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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


湖上の城


≪ characters ≫

・千明・義三<チギラ・ヨシゾウ>(故人。享年40、屋敷の元主)
・清子<セイコ>(45歳、義三の妻。屋敷の現主。中央塔に住まい、人前に顔を出さない)
・ユリ<ー>(20歳、義三と清子の娘。いつも黒いワンピースを着ている。滅多に笑わない)
・ユリア<ー>(20歳、ユリの双子の妹。儚気な美しい少女。体が弱いらしく度々貧血になる)

・水瀬・正輝<ミナセ・マサキ>(30歳、屋敷の管理人。ユリアの主治医も兼ねている)
・越野・智代<コシノ・トモヨ>(52歳、家政婦。気が良く愛想も良いが声が大きい)
・越野・良平<コシノ・リョウヘイ>(6歳、智代の孫)
・木島・春樹<キジマ・ハルキ>(18歳、高校生。正輝の甥)

・瀬尾・友康<セオ・トモヤス>(46歳、古美術商。義三の旧友)
・牧原・孝雄<マキハラ・タカオ>(38歳、小説家)
・三原・妙子<ミハラ・タエコ>(26歳、雑誌記者)


・黒羽・陽月<クロバ・ヒヅキ>(17歳、エンターティナー)
・セレスティ・カーニンガム<ー>(年齢不詳、演奏家)


≪ prologue ≫


 湖畔に浮かぶ大邸宅。それは屋敷と言うよりは城に近い風貌をしており、近くに住む人々からは『湖上の城』と呼ばれていた。
 市街地から外へと向かって自動車を走らせる事約3時間、小高い山を3つ越えた先、広い湖の中央に浮かぶ屋敷に行くためには、陸の切れ目から通じている1本の細く頼りない橋をひた走るしかない。
 その橋は小型自動車1台通るのがやっとといった道幅で、対向車が来ればどちらかが岸まで引き返さなくてはならない。
 あまりにも長い橋は人が徒歩で渡ることを考えられていないのか、細い橋には車道と歩道の区別がない。それどころか、途切れ途切れに気休め程度のオレンジ色のガードレールらしきものが橋と湖との境界を教えるほかは何もない。
 濃い色をしたアスファルトは、時折光が当たるとキラキラと輝く。
 それは、練りこまれたガラス片のせいであり、ガラス片には滑り止め防止の意味を含んでいた。
 特殊加工されたガラス片は夜になると車のヘッドライトを受けて淡く発光するように出来ており、湖上の城に住むものにとって、夜の来訪者は蛍光イエローの淡い光の道を通ってやって来ているように見える。
 それは時に楽しい時間の到来を告げるものであり、そして時に不吉な予感を伴いながらやって来るものだった。
 橋の終わりには巨大な門が先に見える屋敷の内部への侵入を拒むかのように行く手を塞いでおり、そこから左右には高いレンガの塀がグルリと囲んでいる。
 それは四角く屋敷を内に抱いており、3メートル以上もあろうかと言う塀の上には鳥がそこで羽根を休めぬようにか、太い杭が鋭い切っ先を空へと向けている。
 車をいったん降り、レンガの壁に取り付けられたインターフォンを押せば初老の紳士が丁寧な応対に出てくれ、名前を告げるとややあってから巨大な門が微かな軋みを響かせ左右に開く。
 塀の中に入れば、屋敷へと続く真っ白な道が伸びており、両側は綺麗に整えられた芝生が広がっている。
 白い道の終わりには屋敷の玄関が先ほどの門を幾分縮小したような威圧感を持って待ち構えており、数台の車が止められるスペースがその前に広がっている。
 車を降りて、屋敷を見上げる。
 外壁には1点の曇りもなく、目もくらむような白色の壁が高く空へと伸びている。
 屋敷は上から見れば丁度真四角をしており、内側に中庭を抱く構造になっていた。
 玄関ホールから左右に廊下が伸びており、右に行けば中庭を左手に、左に行けば中庭を右手に見て進むようになっている。
 廊下の終わり、丁度玄関ホールの反対側には1つの扉が構えている。それは屋敷の象徴とも言うべき3つの塔の真ん中、一番高い塔へと続く扉だった。
 その扉から離れた位置には左右に同じような作りの扉が構えており、それぞれ2つの小さな塔へと繋がっている。
 右の塔も左の塔も中央の塔を幾分小さくしたようなもので、見た目はまったく同じだった。
 中央の塔と玄関ホール、そして門を1つの直線上で結んで見ると、屋敷は綺麗なシンメトリーになっているのが分かる。
 1階の右塔の側には客室がズラリと並び、それと同じ数だけ、左塔の側にはコレクションルームが設けられていた。
 2階の右塔側には広い娯楽室、左塔側にはそれと同じ広さの食堂があった。
 中央塔に住まうのはこの屋敷の持ち主である千明・義三の妻である清子、左塔に住まうのは清子の娘のユリ、右塔に住まうのはユリの双子の妹のユリアだ。
 義三は数年前に他界しており、この城には3人の女性と数人のお手伝いさんが住まうだけになった。
 清子は義三が他界した後から中央塔に引き篭もりがちになり、ユリ以外はもう数年顔を見ていないと言う状態だった。
 清子がユリのみの前に姿を現す本当の理由は分からないが、噂によれば清子はユリアの美しさに嫉妬しているらしい。
 確かに、ユリアは美しかった。双子の姉であるユリも美しいには美しいが、ユリアは輝くような明るい少女だった。
 背まで伸ばした髪、薄いワンピース、同じ恰好でもユリとユリアは明らかに違う。言わば光と影のような存在だった。
 黒い服を好むユリと、明るい色の服を好むユリア。俯いてあまり喋らないユリと、いつだって明るい笑顔を浮かべているユリア。
 対称的なこの2人は、丁度この屋敷の構造と良く似ていた。


≪ castle on a lake ≫


 この屋敷を訪れた理由は単純だった。
 夏休み中に良いバイトはないかと探していたところ、飛び込んできたのが割りの良いこのバイトだった。
 乗ってきたタクシーの運転手にお礼を言うと、黒羽・陽月は威圧感を覚える両開きの巨大な扉に手をかけた。
 掌が冷たい扉に触れる、そう思う前に扉は音もなく内側へ開き、真っ赤な絨毯が目の前に現れた。
「黒羽 陽月君?」
「・・・あ、はい」
 端正な顔立ちをした同じ年頃の少年が1人、にこやかな笑顔で右手を陽月に差し出した。
「俺は木島 春樹って言うんだ。この屋敷の管理をしている水瀬 正輝の甥」
 春樹はそう言うと、陽月が持ってきた大きなボストンバッグに視線を落とした。
「重そうだね」
「そんなことないですよ」
「・・・今ね、ちょっと皆手が放せなくて・・・後で叔父から今日のスケジュールとかの話が来るだろうけど・・・。それまで俺が屋敷の中を案内するよ。まずは陽月君の部屋に行ってバッグを置いてくることが必要かな?」
「そうですね」
「俺の事は、春樹って呼んでくれて良いから。別にこの屋敷の人間じゃないし」
「春樹さん・・・ですね」
 どこか大人っぽい雰囲気の春樹に笑顔を向けると、陽月は真っ赤な絨毯の上を歩き出した・・・。



 約束の時間よりも大分早くに着いてしまい、セレスティ・カーニンガムは暫く考えた後にインターフォンを押し込んだ。
 落ち着いた男性の声に向かって、早く付いてしまった旨を伝えると、心配するような事ではないと言う優しい言葉と共に門がゆっくりと左右に割れ、綺麗な芝生の間に真っ白な道がすらりと伸びているのが見える。
 ゆっくりとしたスピードで走る車はやがて両開きの大きな扉の前に着いた。
 セレスティは運転手に一言声をかけると車のドアを押し開けた。
 上空には雲が広がっている。
 もしかしたら今日は嵐になるかも知れない・・・
 時折吹く強い風にそんな予感を抱きながら視線を落とすと、扉が左右に開き、1人の男性が柔らかい笑顔をこちらに向けていた。
「ようこそ遠いところをお越しいただきまして」
「いえ、こちらこそ早く着いてしまいまして」
 正輝の言葉にセレスティはそう返すと、初めて訪れるこの屋敷の豪華絢爛さに思わず目を見張った。
 天井から下がったシャンデリアは美しく、壁に掛けられている絵も大層値が張りそうなものばかりだ。
「セレスティ カーニンガム様で御座いますね?」
「えぇ。千明 義三さんとは以前お会いしたことが御座いまして・・・まさかお亡くなりになられていたとは」
「旦那様は生前からよくこのお屋敷を留守にしがちでして・・・。奥様にも私どもにも告げずに一人旅をお楽しみになり、その先々でご友人をお作りになっていたようで御座いますが・・・」
 流石にそこまでは手が回らなかったのだろう。セレスティの元に義三の訃報が届いたのはつい先日だった。
「今度コレクションを拝見させていただくお約束をいたしましたが、このような形で果たされてしまうとは、残念でなりません」
「きっと、旦那様もそう思われていらっしゃると思います」
 しんみりとした時間が流れ、暫くしてから正輝がゆっくりと言葉を紡いだ。
「私はこのお屋敷の管理をしております水瀬 正輝と申します」
「奥様は今は・・・?」
 セレスティがそう尋ねた時だった。
 表に車が止まった音がし、ゆっくりと扉が開いた。
「やぁやぁ、これはこれは・・・新しいお客人が先に着いてしまわれたようですね」
 少しナルシスト気味の口調で背の高い1人の男性がゆっくりとした足取りで中に入って来た。
 そのすぐ後には小太りの男が1人、まだ若い女性が1人・・・・・・・・
「皆さん、ご一緒で・・・?」
「橋のところでばったり会いましてね、3台で来るのもなんですので1台で来たんですよ」
 豪快な喋り口でそう言うと、小太りの男が額に浮き出た汗をハンカチで拭った。
「叔父さん、陽月君が・・・あっ・・・」
 廊下から姿を現した爽やかな少年とどこか儚気な少年の2人組みに、客人達が目を瞬かせる。
「これはこれは・・・」
「ご紹介が遅れました。こちらは私の甥の木島 春樹、こちらは本日マジックを披露してくださる黒羽 陽月君です」
「・・・マジックですか?」
「はい」
 陽月はゆっくりと頷くと、まだ少女の面影を残した女性に目を向けた。
「春樹と陽月君、そして・・・カーニンガム様、ご紹介いたします、こちらが毎年このお屋敷を訪ねてきてくださる・・・」
「雑誌編集者の三原 妙子と申します」
「古美術商をしております、瀬尾 友康と申します。いやぁ、カーニンガムさん、その時計と良いスーツと良い、随分なセレブとお見受けいたしますが。あぁ、お気を悪くなさらないでくださいな、なにぶん商売柄そう言う事には鼻が利くんですよ」
 でっぷりを太った腹を揺らしながら瀬尾はそう言うと、再び額に浮かんだ脂汗をハンカチで拭った。
「小説家の牧原 孝雄と申します。以後お見知りおきを。・・・ところで水瀬さん、奥様とお嬢様方は塔におられるのですか?」
 スラリと細い、少し神経質そうな牧原はそう言うと、細い眉を顰めた。
「奥様は体調が優れないとのことで塔に臥せっております。ただ、皆様のお越しを心より歓迎いたしますとの言伝を賜りまして・・・」
「ユリさん経由で、ですか?」
「・・・なにぶん奥様はユリ様以外の方との面会を拒絶なさっておられまして・・・その・・・」
「まぁ、そこのところは良いじゃないですか。それよりも、ユリアさんは如何ですかな?」
 不穏な空気を感じ取った瀬尾がすぐさま話題を転換する。
「ユリア様は現在自室でお休みになられております。昨夜から体調を崩されまして・・・皆様をお出迎え出来なくて本当に申し訳ありませんと仰っておられました。それから、夕食は一緒にとりますと・・・」
「最近暑くなって来てますからね、ユリアさんもお体に気をつけないと・・・」
 妙子はそう言うと、腕に巻かれている細い時計に視線を落とした。
「4時・・・」
「ご夕食は7時半の予定ですが・・・」
「いいえ、そうじゃないんです。ここに来る前に、タクシーの車内でラジオを聞いていて・・・5時前には嵐がここ一帯を直撃するって聞いて・・・」
「三原記者は嵐が怖いのですかな?」
「牧原さん・・・」
「なぁに、大丈夫ですよ、なにせこのお城は丈夫ですからね!あ、それとも三原さんは雷が怖いとか?」
「いいえ、そうじゃないんです。そうじゃないんですけれど・・・」
「なにか不都合でもおありですか?」
 セレスティの言葉に、妙子はゆっくりと顔を上げるとポツリと一言呟いた。
「嵐が来たら、あの橋は渡れなくなります」
 ゆっくりとした言葉が終わった丁度その瞬間、窓ガラスの向こうで稲妻が一筋走った。
 間髪おかずに窓を叩きつける雨の音が響き、屋敷の中に広がっていく・・・・・・・
「ご心配なさらなくても、嵐はすぐに去るでしょう。それに、このお屋敷には食料は十分に御座います。万が一お屋敷内でなにかあった場合でも、電話1本ですぐに人が来るようになっております」
「・・・なにか・・・ですか?」
「ユリアお嬢様はあまりお体が丈夫な方では御座いませんので」
 再びの雷鳴に、窓の外に稲妻が光る。
 叩きつける雨の音は次第に激しくなり、会話を掻き消すその中で・・・

「悪魔が・・・くる・・・」

 か細い声が、聞こえた・・・気がした・・・


≪ footsteps of the devil ≫


 『 思うに貴方は奇数と言う言葉にとり憑かれていたのです。
   けれど私は、それを愚かだとは思いません。
   貴方がやってきた行為全てを、愚かだと切り捨てることもしません。
   だけど貴方は知るべきでした。
   全ての数字は偶数と奇数の羅列だと言うことを。
   1の次には2が来ることを、2の次には3が来ることを。
   貴方は知り、思い出し、そして行動すべきだったのです。 』


 定時になると一同は2Fにある食堂へと向かった。
 右塔側の階段から上がれば目の前は娯楽室になっており、塔前を通って左塔側へと向かう。
 食堂はかなりの大きさで、中央には大きなテーブルが置かれていた。
「皆様、ようこそお越しくださいました。先ほどはお出迎え出来ずにまことに失礼いたしました」
 一番奥の椅子に座っていた少女が凛とよく響く透明な声を紡ぎながら立ち上がり、ゆっくりと頭を下げる。
「これはこれはユリアお嬢様、また今年もお会いできて嬉しゅう御座います」
「また少しお痩せになりましたね。もっと食べなくては駄目ですよ」
「牧原さんも三原さんも、お変わりないようで・・・」
「いやぁやぁやぁ、また今年もここに来る事が出来て、これもユリアさんユリさん、清子さんのおかげですかね!」
「瀬尾さんもお変わりないようで・・・亡き父もきっと、瀬尾さんとの再会をお喜びでしょう」
 長い髪を背に払うと、ユリアはセレスティに視線を向けた。
「初めまして。義三様のお嬢様・・・でしょうか?」
「はい。義三の娘、ユリアと申します。生前、父と懇意にさせていただいたようで・・・」
「いえ、お世話になりっぱなしでして」
「父の訃報がこんなにも遅れてしまい、申し訳御座いません。けれど父も、カーニンガムさんとの再会を喜んでおられるでしょう。遠いところをようこそお越しくださいました。外は生憎の嵐で、自慢の中庭をお見せできないのは残念では御座いますが、ぜひごゆっくりお寛ぎ下さい」
「有難う御座います」
「折角の食事が冷めてしまいますね。どうぞ皆様お召し上がり下さい」
 ユリアの言葉と共に扉が開き、外から1人の女性がゆっくりとした足取りで中に入ってきた。
「智代さん・・・」
「皆さん、今年もお越しいただき有難う御座います」
「智代さん、今年は新しいお客様がお見えです」
 水瀬の言葉に智代がセレスティに視線を向ける。
「あらぁ、随分と男前な方で・・・初めまして、ここの家政婦をしております越野 智代と申します」
「私はセレスティ カーニンガムと申します」
「ユリアさん、今年は全部で何人の方がこのお屋敷に来られているのですか?」
 妙子の質問に、ピンと場の空気が張り詰めた気がした。
「・・・ただ今この屋敷には、母の清子、姉のユリ、水瀬さん、智代さん、智代さんのお孫さんの良平君、水瀬さんの甥にあたる春樹さん、今日のために特別にお呼びしました陽月さん・・・」
 ユリアはそこまで言うと言葉を切った。
「そして、この場にお集まりいただいた皆さん。瀬尾さん、牧原さん、三原さん、カーニンガムさんです」
「・・・12人・・・」
「偶数・・・」
 ポツリと誰かが呟いた言葉に、場の空気がなお一層張り詰めた気がした。
 偶数に何かあるのかと問いかけようにも、それを許さない場の空気は冷たい。
「えっと・・・その・・・ユリさんはお元気でしょうか?私は夜になると寝てしまうものでして、その・・・ユリさんとはもう何年も会ってないんですよ。ほら、何せユリさんは・・・」
「姉は昼夜が逆転してますからね。でも・・・元気ですよ」
「ぜひ清子さんともお会いしたいものですなぁ。義三さんの葬式以来会ってませんから」
「奥様の体調が戻り次第、すぐにでも・・・」
 水瀬の言葉に、妙子が眉根を寄せながら手に持ったフォークを弄ぶ。
「清子さん、お体の具合が宜しくないんでしょうか?」
「・・・えぇ」
「おっと・・・長話をしていては折角智代さんが腕によりをかけて作ってくださった料理が冷えてしまいますね。一流の味が二流、三流に落ちてしまっては残念ですからね、早々に頂くといたしましょうか」
 牧原の言葉に瀬尾が豪快に頷き、手前に置かれたスープに手をつける。
 水瀬の命を受けた陽月が食事中の娯楽にと、マジックを披露する。
 食後に義三のコレクションルームを順に見せると言うユリアの言葉に瀬尾が目を輝かせ・・・その隣では牧原が意味深な顔をして笑いながら一言ポツリと呟いた。

「ぜひ、本物も拝見したいものですな・・・」

 しかしその声はあまりにも小さすぎて、隣に座っていたセレスティに微かに聞こえただけだった。
 その意味を深く理解する前に瀬尾の声が大きく食堂に響き、春樹の隣に立っていた良平が思わずビクリと肩を震わせる。それに苦笑しながら春樹が陽月へと視線を向け・・・その視線がゆっくりと、壁に掛けられた時計へと伸びる。
「・・・もう8時か・・・」
「8時は何かあるの?」
「いや、あと2時間だなぁと思ってね」
「・・・2時間?」
 怪訝そうに眉を顰めた陽月の顔を、さも面白いと言った表情で春樹が見詰め、良平と繋いでいない方の手を口の前に持っていくと人差し指だけ天井に向けた。
「目覚めの時間なんだよ」
「・・・誰の・・・?」
「ユリさんだよ」
 悪戯っぽい笑顔の春樹の足元で、良平が何かを呟いた。
 声は聞こえないけれども、唇は確かに・・・一つの単語を作り出していた。

『あ・く・ま』

 紡いだ唇がゆっくりと持ち上がり、笑みの形になる・・・・・・・・・
「り・・・良平は、もう眠る時間じゃないのか?」
 子供らしくない笑みを覗かせる良平に陽月は恐怖を押し隠すと笑みを向けた。
 ゆっくりと良平の視線が上がり、無邪気ににこっと微笑むと、真っ直ぐな視線を陽月に向ける。
「だって、僕が寝ちゃ駄目でしょ?」
「へ?」
「・・・ユリお姉ちゃんが起きて、瀬尾のおじちゃんが眠るんだもん」
「それが?」
「だって、奇数になっちゃうもの」
 どうしてそんなこともわからないのかと言うように、良平がケラケラとさもおかしそうにお腹を抱えながら笑い出した。
 ケラケラと・・・
  ケラケラと・・・・・・
「奇数に、なにか、あるのか?」
「陽月お兄ちゃん、なぁんにも知らないんだね」
「良平」
 たしなめるような春樹の言葉を振り切るように、良平は春樹と繋いでいた手を放すと陽月の腰に抱きついた。
 顔を上げ、声を出さずに唇だけが何かの言葉を紡ぎ出す・・・

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 にっこりと微笑むと、良平は春樹の手を引っ張った。
「春樹お兄ちゃん、一緒にトランプやろー!陽月お兄ちゃんは、お仕事が終わったら一緒に遊ぼうねぇー!」
 食堂から消えていく2人の背を見送りながら、陽月は呆然とその場に立ち尽くしていた。

『お・ま・え・な・ん・か・あ・く・ま・に・た・べ・ら・れ・ちゃ・え』


≪ room of a replica ≫


 『 私がまだ幼かった時、お母様は仰いました。
   もしも1つコップを割ってしまったのならば、それは仕方がないこと。
   モノはいつか壊れてしまうのだから、それは全て必然だったのだと思いなさい。
   そして、もう1つコップを手に取り、それを床に叩き付けなさい。
   奇数は悪魔の数字。ならば、直ぐに偶数にしなさい。
   ・・・それでもお母様、私にはコップをもう1つ割るだけの勇気は無かったのです。
   どうしてまだ生きているものを、壊さねばならないのでしょうか?
   お母様はそれが私の弱い部分だと仰いました。
   それでもお母様、私には無理だったのです。
   お母様がくださったロザリオは2つ。
   そのうちの1つはあの子にあげてしまったのですから・・・。 』


 案内されたコレクションルームは簡素で、左塔側から順に絵画、お皿、書、刀と並んでいた。
 右側のゲストルームと対になるようにして設けられた部屋の中は丁度ゲストルームと同じ広さで、建物は完全なシンメトリーになっているのが分かる。
「このお屋敷は左右対称に作られておられるのですね」
「えぇ・・・。1階も2階も3階も、同じ造りです」
「3階もあるんですか?」
「・・・3階には私どもの部屋があるんです」
「1階の右塔側の廊下に、玄関ホールから見て三原さん、瀬尾さん、牧原さん、カーニンガムさんと並んでおられるのと同じように、3階は春樹さん、陽月さん、越野さん、水瀬さんと並んでおられるんです」
 ユリアがそう言って、まだ丹念に書を調べている瀬尾に声をかける。
「そろそろ刀の間へと移りたいのですが、宜しいでしょうか」
「あぁ、はいはい、大丈夫で御座います。いやぁ、それにしても随分と美しい書ですなぁ」
「ぜひとも本物も拝見したいものです」
 牧原の言葉に、セレスティは今一度飾られていた書を思い出した。
 全て精巧なレプリカで出来ており、並大抵の人ならば騙されてしまうだろう代物だった。
 勿論ユリアは一番最初の絵画の間に入る前に一言

『この中に飾られているモノは全てレプリカです。精巧に出来た偽物でしかありません』

 そう前置きしてからコレクションルームの扉を開けたのだった。
「この部屋だけじゃなく、これから行く4つ全ての部屋もレプリカなんですよ」
 牧原が憂いを含んだ笑みを浮かべながらそう言っていたのがやけに印象的だった。
 刀の間も他の3つの部屋と同じように、精巧なレプリカが飾られていた。決して切れることの無い刃はそれでも、蛍光灯からの光を鋭く反射していた。
「おっと・・・もうこんな時間ですか」
 刀をしげしげと見ていた瀬尾はそう言うと、左手首に巻かれた時計に視線を落とした。
「もうすぐで10時ですな。それではそろそろ私はこれで・・・」
「おやすみなさいませ。水瀬さん、瀬尾さんをお部屋まで」
「承知いたしました」
 瀬尾が頭を下げながら部屋を後にし、水瀬がその後を追っていく。
「・・・皆さん、そろそろ宜しいでしょうか?」
「えぇ、あまり長く見ていても僕には良さが分かりません。僕は専ら絵画と書の鑑定眼しかありませんからね」
「私も十分です。カーニンガムさんは・・・」
「十分堪能いたしました」
「それでは・・・」
 ユリアが腰に下げていた鍵束の中から1つの鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んで右に回した。
「私はそろそろ部屋に戻りたいと思います。皆様は如何いたしますか」
「そうですね・・・少し一杯やりたいと僕は思うのですが・・・」
「あぁ、良いですね。・・・ユリアさん、宜しいかしら?」
「それでは、水瀬さんにそのように伝えておきます。少しつまめるものも一緒に」
「ありがたいです。セレスティさんは如何いたします?」
「そうですね、まだ眠るにも早い時間ですし・・・ご一緒させていただきたいと思います」
「分かりました。それでは皆さん、食堂へ」
「えぇ。ユリアさん、おやすみなさい」
「お休みなさいませ。良い夢を、皆様」
 ユリアが歩く度に聞こえる鍵の音。細く白い腕は揺らめきながら廊下の向こうに消えていく。
「さて、10時になる前に早いところ食堂へ向かいましょう」
「ユリさんが起きてきてしまいますからね」
「・・・あの、ユリさんが起きるとなにか・・・?」
「いいえ、何も。ただ少し、恐ろしいんですよ」
「恐ろしい・・・?」
「暗い感じの方で・・・まぁ、滅多なことも言えないんですけれど」
「呪術的な容貌なんですよ、ユリさんは」
「・・・そうなんですか」
「まぁ、廊下ですれ違っても小さく会釈する程度なんですけどね」
 妙子はそう呟くと、ふっと視線を落とした。
 何かを小声で呟き、顔をあげ・・・にっこりと微笑むと腕に巻かれた時計を指差した。
「さぁ、10時になる前に食堂に入って美味しいカクテルでも飲みましょう」
「そうですね」
 赤絨毯の上をゆっくりとした速度で歩いて行く妙子の背中を見詰めながら、セレスティは妙子が小声で呟いた言葉の意味を探ろうと必死に考え込んでいた。

『それがユリさんならば、それで済むんですけれどもね・・・』


≪ darkness of 10:00 ≫


 『 このお屋敷で殺された子供の事を覚えてますか。
   17年前の丁度今日に殺された、子供の事を覚えてますか。
   その子供がまだ生きていると言ったならば、貴方は驚きますか。
   死んだはずの子供が生きていると言ったならば、貴方は信じますか。
   1つしかない通路を塞いだのだから、死んでいて当然と、貴方は言いました。
   本当にこの屋敷にはそこへ通じる通路は1つしかなかったのですか。
   1つしかないと言う事が、この屋敷では在り得るのですか。
   まだ貴方は信じられませんか。
   貴方はずっと奇数の中で生きてきたのだと、まだ認めることが出来ませんか。
   私達は貴方ほど奇数にとり憑かれていなかったのだと
   貴方以外の人が彼女を助けるために必死になったのだと
   貴方は、1人だったのだと、認めることが出来ませんか・・・? 』


 10時を告げる鐘の音は厳かに、食堂中に響き渡った。
 陽月は隣で無邪気に遊ぶ良平を気にしながら、手に持ったトランプをザっときった。
 先ほどの良平の言葉が頭にへばりついて離れない・・・・・・・
「良平、春樹君、陽月君、これ、もし良かったら」
 智代の声に顔を上げると、そこにはお皿に盛られた葡萄があった。
「お客様のお酒のおつまみに枝豆なんかを出したんだけど、そうしたら冷蔵庫の奥の方に葡萄があって・・・水瀬さんに聞いたら貴方達に食べさせてくださいって言うものだから」
「うわぁ!葡萄だぁー!」
「陽月君は葡萄、好き?」
「えぇ」
「それは良かったわ」
 微笑む智代の母性的な優しさに、陽月と春樹は視線を合わせて苦笑した。
 智代にとっては、良平も陽月も春樹も、同じ“子供”でしかないのだろう。
「あの、智代さん・・・聞きたいことがあるんですけれど・・・」
「何かしら?」
「義三さんと清子さん、ユリさんにユリアさんのことなんですけれど・・・」
「旦那様はとてもお優しい方でしたよ。不運な事故で亡くなられてしまいましたけれども・・・。ユリお嬢様はあまりお会いいたしませんね。何でも、日光がお嫌いだとかで昼間は左塔でお眠りになっておられるとか。ユリアお嬢様はあの通り、お美しく儚い印象の方ですね。普段はもっとよく笑う方なのですが、たまに具合が優れないと無口になりがちで・・・今日も、あまり体調が思わしくなかったようですね」
 顔白い顔をしたユリアの横顔を思い出し、明るく振舞えないのも無理はないだろうと納得すると柔らかい微笑を浮かべたまま固まっている智代に向かって首を傾げた。
「清子さんは・・・」

『清子奥様は体調が優れなくて中央塔に引き篭もっているって、言いませんでしたか?』

 笑顔はにこやかなまま、声だけは低く篭っていた。
「・・・えっと・・・」
「あら、ごめんなさいね。お客様にも何度も同じ質問をされて・・・」
「あ、いえ・・・」
「さて、明日の朝の仕込をしとかないと。葡萄、食べ終わったらお皿をキッチンまで持って来てね、良平」
「うん、分かったー」
 良平が無邪気にそう言い、智代の背中に手を振る。
「良平は、今年6歳になったんだっけ?」
 不意に春樹がそう言って、良平の小さな頭を撫ぜた。
「うん、そうだよ。春樹お兄ちゃんは18歳?」
「あぁ。叔父さんは30歳、智代さんは52歳、ユリさんとユリアさんは20歳」
「・・・春樹さん・・・?」
「瀬尾さんは46歳、牧原さんは38歳、三原さんは26歳」
「それが、なにか・・・?」
「僕ね、陽月お兄ちゃんの年齢知ってるよー!」

『17歳、だよね・・・?』

「・・・そう・・・だけど・・・?」
「そうだよねぇ、僕、最初から知ってたんだぁ。だって・・・だって・・・」
 良平が持っていたトランプを床にたたきつけると、俯いたまま肩を震わせた。
 クスクスと、声さえも洩らさぬ笑みを浮かべながら・・・

『だって、そうしないと2人揃わないんだもん』

「・・・2人って・・・?」

『陽月君は大丈夫だよ。何も知らないから』

「何も知らないって、どう言う事なんですか・・・?」

『何も知らないことは知っていることに比べて罪は深いけれども、その罪を背負わなくても良いんだ』

「何も知らないって、どう言う事なんですか・・・!?」

『そう言うことを言うんだよ』
『・・・そんなことも知らないの?陽月お兄ちゃん・・・?』

 春樹の冷たい視線と良平の柔らかい笑み。
 陽月は手に持った葡萄をギュっと手の中で握りつぶした。



 食堂に来てからセレスティは、壁にひっそりと掛かっていたヴァイオリンを手に取るとゆっくりとした音調の曲を選んで奏で始めた。10時を告げる時計の鐘の音が途中で緩やかな旋律をぶち壊したものの、それでもなんとか無事に1曲弾き終えた。
「素晴らしいですね。プロの方ですか?」
「いえ、趣味程度です」
「趣味程度でもそれだけ弾けるなんて、羨ましいです」
「そんな、大した腕前じゃありませんよ」
 出されたワインに口をつけながらセレスティはそう呟くと、廊下へ続く扉に視線を向けた。
「静かですね。嵐はやんだのでしょうか」
「まだじゃないですか?このお屋敷の窓ガラスは防音仕様になっているので外の音は聞こえないんですよ」
「そうなんですか」
 牧原がカクテルに口をつけ、ゆっくりとグラスを回す・・・
「娯楽室なんてあるんですか?」
「えぇ。ほら、右塔側の階段から上がって直ぐのところに、食堂と同じ大きさの扉があったじゃないですか。そこが娯楽室なんですよ」
「そう言えば、このお屋敷は左右対称なんですよね?」
「そうですよ。右塔側には客室が4つ、左塔側にはコレクションルームが4つ。中央塔に通じる扉の左右にはそれぞれ右塔、左塔に通じる扉があり、カーニンガムさんのお部屋の前と絵画ルームの前にはそれぞれ階上へと続く階段があります」
「2階は右塔側に娯楽室があり、左塔側に食堂、玄関ホールの真上にはキッチンがあります」
「このお屋敷は3階まであるそうですけれど・・・?」
「階段は1階と2階を繋ぐ階段の反対側にあるんですよ」
「2階は特別な部屋割りですけれど、1階と3階はまったく同じなんですよ。右塔側に4部屋、左塔側に4部屋。左塔側の4部屋は全て物置で、塔側から数えてA・B・C・Dと割り振ってあるんです。右塔側は住み込みの人たちのお部屋で、確か・・・塔側から数えて水瀬さん、越野さん、黒羽君、春樹君だったかな?」
「2階と3階を繋ぐ階段は、春樹君の部屋の前とD物置の前にあるんです」
「・・・キッチンの上はどうなっているのですか?」
「管理室・・・でしたっけ。水瀬さんしか入らないお部屋ですよ」
「そうなんですか」
「塔へ続く扉は1階にしかないんです。つまり、塔の中にいる3人の方は何かあった場合わざわざ1階まで下りなくてはならないんです。かなり不便なつくりですよね」
「・・・そうですね」
 セレスティが頷いた時、奥で談笑していた智代がこちらに歩いてきた。
 壁に掛かった時計を見上げ、ピタリと扉の前で止まるとそのままジっと扉を見詰めている。
「・・・どうしました?」
「これから明日の朝食の仕込みに行きたいと思いまして・・・」

「あぁ、もうすぐですものね」

 妙子が頷いた時だった。
 ガチャガチャと鍵束を鳴らす音と響かせながら、何者かが階上から下りて来る音がした。
「・・・ユリアさんですか?」
「いいえ。ユリさんです」
 足音は食堂の扉の前を通り過ぎると、トントンと階段を下りて行き・・・扉の開閉の音を最後に何も聞こえなくなった。
「さて、ユリさんのお散歩もすんだことだし、娯楽室にでも行きましょうか、カーニンガムさん?」
「私もキッチンに行かないと・・・」
 牧原が席を立ち、智代がにこやかな笑みを浮かべながら食堂の扉を開けようと・・・
「・・・あれ?」
「どうしましたか、カーニンガムさん。なにか困ったことでも?」
「あ、いえ。大した事ではないかも知れないんですけれど・・・」
「何か?」

「ユリさんが上がってきた時の音、しましたか・・・?」

 あれだけ派手に鍵音を響かせながら下りて行ったのだ。
 上って来るときの音がしても良いはずだ。
「あぁ、しませんでしたねー。でも、あれじゃないですか?娯楽室前の階段から上がってきたんじゃないですか?」
「・・・けれど、それにしたって聞こえても良いものではないですか?階上から下りて来るときの音はしていたんですし・・・」

『どうしてカーニンガムさんは、1階から上がって来たんだって思うんです?』

「え・・・?」
 妙子の低い声に、セレスティは驚きの色を隠せなかった。
 押し殺すかのような声は地を這うようで・・・・・・・・

『3階から下りて来たんだって思っても良いじゃないですか』

「けれど、塔へ続く扉は1階にしかないんですよね・・・?」

『そうです。それが・・・なにか・・・?』

「だったら、階上から下りてきた音がしたんですから・・・3階へ上がる音が聞こえなくては・・・」

 セレスティの言葉に、妙子がクスクスと小さく微笑みながら席を立った。
 見れば智代も牧原も含んだような笑みを浮かべており、まだ椅子に座ったままのセレスティを見下ろしていた。

『細かいことは、言いっこなしなんですよ、カーニンガムさん』

 11時を告げる鐘の音が食堂に長く尾を引いて響いた・・・。


≪ destruction by fire ≫


 『 お母様の勘違いを、私は知っておりました。
   このお屋敷がシンメトリーなのを、お母様は勘違いなさっておられました。
   このお屋敷は、完全なる左右対称なのに、お母様は1つ大きな誤解をなさっておられました。
   お母様はお父様とお住まいになるために、中央塔を半分に割りました。
   その時、私はお母様の勘違いに気付いたのです。
   塔自体には何の意味も無いと言う事を、お母様はご存知ではありませんでした。
   このお屋敷は“完全なるシンメトリー”なのです。
   お母様は縦ばかりではなく、横にも目を向けるべきだったのです。
   全てのお部屋を調べてみるべきだったのです。
   全ての階のお部屋を重ね、全ての“階を繋ぐ部分”を考えてみるべきだったのです。 』


 娯楽室にはダーツからスロットから、なんでも取りそろえてあった。
「ユリアさんやユリさん、清子さんがやるわけではないと思いますけれど・・・」
「おそらく、この娯楽室は我々のためのものなのでしょうね」
 妙子が苦笑しながら壁際に埋め込まれていたスイッチを押し込んだ。
 途端に明るくなった室内に目を細めながら、セレスティは美しい曲線を描いたアンティークチェアーの背を指でゆっくりとなぞった。
「それにしても、まだ嵐は去っていないのでしょうか」
 牧原がそう言って、窓の傍に近づくとカーテンをペラリと捲った。
 光る稲妻が網膜に焼きつき、濡れた窓ガラスの向こうは何も見えない。
「酷い嵐だ」
「明日の朝までには通り過ぎて欲しいのですけれども・・・」
「そう言えば・・・このお屋敷に入った後で・・・」
「嵐が来たんですよね?」
「えぇ。その時に、悪魔が来た・・・と、仰っていた方がいらっしゃると思いますが」
「・・・それが、なにか?」
「悪魔とは一体何なのでしょうか?」
『今も、悪魔はいるじゃないですか』
「はい?」
『悪魔が何なのか、分かりませんか?』
「・・・悪魔とは、何なのでしょうか?」

『悪魔は目に見えないものです。けれど、直ぐ傍にいるものです』

「今も・・・ですか?」
『分かりませんか?悪魔の意味が、分かりませんか?それは、既に悪魔に捕らわれているからですよ』
 妙子の言葉がセレスティに重く圧し掛かる。
『・・・せいぜい、食べられないように・・・気をつけてくださいね・・・?』



 陽月は食堂から出ると、塔とは反対側に進んだ。
 丁度玄関の真上にあるキッチンへと入り・・・忙しく動き回る智代にお皿を手渡した。
「あら、陽月君が持って来てくれたの?」
「良平はトランプで遊んでたんで・・・」
「そう。でも、そろそろ眠らないとね。もう直ぐで12時になるわ」
「あ、それじゃぁ春樹さんに言ってきましょうか?」
「お願いできるかしら?まだ手が放せなくて・・・」
「分かりました」
 キッチンから出ると、階上から下りてきた水瀬と目が合った。
「あ、水瀬さん」
「陽月君・・・智代さんはキッチンですか?」
「えぇ」
 水瀬から少しだけツンとした匂いが漂い・・・これは何の匂いだったろうか?
 かいだことのある匂いに陽月が考え込もうとした時、水瀬が首をかしげた。
「お客様方は?」
「娯楽室に向かわれてます。春樹さんと良平は食堂でトランプを」
「そうですか」
「水瀬さんはずっと上に?」
「えぇ。ユリアお嬢様から頼まれてお客様にお出しするお酒を見繕い、智代さんに何かおつまみをと頼んだ後は3階の管理室にいました。嵐が酷いので、配電盤などに気を配ったり・・・」
「そうですか」
「・・・それにしても、智代さんはお魚でも焼いているのでしょうか?」
「え?」
「随分と焦げ臭い・・・」
 そう言えば、焦げ臭い気がする。水瀬から発せられる匂いに気を取られていて気がつかなかったが・・・
 水瀬の言葉を聞き終わる前に、階下からか細い悲鳴が上がった。
「ユリアお嬢様!!」
 駆け出した水瀬の背を追いかけるように走り出し、食堂から慌てて出てきた春樹と合流する。
 オロオロとする良平にキッチンに行くように告げ、左塔側の階段から階下へ下りようとしたところ・・・階下から競りあがってくる白煙にむせ返った。
「火事ですか!?」
「左塔側から・・・ですね・・・」
「右塔側へ回りましょう!」
 食堂の前を通り過ぎ、階上へと続く階段がある角を左に折れる。キッチン前を通り過ぎ、階上へと続く階段がある角を左に折れ、娯楽室前を走りすぎる・・・。
「これは何事ですか!?」
「牧原さん。どうやら左塔から火が・・・」
「このお屋敷には火災探知機がついているんじゃなかったんですか!?」
「えぇ。ついてます」
「それならどうして・・・」

『このお屋敷にはついていると、それだけの話です』

「・・・でも、確か・・・塔にも消化システムが取り付けられていたはずですよね?」
「えぇ。屋敷で火事があった場合には塔の方の消火システムも作動します。まだ屋敷まで火が回っていないのでしょう。これはもう、手動で操作するしかありませんね」
「僕が行きましょう!管理室で良いんですよね?」
「えぇ。けれど・・・」
「水瀬さん、貴方は一刻も早く主人を助けなくては」
 牧原がそう言って、娯楽室前を走っていく。
 廊下の端に見える階段を駆け上がり・・・その姿は見えなくなった。
「水瀬さん、早く行かないと・・・!!」
 春樹が慌てて階下へと行こうとした時、誰かが走り上がってきた。
 瀬尾と・・・その腕にはユリアが抱えられている。
「水瀬さん!あぁ・・・良かった!!ユリアさんが貧血起したらしく・・・」
「娯楽室へ運びましょう!」
 セレスティがそう言って、娯楽室へと続く扉を押し開けた。
 春樹が瀬尾からユリアを受け取り、陽月も春樹の手助けに手を差し伸べる。
「ユリお姉様が・・・ユリお姉様が・・・!」
「ユリアさん、落ち着いてください!下で何があったんですか?」
「ユリお姉様が・・・中央塔へ・・・」
「それにしても、牧原さんはまだなんですか!?」
「もしかしたら、分からなくなっているのかも知れません」
 その言葉に、ユリアが水瀬の袖を掴むと言い放った。
「私は大丈夫です。ですから・・・早く・・・」
「分かりました」
「ここは私に任せてください」
 キッチンから駆けつけた智代がそう言って、水瀬と場所を変わるとユリアの顔を覗き込んだ。
 水瀬が走り出し・・・・・・・・・・


 それから暫くして、屋敷中が水浸しになるほどの放水があった
 天井から降り注ぐ水はまるで雨のようで・・・


≪ whom was there? ≫


 『 貴方は足すことを覚えるべきだったのです。
   貴方は、引くことに拘り過ぎていたのです。
   そして、完全なる対のこの屋敷で、1つしかないものはないのだと気付きべきだったのです。
   2階が特別の部屋割りだと思い込んでいたのは何故でしょうか?
   1階と3階の部屋割りが同じだと言う事に気がついたのならば・・・
   どうして2階だけが特別だと思ったのですか?
   特別なのは2階ではないのです。
   貴方はこの屋敷に来て、どこから帰ろうとしていたのですか?
   嵐によって閉ざされたこの屋敷の中、どこから出ようとしていたのですか? 』


 通じない電話はもどかしく、戻ってこない水瀬の姿は寂しいものがあった。
 娯楽室の奥に置かれていた電話は線が切られていた。
 階下へと下りると、塔は崩れ果てていた。
 右塔は辛うじて残っていたが、中央塔と左塔は完全に消失していた。
「何でこんなに火の回りがはやいんでしょう・・・?」
「灯油です・・・」
「ユリアさん、塔で何があったのか教えていただけますか?」
「・・・待ってください。その前に、水瀬さんの様子を見に行きましょう」
「そう言えば、どうして帰って来ないのでしょうか?」
「私が見てきましょう」
 セレスティはそう言うと、急ぎ足で階段を上っていった。
 娯楽室の前を通り過ぎ、階段を上がり・・・・・・・・・・・

『右塔で眠っていると、突然ユリお姉様が扉を開けて入って来たんです。お母様がご乱心なさって、左塔へ火をつけ、中央塔に入って行ったと・・・。灯油をばら撒いて、お父様のお名前を呟きながら・・・。ユリお姉様の仰ったとおり、外に出てみたら左塔と中央塔が燃えていて・・・瀬尾さんを起して上に避難しなさいと言って・・・ユリお姉様はお母様を止めるために中央塔へと入っていかれました。私は急いで瀬尾さんのお部屋に駆け込み・・・その瞬間、中央塔が勢い良く燃えて・・・』

 ユリアはそう言うと、顔を上げた。

『私、今日は具合が悪くて1日中眠っていたんです・・・』

「え?」

『・・・お客様のお出迎えは水瀬さんに全てお任せして』

「そんなはずはないでしょう!ユリアさんは確かに私達をお迎えくださいましたよ!」

 妙子の言葉に、ユリアがキョトンとした表情で首を傾げた。
 その顔は本当に知らないと言うもので・・・
 それならばアレは誰だったのだろうか?
 ユリがユリアに扮していた?その可能性は限りなく0に近い。
 双子とは言え、完璧に相手を演じることはできない。それに、ユリがユリアを演じられない原因はもう1つあった。
 太陽の嫌いなユリ、昼夜が逆転しているユリ・・・けれど、人前に顔を出さない一番の理由は・・・
 ユリは、幼い時に事故で右目を失明していたのだ。
 それならば、アレは誰だったのだろうか?
 ユリアが嘘をついている?なんのために?
「あの、皆さん・・・」
 3階へと様子を見に行っていたセレスティが難しい表情で下りて来ると、グルリと一同を見渡した。

『3階の管理室前で、牧原さんが亡くなっていました』

「え・・・!?どうして・・・」

『それと・・・管理室が焼失していました・・・』

 火の気のない場所で起こった火事。牧原の遺体。消えた水瀬。
 外の音を一切拒絶したこの館は、ただただ静まり返っていた―――――


≪ whom was not there? ≫


 『そして、私はそこで殺された』
 『あの忌まわしい日、この牢獄に放り投げられた』
 『逃げ道は塞がれ、声は届かないこの地に落とされた』
 『私は誰に殺されたのか、分からなかった』
 『貴方が恐れる悪魔の意味は良く分からなかった』
 『意識は深い闇へと引きずり込まれ、それでも・・・私は知った』
 『この館の意味を』『悪魔の意味を』
 『今日集まった人々は、私を見つけてくれるのかしら?
  それとも貴方と同様に、この屋敷に住み着く悪魔によって殺されてしまう?
  今年は誰に悪魔がつくのかしら?誰が悪魔に囚われるのかしら?
  おかしいことをおかしいと思えば、悪魔は自然と見えなくなるもの。
  ・・・宴の用意は整った。後は来客を待つだけ。
  お祭りはゆっくりと始まるものなの・・・』
 『・・・私が味わった苦痛を、恐怖を、貴方に・・・。 』


≪ epilogue ≫


 全ての登場人物が揃った時、この屋敷には生きた人間が12人居ました
 嵐が止んで地上の橋から生きて帰れた人間は8人居ました
 屋敷の中に、遺体は2体ありました
 屋敷から最終的に生きて出られた人間は11人居ました
 亡くなっていた人間を含め、このお屋敷には最初13人の人間が居ました
 余分な1人が誰なのか分かりますか、誰が最初から亡くなっていたのか分かりますか
 3人の人間がどこから外に出たのか分かりますか
 ・・・ユリアは嘘を1つもついていないのです・・・


★湖上の城を読み終わって・・・・


「どうだったかなぁ〜??」
 満面の笑みで聞いてくるユリナに苦笑を向けると陽月とセレスティは視線を合わせた。
「なんつーか・・・よく分からない・・・」
「そうですね。これは推理小説なんですか?」
「ノーン、ちっがーうっ!!これは、パズル小説!」
「・・・パズル小説・・・?」
「バラバラに入ってるキーワードを繋ぎ合わせて1つの物語を作り出すの!」
「しかも、全然関係ないキーワードも入ってたりしてね、意地悪いのよー、ユリナは」
 ユリナの背後から顔を覗かせたユリがそう言って、陽月の持っていた本を取った。
「第一、ユリアはこんな可愛く書いてあるのにどうして私はくらーい役なのよ!」
「だってぇ!お姉ちゃんはそんな感じでしょー!」
「落ち着いて2人とも」
 ユリアがおっとしとした笑みを浮かべながらそう言って、隣に立った良平に視線を向ける。
「・・・俺、6歳設定かよ・・・」
「良いじゃねーか。俺なんか途中で殺されるんだぞ!?」
「ま、友康はやられだからな」
「あぁ、春樹の言葉に賛成」
「まーさーきーーーっ!!!」
「でも、クラブのメンバー全員だすのは難しかったでしょう?」
 妙子の言葉にユリナが大きく頷いた。
「うん!ゲストの陽月君とカーニンガムさんは勿論、義三先生まで入れたんだもん!」
「・・・名前しか出てないけどね、義三先生は」
 ユリがそう突っ込み、読書部全員が合掌し始める。
「でもさぁ、ユリナちゃん。これ、3人はどっから出てったわけ?」
「・・・良いですか、陽月君。このお屋敷は3階建てです。けれど、3と言う数字が容認されているわけがないんですよ。それならば、どこにもう1階作りましょうか?」
「この屋敷は塔を外せば完全なシンメトリーなんです。縦にも、横にも」
「そう考えれば、外に通じる扉がもう1つ出来るでしょう?」
 陽月の肩をポンと叩くと、ユリナが大きく背伸びをした。
 普段はあまり使わない頭を酷く使ったと言って盛大な溜息をつき・・・
「難しいことなんてなに1つないんです。あっけないほど簡単なお話なんです。それを無理に難しく見せているからややこしく思えるだけで・・・難しいことなんて、1つもないんですよ」
 セレスティは本を膝の上に置くと、ゆっくりと・・・絡まっていた糸を解き始めた。
 絡まりは全てただの見せ掛けにすぎないのだから・・・・・・・



               ≪ E N D ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  6178 / 黒羽 陽月 / 男性 / 17歳 / 高校生(怪盗Feathery / 紫紺の影


  1883 / セレスティ カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 最初の書き始めは普通の探偵ノベルでした。
 ただ、なんとも味気ないノベルになってしまいました(苦笑)
 それならばと思い、いかに不気味なお話になるかに重点を置いてみました。
 奇数がタブーだと何回も出ているのに、塔が3つしかないこと、階が3つしかないこと・・・
 屋敷へと続く道が1本しかないということ・・・。
 途中でアレ?と思われたかもしれません。
 第4の階へ行くには、どうしたら良いのでしょうか。
 何故中央塔と左塔が焼かれたのでしょうか。何故管理室まで焼かれてしまったのでしょうか。
 必要な部分はそれほど多くは無いです。その代わり、余分な情報は多いです。
 お屋敷の見取り図を書きながら執筆を進めたのですが、途中でこんがらがりまくりで・・・!
 あれ?あれ??と呟きながら執筆いたしました(苦笑)
 パズル感覚で楽しんでいただければと思います。

  それでは、またお逢いいたしました時は宜しくお願いいたします。