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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


真夏の薫りかぐわしく


◆秘蔵線香

 地上を容赦なく照りつける真夏の太陽が、青空にふんぞり返っている。
「暑すぎます……!」
「うぅぅ……僕、もうダメです……」
「マジ死ぬぜこりゃ……!」
「なんでこんな時に限って空調故障するワケ? 信じらんない……」
 神聖都学園高等部生徒会室では、メンバー4人が猛暑に負けていた。平然と涼しげな顔をしているのは、会長である繭神・陽一郎ただひとりだ。
 読んでいた文庫本から面を上げ、陽一郎は爽やかに微笑みかけた。
「まあ、冷房に頼らず自然の風で涼むのも、たまにはいいじゃないか。心頭滅却すれば火もまた涼し、と言うし」
「どうして平気なんですか会長……!」
「陽、てめえやっぱ人間じゃねぇな……!」
 開け放たれた窓から吹き込むのは、肌を舐めるような生暖かい風。これで涼めというのが無理な話だ、とメンバーは内心落胆していた。
 しかも入ってくるのは風のみではない。
「きゃっ! 蚊が居ます!」
「なにぃ!? うっし、俺が叩き潰す! てめえら動くなよっ!」
「涼太うっさい! 暑苦しいあんたのせいで気温上がったらどうすんのよっ」
「あの〜……」
 会計補佐の池田・千尋がおそるおそる口を挟む。
「なんだよ千尋」
「この前ここのロッカーを整理してたら、使われてない蚊取り線香が出てきたんですけど……使ってみます?」
「へー、そんなのあったんだね」
「あ、それは確か――」
 陽一郎が何か言いかけたが、一秒でも早く状況を打破したいメンバーは聞く耳を持たず、
「早速使ってみましょうよ。何もしないよりはマシですし」
「そうだね。千尋、準備してくれる?」
「わかりました」
「しっかしイマドキ蚊取り線香かよ」
「あら、風流があって好きですよ、わたしは」
 そして千尋によって焚かれた蚊取り線香は、やがて穏やかに煙をくゆらせ始める。
 ――ところが、この生徒会のことであるから、やはり普通の蚊取り線香ではなかった。
 昇る煙が徐々に小さな人の姿を形成していく。
 げ、とメンバーが嫌な予感に顔を歪めた次の瞬間。
『はぁ〜い♪ わたし、蚊取り線香の精で〜す! 真夏の出血大サービス、あなたの願い事をひとつだけ叶えちゃいま〜す!』
『……は?』
 突如現れた妖精の如き浴衣の美少女に、一同は怪訝に小首を傾げた。


◆託す願い

「蚊取り線香の精ィ?」
 生徒会室を訪れた高等部2年の烏有・大地は、浴衣姿の小人――蚊取り線香の精を見て眉をひそめた。
 その横から友人の環和・基がひょこりと顔を覗かせて咳き込む。
「煙い。蚊取り線香は嫌いじゃないけど、煙いのは好きじゃない……」
 そして周囲を徐に見回し、
「ところで皆、なんでそんなに驚いてるんだ? こんなの日常茶飯事だろ。そこにはシャーペンの芯の精が居るし、あっちには観葉植物の精が居る。なぁ大地、繭神」
 精霊の存在並みに不可思議な発言をする彼に、思わず訝しげな視線を向ける生徒会メンバー。陽一郎は曖昧な笑みを返した。
 大地はとりあえず頷き、団扇で自分と一同を扇ぎつつ、
「シャーペンの芯の精は折れたら2人になるか試したいけどな。――新条、何がどうなってこういう事態になったんだ?」
「それがよ、蚊を追っ払っおうと思って焚いたら、煙からイキナリこいつが出てきやがったんだ」
 友人である会計の新条・涼太が舌打ちして答える。
「願いを一個だけ叶えるとかほざいてるし、てめえらせっかくだからなんか願掛けしてけよ」
「は? いきなり言われてもな……」
「じゃあ無難に、ここに居る全員の子供時代が見たい」
「おい基」
『りょーかいで〜す!』
 元気良く了承した精は、自分の手振りで煙を上へ上へと昇らせ、もくもくとしたテレビに似た形を作った。
 そこにおぼろげに映し出されたのは、滝に打たれるひとりの少女の姿。純白の長襦袢が濡れそぼって素肌に付着している。歳は6、7歳といったところか。
「あ、これ私です」
 懐かしげに声を上げた書記の水嶋・聖。
「禊(ミソギ)という儀式なんですよ。滝に打たれて身体を清めるんです。陰陽師の修行の一環でした」
「聖、あんたこんな小さい頃から滝に打たれてたの!?」
「聖ちゃん、昔から真面目だったんだねぇ」
「ツッコミどころ違ぇだろ千尋」
「おー、なんかよくわかんないけど凄いな」
「基、おまえも見習えよ。滝に打たれればその貧弱体質も治るかもしれないぞ」
 次は、児童公園で5人の子供達に囲まれ、蹲って泣いている少女。
「……誰?」
「……すみません、それ僕です」
『えっ!?』
 全員の視線に串刺しにされた千尋は、ますます縮こまった。
「小さい頃はよく女の子と間違われてたんです……」
 よく見ると確かに輪の中心の少女は半ズボンをはいている。
「今でもたまに間違われるんでしょ」
「てめえやっぱ昔っからいじられキャラだったんだな」
「いじられてませんっ! これはみんなで『かごめかごめ』をやってるだけですっ」
「あ、ほんとだ。手ぇつないでぐるぐる回ってる」
 泣いているように見えたのは、両手で顔を覆っているからだろう。
 その次は、神社の境内で喧嘩をしている様子の少年と少女。あ、と副会長の高宮・真澄と涼太が同時に顔を引きつらせる。
「もしかして、真澄先輩と――」
「涼太先輩ですか?」
「なるほど、新条と高宮は幼なじみだったわけか」
「この頃から既に夫婦漫才をやってたんだな」
「や、痴話喧嘩だろ」
『ちっがーう!!』
 猛烈に否定したふたりの顔は、西瓜よりもなお赤い。くすくすと陽一郎が笑みをこぼす。
「昔も今も仲が良くていいことだ」
「陽、てめえ殺す! ぜってー殺すっ!」
「そういうあんたの子供時代はどうなのよっ!」
 もわわわ、と煙が揺らぐが何も映らない。精が首を傾げる。
『あら〜? おかしいですね〜』
「繭神、あんたまさか術で――」
「ひとつくらい謎が残った方が面白いだろう」
 えー、という一同のブーイングの嵐をさらりと受け流し、精に先を促す陽一郎。
 次に現れたのは長い黒髪の美少女だった。青い瞳がどこか遠くを見つめ、黙ってじっとしていれば精巧な人形にも見える。おぉ、と歓声を漏らす一同。
「か、可愛いですねっ」
「千尋くんも可愛かったけど、この子もきれい……」
「でもあたしと聖はもう済んだし、他に女は居ないはずだよね」
「あー、それ俺」
『はぁ!?』
 千尋の時以上の驚愕の視線の標的は、無関心オーラを全身に纏った基だった。
「昔は何故か親に女のカッコさせられることが多かったんだよなぁ。別に嫌じゃなかったけど」
「でも男の子でこんなにきれいなんて、ある意味犯罪ですよね……」
「よく襲われなかったね」
「そういう問題ですか、真澄先輩……」
「そういや烏有、てめえのガキの頃はどうだったんだよ」
「俺か? 俺は別に――」
「じゃあトリは大地でいってみよー」
 基の声と同時に煙に映し出された少年。鋭角的な顔の輪郭と細い目つきは今と変わらないが、ふと見せた笑顔は普段と対照的に柔らかい。アイスクリームが溶けるさまを連想させた。
「今とあまり変わらなかったな。意外性がなくてつまらんだろ」
「でも、今は男前になった」
「は?」
 何気ない基の一言に、かくんと崩れそうになる大地。生徒会室が穏やかな笑い声に包まれる。テレビ型の煙は消え、精が微笑む。
『さ〜て、お次はどなたのお願いですか〜?』
「大地、おまえは? 願い事ないのか?」
「うーん……さっきから考えてたんだが、どうも不可能な願い事しか浮かばない。――お、そうだ。一生蚊に刺されない身体にしてくれ」
 言った大地の表情は真剣そのもので、誰も突っ込めなかった。
『え、そんなことでよろしいんですか〜?』
「ああ。夏は蚊が一番うざったいからな」
「しまった、そっちのが実用的だ……」
 後悔する基に微笑する大地。もくもくと身体に煙が巻きつき、くるくると回ってやがて消えた。
『これで完了で〜す』
「本当か? ……身体が線香臭くなっただけのような気がするんだが」
「あ、蚊がっ!」
 ぷーん、と誰もが厭う羽音を立てながら蚊が大地に寄っていく。が、寸前で急に方向転換して去っていった。
「蚊がよけた!」
「おぉ、本当に刺されない身体になったらしいな。助かった、蚊取り線香」
『いえいえ〜』
「いいなぁ大地」
 ばちん、と両手で蚊を挟んで潰した基がぼやく。ところで、と大地は精を見つめた。
「おまえは灰になる前にやりたいことってないのか? よければ手伝ってやるぞ」
『わたしですか〜?』
 精はどこか淋しげに微笑み、
『わたしは願いを叶える側の立場ですから、願うことは許されていないんですよ〜。お気持ちだけいただいておきます〜、ありがとうございま〜す』
「そうか……」
 教室に何故か蚊遣りブタが転がっていたからあとで持って来てやろう、と大地は心に決めた。願いを叶えてもらったささやかな礼だ。


◆夏の薫り

 生徒会メンバーの願いも聞き届けて叶えた蚊取り線香の精は、桃色の蚊遣りブタの中で深々と頭を下げた。
『皆様、ありがとうございました〜。よいひと夏をお過ごしくださ〜い』
「もう消えちまうのか」
「何か淋しいですね……」
 その場の全員に惜しまれつつも、緩やかな煙と共に精は姿を消していった。あとに残ったのは、燃えて積もった灰と仄かな薫り。
 そういえば、と大地が陽一郎を振り返る。
「あの蚊取り線香はロッカーから出てきたと言ってたが、なんで今まで放置されてたんだ?」
「実はあれは、一昨年会長だった先輩が文化祭の時に、地元のお土産だからと持ってきてくださったものなんだよ。夏以外の季節には使わないように、とも言われたね」
「ふぅん。結構面白かったし、その先輩に感謝しないとな」
 うむうむ、とひとり頷く基。あ、と思い出したように涼太が声を上げる。
「烏有、俺に用があるとか言ってたよな。結局なんだったんだ?」
「……あ、忘れた」
「オイッ!」
 大地当人もすっかり忘れていた。願い事を考えているうちに忘却の彼方へ飛び去ったようだ。
 生徒会室を包む真夏の薫りは、暫くは消えはしないだろう。精霊が存在した余韻と、その証として。


−完−



■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6604/環和・基/男/17歳/高校生時々魔法使い
5598/烏有・大地/男/17歳/高校生

登場NPC
水嶋・聖
池田・千尋
新条・涼太
高宮・真澄


■ライター通信■
このたびはご参加有難うございました!
平和的な願いを叶えられて、蚊取り線香の精も満足したようです(笑)
生徒会メンバーが何を願ったのかはご想像にお任せします。
よろしければ、愛と思いやりのあるご感想・ご批評をお聞かせ下さいませ。