」
セレスティは皆にタオルを渡しながらそう言った。ポケットに、売り主と孫、それに碧摩に手伝ってもらって新調した腕が入っている。
「腕、か」
啓斗は掌に小さな左腕を乗せ、呟いた。誰にも聞こえぬ声で「幸せだな」と付け加えながら。
「後は、人形が出てくるだけね」
シュラインはそう言って、時計を見る。再び売り主と孫の住んでいる家の近くまで行けば、ちょうど12時くらいになりそうだった。
再び、人形が出るかも知れぬ場所に帰ってきた頃には、12時近くになっていた。
「いったん散らばり、人形の出そうなところをそれぞれが動くのはどうだろう」
クミノはそう言って辺りを見回す。一応、売り主と孫が住んでいる家の近くにはいるのだが、今まで起こっている事件の場所は一箇所ではない。となると、今晩に人形が現れる場所は確定されないのだ。
「だけど、散らばって動いている内の一人のところに現れたとして。その人が腕を持っていなかったらまた難しくなりそうじゃない?」
シュラインはそう言って可能性を危惧した。今までの傾向から、一人を襲ってそのまま消えている。今晩はそうではないという可能性は、少ない。
「こちらが腕を持っているという事が分かれば、ちゃんと来てくれると思うんですが」
セレスティはそう言って苦笑する。今まで腕の場所が分かっていたのならば、事件は川に沿って起こっていたはずだ。そうではないという事は、人形が自らの腕の場所を把握してなかったという事になる。
「昨日、俺らが撃退したから人形は人の腕を切りつけてないんだよな。そしたら、また同じ場所に来ねぇかな?」
北斗がそう言って啓斗とクミノを見た。撃退をした三人だ。二人とも頷き、啓斗は更に「有り得るな」と呟く。
「全てがばらばらで起きているのならば、場所毎に探している可能性がある。だったら、昨日の場所に再び現れるかもしれない」
「でしたら、俺が囮になりましょう」
紫桜が言うと、皆の目が集中した。紫桜は更に「ですから」と付け加える。
「ですから、皆さんは道に誰も来ないようにしていただけますか?見れば、一人の時に襲われているようですから」
「なるほど、一人で歩くというシチュエーションを作り出し、誘うというわけか」
クミノの言葉に、紫桜は頷く。クミノは苦笑交じりに口を開く。
「蓮に等身大の傀儡を借り、闇にぶら下げて歩こうかとも思ったんだが」
こうして、昨晩襲われた場所に紫桜が一人で歩く。道は一本道なので、分岐地点のある入口にシュラインと北斗、出口にセレスティとクミノを配置し、他の人が入らないようにする。歩く紫桜の近くを、気配を消した啓斗がつくという事で落ち着いた。
12時になる。
びん、と空気が張り詰め、道には紫桜だけがいる。
紫桜は歩く。まっすぐに、迷う事も無く。ただいつもよりもゆったり目に、歩くのを惜しむかのように歩いている。
それを、他の五人が見守っている。いつ何時、人形が出てきてもいいように。
不意に紫桜の耳に「ひゅっ」という音が響いた。何事かと振り向こうとした瞬間、それはキィン、という音に変わっていた。
啓斗が小刀で何かを受けていた。紫桜もそれを見て構える。
人形だ。
人形の出現を察知し、入口と出口にいた四人も現れる。全員で人形の周りを囲み、逃げられないようにする。人形はぐるりと周りを見回す。
「腕を捜しているんでしょう?」
シュラインが問いかける。人形の体がびくりと震えた。
「腕だけですが、見つかりました。ですから、もう人の腕を傷つける必要は無いんですよ」
紫桜はそう言って腕を差し出す。人形は紫桜の差し出した腕を、じっと見つめる。
「大体、人間と人形じゃサイズがあわねーっつーの」
北斗はそう言って苦笑する。腕をじっと見つめる人形は、昨晩のような話を聞く体勢ではないということは無い。
「残念ながら、手は見つからなかった。もしどうしても見つけたいのならば、自力で何とかしてもらうくらいしかないかもしれない」
きっぱりとクミノが言い放つ。超常的協力があれば、できるかもしれないと思ったのだ。
「手の部分は、新しく作ったものを使ってくださっても構いませんよ」
セレスティはそう言い、ポケットから新調した腕を取り出す。
「腕が見つかったんだから、その刀は仕舞ってもいいだろう?」
啓斗が人形に言うと、人形はそっと右手を伸ばして紫桜から左腕を受け取る。そして、刀を鞘に納めるかのごとく、左腕から出た見えぬ刃を腕に収めた。
「……これで、一日の厄を祓い終えた」
人形はそれだけ言うと、ころん、と地面に転がった。
シュラインはそっと手を伸ばし、人形を拾い上げた。左袖をめくり、腕を確認する。びりびりという静電気が起こる事も無く、容易にめくる事ができた。
左腕は、多少不恰好な形ではあったがくっついていた。これにセレスティの作った左手をくっつければ、また元通りになるかもしれない。
「痛いの痛いの飛んでけ」
シュラインはそっと撫でながらそう言った。心なしか、人形が笑ったような気がした。
●三日目、昼
その後、人形をとりあえず碧摩の所に連れて行き、一旦解散となった。無理も無い、長時間川を捜索した上に、夜中まで動き回ったのだから。
そうして再びアンティークショップ・レンに集合したのは次の日の昼であった。
「人形の具合はどうですか?」
セレスティが尋ねると、碧摩は「大丈夫だよ」と答える。
「作ってもらった掌も、綺麗にくっついたよ。もう静電気も起きないし、心置きなく状態を確認できたからね」
「人形は、昨晩厄を祓ったといっていたのですが……」
紫桜の言葉に、一同は頷く。左腕を受け取り、収めた後に人形が言ったのだ。「これで一日の厄を祓い終えた」と。
「こいつはあたしの想像なんだけどね、この人形は左腕に収めた刀によって一日の厄を祓い、鞘に収めて一日を終えてたんじゃないかねぇ」
「だから、12時だったのね。丁度一日が終わって、一日が始まる時間だから」
シュラインはそう言って頷く。
「じゃあ、厄を祓い終えて鞘に収めようとしていたって事か?大きさくらい確認すりゃいいのに」
北斗は呆れ混じりにそう言い放つ。
「仕方ないさ。人形にとっての鞘が左腕なんだ。ぱっと見て鞘に似ているものとして、認識してしまったんだろうよ」
「それで、どうするのだ?その人形は、あの売り主に返すのか?」
クミノの問いに、碧摩は「いや」といって首を横に振る。
「これはうちで引き取るさ。いくら厄を祓っているといっても、もうこの人形はあの家にとっては怖いものなんだから」
啓斗は皆の話を聞きながら、そっと人形の左腕に触れる。左右対称に、きちんと腕がついていた。
「幸せ、だな」
啓斗はぽつりと呟くと、人形は心なしか嬉しそうな顔をするのであった。
<失いし腕は元に戻りて・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 1186 / ササキビ・クミノ / 女 / 13 / 殺し屋じゃない、殺し屋では談じてない。 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 5453 / 櫻・紫桜 / 男 / 15 / 高校生 】
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました、コニチハ。ライターの霜月玲守です。この度は「失腕」に参加してくださって有難うございます。
今回、誰一人として「人形を破壊する」というプレイングをされた方はいらっしゃいませんでした。驚くと同時に、皆様のパワーを感じさせていただきました。当初考えていた話の筋がどどーんと変更されたのは、言うまでもありません。勉強させていただきました。有難うございます。
守崎・啓斗様、いつも御参加いただきまして有難うございます。人形に対して一番親身になられていたような気がします。呟きにドキドキしていました。
少しずつですが、個別の文章となっております。宜しければ他の方と照らし合わせてみてくださいませ。
御意見・御感想等、心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。
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