コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


夢の中の王子様 第四話

 草間興信所。
「やぁ、ただいまっと」
 武彦が興信所のドアを開いて中に入る。
 その隣にはユリを背負った小太郎がいた。
 後ろから黒・冥月と黒榊・魅月姫が続いていた。
「お帰りなさい、兄さん」
「武彦さん、みんな、お帰りなさい」
 そこには零だけでなく、シュライン・エマの姿もあった。
 オオタ製薬に赴く前、密かに武彦からシュラインに待機命令が言い渡されていたのもある。
「事務所のほうはどうだ? 変わった事はなかったか?」
「特にないわ。黒服の襲撃もなかったし、静かすぎて逆に気味が悪かったわ」
 そう言って小さく笑うシュラインの表情には多少の安堵が現れていた。
 無事そうな全員の様子を見て安心したのだろう。
「ちょ……ちょっと良いかな?」
 武彦の影から苦しそうな小太郎の声が聞こえた。
「おぅ、忘れてた。ソファ、空いてるか?」
「私もシュラインさんも座ってないんですから、他には誰にも座りません」
「まぁ、そうだな。小太郎」
 武彦に言われて、小太郎は背負っていたユリをソファに寝かせた。
「はぁ……はぁ……はぁ。案外、女の子って重たいんだな」
「おいおい、そんな事言ってたら嫌われるぞ」
 それを横目に、武彦は所長の椅子に座ってタバコに火をつけた。
「ど、どうしたの彼女!?」
 先程、全員無事そうだ、と思った矢先、眠っているユリを見て、シュラインは声を上げた。
「どうした……って言われてもな。ただ寝てるだけじゃないのか?」
 軽い調子で武彦が答えるが、本当にそうなのだろうか……?
 だが、武彦の方は本当にあまり気にしていないようで、やっと今回の事件も片がついた、とドッカリと椅子に腰を下ろしている。
「さぁて、報酬はどうなるのかな」
「ユリから金を取るってのか!?」
「当たり前だろう……と言いたい所だが、この娘の不遇を考えると、今回はボランティアかもな」
 自分の貧乏神具合を嘆いて、武彦はタバコの煙を一杯に吸いこむ。
「ったく、とんだ半日だったぜ」
「……兄さん、少しよろしいですか?」
「なんだ? お茶なら要らんぞ。まずはベッドで寝たいね」
「そうではなく、その娘なんですが……酷く存在が希薄です」
「……はぁ?」
 いきなりの零の言葉に武彦は首を捻る。
 語感の恐ろしさに、小太郎も零に眼を向けた。
「どういうことだ?」
「先程、ここにいた時よりも魔力が減っています。存在が揺らいでしまうほどに、生気が薄い」
「なんだと!?」
 見た目には全く変わったところはない。
 すごく安らかに寝息を立てている。
 魔力を感知できそうな魅月姫に尋ねても、頷いて肯定した。
「助け出す時にも感じられたのですが、彼女の能力で感知しにくいだけだと思っていたのです。しかし、良く考えてみると妙です」
「妙、と言うと?」
「気絶した状態で能力が使えるとは考えにくいです」
 確かに、興信所が襲撃された時、佐田が気絶しているユリの能力を使って見せた。
 という事は彼女が佐田の能力を受け流せなかったという事だ。
 魅月姫の意見も聞いた上で、零が説明を続ける。
「という事は、今、通常の状態で魔力が存在できるギリギリの状態まで少なくなっているという事です。このまま放っておくと、彼女は消えます」
「消える……? ど、どういうことだよ?」
 小太郎が口を開いた。
 零は逡巡した後、答えた。
「簡単に言えば死ぬという事です」
「な、なんだって!?」

***********************************

「どうやら、彼女の魔力が大量に吸われた事によって、彼女の存在が揺らいでいるようです」
「佐田がユリの力をギリギリまで吸った、って事か」
 ユリが気絶している時、能力を使えないらしいことは前述したとおり。
 興信所襲撃時にユリが気絶してから、そのまま目を覚まさなかったとすると、佐田はいつでもユリの力を吸収できた事になる。
「零、続けてくれ」
「はい。解決方法は幾つか考えられますが、最善で最速は奪われた彼女の魔力を奪い返す事です」
「そんな事が出来るのか?」
「佐田という男が吸収した能力を何か媒体に付与して能力を行使するなら考えられます」
 零が回収した符を取り出してみせる。
「この符にもそうですが、佐田は誰かの魔力を何かに付与して使う能力を持っています。ユリさんから大量に吸われた魔力が何かに付与されている確立が高いでしょう。その魔力に多少の劣化はあるでしょうが、それをユリさんの体に戻せば、あとは自己回復できると思います」
「そういうことならまだオオタ製薬に残ってるかもな。IO2にはまだ通報してないから、今から戻るには多少心配もあるが……」
「下っ端どもは私がほとんど潰したからな。黒服の戦力はほとんど残っていないだろう。危険は少ないと思うが……」
 冥月が言い加える。黒服たちを打ちのめした本人だ。間違いはあるまい。
 小太郎もその場に居合わせたこともあり、頷いていた。
「俺も見てたよ。ほとんどの黒服は冥月姉ちゃんの影でぐるぐる巻きにされてた」
「……だが、私も黒服全員で何人居るのかはわからん。もしかしたら残存していた黒服が興信所に来るかも知れんな」
 今、興信所にはユリがいるのだ。
 先程、黒服たちが襲撃してきたのはユリが興信所に居たからだ。
 その時の状況と被る点が多い。となると、もしかしたらユリを取り戻しに黒服たちが現れるかもしれない。
「その保険として、私が影の中にユリをかくまう事もできるが、どうする?」
 影の部屋がアンチスペルフィールドで解除されないのは実験済み。
 だとしたら黒服が襲撃してきてもユリは安全、という事になる。
「いや、大丈夫だろう。零も居るんだ。多分心配ないさ」
 楽観気味の武彦。
 それに反論しようとも思ったが、確かに、零の戦闘能力が信用できないわけではない。
 雑魚である黒服が何人来ようと、多分大丈夫だろう。
「よし、大体方針は固まったな。その魔力を付与した物体を探すために、魅月姫と冥月はついて来てくれ」
「わかった」「わかりました」
「は、早く行こう! ユリが死んじゃう前に!」
 その内に小太郎が勢い良く立ち上がり、ドアに向かって駆け出していた。
「待て待て。走っていくより冥月か魅月姫の能力で移動した方が楽だぞ」
 それを聞いて、小太郎はすぐに足を止めた。
 傍らで冥月と魅月姫が能力の準備を始めていた。
「じゃあシュライン、零。ユリの事と事務所のこと、頼んだぞ」
「任せて」「はい、わかりました」

***********************************

 再びオオタ製薬。
「……どうやらここまでのようだな」
 冥月と魅月姫の術が、建物の手前でかき消される。
「ユリさんの能力ですね……。その能力が今も生きているという事は、佐田 征夫もまだ生きているという事でしょうか」
「な、なんだって!?」
 魅月姫の言葉に小太郎が聞き返す。
「私も殺すつもりでやったのですが、どうやらしぶとかったようで」
 しぶとい云々の問題ではない。
 あの魅月姫の攻撃を受けて生きていられる人間は、最早人間ではない。
「それに、どうやらもう一人、何かが居るようだな」
 珍しく緊張を露わにする冥月が言う。
「何か? なんなんだ、そりゃ?」
「わからん。これから先は探索しようにも出来ないようだからな」
 佐田が張っているであろうアンチスペルフィールド。
 その所為で建物の中の様子がほとんどわからない。
 だが、そのフィールドも先程よりは弱い。
 完全に能力を遮断するほどの力はないようだ。
「もしかしたら、ユリの力を付与した対象か、本当に悪魔を召喚したのかもな」
「っは、笑えねぇな。……だからと言って、引き返すわけにも行かない。興信所を散らかした恨みはまだ覚えてるんだからな」
「なるほど、仕返しか。命を懸けるには十分すぎる理由だな」
 冥月の冷やかしに武彦は鼻で笑って答えた。
「突入する事は決まっています。今更変更なんてできませんよ。それよりも、獲物をどうするか、ですね」
 魅月姫が顔を上げて冥月を見やる。
 どちらが誰を倒すが。それが問題である。
「……前回は佐田を譲ったんだ。もし本当に悪魔でもいるならなら、次は私がそちらへ行く」
「そうですか。それなら良かったです。佐田は責任を持って私が殺させていただきます。元々私が仕留めそこなった相手ですから」
「決まりだな。小太郎と草間はどうする? どっちについて行っても危険だが」
「ハズレクジばかりだとさ。どうする、小太郎?」
「俺は……、あの佐田ってヤツをぶっ飛ばしたい。ユリを殴ったんだ。絶対許せねぇよ!」
「なるほど、お子様らしい意見だ。なら俺は冥月についていこうか。丁度半分に分かれるしな」
「足を引っ張るなよ?」
「精々、怪我をしないように隠れてるさ」
 二人の軽口にチラリと笑い、そして四人は建物の中に入っていった。

***********************************

 地下。佐田と戦ったあの部屋。
「ここに居ましたか」
「よぅ、嬢ちゃん。さっき振り」
 そこには佐田が居た。
 その身体に怪我は見当たらず、何処までも健康体のように見える。
「驚きましたね。まさかあれだけの魔法を受けてピンピンしてるとは」
「タフさが売りなんでね、と言いたい所だが、当然種も仕掛けもある」
 佐田は自分の影から一体の人形を取り出す。
 それは、体のほとんどが焼け落ちており、かなりくたびれていた。
「何処の誰だか忘れたが、俺が奪った能力だ。人形を操ったわけではなく、実体を持つ分身を作り出す能力」
「なるほど、そのボロボロの人形は貴方の分身、という事ですか」
「スペックはほとんどオリジナルの俺と変わらんがな」
「だったら貴方もその人形の二の舞です。すぐに灰にしてあげますよ」
 言いながら魅月姫が杖を取り出す。
「今回は本気です。言い残した事があれば聞きますが?」
「っは。俺もこないだの俺じゃねぇぜ。なんたって『百人力』だ」
 睨み合う二人。一触即発の場。
「……なんか、俺一人だけ蚊帳の外みたいな感じだ……」
 小太郎の言葉などには耳を貸すつもりも無いらしい。
 二人とも、にらみ合ったまま動かない。
 戦闘開始の合図は、前回の戦闘の名残のように悲鳴をあげた部屋の壁だった。

***********************************

 戦闘開始と共にアンチスペルフィールドが解ける。
 やはり佐田がアンチスペルフィールドを張っていたらしい。
 解けたと同時に、佐田が一瞬にして間合いを詰める。
 常人では一蹴りで縮められない距離だったはず。
 魔力で強化していたとしても、少々辛い距離だったのだが、佐田は悠々とその距離を縮めて見せた。
 一瞬面を食らったのだが、すぐに魅月姫の前に小太郎が出る。
 そして佐田の振り下ろしてきた右腕を受け止める。
「退け、小僧!」
「退けるかよ!」
 一瞬の硬直。
 その瞬間に小太郎の影から火球が飛ぶ。
 魅月姫の魔法だ、と理解した佐田はすぐにまた距離を取る。
 火球はそれを追いかける。
 ただ、超人的なスピードを見せる佐田には追いつけず、途中で爆発した。
「……その身体能力、何かしましたね?」
「わかるかよ、嬢ちゃん。これが百人力ってヤツだ」
 爆発による煙を間に置いて、二人が言葉を交わす。
 佐田の身体能力には確かに種がある。
 それは疑いようもない。
 前回戦った時と比較すると、考えられないほどにパワーアップしている。
「百人力、と言うのにヒントがありそうですね」
「よぉく考えてみな。ちょっと考えればすぐにわかるぜ」
「それほどの力を持って、一体何をするつもりですか?」
「力を求める男心、嬢ちゃんにはわかるまいさ」
「なんにしても、まずは、お前をぶっ潰してからだ!!」
 虚を突いて、煙の中から小太郎が飛び出す。
 魅月姫しか眼中に無かった佐田。
 不意打ちの一撃を受ける。
「小僧! 邪魔をするな! 俺ぁ、あの嬢ちゃんと戦ってるんだよ」
「ロリコンかよ、オヤジ!」
 肩口を捉えた小太郎の剣。
 だが、その刃は潰されており、胴を切り裂く事はない。
 佐田はその剣を掴んでぶっきらぼうに投げる。
 上に放り投げられた小太郎。何の抵抗も出来ず、重力に引っ張られて落ちる。
「喰らえ!」
 絶好のタイミングで佐田の右ストレートが炸裂。
 小太郎を捉えたと思ったのだが、間一髪、小太郎は剣でそれをガードした。
 だが衝撃は緩和できるわけもなく、そのまま吹っ飛ばされる。
「うわぁ!?」
「バカめ! 俺に逆らった事を後悔するんだな」
 追撃するために佐田が吹っ飛ぶ小太郎を追いかける。
 だが、それを阻むように火球が側面から襲い掛かった。
「っぐ!」
「私を忘れてもらっては困りますね」
 無論、その火球を放ったのは魅月姫。
 佐田はそれを受けて足を止めた。
 小太郎は床を転がりながらも、すぐに体勢を整える。
 それを見て、佐田は舌打ちした。
「っち、二体一ってのは分が悪いな」
「百人力なのでしょう? 二体百のはずですが?」
「口がへらねぇ嬢ちゃんだな!」
 佐田が魅月姫に顔を向けた一瞬、小太郎がその隙を突いて再び飛び掛る。
「不利なのをひっくり返すのが男だろうが!」
「小僧が知った口を聞くんじゃねぇ!!」
 大上段に構えられた小太郎の剣。
 だが、佐田は小太郎の手首を抑え、その攻撃を防ぐ。
「俺に意見するならもっと強くなってからにしろ!」
「なにを!」
 右手首を掴まれた小太郎。そこから攻撃に移る事ができない。
 なぜならナイフは右手にしか持っていないからだ。
 素手では光の剣を出す事ができない。
「ちょっと寝てやがれ!」
 そこに佐田の右手がボディに入る。
 その攻撃で小太郎の体がふわりと浮く。
 間をおかずに、佐田は左手を放し、小太郎の顔面に右フックを叩き込む。
 更に追撃でケンカキックが飛び出すところだったのだが、そこに魅月姫の火球が飛び込む。
 佐田は咄嗟に足を引っ込め、その火球を躱した。
「っち、良いところで邪魔してくれるな」
「そうでないと邪魔とは言いませんから」
 小太郎はその隙に距離を取る。
「……っく! 寝てなんていられるかよ。俺はアンタを殴らなきゃならねぇんだ!」
「最初に一撃喰らったろ? アレで我慢しとけよ」
「我慢できるかよ! 俺は百人分、アンタを殴らなきゃならねぇんだ! 敵討ちってな!」
 小太郎の言葉を聞いて、佐田が目に見えて動揺する。
「小僧……何を知ってる?」
「建物の前の広場に、黒服が一人もいなかった。俺と冥月姉ちゃんが伸したはずだった奴らが一人もだ。だったらアンタがやったんだろ? ユリにやったように魔力を大量に吸って、存在を揺るがしたんだろ!?」
「……っくはは! 大した小僧だ。半分正解って所だな」
 そう言って佐田は笑った。
「そうだよ。それが俺の百人力の正体、そしてユリの本当の力だ!」
「な!? ユリの!?」
 今度は小太郎が動揺する。
「ユリの力を極限まで高めると生物の生気を吸うことが出来る力になる。それがアイツの本当の力だ!」
「……なるほど、そういうことですか」
 その言葉を聞いて、魅月姫は納得する。
 何時ぞや、ユリの話にあったことだ。
 ユリを護送していた黒服が一斉に寝てしまった、という事があったらしい。
 それはユリが無意識のうちに生気を吸収してしまったのだろう。
 それに、捕らえた黒服たちが昏睡したのも、佐田がユリの力を使って生気を吸収したためだろう。
「わかったか小僧。ユリは危険な存在だ! それでもアイツのために俺を殴るか!?」
「ああ、殴るさ!」
 即答。少年の目には迷いはない。
「危険なのはユリじゃない。危険なのはその能力の使い方だ! その証拠にユリは一人も殺してないけど、アンタは百人殺してる!」
「ユリが俺のようにならないと言い切れるか!?」
「言い切れるさ! ユリはアンタとは違う!」
「よくもまぁ他人をそこまで信じられるものだな!」
「他人じゃないさ! もうユリと俺は仲間だ!」
「じゃあ仲良く死ぬが良いさ! ユリも長くない。お前もここで死ぬ!」
「違う! ユリも、俺も、まだまだ生きてやる!!」
 叫んだ後、小太郎は下段に構えて佐田との距離を詰める。
 そして間合いが詰まった瞬間、斬り上げ。
 しかし、佐田はその斬り上げを軽々と避ける。
「思い知れ、小僧!」
 小太郎の右腕に激痛。
 佐田の右ストレートで小太郎の右腕がありえない方向に曲がっていたのだ。
 そして追撃。
 渾身の左フックが飛び出す。
 だが、それを阻むように佐田の側頭部で火球が爆ぜる。
 勿論、火球を発射したのは魅月姫。
「……っのやろ!!」
 怒りをあらわにして魅月姫を睨む佐田。だが、それを受けた魅月姫は何処吹く風と言わんばかりに涼しい顔をしている。
「光を出して形にするんじゃない。形をイメージし“そこ”を光で満たす」
 ぼそりと聞こえた少年の言葉。
 佐田はそれに確かな殺気を感じた。
「あと、形に拘らない!」
 小太郎の左腕に光が纏わりつく。
 それは小太郎のイメージした形を取る。
 その形は『殴る』という言葉の印象が強かったためか、大きな拳の形を取った。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉおぉぉ!!!」
 咆哮と共にその巨大な拳は佐田をぶっ飛ばした。
 ドサリ、と地面に転がった佐田は、そのまま眠ってしまった。
「お見事です」
 静かになった部屋に、魅月姫の小さな拍手がパチパチと木霊した。

***********************************

「ありましたよ」
「ホントか?」
 魅月姫が取り出したのは一枚の符。
 佐田の内ポケットに入っていたものだ。
「これがユリさんの力を宿した符です。どうやらこの男、人間にそのまま能力を付与することは出来ないみたいですね。佐田もこの符を使ってユリさんの力を使っていたようです」
「そんな事関係ないよ。符を見つけたなら、すぐに帰ろう」
「そうですね」
 言われて魅月姫は影の門を開く。
 それを見て、小太郎はふと思い出す。
「そういえば、なんで俺が戦ってる時、チョコっとしか助けてくれなかったんだ?」
「私が佐田を倒しても良かったんですか?」
「……う、それはイヤかも」
「ふふ、昔から姫を助けるのは王子様の役目と決まっています。今回は貴方が王子様だった、という事ですよ」

***********************************

 オオタ製薬での戦闘を終え、全員が興信所に集合する頃には、東の空が明らんでいた。
 四人ともほとんど怪我は無く、腕の折れていた小太郎も、魅月姫から治療術を受けていた。
 魅月姫は『治療術は得意じゃない』と言っていたが、全く何もしないよりはマシだった。
「ど、どうしたのよ、その腕!?」
 シュラインは少し動揺したようだが。

「これをユリのおでこに貼り付ければ良いのか?」
「そうです。さぁ、早くしないと」
 小太郎が魅月姫に確認を取り、手に持った符をユリのおでこに近づける。
 持って来た符にはユリの魔力が大量に残っており、これをユリに戻せばユリは目を覚ますだろう。
「い、行くぞ」
 何故だか妙に緊張している小太郎が、震える手で符をユリのおでこに貼り付けた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……目覚めませんね」
 小さく笑いながら魅月姫が言う。
「そうだな。何か足りないのかもしれない」
 冥月も笑いながら。
「……足りないものはないと思いますが……」
「零ちゃん、ちょっとしぃー」
 シュラインのジェスチャーを受け、零は首をかしげながら口を閉じる。
「な、何が足りないんだ!?」
「おいおい、小太郎。昔話を聞いた事がないか?」
 武彦の問いに、小太郎は首をかしげる。
「な、なんだよ? 昔話?」
「そうですよ。言ったでしょう? 姫を助けるのは王子の役目。眠り続ける姫を目覚めさせるためには、王子のキスが必要なのです」
 魅月姫に言われて、その言葉をやっと理解した小太郎はボッと顔を紅くする。
「な、ななな、何言ってんだよ!? こんな時にふざけてる場合じゃないって!」
「ふざけてなんていませんよ。さぁ、早くしないと、ユリさん、このまま目を覚まさないかもしれませんよ」
「うっ……ぐぐ」
 魅月姫だけでなく、冥月、武彦、シュラインからのプレッシャー。
 顔を見れば楽しんでいるのはわかりきっているのだが、テンパっている小太郎はそれに気付かない。
 一人、首をかしげている零は『もうすぐ起きるはずなのに』と首を傾げるばかりだった。
 その内、小太郎は覚悟を決め、一度深呼吸をする。
「よ、よし」
 気合いを入れて、ソファに寝転がるユリに顔を向ける。
 そして、ゆっくり、ゆっくりと顔を近づけ……。
「……なにしてるの?」
「う、うわあぁああぁあ!?」
 唇が着く前に、ユリが目を覚ました。
「な、な、な! あれぇ!?」
「っち、遅かったか」
「もう少しでしたのに、惜しい事しましたね」
「まぁ、子供をからかうのはそこまでにしなさいってことでしょ」
「あ、アンタらオニだよ!!」
 からかわれた事に気付き、小太郎は一層顔を紅くした。

***********************************

「ユリ、体は大丈夫?」
「……うん、大丈夫」
 興信所のあるビルの屋上。
 朝焼けの赤い光が差し込む場所に、二人だけしかいない。
「あんま、無理すんなよ? 起きたばっかりなんだし」
「……うん、わかってる」
 そして、しばし沈黙。
 朝の空気は少し冷たく、気持ちがリンとする。
「……ねぇ、小太郎くん」
「ん? 何?」
「……どうして――」
 どうして私を助けたの?
 そう訊こうとしたのだが、それは何となく理解できた。
 理由なんかない。
 ただ、助けたいから助けた。
 きっと、彼はそう答えるだろう。
「なに?」
「……ううん。私ね、夢を見てたの」
「夢? どんな?」
「……うん、私がね、誰かに捕まっちゃって、ずっと閉じ込められてたの」
「あ、ああ」
「……私、もう駄目だって思った。このままずっとこのままで、そして死んでいくんだ、って思った。でもね、そこに助けが来たの」
「ふぅん……」
「……私を助けに来た王子様はね、貴方みたいな小柄な王子様だったよ」
「そ、そう」
 適当な受け答えしか出来ず、小太郎は頭を掻いて、ユリから顔をそらした。
 それを見て、ユリは小さく笑った。

***********************************

 その後、事件の後始末はIO2に任せ、ユリもIO2に保護される事になった。
 最初、小太郎はそれに反対したが、佐田の言葉を思い出して黙った。
 ユリの力は危険である。使い方を間違えれば、大量殺人を起こしてしまうのだ。
 だったらIO2に保護してもらい、ちゃんとした能力の使い方を教えてもらう方が良いのだ。
 一度、無意識の内に生気吸収を起こしてしまった事のあるユリだ。
 何時暴走するかわからない。
 制御の仕方を覚えるまで、人前に出るわけには行かない。
 佐田に言われた時は反発できたが、改めて言われると反論できない。
 それに優しい笑みを浮かべたユリに
「……大丈夫だから」
 といわれ、小太郎はそれ以降黙った。
 その小太郎はそれなりに能力の制御の仕方も知っているらしいし、精神状態も安定しているため、別な方法で処理となった。

「お〜い、小太郎〜。茶〜、茶淹れてくれ〜い」
「草間さん! 暇だったら自分で動けよ!」
「おいおい、丁稚の分際で大きな口聞くなよ」
 言われて、っくと口篭る小太郎。
 そう、今、小太郎は興信所で働いてるのだ。
 ユリを助けた分の報酬として、小太郎が無償労働をする事になったのだ。
「師匠〜。何とか言ってくださいよぉ」
「……草間。茶ぐらいシュラインに淹れさせろ」
「はぁ!? なんでこっちに飛び火してくるの!?」
「……私が淹れてきます」
 そう言って零が台所へ入っていった。
「師匠ねぇ、大した兄貴っぷりだな、冥月」
「誰が兄貴か!」
 影のパンチが草間の頬を打つ。
 いつの間にか小太郎が冥月の事を師匠と呼ぶようになっていた。
 事件の時も色々と助言を貰ったし、これからも色々と技を盗むべし!
 そういうわけで小太郎が勝手に呼んでいるだけなのだが、冥月も別に止めようとはしていなかった。
 と言うのも、小太郎の無償労働を提案したのは冥月なのだ。
 この事件を通して、小太郎に幾つか助言したことで、人を育てるという事の面白さを覚えたのかもしれない。
「あらあら、仲が良いわねぇ、武彦さん?」
「な、何で自然な動きでヘッドロックの構えなんだ!?」
「いえいえ、別に深い意味はないわよぉ」
 シュラインのヘッドロックで武彦の頭蓋骨が軋む。
「……なんだか、殺伐とした仕事場だなぁ」
「そうですね。これでは落ち着いて紅茶も飲めませんね」
「う、うわぁ」
「こんにちは」
 いつの間にか、魅月姫まで興信所に入ってきていた。
「落ち着いてはいられませんが、楽しくはありそうですよね」
「……まぁ、それは否定できないけど」
 そう言って小太郎は自然に笑みを零していた。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 黒榊 魅月姫様、『夢の中の王子様』皆勤賞、おめでとうございます、ありがとうございます! 『今回の連作で色々と勉強になりました』ピコかめです。
『……私を助けに来た王子様はね、貴方みたいな小柄な王子様だったよ』
 この言葉を言わせたいがためだけに始めたシナリオでしたが、終わってみるともの凄くキャラに愛着が。(何

 眠り姫云々って言うのはナイスアイディアです!
 プレイングを見た瞬間、その場面を想像して一人でキュンキュン。(危
 まぁ、キスは未遂で終わってしまいましたが。(何
 ああ、老獪な人間たちに弄られながら、少年は大きくなっていくんだなぁ。
 そう考えると前途多難な少年は書いてて面白いかもしれません。
 そんなこんなで、本当にありがとうございました。
 気が向いたら、次回も是非!