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<東京怪談・PCゲームノベル>


廻歪日〜参麓の糸〜


●歪

 うとうと、と眠りについていた。夕暮れ時は風が涼しく、優しい。少しだけ、と横になっただけで、簡単に眠りの中へと誘うのである。
 セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ かーにんがむ)もそうであった。柔らかな日差しと、そよそよと吹く風に誘われた睡眠を楽しんでいた。まどろみからの眠りは、なんとも心地よい。
 だが、今セレスティは眠りを楽しんではいない。ぼんやりとした頭で、見覚えのある廃墟の中にぽつんと佇んでいるのだ。
「これは……」
 ぼうっとする頭で、辺りを見回す。ぼろぼろになってしまった廃病院のような内装は、以前訪れた事がある場所だと確信させた。
「また、来たのですね」
 少女と、鬼ごっこをした場所だ。包丁を持ち、自らが鬼だと言って追いかけてきた少女。結局捕まり、何度も包丁を振り下ろされた。
(夢、ではないですよね?)
 先程まで眠りの中にいたため、今自分がいるのが夢なのか現実なのかがはっきりしない。そっと壁に触れてみると、確かに感触があるのだが。
 ならば、きっとまた来てしまったのだろう。
 セレスティはそう判断し、自分の持っているものを確認する。
 手にはステッキが握られていた。
 これは良かった、とセレスティは安心する。逃げる時に、足の悪いセレスティにとって杖は不可欠だ。元々、車椅子で生活しているのだ。せめて杖くらい無くては、どうにもならない。
 ポケットを探ると、リボンが数本入っていた。
 赤や青、紫や白といった色とりどりのリボンたち。艶やかな表面をし、天井の無い廃病院に差し込む日の光を反射している。
(これは、使えそうですね)
 セレスティはそっと微笑みながら、リボンをポケットに仕舞いなおす。
(折角ですから、アカコ嬢にも差し上げたいですね)
 アカコ、というのは、鬼ごっこをする少女だ。長い黒髪に真っ白なワンピースは確かに魅力的かもしれないが、もう少し着飾ってもいいような気がした。何しろ、女の子なのだから。どれだけ包丁を振り回し、虚ろな表情を見せるのだとしても。
「そろそろ、来られますね」
 セレスティは呟き、辺りを見回す。ここは、アカコの世界。訪問者であるセレスティがやって来たことを、アカコが知らぬはずは無い。
 アカコと鬼ごっこをする為に、不意に訪れてしまうのだから。
「ふ、ふふ」
 何処からか聞こえた声に、セレスティは「来ましたか」と呟く。鈴を転がすような、少女の笑い声。そちらを見ると、確かに少女が立っていた。
 つまりは、アカコが。
「こんにちは、アカコさん」
 声をかけると、アカコは一瞬きょとんとする。
「どうして、アカコの名を、知ってるの?」
 アカコの言葉に、セレスティは気づく。アカコにとって、自分は再会した者ではない。初めて会う者なのだ。
 体中に包丁の雨を降らされたセレスティが現実に帰った時に無傷だったのと同じく、アカコも「何も無かった」事になっているのかもしれない。
 包丁を振り回したことも、川の水にのまれた事も、セレスティに出会った事も。
(全てが、リセットされる世界なのでしょうか?)
 今一度、前に逃げ場所として選んだ南エリアに行けば、川が分断されたままなのだろうか。
(……いえ、それはないでしょうね)
 セレスティは思い直す。川が分断されるという大きな変化であるならば、川を分断した本人であるセレスティを覚えていないはずは無い。
「私は、セレスティ・カーニンガムといいます」
 無駄かも知れぬ自己紹介を、セレスティはする。こうして会うたびに自己紹介をしても、次に会う時にはアカコは忘れてしまっている。何度も何度も、なされては忘れられる終わりの無い輪のようだった。
「ここは、アカコの世界なの」
「はい」
「だから、アカコと一緒に遊ぶの」
「鬼ごっこ、ですか?」
 セレスティが言うと、アカコは一瞬きょとんとしてから頷く。以前にセレスティが来た事を覚えていないのだから、今から行う鬼ごっこを当てた事に驚いたのだろう。アカコは一瞬だけぶんぶんと頭を振り、再びセレスティに向き直る。
「アカコが鬼よ」
「ならば、私は追われる方ですね」
 セレスティが言うと、アカコはにた、と笑う。歪んだ笑みだ。
(今回は、どの方向に逃げましょうか)
 ぐるり、と四方を見回す。前回は南に行ったので、今回はまた違った方向へ進もうかと考えた。
(上手く、姿を消す事ができるエリアであればいいのですが)
「それじゃあ、数えるわ。ちゃんと、逃げてね」
 アカコはそう言い、手にある包丁を握り締めた。いつの間にか握り締めている、包丁。ついさっきまでは握られてなかったような気がしていたのに。
(アカコ嬢の世界ですから、彼女を中心に回ってもおかしくはないですけれど)
 セレスティは、そっと心内で呟く。
「いーち」
 アカコが数を数え始めた。セレスティはぎゅっと杖を握り締め、一方向に向かって歩き始めた。
 西の方角へと。


●西

 西の出口を抜けた途端、前回と同じくバタンバタンと音がした。西以外の場所へ行く入口が閉まったようだ。
「これは」
 セレスティは西エリアを歩き始め、はっとする。そこに広がっていたのは、赤く染まった葉がひらひらと舞い落ちる、森であった。まるで桜の花弁が舞っているかのごとく、優雅に紅葉が舞っている。
 美しい、とセレスティは思わず感嘆した。
「このような状況でなければ、もっと楽しめるんですけれど」
 セレスティはそう言って苦笑する。鬼ごっこ、という状態でなければ、ぼんやりと眺めていたい景色だ。お弁当を持って、紅葉狩りをするのもいいかもしれない。
(やはりここも、秋という雰囲気であるにもかかわらず……)
 風が、冷たくなかった。秋といえば、時折吹く風に肌寒さを感じる。びゅう、と風が吹くたびに、もうすぐ訪れるであろう冬を感じるものだ。
 だが、この西エリアではそれがなかった。南エリアで体感したものと何ら変わりは無い。気温に変化はなく、程よい温度のぬるま湯に使っている気分だ。
「こんなにも美しい秋ですのに」
 セレスティは呟き、ふと気づく。ひらひらと舞い落ちる葉が、常にあるという状態に。
「これ、は」
 秋に舞い落ちる葉といえば、風によってたくさん落ちたり落ちなかったりという事態になるはずだ。勿論、それは桜の花弁でも同じ事。その落ちたり落ちなかったりする情景がまた、美しさを感じる一因でもあるのだが。
 今目の前で繰り広げられている落葉は、機械的なものを感じさせた。一定のリズムで、規則正しく落ちていく。自然に行われる営みとは程遠い。
 それに気づくと、その風景が「美しい」と思えなくなってきた。色づいた葉がひらひらと舞う姿は確かに優雅なのだが、繰り返される一定さが落ち着きを奪う。
 優しい柔らかな風景が、一転して冷たいものに変わる。
「あは、ははは」
 後ろから、アカコの笑い声が聞こえた。数を数え終え、セレスティを追いかけてきたのだ。
「今、考え込んでいる時間はありませんね」
 セレスティはそう考えると、森の中へと足を踏み入れる。その時、ポケットから緑のリボンを取り出して近くにある木に結んだ。
(これで、ここから入ったという目印になりますね)
「あははは」
 再び後ろから笑い声が響く。セレスティは杖を握り締め、森の奥へと向かっていった。
 たくさんの木々が生えている為、セレスティの身体は隠れやすくなっていた。足というハンディキャップがある。そのハンディキャップは姿を隠すという行為が有効ならば、充分に補える。
 この、たくさんの木々によって。
「どこ?」
 森の奥へと進む途中、か細いアカコの声が響いた。捕らえるべきセレスティの姿が見つからず、迷っているようだ。
(有効、のようですね)
 セレスティはそっと微笑む。姿を隠す行為が有効だと分かったならば、後は気づかれぬように注意して進んでいけばいいだけだ。
 足の速さは、要求されない。
 その為、紅葉を楽しむというところまではいかないものの、エリア内を注意深く見ることが出来た。
 辺りをぐるりと見回しても、木しかない。それも、全てが落ち葉を回せる紅葉の木ばかりだ。しかも、その葉はいつまでも舞い落ち、とどまる事は無い。
 セレスティは、試しに近くにあった木から葉を手折る。が、動かない。まだ落ちる時期ではないのだといわんばかりに、葉はぴくりとも動かなかった。
(作り物のようですね)
 苦笑交じりに葉を見つめていたが、結局その葉は落ちなかった。代わりに他の場所からひらひらと葉が舞い落ちてきていた。
(そういえば、葉が落ちる瞬間を見ていませんね)
 これだけたくさんの葉があるのだから、一度くらい葉が木から離れる瞬間を見てもいいはずだ。だが、セレスティは一度もそれを目にしていなかった。
(という事は、この葉は落ちないという事なのでしょうか?)
 木についている葉には、落ちる葉と落ちない葉がある。そう考えるのが自然だ。そして、落ちる葉は延々と落ちる事ができるようになっているはずだ。今は、詳しく調べる事は出来ないだろうが。
「そうだ、この葉にもつけておきましょうか」
 セレスティはそう呟き、ポケットから青のリボンを取り出す。そして、びくともしなかった葉にきゅっと結んだ。
 次に来た時、リボン自体がなくなっていたらこの葉は落ちたという証拠となる。
「……ら、らら」
 歌、だった。か細い声で歌われる、歌が聞こえてきた。
「ららら、ら、ららら」
 声から、アカコが歌っているのが分かった。ゆっくりな曲調で、歌詞は無い。ゆらりゆらりとしたリズムが、妙に心地よい。
 鈴をころころと転がすような、美しい声だ。
 手にしている包丁が不釣合いで、歌う姿には到底似合わぬものだ。
「アカコさんが、歌っているのですね」
 それは改めて口にすると、不思議な気分になった。あはは、と歪んで笑い、包丁を握り締めて虚ろな目で追いかけるアカコ。そのアカコが歌っているという事実が、ちぐはぐなものに思えたのだ。
 あれは本当に、あのアカコなのだろうかと疑問に思うほどだ。
 セレスティは、思わず足を一歩踏み出す。すると、がさ、と落ち葉の積もったところから音がした。
(しまっ)
 セレスティは身を凍らせる。アカコはその音に歌う事をぴたりとやめ、音のした方を見つめる。セレスティは慌てて身を隠し、アカコの様子を伺う。
 アカコは音のした方をじっと見つめ、セレスティの姿を探していた。手にしている包丁をぐっと握り締め、にた、と笑う。
 先ほどまでの歌声とは対照的ともいえる、歪んだ笑み。
「そこに、いるのね?」
 ぞくり、とセレスティは背筋を凍らせる。猫なで声のような、優しい声。それでいて、その裏にあるのは残酷な意思。
 アカコはセレスティを見つけたいのだ。鬼として、逃げるセレスティを捕らえる為に。捕らえ、包丁を使う為に。
 赤い花束を、その腕に抱く為に。
 セレスティは、前回受けた包丁の雨を思い出し、ぐっと吐き気を催した。本当に吐いてしまうほどではないが、思い出してしまう。
 痛みを、辛さを、苦しさを、熱を。
 セレスティは杖をぐっと握り締め、ゆっくりと逃げ始める。
(まだ、森の奥まで到達していませんから)
 森の奥に、何かがあるかもしれない。あるかどうかは行ってみなければ分からないが、もし何かがあるのならば確かめたいと思った。
 それはきっと、このアカコの世界に関わるものだろうから。
 繰り返しの起こる世界の謎に、触れる事ができるかもしれない。そういう可能性を持ったものが、森の奥にあるのかもしれないのだ。
(だから、捕まるわけにはいかないのです)
 音を立てないように注意しつつ、セレスティは歩き始める。足のハンディキャップは、姿を消す事でほぼ無効化するはずなのだから、絶対に見つかるわけにはいかない。
 森の奥へと進んでいく。
 同じような風景がずっと続き、相変わらず木々からは紅葉がひらひらと舞い落ちている。終わりの無い落ち葉の風景は、時折本当に前へと進んでいるかどうかを疑問に思わせる効果があった。
 きっと、このままただ延々と歩き続けるだけならば、気が狂ってしまう。
 セレスティは続く風景に苦しさを覚えるたび、目に入った木の枝にリボンを結んでいった。色とりどりのリボンを結んでいけば、次に目に入る木にリボンが無いことが「前に進んでいる」という証になる。
(リボンを結ばなかったら、私も気が狂っていたかもしれませんね)
 セレスティは苦笑交じりに思う。繰り返し、終わらない単調な風景を見続けることは、人にとっては苦痛を感じる。最初はなんとも思わなかったものでも、だんだんその決まりきった動きに苛立ちを覚える。じりじりと吐き気を齎すような、不愉快な気持ちにさせるのだ。
 そんな時、必要となるのは「変化」だ。セレスティが木にリボンを結ぶのは、まさに変化をその風景に齎す為のものだ。
 恐らく、アカコはその「変化」であるリボンを見つけて、セレスティの元へと近づいているだろう。
(アカコ嬢もまた、気が狂いそうになっているかもしれませんね)
 または、既に気が狂っているかもしれないが。
 しかしそれも、リボンと言う「変化」を見つけることによって、多少は緩和されているかもしれない。見上げた空にある太陽は、大分傾いている。セレスティはこのまま森の奥に行けば終了時間である夕暮れになるだろうから、この不愉快さを齎す森の中を再び歩く事にはならない。だが、アカコはこの森からは出て行くだろう。となると、アカコは再びこの森の中を通る事となる。
 その時、このリボンが彼女の心を少しでも助けてくれるかもしれない。
「リセットが起こるようですが、このリボンも対象となってしまうのなら、せめて彼女が森を出てからにして欲しいですね」
 ぽつり、とセレスティは呟く。
 前回降らされた包丁を思えば、アカコという存在に恐れたり怯えたり憎んだりしても、不思議は無い。だが、セレスティはそのような感情をアカコに抱いてはいなかった。
 むしろ、彼女に対して「何かしらしてやりたい」と思っている。
(どうして、と問われたら困るのですが)
 セレスティは苦笑する。尋ねる者すら、いないかもしれない。この世界に、自分以外の誰かが招きいれられているだろうとは思うのだが、他の者が訪れているという証拠をこの目にしていないのだから、良く分からない。
 そうこうして進んでいくと、開けた広場に出てきた。森の中にぽっかりと空いた、穴のようだ。一メートルくらい開けたその場所には、一本だけ大きな木が立っており、その周囲に少しだけ間隔を置いてから同じような紅葉を舞い散らす木々に取り囲まれている。砂漠の中のオアシスにも似た場所だ。
 セレスティがその大きな木に近づいてみると、それは栗の木だった。木には栗がなっていた。といっても、いがいががない。
 栗の実が、むき出しのまま木に生っているのである。
「これ、は……本当に栗の木なんでしょうか?」
 栗といえば、いがいがに包まれて身を成す。だが、セレスティの目の前にある木にはいがいがの殻はどこにも見当たらない。
 つるりとしたフォオムをした栗の実が、木にそのまま生っているのである。まるで、林檎や蜜柑の木のようだ。
 セレスティは木の周りをぐるりと回りながら観察し、ポケットからリボンを取り出した。青い色がつややかに光るリボンだ。それを近くにあった枝に、きゅっと巻きつけて結ぶ。ポケットの中を確認すると、残りは一本になっていた。
 赤いリボンが、一本だけ。
(途中、たくさん結んできましたからね)
 気が狂いそうになるたびに、木に結び付けてきた事をセレスティは思う。
「見ぃつけた」
 突如声がし、セレスティははっとして振り返る。赤い夕日の光を受け、そこにはアカコが立っていた。
「見つかっちゃいましたね」
 ごくり、と喉を鳴らしながらセレスティは答える。アカコが手にしている包丁が、妙に目に入って仕方が無い。
 前回の時に体験した痛みが、熱が、苦しさが、辛さが。セレスティの頭の中に何度も何度も繰り返し浮かんできた。
 セレスティは杖を強く握り締め、それを取り払う。
(今は、それに捉われている場合ではありません)
 目の前に、鬼であるアカコがいる。自らを捕らえる為の包丁を持ち、にた、と空虚に笑うアカコの存在があるのだ。
 ここで臆している場合ではなく、むしろ少しでもタイムリミットまでの時間を稼ぐべきだ。
「アカコさん、この木は何の木ですか?」
 セレスティはそう言って、自らの後ろに立つ巨大な木を指差す。
「何って、栗の木」
 そんな事も知らないのか、といわんばかりの言い方でアカコは答える。
「栗の木は、こういう風に実を付けませんが」
 セレスティが言うと、アカコは目を見開いて「嘘」と呟くように言う。
「アカコは、その栗の木しか知らない」
 その返答に、セレスティは「そうですか」と答える。アカコはこの「アカコの世界」より他に、所属する世界を持たないのかもしれない。それはつまり、所属する世界にしかない栗の木が、自らが知る栗の木の全てとなってしまうという事だ。
 それが合っているか間違っているかは、アカコには分からない。
 この世界にあるものがアカコにとっての全てで、また事実なのだから。
「栗の実は、このようにはならないのです。本来は、いがいがのついた殻に包まれているんです」
「いがいが?」
「ええ。本物を見せてあげられたら良いのですけれど」
 セレスティはそう言って苦笑する。流石に、いがのついた栗の実を持ってくるわけには行かない。
「ここにあるのが、本物じゃないの?」
「絶対数で言えば、いががついた実がなる方が多いですね」
 アカコは「嘘」と再び言い、ぐっと包丁を握り締める。
 夕日は大分傾いている。太陽が地平線からちらりと見えるだけだ。タイムリミットである日没まで、あと少しである。
「そういえば、見られましたか?リボンを」
「リボン?」
「途中の木々に、結び付けてきたのですが」
 セレスティが言うと、アカコは首をひねりながら何かを取り出す。「これ?」と尋ねながら。
 差し出されたそれらは、確かにリボンだった。アカコの手の中でひらひらと風に舞う姿を見せるリボンは、今や木ではなくアカコの掌で踊っている。
 目印にはもうならない、とセレスティは笑う。アカコの帰り道の目印にもなると思っていたが、どうやらそれは適わないらしい。
「それ、お好きですか?」
 不意にセレスティに尋ねられ、アカコはきょとんと小首をかしげた。
 掌の中でひらひらと風に揺れるリボンたち。色とりどりの、綺麗な色のリボンたち。
 アカコはそれらをじっと見つめた。その様子に、セレスティはそっと顔をほころばせる。やはり女の子だ、リボンに興味を示しているようだ。
「後一本残っているんです。いりませんか?」
 セレスティはそう言い、ポケットから最後の一本となっている赤いリボンを取り出した。アカコはそれをじっと見つめ、ぽかんと口を開けた。
 欲しい、のだ。きっと、アカコは赤いリボンを欲しがっているのだ。
 セレスティは何となく嬉しくなり、リボンを持ってアカコに近づく。
「これ、差し上げます。アカコさんに、きっとお似合いですから」
 セレスティはそう言い、リボンでアカコの頭をそっと結んだ。長い黒髪に白いワンピースを着たアカコの頭に結ばれた、赤いリボン。
 セレスティの言うとおり、それは本当に似合っていた。まるで、最初からあてがわれたかのように。
「よくお似合いに……」
 セレスティの言葉は、そこで途切れた。腹に痛みが走ったのだ。
 ゆっくりと腹の方を見ると、腹の部分に包丁が突き刺さっていた。アカコの髪にリボンを結んでいる間に、アカコがセレスティを刺したのだ。
「捕まえた」
 アカコは微笑む。思わず腹を押さえたセレスティは、再びその部分に痛みと熱を感じた。押さえつけた手が、どんどん赤く染まっていく。
(また、ですか)
 完全な日没まであと少し。ならば、ここで刺されたのも仕方の無いことなのかもしれない。
 セレスティはゆっくりと手を伸ばし、アカコの頬に触れた。赤く染まった手で触ってしまったため、アカコの頬にセレスティの血がついた。
「本当に、良くお似合いですよ?アカコさん」
 アカコはそれに答えず、包丁を振り上げた。包丁の雨を、再び降らせようと言うのだろう。それに構わず、セレスティは続ける。
「続きは、またにしましょう」
 セレスティはそう言って、小さく微笑んだ。それと同時に、アカコは包丁を振り下ろす。
 だが、アカコの包丁は空を突き刺してしまった。
 慌てて辺りを見回すものの、既にセレスティの姿は何処にも無かった。空に少しだけ顔を覗かせていた太陽は、すっかり落ちてしまっていた。
 アカコはごとん、と包丁を下に落とした。反対側の手に握り締めていた、色とりどりのリボンたちもはらりと下に落とす。
「また」
 セレスティが最後に言った言葉をアカコは繰り返す。
 そうして、ふらふらと歩き始めた。頭に結んである赤いリボンが、ひらひらと風に揺れる。
 背後に生えている栗の木に結ばれた青いリボンも、同じようにひらひらと揺れていた。


●廻

 セレスティは、再び目を開く。そこにあるのは単調な事が繰り返される風景ではなく、いつもの見慣れた場所であった。
 うたた寝をしていた、元通りの場所だ。
 そっと腹を撫でるが、傷も痛みも何もない。前と同じく、何も無かった事と同じにされたのだ。
 ただあるのは、アカコの世界で体験した記憶だけ。
「リボン、せめてあの二本だけでも残っていたらいいのですけれど」
 アカコの頭に結んだ赤いリボンと、西の森の奥にあった栗の木に結んだ青いリボン。あの二本だけでも残っているのならば、次に訪れた時に目印となる。
 確かに、訪れたのだという証拠に。
(まるで、あの森の中での出来事のようですね)
 気が狂いそうになるたびに結んでいた、色とりどりのリボン。それを思い出し、セレスティはそっとポケットに手を突っ込む。
「おや?」
 ポケットの中には、再びリボンが入っていた。確かに結び、アカコによってとかれてしまったリボンが。
 だが、良く見るとその中には赤と青のリボンが見つからなかった。他のリボンは全てあるのに、その二本だけが無いのだ。
「あの二本は、まだちゃんと残っているのかもしれませんね」
 それは、あちらとこちらの世界を結びつけるかも知れぬ糸となる。細く、弱々しい糸ではあるが、いつしか巨大なものとなるかもしれない。
 セレスティはポケットの中にあった残りのリボンを見つめた。
 そうして、リボンを握り締めて見つめるアカコの姿を思い出すのであった。


<糸が山麓になる事を思い・終>

変化事象:西、森の奥にある栗の木に青いリボンが結ばれる。
     アカコ、頭に赤いリボンを結ぶ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。ライターの霜月玲守です。この度は「廻歪日」に御参加いただきまして、有難うございます。
 セレスティ・カーニンガム様、いつも有難うございます。そして、二度目の「廻歪日」への参加、本当に嬉しいです。前回を踏まえつつ書かせていただきましたが、如何だったでしょうか。
 この「廻歪日」は、参加者様によって小さな変化事象をつけていただき、それを元に大きな変化事象としていただくゲームノベルです。今回起こりました変化事象は、ゲームノベル「廻歪日」の設定に付け加えさせていただきます。
 御意見・御感想など心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。