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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


行け行けアトラス探検隊 屋敷探索編

●オープニング
「さんした君、ちょっと」
 月刊アトラス編集長、碇麗香が眼鏡のブリッジを上げながら三下忠雄を呼んだ。
「な、何でしょう、編集長」
「ここの取材に行って頂戴」
 麗香が手渡したのは、洋館が写っている写真数枚と資料だった。
 洋館は蔦が生え放題で、人が住んでいるかどうか。人どころか、幽霊が住んでいそうなカンジである。
 資料には、性別、年齢、学校はバラバラだが、両親が離婚して母親がいない、あるいは母親と死別という子供達が相次いで行方不明になっているという。
 目撃者の話では、その屋敷に子供が夢遊病のようにふらふらと入って行くのを見たと言っていた。噂では、屋敷にいる幽霊が子供達を誘い出しているとか。
「…ということで、気味悪がって誰も行きたがらないのよ。だから、さんした君が行ってきなさい。早く!」
「は、はいぃ!!」
 編集長の喝により、ダッシュで取材に向う三下。

「ここかぁ、大きなお屋敷だなぁ…」
 写真で見るよりも、実物は大きかった。
 早く済まそうと中に入ろうとしたその時、
「ひぎゃああ!」
 三下の全身に電撃をくらったかのような衝撃が走る。もう一度入ろうとしたが、結果は同じだった。
 帰ろうとした時、サッカーボールが転がり、その後を追った子供が中に入ったが、何も起きなかった。取り終え、屋敷内を出た後もケロっとしている。
「この屋敷…子供しか入れないんだ」
 納得した三下は白王社に戻り、麗香にこのことを報告した。

「あらら…さんした君でも駄目だったのね」
「駄目だったって…。この取材、行きたがらない、じゃなくて、行けないじゃないですか! 編集長、子供しか入れないこと知っていたんですね!? 酷いです〜!!」
 麗香に騙されたこと、屋敷内に入ろうとした時の恐怖を思い出し、三下は泣き出してしまった。
「仕方ないわね。気が乗らないけど、子供の取材班を設けましょう。何が何でもこの屋敷のことを記事にするのよ。さんした君、早く取材班の記事を書きなさい。あ、取材班じゃなくて「探検隊」のほうが子供が食らいつくかも」
 記事のためなら子供をも巻き込む麗香であった。

『屋敷探検隊員至急求む! 対象は小学生以下の子供。性別不問。
 我こそはと思う子供は下記まで連絡を』

 これで良し、と安心する三下であった。

●集まった探検隊員
 碇麗香編集長の厳しい面接をパスし、選ばれた屋敷探検隊員は四名。
 背が高いせいか、年長者格に見える今川恵那(いまがわ・えな)。
 冷静沈着、というより、クールな飛鷹いずみ(ひだか・いずみ)。
 かわいらしい外見の少年、ピューイ・ディモン。
 くせっ毛ショートヘア、ソバカスが特徴のローナ・カーツウェル。
 外見は個性があるが、共通しているのは全員小学四年生でということだ。しかも友達同士である。
 
 アトラス探検隊員達は、探検(と称する調査)に向かう前に、アトラス編集部で碇探検隊長から指令を言い渡された。
 麗香は同行できないので、探検時の探検隊長は三下が担当することに。彼の場合は『保護者』でもある。
 三下は四人に資料と屋敷の写真を手渡す。
「これからあなた達には、この屋敷の内部と、屋敷に住んでいる人の話とか、噂話とかの情報収集をしてもらうわ。記事を見てここに来たのならわかるでしょうけど、屋敷には子供しか入れないの。それはさんした君で実証済みよ」
 じーっと情けない顔の三下を見る四人。
「外観はわかったけど、内部の情報が全く無い状況で中に侵入するのは、リスクが高すぎて気にくわないわ」
「いずみちゃん…」
 いずみが探検隊を抜けるのではないかと心配になった恵那に対し、
「心配しないで。友達を見捨てることはできないから、同行するわよ」
 と付け加える。
「すっごくワクワクする〜♪ おもいっきりenjoyネ!」
 探検隊のコスチュームを身に纏い「ゆっけゆっけ少年探検た〜い♪」と冒険活劇アニメ『ボクらは少年探検隊』の主題歌を歌いながらはしゃいでいるローナ。
「僕も楽しみぴゅ♪」
 ローナにつられてはしゃぐピューイ。
 その様子を冷静に見ているいずみと微笑んで楽しそうに見ている恵那。
「誰か、携帯を持っているかしら」
「私が持っているわ」
「そう。それじゃ、あなたに探検隊のリーダーをお願いするわ。何かあったら、さんした君に連絡して頂戴。こんなのでも、連絡係は勤まるでしょう」
 こんなのなんて酷いですよ編集長! と泣き出す三下に更に不安を隠せなくなったリーダーに任命されたいずみ。
「では、これで打ち合わせ終了。頑張ってね、探検隊員の皆。この屋敷の記事は皆にかかっているのよ」
 はい、と声を揃えて元気に返事をする四人…とおまけ(三下)は、早速調査対象の屋敷に向かった。

●屋敷探索スタート
 五人は写真で見た蔦が生え放題、人が住んでいる、いや、幽霊が住んでいそうなカンジの洋館にいる。
「後の行動はキミ達次第だよ。中を探索してもいいし、情報収集をするのでもいいよ」
 どうしようかと相談している四人は、三下の存在を忘れている。
「私達がどう行動するのか、一応知らせておきますね。私は子供達の家族のところに行きます。ピュー君とローナ、いずみちゃんは屋敷内の探索をします」
 頼りない三下に行動報告をする恵那のほうが、探検隊長代理に相応しいのでは…というツッコミはやめておこう。
「恵那ちゃん、キミ一人じゃご家族の方に会ってもらえないかも知れないから僕も一緒に行くよ。こういう時は大人がいたほうが
説得力あるでしょう?」
「そう言われてみるとそうね。頼りなくても、大人がいるのなら家族の話も聞けるはずよ」
 いずみに説得され、恵那は三下と共に家族に会いに行くことにした。
「ミーはこのお屋敷を探検ー!」
「僕もぴゅ。このお屋敷に悪霊がいるぴゅ? 美味しい悪霊さんだと良いなと思うぴゅ」
 期待に胸を躍らせているローナとピューイは早く屋敷に入りたいようだ。
「私はローナ、ピューイと一緒に行動するわ。何かあったら、私の携帯に連絡して」
「わかった。いずみちゃん、ピュー君とローナのこと宜しくね。こっちが終わったら私も合流するから」
 恵那は三下に行方不明になった子達の住所を聞き出すと、そのうちの一人の家に向かった。
「じゃあ、私達も行くわよ」
 ピューイとローナは待ってましたぁ! と満面の笑みを浮かべて屋敷の敷地内に入った。

●子供達の家へ
 恵那と三下は、屋敷から比較的近い距離の家を訪ねた。その家には孫が行方不明になったことにショックを受け、憔悴しきった祖母がいた。気の毒とは思うが、二人は屋敷の調査をしていることを伏せ、行方不明になった子のことを尋ねた。
「あの子は…母親を四歳の頃に病気で亡くしたんです。最初はお母さんに会いたいよ、と泣きじゃくっていたんですが、母親がいないことを悟ったのか、何も言わなくなりました。そんなあの子が不憫で…不憫で…」
 泣き出してしまった祖母に、私と握手をしてくれませんか? と右手を差し出す恵那。
「な、何をするつもりで…」
「その子を探し出して、おばあちゃんの気持ちを伝えます。『おばあちゃんが心配しているからお家に帰ろう』って」
 テレパス能力を持つ恵那ならではの方法だが、相手との接触が必要だった。
「僕からもお願いします。今はこの子の能力が必要なんです、お孫さんのためにも」
 隠し切れないなと悟った恵那は、自分達は行方不明の子供達を捜している人物の協力者と名乗った。それを知った祖母はお願いします、孫を見つけ出してくださいと頭を下げて二人に頼んだ。
「大丈夫ですよ、おばあちゃん。私達が見つけ出してみせます」
 三下は、自分よりも十以上も年が離れた少女が自分より大人に見えた。
 その後も行方不明になった子供達の家に向かい、家族達を落ち着かせ、気持ちを伝えますねと恵那は言う。

●屋敷が見る夢は
「Unbelievable! 何、この汚さ!」
 屋敷内に張っている蜘蛛の巣を鬱陶しそうに乱暴に払うローナ。
「どんな悪霊なのか楽しみぴゅ♪ ちょっとお屋敷の夢に行ってみるぴゅ」
「屋敷の夢を見るって、何を考えているの!? 危険な目に遭うかもしれないからやめなさい!」
「大丈夫ぴゅ」
 ピューイはいずみが止めるのを聞かず、提灯アンコウのような水色の球体形態魚の姿に戻り、壁の中にすぅっと入っていった。
 彼は人々の夢や記憶管理するのが使命の宇宙魚だ。記憶を見るのはお手の物である。

 暗い闇の中にピューイはいた。何も見えないので、提灯の明かりを灯す。
「少しは見えたぴゅ」
 ふわふわと闇の海を泳ぎ始めようとした時、声が聞こえた。

『儂の夢に潜り込んだのは誰だ』

「僕がわかるぴゅ?」
 キョロキョロし、相手が誰かをピューイは確かめようとするが、何も見えない。
『ああ、わかるとも。儂はこの屋敷自身なのだからな。お前さんの友達が屋敷内を調べておるのもわかっとる』
「僕はピューイぴゅ。あのね、お屋敷さんに聞きたいことがあるぴゅ」
『ここにおる子供達のことだろう? あの子達は…ここの女主人の霊が呼び寄せたのだ。十年以上も前に亡くなられたというのに…自分が死んだことを気づいておらんのだろうか』
 呼び寄せた、とはどういうことだろう。ピューイは詳細を屋敷に訪ねてみた。
『ここの女主人は、大の子供好きだったんじゃが…これ以上は言えぬ。何者かの力が働いておる故…』
「あのね、その女主人さんが悪霊だったら食べてもいいぴゅ?」
『…好きにせい』
「お屋敷さん、ありがとうぴゅ。僕、みんなのところに帰るぴゅ」
 その言葉と同時に、ピューイの背後に光が射した。屋敷が帰り道を示してくれたのだろう。
「いずみちゃんとローナちゃんのところに行かなきゃぴゅ!」
 ピューイは屋敷に戻ると、人間の少年の姿に戻り、二人を探し始めた。

●誰かが住んでいる?
 その頃、二人は広い屋敷の居間にいた。長年誰も住んでいないかのように埃が溜まり、蜘蛛の巣が張り放題である。
「ピューイは大丈夫かしら」
「No problem♪ お屋敷の情報はピューイに任せるネ。ミー達は屋敷を探検しよう。まずはwater closet探しー」
「怖くてトイレに行きたくなったの?」
 違うと首を振り、
「古いお屋敷とはいえ、誰かが住んでいるのなら水道が使われてるハズ。bathroom、kitchenも同じことネ」
 と明るい口調で付け加えるローナ。
「それは考えられるわね。人が住んでいるのなら、生活観があるはず。ちょっとは見直したわ、ローナ」
 ちょっと、という言葉に頬を少し膨らませながらも、ローナはいずみと共にトイレ、風呂、台所を探し始めた。
 二人がまず向かったのは、居間を出てすぐにある右側の部屋だった。ドアをそぉっと開け、様子を伺う。ここは台所のようだ。
コンロにはシチューを作る大鍋が置かれている。
 ローナは流し台に近づくと、蛇口を捻った。水が使える状態であれば勢い良く水が出るのだが…。
「…出ない」
「水は駄目でも、ガスは使えるかも」
 いずみがガスコンロに火をつけようとするが、ガスも止められているようでつかない。
「生活観が無いってことは、ここには誰も住んでいないわね。住んでいるとしたら、最低でも自分の部屋くらいは掃除するはず」
「流石はいずみネー。ということは『あやかし』の線が濃いの?」
 そうね、とローナの意見に同意するいずみ。
「トイレとお風呂も調べる?」
「やめとく…。人がいないってわかったら探検気分抜けた」
 肩を竦め、とぼとぼと歩くローナに誰かがぶつかった。
「いったぁ…」
「ご、ごめんぴゅ。大丈夫ぴゅ?」
 相手は、一刻も早く二人に合流しようとして廊下を走っていたピューイだった。
「ピューイ、何かわかったの?」
「お屋敷さんがね、子供達はお屋敷の女主人に連れて来られと言ってたぴゅ。悪霊だったら食べても良いって言ったぴゅ!」
 屋敷から得た情報を伝えるピューイの意見にやっぱり…と納得するいずみに対し、ローナは思いっきり暴れられると張り切っている。
「恵那にこのことを連絡しましょう」
 いずみが携帯を取り出そうとしたが、何者かにより強く手を叩かれた。いずみの手は赤く腫れ上がっているが、本人は気にすることなく再び携帯を手にした。
「痛くなかったぴゅ?」
 ピューイが心配そうにいずみの顔を覗き込むが、大丈夫よと軽くあしらわれた。
「何かが、私達を動かしたくないようね…」

●探検隊合流
 その頃、恵那と三下は屋敷に向かい走り出していた。
「え、恵那ちゃん、もう少しペース落とさない?」
 息を切らしながら走っている三下に、急いでいずみちゃん達のところに行きたいの、ごめんなさいと恵那が謝る。それもあるが、子供達に家族が心配していることを伝えたいという気持ちも強かった。
 屋敷が見えると同時に、恵那は速度を上げた。その後に続き三下が屋敷内に入ろうとするが…激しい電流が彼を襲った。
「わ、忘れてた…」
 自分が入れない以上、ここから先はあの子達に任せるしかないだろう。

「いずみちゃーん、ピューくーん、ローナー!」
 恵那は友達の名を呼び、屋敷内を探した。
「あ、恵那ちゃんぴゅ!」
「ホントだ」
「遅かったわね、恵那」
 三者三様の反応であった。
 恵那は子供達の家族に会い、自分達が助け出すと言ったことを伝え、ピューイは屋敷の夢から得た屋敷の住人のことを恵那に伝えた。
「その女主人さんが、子供達を誘い込んだ張本人なのね…」
 恵那は自分の母のことを一生懸命考えた。

 ――私は母さんと一緒にいる。女主人さんが子供達を集めたのは…子供が恋しくなったのと、自分が寂しいから…?

「恵那、何を考えているかはわからないけど、早く子供達を探しましょう」
 正直、年齢的にはまだ子供なのに甘えるという行為が既にできなくなっている歪な自分を信用できていいないが、いずみは女主人が母親的願望を満たしたい存在だと予測している点は、恵那の考えに近いものがある。
 ピューイも母親のことを考えてみた。

 ――僕もお母さんに会いたいと思うぴゅから気持ちはわかるぴゅ。
   でも、お母さんは僕が元気でいるのが一番嬉しいと思うぴゅ。

 皆が母親のことを思っているのを知ってか知らずか、ローナが皆で子供達を探そう! と元気に言う。自分がムードメーカーになることで、場の空気を少しでも変えようと彼女なりに頑張っているのだろう。
「レッツゴー! ネ」
 ローナを先頭に、探検隊員達はまず一階から探すことにした。

 一階にはキッチン、食堂、風呂、トイレ、居間、物置き部屋がひとつ。いくつか部屋はあるのだが、ドアノブが錆びていたり、ドアが開かなかったりで未確認である。一通り一階を調べた後、二階に向かう。長い階段に敷かれている赤い絨毯は埃を被り、ゴージャスな気分を台無しにさせている。
「お屋敷が綺麗な時に来たかったネ…」
 ぼそりとぼやくローナ。
「この部屋は何だぴゅ?」
 ドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開けるピューイ。その部屋には…。
「ぴゅ!」
「ピュー君、どうしたの?」
 恵那達がピューイの背後から部屋を見た。

●子供達発見と救出
 部屋の中央には、薄汚れたシーツで全身を覆っている女性が座っていて、四人の子供達は母親に寄り添うように笑みを浮かべながら眠っていた。膝に乗り、気持ち良さそうに眠っている子供が一番幼い子供だろう。

「聖母マリアきどり、と言ったところかしら」
「そんなカンジだけど、ホンモノのマリア様のほうがもっと綺麗ネ」
「二人共、何を言っているの? 早く子供達を助けないと!」
 一足先に部屋に入った恵那に促され、いずみ、ピューイ、ローナも手伝う。自分達より体重が軽いとはいえ、子供を抱えて部屋を出るのは探検隊員達には重労働である。
「皆、無事救出できたわね。で、あのマリア気取りの女主人をどうする?」
「僕が食べるぴゅ!」
 いずみの意見に待ってましたぁ! とはしゃぐピューイをローナが止める。
「Stop! やっつけるのはミーがやること。ピューイは大人しく見学しなさい」
「落ち着きなさい。やることがひとつあるでしょう。恵那、頼んだわよ」
 騒がしい二人を無視し、いずみは恵那に子供達に家族の気持ちを伝えるよう頼む。
 恵那は目を閉じ、子供達に触れて家族達が心配している気持ちをテレパシーで送った。

「あたしの子…元気で帰ってきて。それがお母さんの願いよ」
「大事な孫を返しておくれ!」
「ママ、あなたの帰りを待っているからね…」

 少しずつ、子供達の目が開いた。
「大丈夫?」
 恵那が一人ずつに声をかける。子供達は、自分が何故ここにいるのかわからない状況だった。このほうが好都合だ。
「ミーがお屋敷の外に連れて行くネ。後はお任せー」
 ローナは子供達に、お家まで送ってあげるねと笑顔で言い、外に連れ出した。

 子供達の温もりが失せたからなのか、今頃になって探検隊員達の存在に気づいたのか、女主人はすっくと立ち上がった。
<<私から子供を奪うのはお前達か…。返せ…子供を返せ…!>>
 恨みが篭った声が、探検隊員達の耳に響く。
「返してって…。この子達はあなたの子じゃなくて、余所の家の子供よ」
「そうだぴゅ!」
「返してあげなさい!」
 探検隊員達が思い思いの言葉を口にするが、女主人の鋭い睨みで黙らざるを得なかった。
<<お前達も子供であればわかるだろう? 母親の恋しさが、優しさが。それ同様、私は子供の笑顔が、温もりが欲しい。それを望んで何が悪いというのだ? お前達も主人同様、私から子供を奪うのか…!>>
「どういうことか説明してもらおうかしら」
 いずみの説得に、女主人は良かろうと事の次第を話し始めた。

●女主人VS探検隊員
 今から十年以上も前の話になる。
 女主人は夫、以前の主人と使用人数名とこの屋敷に住んでいた。夫婦はとても幸福そうで、誰が見ても仲の良い夫婦だった。
 そんな二人の悩みは、子宝に恵まれないことだった。女主人は子供が好きなので、早く身籠りたいと願った。何年もかけて不妊症の治療を行ったが、願いが叶うことはなかった。そんな彼女を見限ったのか、夫は愛人に自分の子を身籠らせ、その翌年、子供が産まれ、夫は愛人と共に海外へ行ってしまった。失望した女主人は、部屋に閉じこもり一人寂しく泣いた。涙は枯れることなく湧き出た。メイド達は女主人の部屋に食事を運ぶが、それらは一切口にしないまま返された。
 使用人は一人、また一人と減り、屋敷には泣いている女主人だけが残った。
 それから一年後、女主人は餓死し、屋敷は荒れ果てた。

<<これが経緯だ。私は…わが子を一度も抱きしめることなく、挙句には主人にまで裏切られた。それが無念でならず、死してなお
この屋敷に留まった>>
「ちょっと待って。幽霊であるあなたの無念と思慕の念が、子供達を呼び寄せたのはわかったわ。その子達を…どうするつもりだった の?」
 女主人を睨み、いずみが質問をする。
<<優しく抱きしめ、寂しくないよう側にいる…。それだけ>>
「女主人さん、それ、虚しくないですか? あなたは幽霊だからそういうことしかできないんですよ。本当の母さんは、優しいだけ
じゃなくて、悪いことを叱ったりもするんです。優しいだけの母さんなんていません。そんな考えのあなたは母親になれません!」
<<な…!>>
 その言葉に、女主人の表情が強張る。
「恵那の言うとおりよ。母親というものは、自分の子供を第一に考えるもの。子供を人形のように扱うものじゃないわ」
「子供達をおびき寄せて自分のものにするなんて酷いぴゅ。僕は嫌だぴゅ。お父さんにも、お友達にも会えないのは寂しいぴゅ」
 いずみとピューイも自分達の意見を述べる。
「ミーはmummyが大好き。アンタみたいな押し付けがましくないミーのmummyが!」
 駆けつけたローナがはっきりとそう言う。屋敷の前にいる三下に子供達を守るよう言い、合流したのだ。

<<私の邪魔は誰にもさせない! 子供達を返せ!!>>

 声が部屋に響くと同時に、屋敷は大きく震え、女主人の周囲から熱気を感じ、燃えているように見えた。
「人に仇なすものは許せないネ! ミーの忍術で退治してあげるよ!」
 相手が人間でないとわかれば、大暴れしても構わないと思ったローナは、我流忍術で退治することにした。
 我流といえども、基本はおろか応用までしっかりしているが、実のところは、その身に流れる魔女の血が自然の力を借りた
際に忍術となって発現してるのだけの話である。
 ウェストポーチに忍ばせているクナイを取り出すとビシッと構える。
「火には水ネ! 水遁の術っ!」
 ローナがフローリングの床にクナイを突き刺すと、女主人がいる部屋の中央に突然水柱が出現した。女主人は柱に取り込まれて身動きができない。
「お次はコレっ!」
 天井に向かって投げられクナイは、女主人の真上に刺さると同時に周囲が光った…たかと思うと、水柱に雷が落ちた。微量ではあるが、威力はかなり大きい。
 その間、恵那は怒りのテレパシーを必死で送り、いずみはじっと様子を伺っているが、恵那が能力を使いすぎて倒れそうになると、倒れる前に支えた。
「能力の使いすぎはかえって良くないわ。後はローナに任せましょう」
 こくんと頷く恵那。
「そろそろとどめといきますか」
 ローナは次の忍術を披露しようとした時、ピューイが女主人の霊を食べたいと言い出した。
「そのくらいにしておくぴゅ。後は僕に任せてぴゅ」
 屈託の無い笑顔でそう言われては仕方がない。ローナは後を任せることにした。
 わーい♪ とはしゃいだ後、ピューイは宇宙魚に変身し、口を大きく開けて女主人を一気に飲みこんだ。

『む……ん…』
 
 ピューイの腹から何かを言いかけた女主人の声が聞こえたが、当の本人はケロっとしている。
「ふぅ…ご馳走様ぴゅ♪」
 元の姿に戻ったピューイは、ご馳走を食べ終え満足の様子であるが、先程の声が気にかかった。
「さっき、お腹の中で声がしたぴゅ。「むん」って何だぴゅ?」
『むん?』
 恵那、いずみ、ローナの声が綺麗に重なる。
「わからない…」
「ムンクの絵が好きだったんじゃないの?」
「ミーもそう思う」

 ひとつ謎が残ったが、探検隊員達は与えられた任務を無事遂行することができた。

●探検結果報告
 任務を終えた探検隊員達は、麗香に子供達を無事家に送り届けたこと、行方不明事件を解決したことを報告した。『むん』のことは何それ? と言われそうなので誰一人として話さなかった。
「ご苦労様。キミ達の話を纏めて、この事件の記事を書かせてもらうわね。アルバイトができる年齢だったらバイト料をあげるんだけど、まだまだだからコレをあげるわ」
 四人が受け取ったのは…月刊アトラス編集部のネームプレートだった。
「これは探検隊員の証。それと、アトラスフリーパス券でもあるの。フリーは私がいる時のみ有効よ」

 ――喜んでいいのかなぁ…?

 複雑な気分の四人。

 それと同時刻、静まり返った屋敷の前にある人物がいた。
「子供に私の邪魔をするとは…」
 体を小刻みに震わせ、唇を噛んだためか、口端から血が流れ出ている。
 人物の姿は見えないのか、過ぎ去り行く人々は何事も無く歩いている。

 残された謎。これが次に探検隊員が解決すべきことかもしれない。
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1343 / 今川・恵那 / 女性 / 10歳 / 小学四年生・特殊テレパス】
【1271 / 飛鷹・いずみ / 女性 / 10歳 / 小学生】
【2043 / ピューイ・ディモン / 男性 / 10歳 / 夢の管理人・ペット・小学生(神聖都学園)】
【1936 / ローナ・カーツウェル / 女性 / 10歳 / 小学生】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、ライターの火村 笙と申します。
このたびは「行け行けアトラス探検隊 屋敷探索編」にご参加くださり、ありがとうございました。
探検隊員の皆様には、この依頼が夏休みの良い思い出になることを願っております。

>今川・恵那様
子供達と自分のお母さんへの気持ちを全面的に押し出してみました。
長身…という面を活かして、探検隊員のお母さん的存在になっていただきました。
恵那様らしい優しさが表現できたかでしょうか…?

>飛鷹・いずみ様
クールな雰囲気、というと某アニメのクールガールなイメージと思い、冷静に振舞わせて見ました。
恵那様のサポート、説得力行動をしていただきました。
大人顔負けの説得を表現してみましたが、いかがでしょうか…?

>ピューイ・ディモン様
一人称プレイング、すごくありたがたっかです。
口調とキャラクターは掴むことができましたが、夢を食べるシーンはこれで良かったかな? と不安です。
お気づきの点があれば、遠慮無く仰ってください。

>ローナ・カーツウェル様
プレイングを拝見した時、「この依頼のノリをわかってらっしゃる!」と喜びました。まさにソレでしたので。
暗くなりがちなこの依頼のムードメーカーとして活躍させてみました。いつまでもお元気なローナ様でいてください。
口調はこのようなカンジで宜しかったでしょうか…?

ラストの『むん』に関しては、アトラス探検隊シリーズで明らかにする予定です。お楽しみに。
まだ暑い日が続きますので、お体にお気をつけてください。


火村 笙 拝