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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


 記憶結晶


Opening
「また怪しいものが来たねえ」
「おやおやぁ、随分失礼なことをいうじゃないかあ。今日は良いものをもってきたんだけどねえ」
 アンティークショップ・レンの今日の客人は、黒いフードで顔を隠した老翁であった。いつもこの店に出入りする行商人である。といっても、扱うものはろくでもないものばかりだが。しかしたまに掘り出し物があるので、蓮も交流しているのだ。
「今日の品は」
「こいつさあ」
 すっ、とニヤニヤ笑いと共に出したのは、正八面体の透明な石――つまりは結晶である。
「こいつは……?」
「記憶の結晶というやつでねえ、これに触ると、触った人間が忘れている記憶が蘇るってなシロモノさあ。スタンドもあわせて六万で手をうとぉじゃないかあ。どうだい蓮さん」
 蓮は自店の常連客の顔を思い浮かべた。なるほど、あいつもこいつもあいつも、これを聞けば飛びつくかもしれない。
「使えそうだね。もらっておくよ」
「毎度ありぃ」


「ああ、あんたを待っていたんだ」
 蓮は常連客が店に入ってくるのを、笑顔で迎えた。
「ちょっと良いものが入ったんだよ、見ていかないかい?」


 今宵、その結晶の映る映像は、一体――?


「まあ、長く生きていると色々な事がありましてね、全てを記憶するというのは中々難しいのですよ。特に百年を超えた記憶は、よっぽどインパクトのあるもので無いと頭に残しておくのは大変で」
「そりゃそうだろうねえ。でも思い出さなくても良いこともあるんじゃないかい? この結晶は、嫌な事も思い出すみたいだけどねえ?」
「それでも構いませんよ。懐かしき記憶が鮮明に思い出されるなら」
 一見して細身の優男――そんな印象を与える陸玖翠は、スタンドに乗った正八角形の結晶を見つめた。
 中世的なのでよく間違えられるのだが、翠は女性である。よくよく見れば、顔にも体つきにも女性らしさがわずかに窺える。わずかに、だが。まだ蓮のほうが女性らしい。
 翠は外見は二十弱だが、実年令は軽く千を超えている。不老不死の感覚というのは蓮には分からないが、色々あったりするのかもしれない。もっともそんな悩みなど飄々としている翠からは感じられないが。
「とりあえず、面白そうなので使ってみますよ。よろしいですか?」
「ああ、好きにすると良いよ。あ、お金はもらうがね」
 ――翠は苦笑しながら、透き通ったその結晶体に触れてみた。


 ――途端。景色が転換した。
(随分鮮明に映るものだな……平安か)
 てっきり夢のようなものだと思っていたが――それにしてはかなりはっきりとした記憶だ。やはり脳に留めてあった意識をかなり深いところから引き出しているのだろう。
 何か喋ろうと思ったが、声が出せない。どうやらこちらの意思は昔の翠には関連しないらしく――つまりこれは、かつての自分の視点で映画を見ているようなものなのだろう。
「……ふぅ。あ奴め……厄介な仕事を押し付けよって……」
 かつての翠が、独り言を呟いた。目に見える風景は、路上。夕刻である事を見ると、どうやらどこかから家に帰る途中らしい。
(そうだ……確かこの時は友人の家によって、それで……)
 不意に。
 小さな猫の鳴き声がした。
「む……?」
 にゃーにゃーと鳴き続けるその声に、かつての翠が周囲を見渡す。と、道の端に転がっている、一匹の黒猫に目を留めた。
「猫……なんだ、怪我をしているじゃないか」
(七夜……!)
 あの猫は、今の翠の式神となっている七夜である。翠に式神は多数いるが、七夜は付き合いの長い一人だ。
(そうだ、私は七夜に会って――)
「家で手当てをしてやろう」
 かつての翠は黒猫を拾い上げ、家まで向かう。黒猫――七夜は、にゃーと小さく嬉しそうに鳴いた。


 ――がらりと、いきなり風景が変わった。
 まだ平安のようだが、建物の中だ。それに空気の色が違う。どうやら昼のようである。いきなり場所も時間も変わったのだ。
(ここは……私の屋敷……?)
 どうやらこの記憶の再生は、一から順番に記憶を再生するものではなく、むしろ今の翠が思い出した順番に再生されるらしい。
(確か私はここで……)
 猫の鳴き声が、した。屋敷に響くその声に、かつての翠が視線をめぐらせる。
「おや、また来たな」
 屋敷の中庭に、黒猫が来ていた。
(そう。七夜は怪我が治った後もしょっちゅうここへ来たんだ。私も快く迎えて――)
「ふむ、では今日は何の話をしようか」
 かつての翠は、聞かれてもいないのに陰陽道についての講釈を始めた。むしろ七夜のほうが興味深そうに聞いているのが面白い。無論、人語は分からないだろうが。
 そんな一時を、今の翠はかつての翠の横で、ゆっくりと思い出していた。
(そうか……こんな時もあったのだな)
 熱心に語るかつての自分。それを聞く七夜。なぜこんな優しい時間を忘れていたのだろうかと、自分に問いたくなってしまう。
 懐かしい記憶。
「……と、まあ色と方角は密接な関係にあるわけだ。これに陰陽五行も重なってくると更に複雑になってくるわけだが、私はそれを自在に扱う職にあるわけだよ。理解してもらえたかな?」
 まさか本当に理解したわけでもあるまいが、七夜はにゃーと鳴いた。
(はて。この後はどうなったのだったか……)
 今の翠は、この後の展開を考える。確か何か、大きな出来事があった気がするのだが。
 確か、それは――。


「……い。大丈夫か。おいっ」
 ふと、暗転した。また場面が変更され、今度は夜になる。翠の屋敷である事に変わりは無いが、翠の態度が違う。
 彼は膝の上に七夜を乗せていた。七夜はぐったりしていて、生気が感じられない。少しでも動物に詳しい者なら、もう寿命が近いのだと看破したことだろう。
「くそっ……こんなに早く……」
 この頃から既に不老不死だった翠は、時間の概念が他の人間と全く異なる。のんびりしすぎていると、十年や二十年があっという間に立っているのだ。
(私も……そうだ、私は七夜に情が移って、この時はこんなに取り乱して……)
 寿命なのだ。わかってはいても、かつての七夜は苦悩した表情を隠せない。
「……私は、死なない」
 翠はゆっくりと七夜の頭を撫でながら、語り始めた。
「いや、死ぬ事の叶わない存在。だがお前が許すのであれば、ずっと私の傍にいてくれないか」
 この問いに。
 七夜が頷いた――ように、見えた。
(このとき七夜が頷いたのか、私はよく覚えていないのだったな……)
 今の翠は思い出す。この時七夜が頷いたように見えたのは、七夜に死んで欲しくないと思う自分の錯覚だったのかもしれない。
 しかしかつての翠は頷いたのだと合点して、術を使って七夜を式にした。そのことについて七夜が不満を言ったことはないので、式になりたいと思っていたのかもしれない。
(一度、問いただすかな……)
 視界がだんだんと暗くなっていく。記憶の再生ももう終わりだ。
(おっと、その前に構ってやるのが先かな。良い思い出をくれたお礼に……)
 もちろん、それを忘れていたのは七夜には秘密である。


 さて後日談。
 アンティークショップ・レンから帰宅した翠は、久々に七夜を構って遊び始めた。
「というわけだ。青龍白虎朱雀玄武の四神の考えは中国から輸入されたものだが、陰陽道と組み合わさって非常に特別勝つ明瞭な陰陽の基礎となっている。色方角五行の概念はここにも適用されているから、この四神を学ぶ事はとても――」
 さきほどから延々と続く翠の台詞に、七夜は辟易した表情でいる。
 翠が七夜を『構う』というのはこういうことであり、七夜はこれに既に三百年ほど前から飽き飽きしているのだが、翠のほうに気付く様子は無い。
 こうして、平安を思い出した翠の講釈は続くのだった。


<了>

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■   登場人物
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【6118/陸玖・翠/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師】

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■   ライター通信
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 初めまして陸玖翠さま。担当ライターのめたと申します。お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
 陰陽師ということで平安の都を想像しつつ書かせていただきました。最後はちょっとオチもつけて、上手い具合にまとめられたと思っています。いかがでしたでしょうか。
 かなり書きやすいキャラでして、かき始めたらすいすいと進んでしまいました。ゲームセンターの店員は『似合うー!』と思ってしまいましたが、和服もやっぱり似合いそうですね。七夜の出番ももう少し増やしたかったなーと思ったりしています。
 ではでは。もし気に入っていただけましたらば幸いです。

 追伸:異界開きました。よければ覗いてください。
 http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=2248