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蒼天恋歌 3 穏やかなる幕間
レノアがあなたの家に匿われてからしばらくたった。これといって大きな事件もなく平和に過ぎ去る日々。
彼女は徐々に明るくなる。元からの性格がそうだったのだろうか。
美しい顔立ちが、明るくなった性格に相まってきて、どきりとする時がある。
其れだけに美しい女性である。
ある日のことだ。彼女は歌を歌っていた。ハミングを口ずさむ。
名前以外知らなかったはずなのだが、調べていくと、歌が好きだと言うことを思い出したという。気持ちよい歌。しかし、其れだけでは手がかりにならない。
また、ある日のこと。
「いつも、いつも、あなたにお世話になりっぱなしです。出来れば恩返しをさせてください」
と、申し出るレノア。
あなたは、申し出を断るかどうか?
「たまには外に出かけてみようか?」
と、あなたは言う。
うち解けてきた彼女は、にこりと笑って付いていく。まるで子犬のように。
色々探さなければならないことはある。しかし早急にするべきではなく、非日常から日常へ少し戻ることも……必要なのであった。
様々な彼女とのふれあいで、心惹かれ合い、そしてその日々を楽しいと感じることになるだろう。
〈相反するが故に、惹かれる〉
別のホテルに移って、数日が経った。前のよりランクは落ちるが、闇のアレは高さなど気にはしない。ならば、逃げ出しやすい場所にするのが一番だ。
窓際に佇むのはレノア。本当は姿を見せてはいけないのだが、彼女は空が好きなので結局それを許している。近くにはあの、草間とその妹がたまに見える。
私は、レノアの横顔を見ながらいつも思う。
私の正体を知ったとき、どう反応がかわるのか……。私は怖いのだろう。彼女が聖なる属性に位置する事は先日分かっている。しかし、彼女は自分が何者なのか思い出していない。私は闇の眷属である。忌死者ではないにせよ、相反する存在なのは変わらないのだ。闇をまとったあの男と同じように見られ、怖がられるという事が私には怖く、辛い。
私には彼女の存在が眩しすぎる。
社会や世界の闇の中で生きている、私にとって、彼女は一条の光になるのだろうか? それは、よく分からない。
長いこと生きていた故に、忘れていた感情を思い出しそうだった。
それは……。
「どうかしましたか?」
小首をかしげて彼女が訊いてきた。
其れで我に返る。
かなりじっと見ていたようだ。
レノアは、不思議そうにしていたから。
「いえ、あなたが何を見ているか気になっていただけです」
「空を見ているのです」
「空?」
一緒に空を見上げる。
遠くの方で雲が見えるが、雨を降らすほどではないらしい。日本の蒸した熱気さえなければ、気持ちよい晴れだろうと思う。
「あ、ツバメが飛んでいる。可愛いなぁ」
クスクス笑っている。
私には何が、おかしいのか分からなかった。
はっと気づく。
彼女は、生ある存在に対して無垢に笑えるのだ、と。
相反するが故にあこがれる。其れはおかしいことではないはず。相反するが故に惹かれあう事もあるはずだ。すべてが対立するわけではない。
では、彼女は何を考えているのだろう? と気になる。
しかし、其れは踏み込んではならないのかもしれない。
レノアが、私の手を握ってきた。
暖かく、柔らかい手。
昔忘れた感情の名が、思い出される。
好意の先にあるものだ。
「あの、その、えっと、ジェームズさん」
「どうかしたかね?」
「パフェが食べたいのです」
レノアは、遠慮がちに言う。
自分がどんな状況なのか分かっているのだが、甘いものを食べたい欲求を抑えきれないのだろう。
私は少し吹き出しそうになった。
いや、彼女が可愛いからと言うのは認めるが、色々悩んでいたことがこの一言でばからしく感じたからだ。
「お、おかしいですか?」
「いやいや、食欲があるということは良いことだよ。レノア」
「なにか、恥ずかしいです……」
よっぽど、前に食べたパフェがお気に召したのだろうか?
ちなみに、お気に召したパフェというのは、今のホテルを取る前、記憶探しをしていたときに立ち寄ったカフェでの事だ。
私もあの店の珈琲はかなりうまいと思っている。ブルーマウンテンなどの銘柄だけが高級ではないし、普通の豆でもうまく挽けば、あそこまで変わると言うことを教えてくれる。珈琲は奥が深いのだ。
「出かけることにしようか、レノア」
「はい♪」
彼女は、とてもうれしそうな笑顔で言う。そして、私の手を揺らすのだ。私を信頼してくれている。そう確信できるほどの……反応だ。
笑顔で癒されるとはこのことだろう。私も思わず微笑むのだ。
〈レノアと散歩〉
これもまた一興なのかもと、ジェームズは思った。
彼女は、色々興味を示そうとすることが数日間で分かった。まるで、生まれて間もない子犬が色々興味を示すように動き回る、そんな感じ。ジェームズは仕事柄、人間観察などは得意としているし、一度通った場所はすぐに覚えるし、ガードする仕事もしている訳だからぴったり付いてける。
しかし、数日前、未だレノアの性格とトンでもない性質がつかめていないときは、彼の技術すら中和された。当然あらぬ方向に向かっていたのだ。
「ここ、どこなのでしょうか?」
「えっと、……どうしてここに向かっていたのだろう? なぜ反対に向かっているのだ?」
「迷ってしましました」
「うーん」
人間観察が裏目に出たようだと思ったのだったが、まあこれも良しとしよう。
彼女の行きたい場所に彼女自身で向かわせようとすると必ず迷う。最初は、45度程度ずれ、90度、180度とずれていく。戻ろうとすると、もといた場所から235度まで行きすぎるという、驚くべき方向音痴。
「あうう」
「なに、大丈夫です、レノア。人に尋ねてみよう。何丁目と聞いた時点で私には分かるから」
慌て始めるレノアだが、まあ、犬の散歩に近いと思えばこれもまた良いかとジェームズは思った。
隙を見せれば姿が無くなり、どこに行くのか見当が付かないという困った行動、レノアのその不安定さが、ジェームズの保護欲を一掃かき立てるのである。
それでも、まあ、今度からは行きたい場所には自分が先導しないといけないだろうと、ジェームズは思ったのだ。その分、はぐれやすくなるので慎重に行動しなくてはならない。
なので、今回は彼女がはぐれないようにするために、手をつないでみた。
最初は、レノアはびっくりしたが、頬を赤らめていた。しかし突然、何かうれしかったのか自分からジェームズの腕を抱いていた。今度はジェームズが驚く番であったのは言うまでもない。いろんな意味で。
「猫さんだ♪ にゃーにゃー」
レノアは通りすがりの飼い猫に話しかけた。
其れをじっと見守るジェームズ。
見た目は、白と黒故に、どこかのお嬢さんとその執事かガード、もしくは仲の良い親子という風に見られている。不思議に町にとけ込んでいるのである。
「猫が好きなのですね」
「はい♪ 猫さんは可愛いです。犬さんも可愛いのです♪」
猫もレノアに撫でられてゴロゴロ喉を鳴らしていた。
そして、カフェにたどり着いて、ジェームズは珈琲、レノアはチョコパフェを頼んだ。
パフェを食べるその姿は、本当にどこにでもいる少女である。幸せそうに食べ、ニコニコしているのだ。ジェームズもその姿に落ち着きを取り戻せる。
遠くの方で、草間が見ているが、話しかけるのは後が良いだろう、とジェームズは思う。
「ジェームズさんって、とても凄い人なのかな?」
「どうして、そう思う?」
「えっと、あの、よく分からないものから……助けて頂きました。私は何も分からないし、あんな怖いのは初めてです」
「まあ、普通の人なら驚いて逃げ出すのかもしれませんが、色々ありまして、こういう厄介ごとには慣れています。私がレノアを守ります。安心してください」
「……守る……」
レノアはその言葉を聞いて、何故かぼうっとする。少し頬が赤い。
「? 熱でもあるのか? 大丈夫か?」
「守る……」
ジェームズが尋ねても彼女は上の空だった。ただ、彼女はぼうっと、ジェームズを見ているだけである。
何かおかしいかと、心配になるジェームズだったが、そのすぐに
「あ、ご、ごめんなさい! はうう!」
と、何かワタワタし始めるレノア。
何か、勘違いをしたのか?
まさか、彼女もまた彼に何か感情を抱き始めているのだろうか? と、淡い希望を持ってしまうジェームズであった。
遠くの方で見張っている草間は、ため息を吐く。
「危険と分かっても、やはり出かけないといけないか……」
零が、パタパタと何かを持ってきた。缶コーヒーのようだ。
「お兄さん差し入れです」
「さんきゅ。あとで、パフェを食べるか?」
「……?」
「なに、報酬経費から、ジェームズにむしり取ってやる」
「いけません。贅沢は敵なのです」
「食べたくないのか?」
いたずらっぽくわら草間。
「そ、それは……た、食べたいですけど」
むすっとする零。さすがに欲求には抗えないとみた。
どうやら、草間も、なにやらあの二人のデートに感化されたらしい。
遠くでやりとりを見てしまったジェームズは、心の中で笑ってしまい、また自分の立場も恥ずかしくなった。今度逆にからかわれはしないだろうか。
カフェから去った後に、ジェームズは切り出す。
「レノア、もし思い出したことがありましたら、教えてください」
「……まだ、思い出せていません」
俯いてしまう。
「いえ、ゆっくりで良いのです。焦っても意味がないのですから」
「……ジェームズさん……」
茜色の夕日。
そして、鳥たちが寝床に付くため木々に止まっている。風がなびく。
「思い出したというか自然に出る歌があります……」
レノアは、不意にそう言った。
「?」
その歌の歌詞は、全くわからない言葉。
彼女もその意味はよく知らない。否、人が理解する言葉に訳せないらしい。絶対的な何かを感じさせる歌だった。それでも、ジェームズの心に響き渡る歌だった。
まるで、蒼天から天使が降りてくるような、厳かであるが優しい歌。
あの境界線から彼女と出会った時は闇の中だったが……。
ジェームズは、レノアと非常に結びつきのある歌だと理解できた。
「すばらしい歌です。レノア自身の歌のような気がします」
「そ、そんな……。ただ……この歌が好きなだけです」
レノアはまた頬を朱に染めた。
でも、ずっとジェームズの手を握りっぱなしである。
「ジェームズさん」
レノアは、小声で、言う。
「どうかしましたか?」
「約束してください……私を必ず守ってください……」
と。小さい声であるがはっきりと……。
「私……怖い。自分が何故……こういう事になっているのかが怖いのです……」
「レノア……」
空いている手で、レノアの頭を撫でた。
とても柔らかく綺麗な髪の毛が絡まる。
「私が守ります。安心してください」
ジェームズはしっかりと答えた。
「ジェームズさん……ありがとう」
彼女は、強く、ジェームズに抱きついたのだった。ジェームズもそれに応えるかのように抱き返す。
まだ、分からない事があるが、レノアから絶対的な信頼を得たことは大きい。
この先何があろうと、私は彼女を守ろう。そう誓う、ジェームズであった。
4話に続く
■登場人物
【5128 ジェームズ・ブラックマン 666 男 交渉人&??】
■ライター通信
滝照直樹です。
蒼天恋歌3話に参加ありがとうございます。
今回、デートという形になり、自分なりにジェームズさんとレノアのあらゆる面で微妙な関係を表現したと思っておりますが、いかがでしたでしょうか? 楽しんで頂ければ幸いです。
4話からは、またかなりハードになっていきます。真相に近づく急展開かと。戦闘は行動により発生しない可能性もあります。
では、次回にお会いしましょう。
滝照直樹
20060712
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