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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingV 【小噺・遊泳】



 そもそも黒埼狼は人が多いところが苦手……いや、嫌いである。
 それなのに、なぜこうも人の多いウォーターレジャーランドなどに来ているかというと……まあ、諸々の事情がある。
 ちなみに現在はと言えば……一緒に来たはずだが迷子になった友人を探している最中であった。
 人の多さに、ゲンナリしてしまう。
(ったく……なんなんだよこの多さは。せっかくの夏休みなんだから、家でゴロゴロしてろっての)
 せっかくの夏休みだからこそ、出来たばかりの屋内レジャーランドに人が集まっているのである。わかってはいるが、この窮屈さに狼は我慢ができない。
 他人のことは言えないが、なぜこうも人が多いとわかっている場所に向けて、人は集まるのだろうか?
(あー、イライラする……)
 人込みを掻き分けて進んでいると、ふいに視界を横切ったものに目がつられた。
 なびくツインテール。
(ん?)
 まさかな、と思う。
 こんなところに居るわけないだろ。
 はは、と軽く笑っているがついつい背伸びをして探してしまった。
 居た。
 色素の薄い髪を後頭部で二つに結い上げ、颯爽とした足取りで歩くあの後ろ姿は……。
(遠逆の退魔士……)
 名も知らぬ、少女。
 狼は少々臆した。実は……あの少女が怖いのだ。苦手と言っても間違いではない。
 だが名前も訊いていない。狼は決意して少女を追いかけた。
 彼女は人込みをうまく通り抜け、早足で歩いている。狼は見失わないようにするので精一杯だ。
(だいたいなんでこんなところに居るんだ? 遠逆の人間はどうしてこう予想だにしないところに現れるんだろうか……)
 理由は色々と考えられる。
 退魔士の仕事の関係、というのが一番有力だろう。こんな場所に一人で遊びに来るようなタイプではない。
 きょろきょろと見回している深陰の横顔を眺め、狼はやはり感心してしまった。
 きりっとした表情は月乃に似ている。あれは戦士の表情だろう。凛々しい、という言葉は遠逆の退魔士にとても似合っている。
(ほんと……月乃と比べても遜色ない美人だよな……。欠月とは違って、物理的に怖いが……)
 声をかけたりしたら……また怒られそうな……予感。でも、名前も訊いていないし……。
 少女に追いついて声をかける。
「よ、よぉ……久しぶり……というべきか?」
 おずおずと言うと、彼女はこちらをゆっくりと振り向いた。冷ややかな眼差しでこちらを見る、その少女の美貌はやはり強烈だ。
 怖い、と内心ビクつく。
 彼女は目を細めた。
「この間の失礼な小僧ね」
 その言い方に狼はムッ、とするものの、文句は言わない。言い返したとしても、ムダだろうことはわかっている。
 狼は少し視線を伏せ、それから真っ直ぐに深陰を見た。
「この間は、仕事の邪魔と気分を害させて悪かったよ」
「…………」
「いや、邪魔なら消えるけど、見かけたのに声かけないでいなくなるのもどーかと思ったから」
 彼女は腕組みし、狼を見上げる。
「あんた、おかしなこと言うのね」
「は?」
「見かけたのに声をかけないでいなくなるのも、どうかと思う……?
 別に声をかける必要はないでしょ?」
「…………」
 そう言われれば、そうだ。
 一度しか会っていない……たったそれだけで、また会ったからと声をかけていたのではキリがない。道行く人全てが、それに当てはまってしまう。
「あんたが声をかけなければ、わたしはあんたに気づかず終わった。それだけのことでしょ」
「そ、そりゃそうなんだけどよ……」
 自分が関わりたくて声をかけた。それが裏目に出たようだ。
 いや、言い方がまずかったと思う。どうやら、この少女の気に障るような言い方をしたらしい。どうしていつも自分はこうなのだろう。もっとうまく喋れる能力でもあればいいのに……!
 彼女はフンと息を吐いた。
「それから、邪魔よ。消えなさい」
 ぴしゃりと言われてしまう。
 彼女はくるりときびすを返し、歩き出した。
 だが行ってしまう前にこれだけは訊きたかった。
「あのよ、この間訊きそびれたから、名前訊いてもいいか? 俺も名乗ってなかったっけ……黒崎狼だ」
 ぴた、と彼女は足を止める。そして振り向いた。その色違いの両眼が細められた。相手を射抜く、矢のような視線だ。
「……名乗られたら名乗るわ。遠逆深陰よ」
 硬質な声を残し、深陰は狼に背中を向けて歩き出す。
 残された狼はぼんやりと反芻した。
「みかげ……。遠逆……みかげ……」
 やはり……遠逆の退魔士なのだ。



 消えろと言われてしまっては、追いかけることもできない。
 狼は人探しの最中だということを忘れてぼんやりと、近くにあったベンチに腰掛けた。
 欠月のような嫌味もなく、本当に一刀両断という口調だった。ある意味、わかりやすい。
(やっぱり……遠逆か)
 そう思いつつ、首を傾げた。
 結局、深陰がなぜここに居たのか訊くことはできなかった。彼女はなぜこんなところに居たのだろう?
(仕事……だとすれば、ここは危険ってことになるが……)
 待てよ。
 そういえば、深陰はこの間のセーラー服姿ではなかった。私服姿だったのだ。
 ということは……仕事で来た、わけではない?
(デートか? まさかなぁ……)
 深陰を好きになるという物好きな男。想像しづらい。
(まああいつ、美人だからな、見かけは)
 外見に惑わされて寄ってくる、馬鹿な男は大勢居るだろう。
 そんな男たちの末路を想像して狼は青ざめた。きっとこっぴどくフラれる。
(「うせなさいよ、クズ!」とか……言いそうだ……)
 簡単に想像できてしまった。我ながら、悲しくなる。下手をすれば「目障りよ、ブタ!」とかも言いそうだ……。ひ、ひでぇ。
 目の前を行き交う若者たちが何か言い合っていた。
「売店にすげー美人がいるんだってよ!」
「美人? 客か? まぁ、ここって出来たばっかだし、有名人とか来ててもおかしくねーけど」
「違うって! 店員の女の子がすげー美人らしいぜ」
「それマジなのか?」
「だから行ってみようって!」
 連れたって歩いている男たちの会話に狼は「へぇ〜」と思うだけだ。
(遠逆以上の美人なんてそうはいないと思うんだが……)
 どうせ行ったところで落胆に終わる。過度に期待をするだけムダだと思うが。
 カップルの中に、彼氏の頬を抓って歩いている女も見かける。
「いつまでデレデレしてんのよ! 鼻の下のばしてさ!」
「いてて……!」
 せっかく遊びに来ただろうに、なぜにケンカするのか……。
 呆れる狼は、小さく溜息をつく。
 ああ、と気づいた。
(さっきの『噂の売店の美人』か……。歩いて来た方向から察するに、そうだろうな)
 なんてことを思っていた狼は、ふとそこで思い出した。なぜ自分がこんなところでぼんやりとベンチに座っているのか、を。
(! わあっ! やべー!)
 慌てて立ち上がって周囲を見回した。冷汗がどっと出る。
 なにを忘れて……!
(俺のバカ! 俺のアホ!)
 自分で自分をバカにして、狼は焦って歩き出す。右を見ても、左を見ても、人ばかり。当たり前のことだが、それに対して苛立った。
 どうしてこんなに人ばかりなのか!
(ちくしょう……! だから人の多いところが嫌いなんだよっ)
 とりあえず、見知った背格好を探す。次に水着の色で判別。
「すみません! ちょ、ちょっとすみませんっ」
 人込みを掻き分けて進む狼は、必死だ。迷惑そうな顔をする家族連れや、カップルに申し訳なさそうにする。
 ダメだ……人が多すぎる。
 がっくりとする狼はそれでも施設内を探し回った。しかし見つからない。
 遊びに来たはずなのに人探しで終わってしまいそうだ。
(ど、どうしよう……。どうすりゃいいんだ……?)
 ついつい助けを求めてしまう狼は、歩いていた監視員と目が合ってしまう。慌てて視線を逸らした。
「何かお探しですか?」
 うわっ、やっぱり。
 声をかけられて狼はそろり、と相手を見る。
 大学生くらいの青年だ。人の良さそうな笑顔を浮かべている。水色のパーカーとサンバイザーが、どうにも目についた。
「落し物ですか?」
「あ、いや違うんだ……。友達がいなくなっちまって……」
 しどろもどろに言う狼に、彼はにっこりと微笑む。
「はぐれられたんですね」
「……はぁ、まぁ」
 曖昧に返事をする狼は、なぜか頬を赤らめている。自分が迷子になったわけでもないのに、彼は恥ずかしいのだ。
(だ、だから嫌なんだよ、従業員に見つかるのって〜……!)
 周囲の人々にも見られているような気さえしてくる。もちろん、それは狼の勘違いだ。
「放送をかけましょうか?」
「えっ!?」
 仰天した狼は慌ててブンブンと激しく首を左右に振った。
「い、いい! いらないっ」
「そうですか? でも人も多いですし……」
 親切に言ってくれているのだろうが、狼はこういうのが嫌いなのだ。
 その時だ。施設内に放送がかかった。
<……からお越しの黒崎様、お連れ様が……>
 狼と監視員は同時に顔をあげて天井を見遣る。
 自分のことだと狼は気づき、それから監視員に向き直った。
「あ、あの! 待合室ってどこに!?」
「…………」
 ぽかんとしている監視員に掴みかかりそうになる。それほど焦った。
 施設内を探していた狼と違って、迷子になった友人はさっさと保護されていたようだ。
 早く迎えに行かなければ!
「待合し……」
「わかりました。ご案内します」
「えっ? い、いや、いいって! 教えてくれたら一人で行くから!」
「人が多いので迷われると思います。この中もかなり入り組んでいますし」
「で、でも……」
「遠慮しないでください。さあ、こちらです」

 監視員に案内され、彼の後ろについて歩くのは……やっぱり少し恥ずかしい。
 狼はおとなしく歩きながら、待合室で待っているであろう友人のことを考えた。
 怒られる? かな。
(まさかな……)
 いやでも……。
「もうすぐですよ」
 振り向いて明るく言われ、狼は「えっ」と呟くものの、なんとか愛想笑いを浮かべたのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/『逸品堂』の居候(死神の獣)】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒崎様。ライターのともやいずみです。
 名前をお互い名乗っただけで終わってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!