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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


七夕の夢 ☆邂逅☆



☆★☆


「笹の葉さーらさら〜♪」
「・・・お兄さん、何歌ってるんですか」
「何って、笹の葉の歌〜!」
「何ですか“笹の葉の歌”って!それ以前に、お兄さんが持ってるの、笹じゃありません!」
「えぇ〜!メグルってば、すっげー細かーい!」
「細かくないですよ!どうしてソレが笹に見えるんですか!」
「いーじゃん。草は草だよ」
「そんな極論な・・・」
 笹貝 メグルはそう言うと、深く溜息をついて額に手を当てた。
 そもそも、この・・・どこかネジが吹き飛んでしまっているらしい兄、鷺染 詠二の相手をまともにして、良かったためしなんて1回もない。
 ここは大人の精神で乗り切らなくてはならないのだが・・・
「で?今度は何やってるんです?」
「何って、看板書いてるの〜!“何でも屋・鷺染”っと・・・上出来じゃない!?」
「じゃない!?じゃないですよ!全然何書いてあるのか分からないです!お兄さん、自分が字が下手だってこと、そろそろ自覚した方が良いですよ!?」
「今日も何でも屋で一山稼ぐぜ!」
「一山って・・・お金取ったためしがないじゃないですか!」
「道行く人に声をかけ、マッチはいりませんかと・・・」
「違うでしょ!?全然話が違いますよ!!」
「ま、それは冗談として。道行く人に幸せを売る。それが何でも屋」
「・・・違うと思いますけれど・・・」
「七夕の今日は、特別大サービス!短冊に願い事を書けば無理のない範囲で叶えてあげます☆」
「もしかして、私の魔法も当てにされてます?」
「とーぜん!メグルがいないと、夢だった事に出来ないじゃーん」
「全て夢のせいにして逃げるんですか。交通事故だったならば当て逃げじゃないですか!」
「・・・え!?事故!?事故なのコレ?!俺は善意で・・・」
「はぁぁ・・・」
 メグルは盛大な溜息をつくと、カレンダーに視線を滑らせた―――


★☆★


 七夕の日に、空を見上げればそこには厚い雲。
 天に願いが届かぬように、意地悪をしているようだと朧に思う。
 短冊に書いた願い事を、どんなに高い笹の葉につけようとも・・・雲が天を覆っていたのではきっと願いは届かないのだろう。
 晴れたなら、どれほど良いだろうか。
 そう思うけれども、理屈では分かっている。
 七夕の日に雨が多いのは、なにも雲が意地悪をしているわけではない。
 日本には、春から夏にかけての間に梅雨がある。
 一雨ごとに暑くなっていく温度、高くなっていく空。
 梅雨がなくては、春から夏にかけての移り変わりは急になってしまう。
 ・・・分かってはいるのだけれども・・・
「あれ?」
 不意に聞き覚えのある声が耳に届き、黒羽 陽月は振り返った。
 銀色の長い髪を風に靡かせながら小さく微笑んでいる少女と、紫色の瞳を喜びに輝かせている少年・・・
「あ!!陽月君だぁ〜!」
 少年・詠二の方が犬のように走ってきて、陽月にダイブを決める。
「あれ?詠二と・・・メグルちゃん?」
「お久しぶりです、陽月さん」
 小ぶりの可憐な花を思い出させるような、控え目な笑顔を浮かべるメグル。
 どこからともなく、桜の匂いが漂ってきた気がした―――――
「凄い偶然じゃねぇ!?なんっつーの?運命・・・?」
「私は、お兄さんの悪運が強すぎるって、それだけの理由のように思うのですが」
 はしゃぐ詠二と頭を抱えるメグル。
 対称的な2人の様子に、黒羽は思わず顔を緩めた。
「で?今日はどうしたの?」
「実はさぁ・・・じゃーん!これ、コレあげちゃう!」
 片手に持った袋をごそごそと漁り、中から細い長方形の紙を1枚引きずり出す。
 上部には小さな丸い穴が空いており、細い糸が結ばれている。
 ・・・短冊だ・・・
 刹那、黒羽の目の前にあの時の光景が思い出される―――――

 笹の葉につけた短冊を乱暴にむしりとり、そのまま音を立てて左右に破る。
 虚しさだけが心の中で渦を巻き、決して消えない思い出となって蓄積する。
 ・・・あの日、確かに黒羽は短冊を破り捨てた。
 届かない願いは仕方のないこと。
 誰もが知っている・・・それは、願いはそう簡単に叶うものではないと言う事。
 短冊に願いを書いただけで、空に願っただけで、叶う・・・そんなに安いものではない。
 普段は神を否定し続け、空には星しかないと言う唇で、どうして願い事を紡げようか?
 どうして、神に祈ることが出来るのだろうか―――――??

 苦い記憶が呼び起こされ、思わず唇を噛む。
 身勝手な願いを書かれた短冊、それを吊るされた笹。そして、託された天はどれほどまでに迷惑だと感じたのだろうか?
 それどころか、きっと・・・黒羽を嘲笑っていたに違いない。
 普段と言っている事が違う、都合が良い・・・
 『お前の願い事なんて、誰がかなえてやるものか』
 けれど、確かにあの時・・・黒羽は必死に願ったはずだった。
「あの?」
 考え込む黒羽の目の前に、メグルの顔が近づく。
 眉根を寄せたその表情は思わず大丈夫かと声をかけたくなるほどに切ない表情だった。
「あぁ・・・大丈夫・・・なんでもないよ」
 苦笑を浮かべる黒羽の手に、詠二が短冊とペンを手渡す。
 それを受け取り、ペンのキャップを外し・・・細い文字で書き付ける。
 “父さんに会いたい”
 そして、それを詠二に押し付けると、恥ずかしさがこみ上げてきてそのまま挨拶もそこそこに姿を消した。

「・・・父さんに会いたい・・・ね。お離婚家庭かなんか?」
 去って行く黒羽の後姿を見詰めながら詠二がそう言い・・・軽く、首を振る。
「そんなわけないか」
「・・・あの人は、本当に・・」
 メグルがそう呟き、言葉を飲み込むと目を伏せた。


☆★☆


 “父さんに会いたい”
 あの時は叶う事はなかった・・・
 どれだけ泣き叫んでも、どれだけ必死に天の川にお願いしても。
 どれだけ――――――
 一晩中祈ったけれど父は俺の前に姿を現すことはなかった。
 想いが強ければきっと叶うなんて・・・
 嗚呼、貴方達は俺の祈りが足りなかったとでも。
 どれだけ―――――どれだけ願えば願いは叶う?
 どれだけ願っても・・・貴方には、会えない・・・
 きっと皆の願い事を叶えているから忙しいのだと言い聞かせて。
 なんて馬鹿な願い。
 一晩中願いを、祈りを、星に捧げたのに。
 もう、信じない。
 人の言葉なんて信じれば傷付くダケだ。

『けれど、私なら貴方の願いを叶える事が出来ます』

 耳に聞こえる、微かな声。
 この声の響き・・・知っている・・・けれど、思い出すことは出来ない。
 つい最近会っているはずだと、心の奥底から声がする。
 ・・・けれど、思い出せないものは思い出せないんだ・・・

「そんなの嘘だ・・・」

『嘘か真かを決めるのは、貴方ではない。貴方は、私に願うか・・・それとも、願いを諦めるか。その2つのうち1つを選べば良いんです。嘘か真かを決めるのは、貴方の心ではありません。事実が、事実のみが、ソレを決め得る事が出来るのですから』

 凛とした少女の声は、威厳と誇りに満ちていた。
 もしも神や天使の存在を信じるならば、こんな声なのだろうと・・・黒羽はどこか遠くで思った。

「でも・・・」

『叶わなかった願いを、諦めますか?人の言葉なんて、信じられませんよね?』

 少女の言葉が黒羽を追い詰める。
 そう・・・あの時、そう言った。
 人の言葉なんて、信じれば傷付くだけだと・・・けれど、この声は・・・
 この声は、信じられる―――――

「・・・願います・・・」

『私に、願うんですね?本当に、良いんですね?』

「はい」

『では、これを良く覚えていてください。これは、ほんの一時の夢。夢から醒めれば貴方に待っているのは現実。貴方は、必ず夢から醒めなければならない。分かりますか?』

 夢から醒め、現実に戻されれば待っているのは父の居ない世界。
 ・・・それでも・・・

「分かります」

『では、叶えてあげましょう。それは、一時の夢でしかないけれど・・・』

 少女が不思議な言葉を紡ぐ。
 それは今までに聞いた事のない言葉の響をしており、広い空間に染み入るほどに透明な声だった。
 だんだんと、周りの風景が明るくなっていく・・・


★☆★


 確かに今目の前にいるのは父の姿だった。
 ・・・怪盗を始めた年の七夕に叶うなんて、なんて皮肉なんだろう。
 それでも、嬉しくて堪らない。
 父さんが他界するまで、俺の夢だったことをしよう。
 一緒にマジックショーをして、人が楽しんでいるのを2人で見ようって・・・あの日の約束を今日果たそう。

 目の前に座るお客にマジックを見せる。
 目の醒めるようなトリックの数々、シルクハットの中から飛び出した真っ白な鳩。
 初春のどこかぼやけた陽の光に照らされて、淡く美しい白の羽根を空へと羽ばたかせる。
 小さなシルクハットの中からは、次々に色々なものが溢れた。
 飛び散るトランプ、可愛らしいウサギ・・・
 1つ1つ、黒羽と父親とで取り出す夢は、客席を賑やかにさせる。
 歓声、拍手、笑顔・・・全てが温かくて、明るくて・・・
 幸せを感じる。それは、刹那のコト―――――
 けれど・・・本当は、貴方さえ居れば何も要らない。
 この幸せな夢の世界の中で、ずっとずっと・・・いられたならば、どんなに良いだろう。
 大好きな父が居て、優しいお客達が居て。
 ぼやけた視界の中で、初春のうららかな陽気の中で。
 きっと、明日も明後日も明々後日も、変わることのない時の中で。
 世界から切り離されたこの中で、優しい人たちと生きていけたならば・・・どんなに幸せなのだろうか。
 現実になんて戻りたくない。
 現実に戻ったって、貴方はいない。
 また1人、怪盗Featheryとして人々を騙し、欺き、そして・・・いつか、地へと堕ちる。
 ねぇ、いつまで偽らなくてはならないのかな?
 いつまで・・・人を騙し続けなくてはならないのかな?
 現実の世界では、罪を背負って生きているけれど、この世界でなら・・・何もない、ただのマジシャンとして生きていけるんじゃないのかな?
 穏やかな世界で・・・ずっとずっと・・・・・・・・
「だめだ黒羽!!!」
 突然、客席の後ろから声が響いた。
「な・・・んで・・・?」
 そこに立っていたのは、工藤 光太郎だった。そして、その隣には詠二とメグルの姿。
 銀色に透ける髪を見た瞬間、黒羽の中であの時の声が響いた。
『ほんの一時の夢』
 彼女の声だ・・・確かにあれは、彼女の声だった・・・
「黒羽!目を覚ませ!!」
「・・・イヤだ・・・」
「陽月さん、いい加減・・・気付いてください。いえ、もう気付いているのかも知れませんね。貴方の隣に居るお父さんが、本物ではないと。その人は、私が・・・」
「父さんは父さんだ!」
 感情的な言葉、言い方・・・全て、現実の俺では似合わない。
 詠二とメグルの前で、こんな姿を曝け出すのはなんら問題はない。
 彼らは、普通の人間ではない。黒羽の生活圏に常にいる人ではない。
 あの2人には、どんな無様な姿を見せても大して心は痛まない気がした。
 それでも・・・それでも、工藤だけは違う。
 こんな姿を見せたくなかった。工藤の前では、いつだって不敵でいたかった。それなのに・・・
「その人は私が、貴方の記憶から引っ張り出してきた・・・ただの幻です。貴方の願いに合うように行動させているだけに過ぎない」
「違う・・・父さんは父さんだ・・・」
「黒羽・・・」
 工藤が伸ばしてきた手を振り払う。
 何時の間にか周囲には客の姿はなく、真っ白の空間が広がっているだけだった。
 ・・・隣に立つ父は、未だにシルクハットから何かを取り出している。
 金銀に輝く紙テープ、七色に光るシャボン玉・・・
「父さん・・・」
 呼びかけてもこちらを向こうとはしてくれない。
「父さん・・・!!」
 メグルがそっと指を動かす。そうすることによって、父がこちらを向いて―――――
「どうしたんだ?」
 ・・・そう、全ては一時の夢。その前提で、逢いたいと言った。
 でも・・・本当は、幻ではない貴方に逢いたかった・・・・・・
「もう眠ってください。そして目覚めた時は、優しい夢を見たと・・・それだけで・・・」
 メグルがすっと黒羽の前まで歩み寄り、手をかざす。
 視界が遮られる前、見た・・・彼女の笑顔は酷く悲しそうなモノだった―――――


☆★☆


 薄いカーテン越しに差し込んでくる朝の光に、目を擦りながら起き上がる。
 ベッドサイドに置いた時計が指し示す時間は朝の7時・・・
 なんだか、凄く優しい夢を見た気がする。
 詳細まではっきりと覚えているわけではないが、父さんが出てきたような・・・
「あれ・・・?」
 ツゥっと頬を滑る涙に、首を傾げる。
 優しい夢だったはずなのに、どうして泣いているのだろうか?
 父さんに逢えて嬉しかった?例え夢でも・・・
 けれど、胸の奥に支えているのはそんな柔らかい感情ではなかった。
 冷たい氷のような、ただひたすらに悲しみを宿した感情・・・どうしてだろう。優しい夢だったはずなのに・・・
「そう言えば、昨日って七夕だったな・・・」
 以前願ったことが、叶ったのかも知れない。
 黒羽はそう思うと、自嘲気味な笑みを口元に浮かべた。
「そんなわけ、ない・・・か・・」
 髪をくしゃりと散らした後で立ち上がる。
 まだ覚めきっていない頭を起すために、冷たい水で顔でも洗おうと思い立ち上がり・・・
 パサリと、服に引っかかっていた銀色の折り紙の欠片が足元に落ちた。
 けれど黒羽はそれに気付かないまま、そっと自室を後にした――――――――



               ≪ E N D ≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  6178 / 黒羽 陽月  / 男性 / 17歳 / 高校生(怪盗Feathery / 紫紺の影


  6198 / 工藤 光太郎 / 男性 / 17歳 / 高校生・探偵


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『七夕の夢』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 今回も、どこか儚く脆い黒羽様を描けていればと思います。
 優しいお話に・・・と思っていたのですが、やはり切ないお話になってしまいました(苦笑
 それでも、なにかを心に残せる、そんなお話になっていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。