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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


悠久歴史浪漫


 碇麗香は、ソファに足を組んで目の前の二人をゆっくりと見た。
「ようするに、そちらの歴史博物館が開館したから、その宣伝を兼ねてツアー参加者を募って欲しい。それでいいかしら?」
「概ねその通りです」
 ソファに腰掛ける左側の人物が答える。
「ですが、ツアーは一度に大勢のお客様をご案内はできません」
 麗香は言葉をまとめるように反芻してソファにもたれかかり、
「だから、うちの雑誌に懸賞を載せて欲しい…と」
 言葉を締めくくれば、
「「はい」」
 と、一言一句タイミングさえも同じ返事が返ってきた。
「それだったらうちみたいなオカルト向けの雑誌じゃなくて、普通の雑誌じゃだめなのかしら」
 歴史博物館の宣伝であるならば、オカルトを専門に扱っているような月刊アトラスよりは普通の歴史雑誌などの方がそれようの人が集まりそうだと言うもの。
 しかしそんな麗香の疑問に気が付いたのか、歴史博物館から派遣されてきた二人は、
「むしろ“そちら”専門の方のほうがこちらとしては都合がよいのです」
 それはとっさの時の対処に慣れていそうだという理由から。
 そんな二人の言葉に麗香の眉根がピクリと動く。
「分かったわ。ただし、ツアーに取材させてちょうだい。それが条件よ」
「「もちろんです」」
 よろしくお願いします。と、頭を下げた二人に、予定しているツアーの内容を問いかける。
「今回は『平安貴族の曲水の宴』を予定しています」
「その情報は懸賞に載せてもいいのかしら?」
「「構いません」」
 こうして大まかに話をつめていき、決まったこと。

■体験ツアーの内容は平安時代
■懸賞はペアチケット(勿論お一人でも歓迎)
■現地集合(該当記事に地図を載せる)

 こうして来月のアトラスに乗せる体験ツアー懸賞の話がまとまり麗香は編集部を去っていく二人の背中を見送る。
 だが麗香の中で“そちら”専門と口にした言葉が引っかかっていた。何かがあると勘が告げているのだが、それが何なのか定かにすることができない。
「三下くーん」
 麗香は徐に三下忠雄を呼びつけると、この歴史博物館の体験ツアーに同行するよう言いつけた。







「「ようこそおいでくださいました」」
 招待券を手にどこかきな臭い洋館のような歴史博物館に足を踏み入れた瞬間、同じ顔の青年に同じようなタイミングで同じように頭を下げられた。
 パティ・ガントレットは、その後ろに少しだけびくびくとしながらも建物を興味深げに眺める三下を引きつれ、
「お招きありがとうございます」
 と、恭しくも頭を下げる。
「おいでくださりありがとうございました」
 片方のガイドが頭を下げ、
「本日のご説明をさせていただいてもよろしいでしょうか」
 もう片方のガイドが、伺うように2人を見る。
「構いません」
「あ、はい」
 そして了承を得るや、ガイドは一度ぺこりと腰を折り、説明を始めた。


 大まかな注意事項は二つ。

1つ、実際に触れるからといって体験した歴史の物品を持ち帰らない事。
1つ、皆様がお持ちの何かを体験された歴史に置いていかない事。

 それでは次の注意事項をご説明させていただきます。

 皆様左腕のほうに腕輪をお付けになっておられるかと思います。
 これは特殊な素材で出来ており、装備者以外の人物には不可視となっております。
 では皆様こちらにボタンが付いてらっしゃるのがご確認できますでしょうか。
 こちらのボタンはツアー緊急中止ボタンとなっております。
 ご気分が悪くなられた方やお手洗い等に行かれる方はこのボタンを押していただければ即座にツアーが中止となり、この場に戻ってくることが可能となっております。

 次にボタンの隣にあるディジタル表示の数字をご確認ください。
 こちらはツアーの体験時間を表しております。
 徐々にこちらの数字が減っていき、ゼロになりましたらツアーは終了となります。

 腕輪はツアー終了後こちらで回収いたしますのでお持ち帰りはご遠慮いただいております。
 リアリティを追求しておりますので、体験する歴史の服装に着替えていただき、皆様の持ち物はツアーが終わるまでお預かりさせていただきます。


 話が終わり、ガイドは真正面からパティを見つめる。
「ご了承頂けますでしょうか?」
「折角ですし…」
「へぇ」
 十二単を着る機会などそうそう巡ってくるものでもないため、パティはコクンと頷く。
 三下はどこか場違いなのではないかと言う気持ちを抱いて生返事を返した。


 控え室にて。
「お客様の御髪は銀色でございますので、こちらを用意させていただきました」
 それは黒光りする足元よりも長い平安の女性の平均的な髪型を模したかつらだった。
「瞳の方は…?」
 もし黒でないのならカラーコンタクトを…と、言いかけたガイドを制止し、パティは告げる。
「大丈夫です。見えますので」
「そうですか」
 パティの瞳には秘密があるため、こんな所でおいそれと開いてはいられない。
 紫を基準とした十二単に身を包み、パティはその重さに柳眉をしばししかめる。
 左腕につけられた腕輪を確認し、ゆっくりとした足取りではあったが、体験ツアーの出発地点であるホールへと入る。
 そこではもう眼鏡を取られ、あっちにぶつかりこっちにぶつかり状態の狩衣姿の三下が待っていた。
「注意事項は覚えておられますでしょうか」
「大丈夫です」
 ガイドはその言葉に瞬きと共に頭を下げる。

「「それでは行ってらっしゃいませ」」

 軽い静電気のような痺れを感じながら、2人は平安の地へと旅立った。






 こんなにも青かっただろうかと思うほど綺麗な空の下、傘と畳が置かれた小川のほとりにパティと三下は立っていた。
 どこからともなく声が聞こえる。
「あら、瑠璃の君だわ」
「流石瑠璃の君、竜胆の襲が良くお似合いですこと」
「今日は素敵な公達とご一緒なのね」
 クスクスと少女達の笑いが木霊する。
 確かに眼鏡を取られた三下の顔は悪くないと思う。
「あら、でも、大納言様をなくして、まだ日が浅いのではなくて?」
「そんな事関係ありませんわ」
 ホホホ。と、少女達はとても楽しそうに言葉を交わす。
 真偽はまったくの別として本当に少女達はとても楽しそうだ。
 けれど、少女達が話している会話は、どう考えても今で言うスキャンダルやゴシップのようなもの。
「…………」
 そんな話の内容にパティは心中にて「?」を浮かべまくる。
「瑠璃の君って、パティさんの事ですよね?」
「そうだと…思います」
 こそこそと会話を交わしている姿に、何故だかまた少女――どこぞの姫君か女房の集まり――が、また一際大きな歓声を上げた。
「平安時代とは、どういった時代なのです?」
 他の姫君たちに習うようにパティは扇子を口元に当てて、促されるまま用意されていた畳に腰掛ける。
 その後をまるで腰巾着の様に追いかける三下をこれ幸いにと問いかけた。
「平安は、確か、婿入り制度で、女性のお父さんの身分が婿の身分にも関わってきたはずで、正妻と側室の一夫多妻制で、恋多き時代……だったと思いますけどぉ」
 自信ななさげにそう告げた三下に、
「そうですか……」
 と、言う事は、もしかして今自分はこの三下と恋の真っ最中とでも思われている。と言う事だろうか。
「瑠璃の君!」
 きっと自分の名前だろうと判断したその名が聞こえた方向にパティは顔を向ける。
「ここでお姿を拝見できるとは……」
「まぁ」
 どこぞの公達は三下をぎりっと睨むが、眼鏡のない三下には状況が飲み込めずきょとんとするのみ。
「今ではもう自由の身、気兼ねなどいらぬはず」
 平安貴族(の姫君)といえば屋敷に閉じこもって相手の顔もろくに見なる事がない動かない人種なのだが、それはやはりかなり高貴と言われる身分の女性達の話なのか。
 そしてこの公達、パティに対して、やれ文をどれだけ送っただの、返事が来なくてやきもき(一部翻訳)しただの、今日出会えたことにこれほどの幸運はないだの。
 パティの耳には右から左へと抜けていったのだが、どうやらこの公達瑠璃の君たるパティにご心中らしい。

 ―――なるほど

 パティはどうやら今自分が美貌の未亡人である事を認識するや、扇の奥でにっこりと微笑む。
 そうと分かればそういった楽しみ方もあるのだ。
 パティは公達に向けてにっこりと微笑んだ。
「あなた!!」
 口元を隠すはずの扇が割れそうなくらい握り締めた姫君が、この公達に向けて鬼のような形相を向けている。
「!?」
 公達はあからさまな苦笑を浮かべるとそそくさとその場を去っていく。
「る…瑠璃の君、ごゆるりと……」
 何時の世も、男は尻に敷かれるのか。
 パティはそんなことを思いつつ目の前の小河に視線を向けた。



 サラサラ。
 サラサラと。
 小河を流れる水の音が聞こえる。
 パティは筆で今で言う縦長の色紙のようなものに一句したためる。
 小河からは朱色の杯がゆっくりとパティに向って流れてきていた。

明け染めし
    東の都のあやかしの
  いまだくれない
      遠き帳よ何とも

 パティは何事も無いように流れてきた杯をゆっくりと両手で持ち上げると、杯の酒を飲み干す。
 あまりにも自然に詠まれた一句と、パティの動作に皆一様に動きが一瞬止まる。
 そして、コトリ。と、杯を置いた音にはっとするや、一斉にザワザワとした雰囲気が広がっていった。
(やっぱり瑠璃の君は今どこかの公達と恋に?)
(振り回されておいでなのかしら)
 やはり恋愛事情大好きの姫君と女房達が口々にそんな事を話し始める。
 パティにとってのこの歌の意味は、

“この魔都のあやかしは赤く栄えるものよ、滅びのときは永劫の向こうか、それでもわたしはそれを求めているのに”

 それはパティ自身が自分が今生きる東京にはびこる神魔について詠んだ歌。
 瑠璃の君も辛い恋を…なんて、話し始める少女達を無視して、パティは一人身を硬くしている公達を見つけ、そっと近づいていく。
 宴の最中に動くという事はしないのだが、パティは現代人。そんな事は関係ない。
「あなたもお一人で?」
 遠くの方で先ほど声をかけてきた公達が表情を苦くしたが、パティには相手が存在している殿ではなく、独り身で参加している殿に話しかける。
「お声をかけていただけるなんて…」
 照れる公達に、パティは扇を口に当て「ホホホ」と笑う。
 平安の平均婚期はパティが生きる現代と比べればかなり早い。
 冠位を持つ公達の中にはまだまだ子供と言ってしまっても差しさわりがないような公達もいる。
 それでも幾つになろうとも美しさは損なわれない。
 それだけはきっと今も昔も同じ―――か。
 自分の言葉1つでどこか一喜一憂している公達を見て、何だか見ていて楽しい。なぁんて――…
 けれどそんな人達に話かけるために移動するたびに10kgの重さがパティにのしかかる上に暑い。
 そんな思いも心の中に仕舞い込み、だんだん場になれてきたのか、他の参加者と詩を嗜んだり、興じたり……。
 三下が今何をやっているのかなど忘れているほどに場になじみ始めていた。
 けれど、左手につけた腕輪の時間は刻一刻と減っていく。
 談笑の途中、それは予告なく訪れた。















「いかがでございましたか?」
 十二単の姿のままで、パティと三下は気がつけば最初の地、悠久歴史浪漫のホールに戻ってきていた。
「よく出来ていたと思います」
 登場人物からそれに連なる人間関係までよくプログラミングされていたと思う。
 本当に周りが高精度の3Dだとは思えないくらいに。
 着るときは時間が掛かっても、脱ぐときは早い。
 パティはたたまなくてもいいと言われた十二単をその場に置き、いつもの服装でホールへと戻ると、ツアーを案内したガイドが博物館の入り口まで案内してくれた。
 入り口に、もう一人のガイドが恭しく扉を背にして立ち尽くしている。
「今宵は楽しい体験をさせていただきました」
「ご参加ありがとうございました」
 言葉と共にガイドは一礼したまま道を空けるように横にずれる。
 そしてずれると共にすっと扉が開かれた。
「今後もまた数々の時代をご用意させていただく予定でございます。またのご来館お待ちしております」











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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4538/パティ・ガントレット/女性/28歳/魔人マフィアの頭目】


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■          ライター通信         ■
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 悠久歴史浪漫にご参加ありがとうございました。ライターの紺碧 乃空です。
 さわりだけの平安の世はいかがだったでしょうか?あまりこみった形にはならないよう、けれど源氏物語的な恋多き平安として書かせていただきました。
 それではまた、パティ様に出会える事を祈って……