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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


ウゴドラクの牙

 「また難儀なものが入ってきたねぇ…」
 小さな木箱の中には一対の鋭い牙。
「ウゴドラクの牙かい…こんなものを保存しているなんて…狩った奴ぁ随分自己顕示欲の強いことだ」
 セルビア語でヴァンパイア。
 イストリア語やスロヴェニア語では、クドラク。
 元は人狼を意味する言葉。
「さぁて…魔術が施されているようだが、此れをつければ人狼になれるってぇトコかね」
 誰ぞに売るべきか。
 処分するべきか。
 それとも魔術を解除してただの飾り物とすべきか。
 蓮が迷っているそんな時、アナタは来店します。
「ああ、いらっしゃい。ちょうどいいや、お前さんならこれをどうするね?」

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■桜塚詩文の場合

 「さて…後二つ、どうしたものか」
 また誰か来ないものかと、店の入り口を眺めていると、示し合わせたかのように扉が開く。
 呼び鈴の音と共に、入ってきたのは明るい茶髪に蒼い瞳をした女性。
「こんにちは、ちょっと見させていただいて宜しいかしら?」
「いらっしゃい、好きなように見とくれ。 ああ、でも、取り扱いには注意しとくれ」
 気軽に店頭に並べてある品でも、特定の条件を満たせば危険なものになる場合もある。
 そんな怪しいものがズラリと並んでいるアンティークショップ・レン。
 勿論、触れるだけで、見るだけで何かしらの障りがあるような代物は店の奥で眠っているのだが。
 くるりと店全体を見回し、目を留めるものがないかと物色する詩文。
 そこで。
「?」
 カウンターに頬杖つく蓮の肘の傍に、小さな木箱。
 妙に気になる。
「それは?」
「これかい、なぁに。魔術アイテムのようなモンさ」
 木箱を手に取り、中を見るなり詩文の表情が変わる。
「こ! これは…ウゴドラクの牙!! たしか13世紀頃のセルビアの文献に記載があったような気がするわね…えっと、キール語だったかしら…」
 蓮が説明するまでもなく、一目見るなり詩文はそれに見入った。
 どうやらこれが何なのか既に知っているらしい。
「魔術に詳しそうだね?」
「え、ええ。 そりゃもう…これをどこで!?」
「自分らの手に余る魔導具なんかをよくうちに送りつけてくる連中がいてね。 これもその一つさ」
 勿論、ある程度の来歴はきいているが、深く突っ込んだ詮索はしない。
 詳細を調べ上げるのは持っていて障りがある場合だけだ。
 全てにその労力を費やせるほど、品数は少なくない。
「こっちも詳しくは知らなくてね。数ある業者の一つさ。連中もお鉢を回されたといっていたしね」
 それでも何かの手がかりになるかもしれない。
 彼に繋がる手がかりになるかもしれない。
「あの、これ、買います!」
「そうかい。 じゃあ使用説明をだね…」
 蓮がそういいかけると、詩文は説明を丁寧に断った。
 彼女はこんなアイテムで変身する必要などないからだ。
「…ってことはお前さん…」
「有難う御座いました。 行ってきます!」
 何処へ行くとも言わずに、詩文は慌しくマンションへ戻っていった。
「…使う必要がないってことは………まさか、ねぇ?」



 「…彼に繋がるかもしれない…久しぶりに本気よ!!」
 荷物を準備して、今ある戸籍から取得したパスポートも持って。
「ホント、人外でも今は国外へ移動しようと思うと大変だわ―…」
 テロだ何だと騒がしくも物騒な昨今。
 身元を証明できることが何より優先されると思う詩文。
 危ない目にあうかもしれないということは重々承知の上だが、そこはそれ。
 自らがこれまでに培ってきた力が役に立つ。
「行かなきゃ、セルビアへ」
 セルビアではヴァンパイアという意味だが、その言葉の語源は人狼を示す。
 人狼を狩った者がいるのなら。
 蓮が言いかけた、人狼になれるという言葉。
 これがもたらす効果など、詩文にとっては何の価値もない。
 むしろ制御できない他の魔力に手を出す方が危ないといえる。
 だが、そんなことは今関係ない。
 需要なのは人狼を狩る者がいるということだ。
 自分も狩られる可能性がないわけではない。
 接触は危険だと分かっている。
 だけど。
「―――どんな些細なことでもいいの…」
 ハンターだというなら、人狼の情報は多少なりとも持っている筈。
 こうして、詩文は一路セルビアへを向かった。



  セルビア共和国―――
 欧州南東部のバルカン半島に位置する内陸国である。
 西側でモンテネグロ、ボスニア、ヘルツェゴビナ、南西部のコソボでアルバニア、南部国境でマケドニア共和国、南東部でブルガリア、東部でルーマニア、北部でハンガリー、北西部でクロアチアと接している。
 本年六月、モンテネグロの独立に伴い、セルビアも独立宣言をし、それに伴い独立賛成か反対かの是非を問う投票が行われ、つい先日その集計結果が出たばかりだ。
 近隣諸国の反応を見たところ、独立に関して前向きな意見や好意的な意見がちらほらと出ている。
「……でも、情勢がまだ安定していないってことにはかわらないのよね」
 こんな状態でハンターを探せるかどうか…
 不安要素の多い中、考えて立ち止まっていてもどうしようもないと思い、詩文は首都クニンの図書館へ向かった。
 海外でも日本でもそうだが、図書館で文献などを閲覧しようと思うと、それ相応の立場が必要になってくる場合が多い。
 大学関係者以外貸し出し禁止だとか、場合によっては閲覧禁止もあったりする。
 時の流れは詩文とは関係なく、これまで自由に得ることの出来た過去の知識や記録を管理の下に閲覧制限をかける。
 自分が人として生きていた時代は、こんな面倒なことはなかった。
 キリスト教による弾圧こそあったが、彼に…フェンリルと呼ばれたあの人のおかげで、その脅威からも守られていた。あの時までは。
「―――…だめだわぁ…手がかりになりそうな文献は残ってない…」
 内容が内容なだけに、その辺の人に聞くわけにもいかない。
 こうなったらもう少し範囲を広げてみよう。
 詩文はスロベニアの首都リュブリャーナに足を運んだ。
 コングレスニ広場からリュブリャニツァ川沿いにプレシェーレン広場へ向かう。
「…綺麗…」
 そして何だか懐かしい、風情ある空間。
 リュブリャーナはハプスブルグ家の支配が長かった為、バロックやルネッサンス様式の建築物が多く、アールヌーヴォー様式の建物もあちらこちらに目立つ。
 青果市場の前を通ると、その奥にリュブリャーナ大聖堂が見えた。
 自分は異端の身。
 この地には似つかわしくない。
 聖堂は、キリスト教の領域は嫌というほど目にするものの、肝心のハンターの手がかりに何も見つからない。
 的が外れたか。
 詩文はユリアン・アルプスに背を向け、再びクニンへ戻った。
 そしてクニンの町を通り過ぎ、シーベニクへ抜け、アドリア海を目にする。
 海に浮かぶ世界遺産の町トロギール。そしてクニンへ戻る前に見たプリトビチェ湖群国立公園。
 自然に溢れた場所。
 あの頃に帰ってきたかのような、郷愁からかつい涙腺が緩む。
 青果市場や酒場などで、民話について研究していると言って何かしらの情報を得ようとするも、聞けるのはあり大抵なクドラクの話ばかり。
 宿敵のクルースニクの話を聞くこともあるが、どちらも人狼を狩るという限定した存在ではない。
 そしてそれから数時間。
 すっかり日も傾き、空も町も海も朱に染まる。
 詩文は、アドリア海を一望できる小高い丘の上で一人佇んでいた。
 レンで購入したウゴドラクの牙を見つめ、詩文は牙をそっと撫でる。
 わかっていた。
 わかっていたのだ。
 花婿の、あの人との繋がりを探そうとしても、もうあの人はこの世にいない。
 冷たくなっていく彼の体に触れていた。
 彼の死を見届けた。
 たとえ彼との繋がりが見つかったとしても、彼に再び会えるわけではない。
 もう一度、人間だった頃の名前を呼んでくれる彼はいない。
 いつも上機嫌の詩文も、今このときばかりはどうしようもなく泣きたくなった。
 頬を、雫が伝う。
「―――?」
 手のひらの上にあった牙へ、その雫が落ちた。
「何??」
 牙が拍動している。
 自分の涙のせいだろうか。
 牙が言葉を持っているわけではないが、何故だか妙な確信があった。
「…ここが、この地が…この牙の持ち主がいた場所…」
 詩文は何を思ったか、土を掘り起こし、牙をそこへ埋めた。
 そして平べったい小石を見つけてきてその前に置いた。
 これは代わり。
 全ての可能性を示すブランクルーン。
 終わりと始まり、混沌とまとまり、相反する存在。
「長生きなんですもの。これで終わりじゃないですよね―」
 牙を埋めた後を暫く見つめ、詩文はすくっと立ち上がりきびすを返す。
 この旅で何が分かったということはない。
 彼に繋がる何かを得られたわけでもない。
 しかし、詩文はどこか嬉しそうだった。
「さぁ、早く帰ってお店に出なきゃ♪」
 ブランクルーンが示す、全ての可能性を信じ、今は今の生活に戻るとしよう。

 ブランクルーンが示す、全ての可能性と―――
 

 ただ一つの幸せと喜びを込めた一文字を身につけ…





  日本に戻ってきた詩文は、またいつもの生活に戻っていた。
 アンティークショップ・レンへ行き、いつものようにカウンターにいる蓮へ微笑みかける。
「おや、こないだの」
「先日は有難う御座いました」
 別段何をしたというわけでもないのだが、本人が感謝しているというなら、それはそれで構わないだろう。
「肝心なことは何も分からなかったけど、得たものはあった気がするので……まぁいっかな♪ と思って〜」
「あんなモンでも何かしらの役に立ったというなら、いいことだ」
 その言葉に、詩文は柔らかな笑みをたたえ、お辞儀をしてから店を出た。




 木箱はあと一つ。
 


 木箱は待っている。
 自分の新たなる持ち主を。
 それが誰になるかは、また別のお話。



 勿論、取り扱いにはくれぐれもご注意を。


―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6625 / 桜塚・詩文 / 女性 / 348歳 / 不動産王(ヤクザ)の愛人】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
ウゴドラクの牙、お買い上げ有難う御座います。
詩文さんの想いがどこまで表現できたものか、不安もありますが、お気に召したなら幸いです。

ともあれ、このノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せ下さい。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。