コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingV 【小噺・遊泳】



 人の多い、最近出来たという全天候型の屋内ウォーターレジャーランド。
 守永里堵は、本日そこに来ていた。ここに良からぬ存在が現れるらしい、とのことで。
 下見にやって来たのだが、人の多さもあって里堵はぼんやりしている。昼間は暑いし、普段の活動時間帯ではないので苦手だ。
 いつものパンツスーツ姿の里堵は、自分が変に目立っていることに気づいた。周囲の者たちの視線がどうも……。
(……当然か。ここはプールだ)
 水着の若者たちが多い。だが、里堵は水着になる気はさらさらない。腕を露出すると、そこにある幾何学模様が晒されるからだ。
(まあ、泳ぐわけではないし)
 人込みを掻き分けて施設内を歩いていたが、おかしい。
 良からぬ存在の気配すら感じない。どういうことだ?
 場所を間違えたのだろうか? 出来たばかりのこの施設に何かが出没するというのは、ちょっとおかしいかもしれない。
 そもそも里堵は霊感が備わっていない。闇に潜む存在を狩るのが自分の仕事ではあるが、だいたいが実体化した相手が敵なのだ。
 繊細な探査などは、自分に合っていない。微弱な霊気などだと気づかないことも多いだろう。
「…………」
 徐々に自信がなくなってきて、里堵は足を止める。
 周りはうるさい。はしゃぐ子供たちの声。笑いあう若者の声。
 みな、楽しそうだ。
 里堵は上着を脱いだ。その下は長袖のシャツだ。
 上着を抱えて歩き出す。これなら、先ほどよりは目立たないだろう。
 自分でも何をしているのかわからなかった。
 暑いから? 目立つから?
 そうじゃない気がする。
(……何をやっているんだ、私は)
 里堵が上着を脱いだ理由は、目立つ、に近い。彼女は羞恥を感じたが、理解できなかっただけである。
 明らかに昼間が苦手なのだが、自分が異質すぎて臆病になったとも言えた。夜だとこんなことを気にしないのだが……。
 とりあえず施設内をぐるっと回ってみることにした。



 一周したが、やはり異常なところはない。
 喉が渇いたので売店の列に並んだ。やはりここでも里堵は目立っている。じろじろ見ないで欲しかった。
(なぜそんなに注目するんだ……?)
 本人は気づいていない。私服の者も多いのだが、スーツ姿の者は皆無だからだ。
 列に並んで、売店の屋根の下にある大きなメニュー看板を眺めた。アイスコーヒーにでもするか。
 里堵は慣れない場所に少し落ち着かない。
 水着姿の女性たちが、里堵の前や後ろに並んでいる。自分とそう年は変わらないようだ。
「ここって冬は温水プールになるんでしょ?」
「へー。そうなんだ。じゃ、また冬に来ようよ」
 などと話している声も聞こえる。
 色とりどりの水着姿の彼女たちに比べ、自分はなんて地味なんだろうか。
 夜の仕事のことを考えれば、目立たないように黒や灰色の衣服を選ぶのは当たり前なのだが……昼間は逆にそれが目立つ。
 唐突にわからなくなった。
 なんで自分はこんなところに一人で居るのだろうか。
(……仕事、の……下見……)
 眠気を感じながら、自身に言い聞かせる。
 仕事の下見に来ている。だが、なんというか、それでは納得できないもやもやした感情があった。
 里堵は頭を軽く振って眠気とその感情を追い払い、前の客がいなくなったので進み出た。
「いらっしゃいませ、お客様」
 にっこりと微笑む店員の少年に、里堵は一瞬「ん?」と思う。
 見覚えがあるような気がする。誰だったか……?
「ご注文はお決まりですか?」
 店員の制服を着ているその少年は、黒髪で、緑と黒の瞳をしていた。顔が物凄く整っている。
「あ……アイスコーヒーを」
「かしこまりました。お一つでよろしいですか?」
 尋ねられて里堵は頷く。少年は後ろに居た他の店員に素早く注文を伝えた。どうやら彼はレジ係のようだ。
 ぼんやりと見ていた里堵は、「もしかして」と気づいた。
「あなたはこの間の……遠逆か?」
 里堵の言葉に少年はきょとんとすると、すぐににやりと笑みを浮かべた。
「そういうあんたは守永里堵?」
「……仕事か?」
 やはりここには何か怪異があるのだろうか? だとすれば、封印か退治か、どちらが最善か彼に訊くのも手の一つだ。
 遠逆陽狩は肩をすくめる。
「見てわからねーかな? 制服着てるじゃねーか」
「……え? あ……いや、そうではなく……退魔士の」
「退魔士? なんで?」
「ここに、良からぬものが出ると聞いて私は来たから」
「出るわけねーじゃん。ここは祈祷もしてあるし、まだ『場』は穢れてねーからな。どっかの古い場所ならホコリも溜まるだろうけど」
 呆れたような目で見てくる陽狩の前で、里堵は視線を伏せる。
「……そうなのか。ではどこかと間違えたのか、やはり」
「ここには変なもんはいないぜ」
「…………」
 里堵としても、そんな気がしてきた。
 陽狩がここに居る以上、彼が先に祓っている可能性もある。見て見ぬふりをするような少年ではないだろうし。
 この場所は、夜は開いていない。夜の時間を生業とする里堵とは相性の悪い場所だ。
 良からぬものが出るというなら、夜中ではなく日中だろう。人のいない夜中に出ても、ここには警備員くらいしか来ない。
(そういう噂があるからと来てみたのだが……無駄足だったか)
 まあそれはそれで構わない。
 じっ、と陽狩を見ていると、彼は怪訝そうにした。
「? なんだよ? オレの顔になんかついてるか?」
「……こんな場所に居るから、ここで泳ぐのも仕事の内なのかと思った」
「……はあ?」
 疑問符を浮かべる陽狩。
 ちょっと気になって口にしたのだが、まったく彼に通じなかったようだ。
 背後の店員からアイスコーヒーを受け取り、レジの横に陽狩は置いた。
「ここで仕事、なのか? 潜入とかか?」
「なんでそんなことするんだよ。あんたズレてんなぁ。オレは単なるアルバイトだよ」
 嘆息混じりに言う陽狩はレジを打つ。表示された値段を見て、里堵は小銭を財布から取り出し、陽狩に渡した。
「あんた昼間は仕事してねーのか? ダメだぜ、そんなんじゃ。退魔の仕事ったって、年がら年中あるもんじゃねーし、縄張りもあるし、仕事の受け口でもめることだってあるんだしな。無職になるかもって思いながら日々暮らしていかねーと、そのうち路頭に迷うぜ? いつまでも若くねーんだし」
「…………現実的なんだな」
「これでも色々経験してるんでね。お嬢さんよりは、物知りだろーな」
 皮肉混じりに言う陽狩は、里堵にアイスコーヒーを差し出した。
「ありがとうございました。ごゆっくりお楽しみください」
 にっこりと営業スマイルで言う陽狩。里堵はアイスコーヒーを受け取ってそこから離れた。
 売店から少し離れてから、振り向く。陽狩は次の客の相手をしていた。
「……ふむ」
 一つ気づいた。
「あの少年、見た目は若いがなんだか老いたことを言うな……」
 本人が聞いたら笑うか怒るかしそうだが、里堵としては本気でそう思っていたのである。



 アイスコーヒーを、誰も座っていないベンチに腰掛けて飲んだ。美味しい。
(いつまでも若くない……か)
 先ほど陽狩に言われたことを思い出して、里堵は考え込んだ。
 彼の言うことはもっともだ。人間というのは老いていくものなのだから。体力だって、衰えていく一方だろう。
 今はこの仕事をしているが、不慮の事故でこの肉体が使い物にならなくなる日だって、ないわけではない。
 なぜ今までそんなことを考えもしなかったのだろうか?
(……気づいて、いなかったからだ)
 ただ戦うだけの日々に、それにのみ、浸かっていたから。
 ぞくりと背筋に悪寒が走った。
「?」
 だがその悪寒が理解できず、里堵は怪訝そうにする。
 それは不安。しかし里堵はわからないだろう、今は。
 目の前を行き交う人たちを眺める。どの人も楽しそうに笑っていた。
(……楽しい、か)
 こうして笑い合っている人たちは、いや、この中の一体どれほどの人たちが、里堵の居る「夜」を知っているのだろうか?
 陽狩もそうだが、この中に彼のように裏の顔を持つ人間が一体何人いるというのか。
 里堵はもう二十歳だ。二十歳という年齢は、やはり一般的な目から見れば「大人」になる。もっとも、それは年齢だけの話であって、大人になったとは言えないと思うが。
 昔は里堵も、二十歳というのは大人だと思っていた。なんでも知っていて、なんでもできる、大人だと。
 だが自分がその年齢になっても思うことは、たいして変わらない。
(大人になると、凄い自分になれると……思っていたのだがな)
 こうして座っていると、なんだろう……とても、物足りない。
 陽狩の言葉が浮かんだ。
(昼間……仕事……)
 夜に活動する里堵は、昼間は寝ているのがほとんどだ。
 ここに居る自分がひどく心細い。
 そう……まるで地に足がついていないかのような、錯覚すらある。
 自分はとても不安定な場所に今も立っていて、ただそれに気づかずにいるだけで。
 里堵にとっては夜が、世界全て。
 だがほとんどの、大多数の人間はコチラが本当のセカイだ。
 昼間だというだけで、怪異がないというだけで、自分はなんと――――。
(役立たずな……)
 手の中のカップを見下ろす。
 揺れる液体。
 この飲み物のように、自分もまた、一時の存在に過ぎない。
 ぐっと全部飲み干す。冷たいが……。
「……ん。美味しいな」
 空いたカップを近くに設置されていたゴミ箱に捨てると、里堵は歩き出した。
 ここには本当に問題はなさそうだ。ならば、自分の出る幕などない。
 ちらっと売店のほうへ視線を向けたが、この場所からでは陽狩の姿は見えなかった。だがきっと、たくさんの客を相手にしてせかせかと働いているのだろう。
(ふむ……暑い中、ご苦労なことだ。応援しておこう)
 帰って寝ることにしよう。
 きびすを返して歩き出した里堵は小さく欠伸をした。なんだか眠くなってきた。
 こんなに明るくて、騒がしい場所は……自分には似合わない。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【6605/守永・里堵(もりなが・りと)/女/20/闇狩人】

NPC
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、守永様。ライターのともやいずみです。
 プールでの一幕、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!